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【小説】嬲(なぶ)る34 人を信じないで生きられる?

五 信じるもんか!
 中規模のマンションを何棟か所有しているし、観光地のホテルを買収したという話もある。それだけでもかなり資産であるが、立浪にとって最大の収入源は金貸しだ。
 本業の問屋業こそ息子に譲っているが、マンションなどの不動産業はもちろん、金貸し業はタッチさせていない。

 娘も1人いるんだが、これがまたウワサにのぼるほどの容姿端麗。立浪に似て背が高く、クリクリした大きな目がアニメにでも出てきそうなほど目立つ。
 立浪もずいぶん可愛がっていたようで、マンション1棟を与えた。ところが、立浪の意思に背いて結婚した。
 ほどなくしてマンションから追い出され、名義も立浪に書き換えた。

 妻とは離婚し、娘とは絶縁状態。立浪の私生活は謎に包まれていて、長男と同居しているという説もあれば、いくつか所有しているマンションの1室に住んでるという説もある。
 袖子が連絡すると、受話器を置くかどうかという素早さで訪れる。朝のラッシュ時でも5分と待たずに訪れる。
 
 長男の家からではどんなに急いでも20~30分はかかる。おそらく藤枝クリーニングの近くに所有しているマンションに常宿していると思うんだよな。
 長男は一応、立浪の会社の後継者として表面上はいざこざは聞こえてこない。それなりにうまく行っているんだろうが、けっして心を許せる関係とはいえないんだよな。

 いや立浪のような男は、普通の家族関係なんて必要としてないんだろうな。俺らみたいに弱虫とは違うんだろうな、おそらく。

    ***
「鬼のかく乱ってやつね。で、ひどいの?」「明日、退院するみたい。ただの風邪だったみたい」
「憎まれっ子だから、そう簡単にはくたばらないってことね」

 袖子が立浪をこき下ろすことには、衿子も慣れっこだ。別に反論することも、いさめることもなく聞き流していた。
 取り込んだ洗濯物を畳みながら、衿子が口を開いた。
「入院していち早く駆けつけたのが、長男だったんだって」
「あんな親でもやっぱり親子の情はあるんだわね」
 
 衿子は、袖子を見た。
「弁護士を同伴して来て、遺言を書いてくれって言ったんだって」
「親の子だね、血は争えない」

「立浪さんも、さすがにショックだったって言ってた」
「鬼の目にも涙。立浪さんにも人間らしい心が残っていたってことね」
     ***

 おいらだって、地元ではけっこう名門の家で育ってんだぜ。銀行員として、それなりに出世できたのは、ひとえに家柄のせい。と陰口をたたく奴も少なくない。

 だからといって、立浪みたいにいくつものマンションやビル、ホテルなんか持ってない。
金のある奴の心は、本当わかんねえや。誰ひとり信じないで、おいらだったら生きていけないよ。

 意外に、臆病だったりしてな。裏切られる恐怖につきまとわれ、先回りして信じないことで自分を守ろうとしている。そんなところかもな。
 だってさ、立浪みたいに人間味のない人間がいるなんて、信じたくないもんな。

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