アイタイ
○東京都内30階建ビルの屋上(朝)
周りにはそれぞれ高さが異なるビルが立ち並んでいる。
ビルの屋上は落ちないように低い柵が立てられており、早野志星(30)が無気力な表情で柵を掴んでいる。
志星M「今日、推しが死んだ」
志星M「唯一生きがいのアイドルが」
志星M「誹謗中傷により自殺」
志星は柵を乗り越え、表情を変えないまま目を瞑って飛び降りる。
志星M「あいつらを殺せるなら、悪魔に命を売るのに」
「会いにいくからね、流亜ちゃん…」小さく呟く。
志星の瞑っている目から涙がこぼれる。
悪魔「呼んだ?」
突然聞こえてきた悪魔の声に目を開ける志星。
志星「え…誰?(困惑した表情で)」
悪魔「悪魔だお」
志星は時間が止まったようにその場で固まっている。
悪魔「きちった♡」
悪魔は満面の笑みでピースを見せる。
一度目を擦る志星。
志星「そうか、死に際の幻覚ってやつか」
悪魔「ちがうよ?」
悪魔はゆっくりと志星の顔に近づく。
志星「きっとそうに違いない」
悪魔「モノホンだよ」
悪魔は志星の顔の目の前にいく。
「ちけーよ」と呟く志星。
一度考え込む志星。
悪魔「おい、尻尾掴むな」
悪魔「腕引きちぎるぞクソ野郎」
血走った目で大きく口を開ける悪魔。
志星「ごめんなさい」
志星は咄嗟に尻尾から手を離す。
悪魔「じゃ、上戻ろっか」
悪魔はビルの屋上を指差す。
悪魔「宙に止めるのめんどい」
志星「え…」
志星は自身が宙にずっと浮いていることに気づく。
志星「はい」
悪魔と志星がゆっくりとビルの屋上に戻っていく。
柵を乗り越え元いた場所に戻る。
悪魔「で、なんで自殺?」
悪魔は志星の頭の上にのる。
志星「生きがいがなくなったから」
悪魔「30のサラリーマンが自殺って」
悪魔は手を横にしてやれやれと呆れている。
志星「いいだろ、もう死んだって」
頭の上の悪魔を持ち上げ、下ろす。
悪魔「命が勿体無い!」
志星の目の前にいく悪魔。
志星「それ悪魔が言うんだ」
「だからちけーって」と呟く志星。
悪魔「それに君、美味しそうだから」
悪魔が志星に爪を刺す。
志星「イッタ! 刺さったって!」
悪魔「ごめんよ、距離感が掴めてなくて」
悪魔は一度自身の爪を見る。
悪魔「てか」
悪魔「そんな肉を簡単に捨てるな!」
志星「悪魔って魂を持っていくんじゃ」
悪魔が差している人差し指を右手で下ろす志星。
悪魔「食べるための食糧にしてるよ」
志星「え?」
悪魔「え?」
二人は小首を傾げる。
志星「てか、お前が悪魔って未だに信じれないんだけど」
悪魔「お前って言うな」
志星「…ごめん」
悪魔「後悔しないでよね」
志星「え…?」
* * *(フラッシュバック)
○日本武道館(夜)
最前列で流悪(23)を見て笑顔を浮かべながら緑のペンライトを握っている志星。
目の前には、汗を流して休憩を挟んでいる流悪がおり、会場は満員。
汗を拭いながら、周りをキラキラした眼で見渡す流悪。
ヘッドセットマイクロフォンをつけている。
流悪「みんな本当にありがとー‼︎」
流悪は会場を見渡し、手を振っている。
流悪「ここで一回、あいさつしないとね」
流悪「クソダルメンヘラ系アイドルの流悪です!」
両目ウィンクを見せながらピースをする流悪。
流悪「みんなのおかげで、こんな大舞台に立てたよ‼︎」
流悪「そこで、今日はもらってた質問を返したいと思いまーす!」
ファン達「おおー‼︎」
T「好きな食べ物は?」
流悪「君たちの愛が一番おいしいよ!」
T「30代のおじさんは嫌いですか?」
