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夢に殴られる
施設見学が終わって次はカフェで小休憩。
木漏れ日の落ちる林の中のこじんまりとしたカフェだった。
入り口正面にカウンターとその奥に続く厨房。
入って左側に続く長方形の店内。
白に近い壁に板張りの床で外からの見た目より厚い壁に縦長の格子の窓がはめてあった。
林の中にあるわりには明るい店内だ。
先発のグループもいくつかいて、広くもなく狭くもない店内にそれぞれ座っている。
カフェは安くないんだ。
スイーツはいいからさっきの遺跡をもっと見ていたかった。
山本と加賀田さんは受付でささっとスイーツとドリンクのオーダーを済ませる。
カフェは安くない。でも安直に決めるのは癪だ。
食べたことないスイーツ、スフレみたいなのかな、それを選んで、600円以上もする!、ドリンクは頼まないことにした。
間に挟まれて喋るのは得意じゃないけど、転校してきたばかりの加賀田さんを生贄にするのも気が引けて私は山本との間に座る。だって、加賀田さんはいかにも気の良さそうな女の子らしい女の子だから。んで山本は悪いやつじゃないけど絡みが強い。山本も加賀田さんにはそんな風に絡まないけど。
「疲れたねー」なんて加賀田さんと喋ったかもしれない。
案の定、山本は椅子の上でぐいぐいと尻を寄せてきた。上半身を寄せてくるんじゃなくて私の座る場所を取ってやろうという、お前小学生かよっていう地味な、そして地味にくる嫌がらせ。女の子らしい加賀田さんに、私が寄り掛かっちゃうじゃないか。
「ねえ、やめて」と言っても聞きやしないのは分かっている。
だから私は間に挟まれて尻を踏ん張る。山本がにやにやしてるのがわかる。
そこに次のグループがやってきた。
矢田が、店員さんがpHで青から紫に色が変わるドリンクを実演するのを見て、「えー!すごい!」なんて高い声を上げる。学年一の矢田は、その原理なんかとっくに知っているはずなのに店員さんが可愛いからか馬鹿みたいに驚いたふりをするんだ。
邪推が当たったようで、驚いたようにニコニコしてた顔から「へへっ」と低い笑い声が漏れる。演技するなら可愛い店員さんのために最後までしろ。
ところで私のスイーツは、まだなのか。
ずっと呼ばれるのを待っているのに。
山本はとっくにスイーツを食べ終わっているし、加賀田さんの前には白い粉で華奢な花柄がふってある美味しそうなタルトがある。
仕方ないから私は何故か自分の前にあったサラダみたいなやつをお冷やで流し込んだ。普通のサラダだった。
今度は山本が手を出してくる。肩をぐいぐい押してくるんだ。これも色欲なんかの類いのそれではない。
声を上げれば、「わー、怒った怒った、怖い」なんて言うんだ。
「ねえ、やめてってば」
それでもやめやしないから、女子にしては強い握力で山本の手首を掴んで捻り押し返す。
斜め後ろのテーブルに座ってた福島が、脇腹を小突いてくる。
不意打ちの脇腹には弱くて、びくっと椅子の上で跳ねてしまう。
咄嗟に振り返って「ねえ、おい!」と大きい声を出す。
ああ、いやだ。
しかも、女の子らしい加賀田さんの前で。
もっと気の利いた返し方をできれば良いのに。でも私はこんな言い返し方しかできない。
こんな私で居たくない。
だから私は群から離れたのかもしれなかった。
誰も止めには入りやしない。
だっていつもこうだから。
どうしようも悲しくなって、本当はもっと早くそうすれば良かったのに、頼んだスイーツがまだ出てこないからなんて躊躇していたのだが、私は立ち上がった。
カウンターの前に行く。
「スイーツ、まだ来ていないんですけども」
「え、、もうお出ししたんですけど、、」
でも見たらわかるのだが私の席にスイーツの皿はない。
それはカウンターの中からでもわかるようで、可愛い店員さんは気まずそうだ。
店内を振り返ったら食べかけのスフレみたいなやつが矢田の前にあった。
矢田もあ、となる。
こいつは悪気があってやったわけじゃないんだ。ただ気付かずカウンターに出されたスイーツを、紫色になったドリンクと一緒に持っていっただけなんだ。
たぶんそうだ。こいつはそういうやつだから。
矢田は、ニッと悪い顔をして笑う。
いや、本当の矢田なら、ごめん、と言いたそうに半分席から立つくらいはするだろうか。
でももうそんなことはどうでも良くなって私はカウンターの前で財布を出す。
「お幾らですか?」と尋ねた。
上機嫌な言い方を保ったのは、意地か矜持かもしれない。
でもお店もお金を取るわけにはいかない。
だって私はサービスのお冷やしか飲んでいないから。
でもこちらもただは気が引けた。
だって頼んでないとはいえ目の前にあった何かを食べたから。
結局幾らか払った。
その間店にいた奴らは静かだった。よもや私が一人で会計を済まして出ていこうとするとは思わなかったのかもしれない。
もしかしたら先生からグループで動くように言い聞かせられてたのに一人でどこに行くんだと思ったからかもしれない。
どうでもいいか。
山本と福島の顔は一度も見なかった。
店を出ると、外は土砂降りだった。