脳炎と低Na血症(Cerebral Salt Wasting)

症例: 高齢男性, 高度の低Na血症.
 特に既往がない男性. 3週間前より言動がおかしく, 興奮症状や異常行動, 認知機能の低下が認められた. 
 日中に痙攣を認め救急搬送となった. 来院時の血液検査にて, 低Na血症(Na 110mEq/L)を認め, 入院となった.

低Na血症以外には尿酸値の低下(1.2mg/dL)が認められた. 炎症反応や肝障害など他の異常は明らかではなかった.
頭部CTでは明らかな異常所見は認められず, CSFも細胞数増多やタンパクの上昇は認められなった.

低Na血症はEuvolemic~Hypovolemicであり, 明確に区別は困難であった. 
水制限, Na負荷を行い8mEq/24時間のペースで補正を行った.
補正は順調であったが, 尿量はやや多く, 血液UA値も1.1-1.4mg/dL程度と低値のままであり, 上昇を認めなかった. FEUAは来院時14%, その後のフォローにて16-22%と亢進しており, 低Naの病態は ”Renal Salt Wasting”であると考えた.

入院中は意識は清明であったが, 痙攣発作は複数回認められた. Na補正後も認知機能の低下や痙攣発作が生じたため, 脳炎を疑い精査. 
治療は抗てんかん薬, mPSLパルス, IVIGを開始した.
最終的には自己免疫性脳炎と診断された.


というような症例(改変多数アリ)

自分の感覚としては, 入院初期に対応(Na補正)した際に
「これは綺麗なRenal Salt Wastingだなぁ。頭かなぁ。でもCTでは異常ないなぁ。じゃあ悪性腫瘍?」という印象だがその際はNa補正に集中.
 その後も改善なく, 痙攣も治らず, ということから脳炎によるCerebral Salt Wastingだったか, とみて治療切替を提案, という流れであった.


では, このRenal Salt Wastingという病態と脳炎との関係をまとめてみよう.



Renal Salt Wasting: 腎性Na漏出

■ RSWはNa再吸収機構が障害されており, 常にNa排泄が亢進している病態である.
□ 頭蓋内病変が原因であることもありその場合はCerebral salt wastingと呼ばれる
・Cerebral Salt wastingはSAHで~30%の頻度で合併すると報告があるが
機序は不明確である.
■ 腎臓からのNa排泄が亢進し, その結果体液量が減少する.

・体液量減少によりADH, レニン, アルドステロン分泌が亢進, 
ANP, BNPは低下する.
・ADH分泌に対する刺激は循環血液量減少が浸透圧よりも鋭敏であり,
 徐々に血清Na値は低下してゆく.
■ SIADHの治療がWater restrictionである一方,
それでもNa再吸収が増加しないため, RSWでは補液, Na補充が必要.
(失ったものを補う必要がある)

SIADH様の病態 + 循環血液量減少あれば, CSWの可能性が高い
(73-100%で循環血液量減少を認める)が, このEuとHypovolemicの鑑別はしばしば臨床上難しい(Eur J of Int Med 2002;13:9-14)

SIADHとRSWの鑑別方法

■ 双方プレゼンテーションは似通っており, 臨床所見で判別する場合は体液量が重要
□ しかしながらEuvolemicとHypovolemicの鑑別は結構難しいことがある

Kidney International (2009) 76, 934–938

■ 注目すべきはUAとFEUAの経過
■ FEUA: 正常値は4-11%で, SIADH, RSW双方とも亢進する.
□ 両者の違いは,
・Naを正常化させるとSIADHではFEurateも正常化する一方, 
RSWでは亢進したままとなる
・血清UAもSIADH, RSW双方で低下するが, SIADHではNa補正に伴いUAも正常化する一方で, RSWは持続的に低UAとなる.
□ 補正方法は水制限でもNa負荷でもどちらでもOK
□ ただし, 腎障害患者ではUEurateは亢進するため, Cr<1.5mg/dLが条件

Kidney International (2009) 76, 934–938

SIADH vs RSWを鑑別するFEUAを使用したアルゴリズム

Pediatric Nephrology (2022) 37:1469–1478

Cerebral Salt Wastingの原因

CSWSは脳外科術後, SAH, 頭部外傷後などで生じる.
脳炎や髄膜炎でも生じる報告があり,
□ PubMedで”cerebral salt wasting” “encephalitis”で検索すると
マイコプラズマ関連脳炎, HSV脳炎, リステリア脳炎, 急性辺縁系脳炎, 
髄膜脳炎, 結核性髄膜脳炎, West Nile脳炎, ウイルス性脳炎, 
Toxoplasma脳炎で報告がある.

小児例のCSWSの原因疾患
を調査した報告では,
 髄膜脳炎が23%であり,
 さらにこのうち69%が結核性であった.
(Pediatr Nephrol (2012) 27:733–739)

急性髄膜脳炎と低Na血症

急性感染性髄膜炎症例のReviewでは,
□ 低Na血症は結核性髄膜炎の73%,
 細菌性髄膜炎の32%
, 無菌性髄膜炎の19%で認められる(South Med J. 1976 Apr;69(4):449-57.)

■ 結核性髄膜炎症例における低Na血症の頻度を前向きに評価
□ 76例の症例(Definite 18, Probable 58)を評価.
・
低Na血症の頻度は44.7%(34例)
 
 軽症 130-134 mEq/Lは3例,
 
 中等症 120-129 mEq/Lは23例
 
 重症 <120 mEq/Lが8例.
機序はCSWSが17例, SIADHが3例, 複数の要因が17例
(Journal of the Neurological Sciences 367 (2016) 152–157)

■ ダニ媒介脳炎における低Na血症
□ 61例のダニ媒介脳炎症例を検討.

・低Na血症は41%(25例)で認められた.

 軽症 130-134 mEq/Lが20例

 中等症 125-129 mEq/Lが3例
 
重症 <125 mEq/Lが2例.
・SIADHの基準を満たしたのは3例(中等症1例, 重症2例)のみ.
(Ticks and Tick-borne Diseases 5 (2014) 284–286)

■ 急性脳炎症例における低Na血症を評価した前向きStudy
□ 他に低Na血症のリスクとなる病態や薬剤使用例は除外され,
 最終的に急性脳炎 79例を解析.
□ 脳炎の原因は他臓器障害を合併したSystemicと, 合併しないNeurologicalに分類された: 

・Neurological AES群: 日本脳炎(6), HSE(6), 細菌性(4), 自己免疫性(4), 真菌性(2), Toxoplasma(1), Varicella(1), 不明(10)
・Systemic AES群: Scrub typhus(14), Dengue(3), マラリア(1), レプトスピラ(1), 自己免疫性(1), 不明(23)
□ 低Na血症の合併頻度
・全体では22例(27.8%)で低Na血症を合併.

 軽症(130-135)が6,
 中等症(120-129)が10,
 重症(<120)が6例.

CSWが12例, SIADHが2例, 判別困難が8例.
自己免疫性脳炎が4/5で最も高頻度(80%), 次いで細菌性(3/4)
(J Intensive Care Med. 2019 May;34(5):411-417.)

J Intensive Care Med. 2019 May;34(5):411-417.


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K. Takagishi
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