勝ち組カップル様の奴隷~⓪プロローグ:恋人から奴隷へ~

 果歩の部屋は、淡いピンクのカーテンと可愛らしい小物で飾られていた。以前は、啓太にとってこの部屋は、果歩との甘い時間を過ごせる特別な場所だった。しかし今は、冷たい空気が漂う、息苦しい空間に変わっていた。
「啓太くん、もう別れてほしい。果歩ね、大輔くんのことが好きになっちゃったの。」
果歩の言葉は、小さな部屋に響き渡り、啓太の心に重く突き刺さった。ピンクの壁に飾られた二人の写真、一緒に選んだクマのぬいぐるみ、それらが啓太の胸を締め付ける。この部屋で過ごした楽しい時間、果歩の優しい笑顔、全てが嘘だったかのように思えた。
「…なんで?」ようやく絞り出した声は、震えていた。
果歩はベッドに腰掛け、ため息をつき、面倒くさそうに言った。「なんでって、好きになったんだから仕方ないでしょ。大輔くんは大人だし、頼りになるし、啓太とは違うの。」
啓太は何も言えず、ただ呆然と果歩を見つめていた。大輔。果歩がバイト先のカフェで知り合った、二個上の先輩だ。啓太も何度かカフェに果歩を訪ねたことがあり、カウンター越しに大輔と挨拶を交わしたこともあった。飄々とした雰囲気で、女性客に人気があるらしい、と果歩から聞いたことを思い出した。
「…でも、僕たちは…」啓太は言葉を詰まらせた。この部屋で初めてキスをした時のこと、果歩が作った手料理を一緒に食べた時のこと、二人で未来を語り合った時のこと。思い出が溢れ出して、胸が張り裂けそうだった。あの時は、大輔の存在など、啓太の世界にはまるで存在していなかった。
「過去の話はもういいでしょ。ごめんけど今は大輔くんのことが好きなの。」果歩は冷たく言い放った。啓太の言葉は、果歩にはもう届かないようだった。ピンクのカーテン越しに差し込む夕日が、果歩の横顔を冷たく照らしている。
それでも、啓太はこの部屋、そして果歩との繋がりを断ち切りたくなかった。しかし、啓太がどう説得しても、果歩は首を縦に振らなかった。
「…わかった、別れるのは。でも、友達としてそばにいてもいい?」
果歩は呆れたように眉をひそめた。「友達?意味わかんない。もう好きじゃないって言ってるでしょ。啓太くんと一緒にいても楽しくないんよね。」
啓太は縋るように言った。「…お願い果歩。そばにいさせて、果歩の為ならなんでもするからさ。」
果歩はしばらく考え、そして不意に、冷酷な笑みを浮かべた。「じゃあ、奴隷になってよ笑 私と大輔くんの奴隷。それでもいいなら、そばにいていい」
冗談だと思った。果歩は面白半分で言っているに違いない。でも、啓太は、どんな屈辱的な立場でも、果歩のそばにいられるならと、藁にもすがる思いで頷いた。「…わかった。奴隷でいいからそばにいさせて…」
「ほんとに言ってんの?笑」果歩は僕をバカにしていたが、僕の真剣な顔を見て、僕が本気だと確信した様子だった。その日はまた連絡すると言われて果歩の家を追い出された。

 数日後、啓太は果歩に呼び出され、彼女の部屋の前に立っていた。ほんの数日前までは、恋人としてこの部屋に出入りしていた。その頃の温もりをまだ鮮明に覚えているだけに、今の状況が信じられなかった。
ドアを開けると、果歩と、そして大輔がソファに座っていた。啓太にとって、この部屋はかつて甘い思い出で満ちた場所だった。しかし今は、重苦しい空気が漂い、啓太の心を締め付ける。
「大輔くん連れてきたよ〜??笑」
「え、こいつが果歩と一緒にいたいから奴隷になったっていう元カレ?」大輔が啓太を目にするやいなやニヤニヤしながら果歩に問いかける。
「そうだよね?啓太くん?笑笑」
果歩は啓太の顔を覗き込んだが、啓太は何も言えず、ただ俯いた。啓太の心は混乱と悲しみでいっぱいだった。そして、果歩を奪った男、大輔の目の前で、自分が奴隷として紹介されることが、どれほど屈辱的なことか。啓太の心は怒りと悲しみで煮えくり返っていたが、果歩のそばにいるためには、それを押し殺すしかなかった。
大輔は啓太を上から下まで見下ろすように見て、ニヤリと笑った。「へえ、奴隷ねえ。お前、本当にそれでいいのか?」
啓太は顔を上げ、大輔を睨みつけた。「…関係ないだろ。」声は震えていた。まだ果歩と恋人同士だった頃の記憶が鮮明に残っている。対等だったはずの関係が、今はこんなにも歪んでいる。
「この元カレほんとに奴隷としての自覚あるのか?」
「まあまあ、大輔くん。啓太は私の言うことなら何でも聞くから♡」果歩は大輔の腕に抱きつき、甘えた声で言った。「ね、啓太? 試しに、乱暴か口聞いたこと大輔くんに土下座して謝ってくれる?」
啓太の体に電流が走った。土下座? 大輔に? 屈辱感は限界を超えていた。しかし、果歩の言葉は絶対だった。啓太は震える体で床に膝をつき、深く頭を下げた。大輔の足元が視界に入る。果歩を奪った男に、頭を下げているのだ。数日前まで手をつないでいた彼女が、今は別の男に寄り添い、自分を蔑んでいる。
「ねえ頭もっと下げなよ。ちゃんとごめんなさいも言うんだからね?」果歩は冷たい笑みを浮かべて言った。
「ら…乱暴な口調になってしまい…すみません…でした…」
啓太は歯を食いしばり、額を床につけ、謝罪の言葉を口にした。床の冷たさが、啓太の頬を伝う涙と混ざり合う。まだ受け入れきれない現実が、啓太の心を押し潰そうとしていた。
「これからよろしく頼むよ、奴隷くん。」大輔は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「はい、じゃあ啓太くんは今日のところは帰っていいよ笑 あ、これからも呼び出されたらすぐに来ること!おっけー?」
「は、はい…」

その日の夜、啓太のスマホにLINEの通知が届いた。いつのまにか出来上がっていた、果歩と大輔との三人のグループLINEからだった。

果歩: 啓太くんこれからよろしくね!奴隷としてのルールだからちゃんと守ること。

続いて、長文のメッセージが送られてきた。それは、啓太が守るべき“奴隷のルール”だった。

  • 果歩と大輔くんの命令には絶対服従すること。

  • 果歩と大輔くんに口答えしないこと。

  • 果歩と大輔くんのことは様付けで呼ぶこと。

  • このグループLINEで呼び出されたらすぐに来ること。

  • 毎日このグループLINEで今日の予定を報告すること。

  • 果歩と大輔くんに嘘をつかないこと。

  • 果歩と大輔くん以外の人間と必要以上に親しくしないこと。

  • 果歩と大輔くんのプライバシーに立ち入らないこと。

  • 奴隷であることを他人に言わないこと。

その他にも、細々としたルールが事細かに記されていた。啓太は、その内容に愕然とした。まるで囚人のような、厳格なルールだった。 果歩との恋人関係が終わっただけでなく、人間としての尊厳さえも奪われたような気がした。画面の向こうで、果歩と大輔が楽しそうに笑っているのが想像できた。
こうして、啓太の奴隷生活が始まった。


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