流悪「大丈夫、私はどんなあなたも愛してるよ」
指でハートの形を作ってファンたちに見せる。
T「彼氏は作らないんですか?」
流悪「私はみんなの彼女だから、誰か一人と付き合うとかはないよー」
流悪「次の質問はまた後で」
流悪「それじゃ、盛り上がって行こー!」
右腕を高く上げる流悪。
○早野志星の家(朝)
会社に行く準備をするために、スーツを着てネクタイを結んでいる志星。
テレビを付け、天気予報を流している。
志星「昨日のライブよかったな」
志星「仕事頑張れるのは流悪ちゃんのおかげだな」
昨日のライブを思い出してにやけている志星。
テレビ「速報です。人気女性アイドルの流悪さんに熱愛報道が発覚しました」
ネクタイをつけている途中で固まる志星。
志星「……」
咄嗟にテレビを見る。
テレビ「相手は人気若手俳優の藤宮孝宏と確定とのことです」
テレビに流悪と孝宏(25)のツーショットが映る。
志星は早々とスマホで『流悪 熱愛報道』と検索する。
検索で一番上にあるスレッドを開く。
コメント『熱愛マジか』
コメント『信じてたのに』
コメント『みんなの彼女ってのは嘘だったのか』
コメント『裏切られたな俺ら、死ねよクソビッチ』
コメント『もう流悪を推すのやめるは』
志星はスマホが手のひらから落ち、その場に大声を出しながら泣き崩れる。
* * *フラッシュバック終わり
○同・ビルの屋上(朝)
その場で固まっている志星。
悪魔は宙に浮きながら、志星を見つめる。
志星「……っは‼︎」
その場で屈んで嘔吐する志星。
志星「な……なんだ今の」
悪魔「強制フラッシュバック」
悪魔「これが悪魔の力♡」
ニコッと微笑みを見せる悪魔。
志星は口を拭って死んだ顔で悪魔を見る。
悪魔「まぁ、君が死にたくなった理由はわかったよ」
悪魔がじっと志星を見つめる。
悪魔「で、その心の憎しみは何?」
志星「あの後、流悪は誹謗中傷が1週間続いて」
悪魔「自殺ってことね」
志星「本人は最後まで否定し続けたのに」
悪魔「ひどいよね、どっちが悪魔なんだろう」
悲しげな表情に変わる悪魔。
それを見た志星が悪魔の頭を撫でる。
志星「俺は信じているよ」
悪魔「なんで?」
志星「本人が否定してるんだ、信じるさ」
志星「それを信じないネットの奴らが、流悪を自殺まで追い込んだ」
志星「殺せるなら、殺したい」
恨みを持った顔を見せる志星。
悪魔「…殺そうよ」
悪魔「悪魔の力をかしたげる」
悪魔は微笑みを浮かべ、右手をグーにして志星の前に突き出す。
志星「いいのか?」
志星は悪魔のに自身の拳をくっつける。
悪魔「はい、契約成立!」
志星「こんなあっさりと」
自分のゲンコツを一度見る志星。
悪魔「契約なんてこんなもんだよ」
悪魔「その代わり力を貸した分君の一部を食べるからね」
志星「分かった」
志星「でも、匿名の奴らをどうやって殺すんだ?」
悪魔「大丈夫。僕、悪魔だから」
ピースをしながら志星を見る。
「なんちゃって」と呟く悪魔。
悪魔「そいつらの居場所は分かるよ」
志星「悪魔ってそんなことできるの?」
悪魔「悪魔だから」
志星「悪魔ってすげーな」
感心して悪魔を見つめる志星。
悪魔「ちなみに、匿名の数人はこの近くに住んでるよ」
悪魔「歩いて行くがてら、聞かせてよ」
悪魔「どうしてそこまで流悪のことが好きなのか」
少し困惑した表情を見せた後、微笑みに変わる。
志星「いいよ」
悪魔「好きになったきっかけは?」
悪魔は志星の頭の上に乗っかる。
志星「分かんない、気づいたら好きになってた」
