食道の蠕動障害: 消化管不定愁訴の鑑別
"食道の蠕動障害" あまり馴染みがない病態かもしれないが, 難治性の消化管不定愁訴, 咳嗽, 食欲低下, 体重減少の鑑別として重要な疾患群である.
プレゼンテーションとしてあり得るパターンは,
・嚥下障害, 胸焼け, 内容物の逆流を認めるが, 上部消化管内視鏡で特に異常がない
・または, 免疫不全でもないのに食道カンジダを認めている.
・夜間の咳嗽や誤嚥
・繰り返す原因不明の胸痛症状.
・体重減少の鑑別の1つ
食道の蠕動障害には大きく3つ
食道の蠕動障害には大きく3つのパターン・疾患が含まれる.
① 食道アカラシア: このなかでType 1-3まである
② AC: Absent contracility. 食道の収縮が認められない病態であり, HRM(high-resolution manometry)において, 食道収縮が100%低下している一方で, LES圧は正常の場合で定義.
背景疾患で最も多いのは全身性強皮症.
③ IEM: Ineffective esophageal motility. 食道の蠕動が≥50%低下しており(定義によっては>70%としているものもある), LES圧が正常の場合に定義される.
(J Gastroenterol Hepatol. 2023 Jun 30. doi: 10.1111/jgh.16268.)
食道アカラシア
■ 食道の蠕動, LOSの弛緩に関連する神経の欠如により
通過性が低下し, 逆流, 摂食不良を来す疾患. (Lancet 2014; 383: 83–93)
□ 腸管ニューロンが減少, 消失しており, それがLOSの弛緩不全の原因となる.
ニューロンの減少の原因は慢性感染症や自己免疫機序等が関連. また
遺伝子の関連もある.
□ 原因の大半が特発性であり,
一部にPseudoachalasia, Chagas disease, Trypanosoma cruzi感染,
肺小細胞癌による抗Hu抗体が関連するもの,
Allgrove syndrome, Down’s syndrome等が含まれる.
□ 特発性アカラシアは成人の0.3-1.63/100000-y,
小児の0.18/100000-yの発症率. 男女差は無く,
成人例では25-60歳が好発年齢だが, どの年齢でも発症する.
(Dtsch Arztebl Int 2012; 109(12): 209–14)
アカラシアの症状
■ 食道アカラシアで最も多い症状は嚥下障害(>90%)
未消化物の逆流 76-91%.
呼吸症状(夜間の咳嗽 30%, 誤嚥 8%)
胸痛 25-64%,
胸焼け 18-52%,
体重減少 35-91%
■ Microaspirationにより, 慢性的な呼吸器症状, 肺病変を認めることもある.
□ 30例のアカラシア症例において,
治療前, 治療後6ヶ月における呼吸器症状, 画像所見を評価した報告(平均年齢は31歳, 症状の持続期間は22.5ヶ月)では, 呼吸器症状は50%で認められ,
慢性咳嗽が33.3%, 夜間の咳嗽が43.3%, 呼吸苦が23.3%
28.5%は呼吸機能検査で拘束障害が認められた.
・胸部CTにおける異常所見は43.3%で認められた.
すりガラス陰影が3例, 結節影が3例, Consolidationが2例,
無気肺が2例, 線維性変化が5例
気腫性変化が2例, Air trappingが1例, 気管支拡張が1例,
石灰化を伴う結節が1例.
・治療により線維化病変以外は改善を認めた.
(European Journal of Cardio-Thoracic Surgery 42 (2012) e90–e95 )
□ アカラシア 30例の報告では, 呼吸器症状は, 咳嗽が56.6%, 特に夜間や仰臥位で出現する.
喀痰は16.6%, 夜間の呼吸苦が6.6%
・呼吸機能検査では, 拘束性障害が16.6%.
・CTで異常を認める例が50%
. GGOや結節, 線維化が多い
(Neurogastroenterol Motil (2009) 21, 603–e20)
アカラシアの検査
■ 最初の評価は上部消化管内視鏡であり, これはPseudoachalasia, 腫瘍を除外する目的で行う.
・
早期のアカラシアの半数以上が内視鏡では正常範囲である.
晩期では食道の拡張が認められるが,
上部内視鏡は基本的に他疾患の除外が主目的となる.
・頻回の逆流, 長時間の食物の食道内貯留により, 食道カンジダのリスクにもなる. 食道カンジダは通常免疫不全患者, 長期間のステロイド使用例などで認められるが, 免疫正常患者における食道カンジダでは胃蠕動障害を疑うきっかけとなる.
また, 長期間のPPIや制酸剤も食道カンジダのリスクの1つ.
・食道造影も同様に, 他疾患の除外が主目的.
くちばし状の狭窄といった典型的な所見があればアカラシアを強く疑う所見となる.
