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【小説】嬲(なぶ)る 22 亭主と父親、どっちに味方する?
第 5 章
一 亭主と父親の板挟み
成長期、体の成長に心が追い付いていかない。肩書の出世に、実力がついていかない。そういうことって、よくあるよな。
藤枝クリーニングの苦境は、そんなところに原因があったと思うんだよね。
元々は小さなクリーニング店だった。農家の5男に生まれた袖子の親父が、クリーニング店の小僧として修業に いつもなら手水までイネの腕をつかんだまま入った。
5年間の修業を終えると、独立して自分の店を持ったってわけ。
そのまま小さなクリーニング店でいれば、生きていけるくらいの稼ぎはあったと思うんだ。ところが人間は成長していこうとする生き物だ。
店だって、個人商店の売り上げが伸びると、次は会社にし、もっと大きな商売をしたくなる。
この心理は、責められないよな。むしろ褒められてしかるべきだと思うぜ。
問題は、そこに実力が着いてこなかったことなんだよ。時代を見る目がなかったことも、自分の実力を見極める目がなかったことも、実力が着いてこなかったのことの現れなんだろうな。
藤枝クリーニングが急に成長したのは、袖子の姉、衿子が手伝うようになってからだ。
そして藤枝クリーニングに悲劇の芽が生えたのは、衿子の亭主を引き入れたことだった。
おいら的には、そう分析してるんだよね。
***
「ゴルフなんか早いと言ったのに」
「そんなこと言っても、つきあいがあるよ。誘われるんだから、断ってばっかりというわけにもいかないよ」
衿子の夫は、昼間からゴルフ練習所に行っていた。それが父親にバレ、衿子は夫をかばった。
「うちみたいな小さな会社がゴルフなんかやったら、かえって軽くみられる」
断固、ゴルフを始めることに反対する父親。
衿子は夫に言った。
「お父さんに内緒で始めたらいい」
当初は、仕事が終わったあとか休日に練習所に通っていたが、やがて平日の仕事時間中にも通うようになった。
コンペに備えて、少しでも腕を上げておこうというわけだ。
***
よこれ、マズイよな。ナイショで進めたら、
父親への尊敬がなくなるってもんだ。
嫁姑戦争なんか世間には珍しくない。亭主は妻と母親の板挟みになって苦労する。母親の味方をすれば、たいてい責められる。マザコン男とか言われてな。
おいらの場合は、面倒だから、とりあえず嫁の味方をしておいた。しかし、心の中は、母親の味方だった。
袖子の姉、衿子の場合は、亭主と父親との間で板挟みになったわけだ。やっぱり面倒くさかったんだろうな、とりあえず、亭主の味方をした。
しかし、心の中では、父親の味方だったと思うぜ。だって、長年一緒に生きてきたわけで、価値観を共有している期間が長い。
そんなこんなで、家庭内のことは、嫁なり亭主なりの味方をしてもいい。一々親の許可を得る必要もないし、親の頭越しで何かをやってもいいと思うぜ。
ただ、このケースの場合は、仕事がらみだろう。ゴルフは仕事の一環であり、まして仕事時間中に出かけているわけだ。
そんなことを認めたら、代表取締役への尊信がなくなる。
そりゃ、そうだろ。
衿子の許可さえあれば、何をやっていいことになる。
実際、衿子は、ナイショグセのせいで、自分の首を絞めたわけだもんな。