悪魔「なにそれ、じゃ好きなところは?」
志星「流悪ちゃんはあざとくないし」
志星「感情豊かでコロコロ表情が変わって」
志星「一回目のライブなんか」
初めてのライブの時を思い出して、笑ってる志星。
志星「ファンに初めて会えて喜んで、自身の努力が足りないって怒って」
志星「ライブが楽しいって、でもライブの終わりが早いって泣いてた」
志星「ちょっとドジで、ネットでライブ配信をするとき」
志星「映ってるのに気づかないで、何してたと思う?」
悪魔「ウィンクの練習とか」
悪魔は志星の顔を覗き込む。
志星「そう! それがめっちゃ可愛いんだよ」
志星「ウィンクが両目でしかできない所とか」
志星「メンヘラな所も好きだし」
悪魔「君変わってるね」
悪魔は少し微笑みを見せる。
志星「ゲーム配信をしてる時、たまにでる暴言も好き」
志星「そんな流悪ちゃんを見るのが唯一の生きがいで」
志星「幸せな日常だったんだ」
悪魔と志星が微笑んでいる。
○東京都内の一軒家(昼前)
高橋と書かれた表札があり、木造建築で二階建の一軒家。
玄関前にはフェンスが立っており、志星と悪魔はフェンス前に立っている。
悪魔「ついたよ。まず一人目」
悪魔「本当にいいの?」
志星「ああ」
悪魔は志星を宙に浮かし、2階の窓を開け侵入する。
部屋はカーテンが閉められており、電気がついている。
ベッドに寝転びスマホをいじっている高橋(40)は窓から入ってきた志星に気づいて驚いている。
志星「おい、流悪ってアイドル知ってるか?」
高橋「誰だよお前!」
ベッドから飛び起きる高橋。
志星「流悪ちゃんをネットで叩いたか?」
高橋「はぁ⁉︎ 警察呼ぶぞ」
志星は高橋の右腕を念力で捻じる。
高橋「イッタァァァ‼︎」
のたうち回る高橋に近寄る志星。
志星「早く答えろ」
高橋「したよ! でもあいつが俺を裏切ったんだ!」
涙と鼻水を垂らしながら倒れている志星は、立っている志星を見る。
志星「本人は否定しただろ」
高橋「メディアが熱愛って!」
捻られた右腕を抱えている高橋。
志星「お前は推しよりも、知らないやつの話を信じるのか」
高橋「だってメディアが」
高橋の話しを聞いた瞬間左手も念力で捻る。
高橋「イッダぁァア‼︎」
志星「メディア、メディアって」
ため息を吐きながら地面を一度見て、高橋の方を向く。
志星「メディアは金になる話なら、嘘もつく奴らだ」
高橋「だって!」
志星「もういい、死ね」
高橋の全身を念力で捻り潰す志星。
悪魔「君すごいね」
志星「早く次に行こう」
悪魔「その前に」
そう言うと悪魔は志星の左胸に手の平をくっつける。
すると、心臓を取り出した悪魔は大きく口を開け、心臓を一口で食べる。
志星は吐血し、その場に倒れ胸を抑える。
悪魔「おいしい!」
悪魔「大丈夫、契約中は君死なないから」
志星は口についた血を拭い立ち上がる。
志星「…いこう」
悪魔「もっと、流悪の好きな所教えてよ」
志星「いっぱい話してやるよ」
悪魔と志星は微笑みを浮かべる。
二人は笑顔のまま次の家に向かい、殺人を繰り返す。
悪魔の力を借りた後、2回目左腕、3回目右目、4回目右顔の皮膚を食べられる。
悪魔「君ってもしかして変態なの?」
志星「違うよ」
苦しそうに志星。
悪魔「普通は、推しのためにそこまでしないでしょ」
志星「だって、愛してるからね」
志星「流亜ちゃんのために生きてきたから」
志星「流亜ちゃんのためなら、どんな苦痛も耐えるよ」
悪魔「君いい人だから、一旦食べるのやめる」
志星「え…?」