■ 疑えばManometoryやHRMによりLES圧の亢進と食道蠕動の低下, 内圧の低下を評価する.
検査: Manometry(検圧法)
■ LOSの弛緩時の圧が>10mmHgとなる弛緩不全や,
食道内圧の上昇, 蠕動運動の消失がアカラシアに典型的.
□ 3タイプあり,
Type I; Classical achalasia. 食道の圧上昇が無いパターン
Type II; 遠位食道内圧が>30mmHgまで上昇する
Type III; 2回以上の攣縮性収縮が認められるパターン
検査: HRM: High-resolution Manometry
■ 圧だけではなく, 蠕動波の振幅, 時間, 長さを組み合わせて収縮力を評価することが可能な詳細な検査.
□ 遠位収縮積分値(DCI)をパラメータとして評価する.
平均振幅(mmHg), 持続時間(s), 移行部〜LESまでの20mmHgを超える食道遠位部の長さ(cm)の積として計算され,
DCI <100mmHg/s/cmを蠕動不全
DCI 100-450を蠕動低下
DCI 450-8000を正常
DCI >8000を過収縮と評価する.
食道アカラシア: 特発性 vs 二次性の評価
■ アカラシアは特発性が多いものの, 二次性アカラシアの中では
悪性腫瘍に随伴するものが最も重要である.
□ 食道癌など狭窄に関連するものもあれば,
肺小細胞癌, 腺癌など直接連続していないものの, アカラシアをきたすものもある
・肺小細胞癌では腫瘍が産生するHu抗体(ANNA-I抗体)が関連するアカラシアを生じる例がある. 他にANNA-I抗体は前立腺癌や乳癌, メラノーマ, リンパ腫, 肺扁平上皮癌などでも報告例がある(Am J Med Sci 2009;338(1):69–71).
□ 1年未満の早い経過, >55歳の高齢発症, 体重減少≥7kg(または高度)は
悪性腫瘍に伴うアカラシアの可能性を示唆する.(Dysphagia. 1994 Spring;9(2):292-6.)(J Gastrointest Surg. 1999 Sep-Oct;3(5):456-61.)
■ 悪性腫瘍に伴うアカラシア18例と特発性421例の比較
□ 悪性腫瘍は胃食道接合部の腫瘍が16例,
他は十二指腸が1例, 乳癌が1例
□ 二次性の年齢は57.1歳[範囲 15-78]
特発性では47.1歳[範囲 1-90]と有意に二次性の方が高齢であるが,
特発性の範囲も幅が広い
□ 症状出現からの期間は二次性で4.5ヶ月, 15/18が6ヶ月未満と短い
□ 体重減少は二次性で88.2%, 特発性では57.3%と有意に多い結果
(Am J Gastroenterol. 1990 Oct;85(10):1327-30.)
■ 6例の二次性症例と161例の特発性を比較.
□ 二次性では平均年齢62歳,
特発性では44歳と有意に二次性で高齢.
□ 60歳以上で発症したアカラシアの9%が二次性(腫瘍性)
□ 体重減少は二次性で10kg[0-23.5],
特発性で2.3kg[0-22.7]
□ 症状持続期間は二次性で3ヶ月[1-48ヶ月]
特発性で24ヶ月[1-600]
(Am J Med. 1987 Mar;82(3):439-46.)
ACとIEM
アカラシアの鑑別として重要な食道の蠕動障害: ACとIEM
・AC: Absent contracility. 食道の収縮が認められない病態であり, HRM(high-resolution manometry)において, 食道収縮が100%低下している一方で, LES圧は正常の場合で定義される.
・IEM: Ineffective esophageal motility. 食道の蠕動が≥50%低下しており, LES圧が正常の場合に定義される.
定義によっては>70%の低下としているものもある.
ACとIEMの頻度. 背景疾患
■ 日本国内の大規模施設14施設における調査.
(Japan Achalasia Multicenter Study: JAMS) (J Gastroenterol Hepatol. 2023 Jun 30. doi: 10.1111/jgh.16268.)
□ 2010-2020年に食道蠕動障害を精査された患者群を解析した結果
ACは53例, IEMが92例で診断された.
一方でアカラシアは1784例で診断された.(このうちType Iが1044例)
□ 患者群の年齢, 性別, 症状頻度.
・アカラシアと比較して, ACやIEMは高齢.
・嚥下障害や胸痛は認めるが, アカラシアの方が頻度が高い.
□ ACとIEMの背景疾患
・ACではSScが最も多い背景疾患であり34%を占める.
・IEMではSScは4%のみとACほど多くはない.
・背景疾患を認めないものもACの23%, IEMの53%で認められる.
・背景疾患も結構ことなることから, IEMはACの軽症, というわけではないのかもしれない.