悪魔「一旦。だからね」
志星「どうして?」
悪魔「君を好きになったから」
悪魔「最初そこまでするわけないって思ったから」
悪魔「契約を交わしたけど、今は君を食べたくない」
志星「いいのか?」
悪魔「契約上、食べなきゃ君は転生できないから」
志星「わかった。ありがとう」
志星の顔を一度見て、悪魔は微笑みを見せる。
悪魔「それじゃ、後残ってる十万人を殺しに行こー!」
その後たくさんの人を悪魔の力を使って殺して回る志星と悪魔。
○タワーマンションの最上階(昼前)
室内に置いてあるソファに藤宮孝宏がバスローブを着て座っており、コーヒーを片手にテレビを見ている。
テレビを見ながら笑っている。
志星「随分、幸せそうだな」
孝宏の背後に現れた志星に気づく。
孝宏「おうぁ⁉︎」
瞬時に後ろを振り返り、持っていたコーヒーを落とし、ソファーから孝宏が落ちる。
孝宏「な、なんだお前⁉︎」
孝宏「化け物…⁉︎」
孝宏「どっから入ってきた⁉︎」
志星「お前は、否定しなかったよな」
志星は静かに怒り、孝宏の前に立つ。
志星「お前と流悪ちゃんは同棲してたのか?」
孝宏「だ、誰か‼︎」
志星「どうなんだよ」
悪魔「してないよ」
驚いて悪魔を咄嗟に見る志星。
悪魔「ありがとうね、私のために」
志星「え…?」
悪魔「信じれないかもだけど、私」
悪魔「流悪なんだよね」
ポカンとしている志星。
悪魔「恨みを抱えて自殺したら、悪魔になっちゃった」
両目でウィンクをする悪魔。
一瞬ライブの時の両目ウィンクと重なる。
志星「流悪…ちゃん」
驚きの表情に変わる志星。
悪魔「このクソ野郎を殺したかった」
悪魔「こいつは、私に告白してきて」
悪魔「私はみんなの彼女だから、断ったんだけど」
悪魔「したら、恨まれてメディアに嘘を流したんだよね」
志星「そうだったんだ…」
孝宏は立ち上がり、必死に逃げようとドアの方に向かう。
それに気づいた志星は、孝宏の右足を念力で捻る。
孝宏「イッタァァ‼︎」
捩れた右足を涙を流しながら抱える孝宏。
志星「お前流悪ちゃんに振られたんだな」
孝宏「……なんで知って」
志星「流悪ちゃん、最後どうぞ」
悪魔「ありがとうね」
孝宏の体が捩れ始め、歪な形をしながら弾ける。
悪魔「これで私の恨みは終わった」
志星「それはよかった」
悪魔「びっくりしたよ、まさか悪魔が流悪ちゃんだったなんて」
志星「てか、良かったの? ファンを殺してきたけど」
悪魔「大丈夫!」
悪魔「私は私を愛してくれる人しか愛さないから」
志星「なんで言ってくれなかったんだよ」
悪魔「私をどこまで愛してるのか気になったから」
悪魔は小声で「ごめん」と謝る。
悪魔「嫌いになった?」
志星「大丈夫、愛してるから!」
悪魔は満面の笑みを見せ、志星の顔に抱きつく。
悪魔「本当にありがとうね、最後まで信じてくれて」
志星「流悪ちゃんは裏切らないって知ってるから」
志星の顔から離れる悪魔。
志星の笑顔を見て、流悪も笑顔を返す。
悪魔「…もうお別れの時間みたい」
志星「そっか、寂しいな」
悪魔「私も」
悪魔は志星の唇にキスをする。
悪魔「来世でもまたアイドルになるから」
悪魔「愛してよね?」
悪魔はあざとく小首をかしげる。
志星「もちろん!」
志星も満面の笑みを浮かべる。
悪魔「じゃ、またね志星君」
志星「うん。またね、流悪ちゃん」
悪魔は大きく口を開け、残った体を食べる。
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