■ 疾患やオピオイドによる食道粘膜や蠕動運動への影響
全身性強皮症とAC, IEM
■ アカラシア, SSc, 健常コントロールにおける食道内圧を評価した報告では,
□ アカラシアは全食道を通じて蠕動収縮は障害 + LES圧が高い
□ SScは体部〜下部にかけて圧が顕著に低下する. LES圧も低い.
□
健常者では下部ほど圧は高い. といった特徴がある.
(Dig Dis Sci (2008) 53:210–216)
■ SSc患者において食道内圧検査を行った報告からは, SSc患者の多くでAC, IEMが認められる. 頻度としてはACの方が多い.
□ ただし, AC, IEMの有無と消化管症状の頻度にはさほど違いはない.
□ ACやIEMのリスク因子は, 皮膚所見の程度(広範囲ほど高リスク), 肺病変の有無(肺病変を認めるほど高リスク)が関連. また, 議論はあるものの抗Scl-70抗体陽性例でリスクが高い報告もある.
■ SSc患者で食道内圧検査を施行した122例を解析.
□ 正常が23例, IEMが22例, ACが73例で認められた
他にII型アカラシア, 食道胃接合部流出閉塞, 過収縮性食道, 遠位食道攣縮が1例ずつ認められた.
□ 正常, AC, IEMで消化管症状の頻度に差は認めず.
食道炎所見はAC, IEM患者でより多い(11.8% vs 35-48%)
AC症例では31%で食道狭窄も認められている.
自己抗体は40%で情報がなく, 評価に値しない.
(Dis Esophagus. 2017 Dec 1;30(12):1-6.)
■ SSc症例51例で食道内圧を評価した報告では,
□ このうち33例(67.3%)で蠕動運動の低下が認められた.
27例は食道胃接合部の内圧低下も伴っていた.
□ SScにおける食道蠕動の低下を予測する因子としては,
(蠕動正常 vs 蠕動障害合併SScの割合)
びまん皮膚硬化型: 0% vs 42.4%,
皮膚限局型: 100% vs 57.6%
肺障害合併: 12.5% vs 51.5%
抗Scl-70抗体陽性: 0% vs 48.5%
抗セントロメア抗体陽性: 93.8% vs 48.5% であった.
(Dis Esophagus. 2011 Jul;24(5):299-304.)
■ SSc 79例において, 食道内圧試験を行った報告
□ ACが40例, IEMが15例, 正常が19例.
□ 3群で罹患期間やRPの期間, 自己抗体の頻度で有意差なし.
□ 病型ではびまん皮膚型でACは多く, AC, IEM症例では呼吸機能低下症例も多い
(Neurogastroenterol Motil. 2016 Aug;28(8):1157-65. )
食道アカラシア/AC・IEMの治療
内科治療
■ 食道アカラシアの治療はLOS圧を軽減させる薬剤治療, 症状の緩和, そして外科治療が選択肢となる.(表)
□ Ca-ch阻害薬と硝酸薬が正常のLOS収縮を阻害する作用を示す
・Nifedipine(アダラート®) 10-20mgを食事の15-60分前に
舌下投与する方法が広く行われている.
ただし, 低血圧など副作用もあり,
長期使用で薬剤耐性を獲得することも分かっている.
・ボツリヌス毒素も有用. 直接病変部位に投与することで,
副作用は少なく, 効果は期待でき, 80%以上で反応を示す
■ 一方でAC・IEMの治療では, 食道蠕動運動を改善させる薬物治療はないため,
主には生活指導が重要となる.
□ 食道炎があればPPIなどの制酸剤を使用する.
また食道狭窄があればその治療も必要である.
□ 生活指導では, 食事量の調節・回数の調節, 食後の体位の指導.
□ 食道過敏を合併し, 嚥下痛や症状が強い患者もいるため,
その場合は非心臓由来胸痛(NCCP)に対する治療が有用かもしれない(表; TCAやSNRI, SSRIなど. ノルトリプチレンは抗コリン作用が比較的弱いため, 食道蠕動障害の増悪リスクが低い可能性).
アカラシアに対する外科治療
■ ボツリヌス毒素の注射
□ 効果持続期間は6-12ヶ月間. 内視鏡にて短時間で施行可能.
■ Pneumatic dilation(PD)
□ 効果持続期間は2-5年間. 内視鏡にて施行可能.
■ 外科的Myotomy(Heller法)
□ 効果持続期間は5-10年間. 外科手術治療となる.
□ 内視鏡にて施行するPer-oral endoscopic myotomyもあり.
■ PD, LHM(Laparoscopic Heller's myotomy), POEM(Per-oral endoscopic myotomy)を比較したNet-work Meta-analysisでは,
□ POEMとLHMはPDよりも効果が良好.
□
侵襲面からもPOEMを第一選択となる. (Lancet Gastroenterol Hepatol 2021; 6: 30–38)