小説|『棄てて拾って』④
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オレ達はずっと一緒だった。
中学の受験期も、同じ志望校(某高偏差値都立高校)を目指して切磋琢磨し、そして二人とも合格した。
高校ではやっと同じクラスになれて、部活も同じサッカー部と、ますます一緒にいることが増えた。
オレの中では、高校生活は充実していたし、毎日がとても楽しかった。勉強は勿論大変だけど、なんだかんだでどうにかやれてるし、部活も頑張っていたら段々評価されてきていて、中々順調だ。
だから、あいつもそうなんだろうと、そう思っていた。今思えば、それはオレの独りよがりだったのかもしれない。
オレは、気づかなかったのだ、あいつの変化に。
確かにあいつは高校に入ってから、ずっと勉強面で上手くいかなくて苦労していた。思ったように頑張れず、テストで低い点数を取ったり、課題未提出だったりと中学の頃に比べると見る影もない有様だ。
それでも、ずっとなんとかしようとしてきたのを、オレは見てきた。
そもそも、その程度の挫折なんて誰もが経験し、乗り越えていくモノだ。
それがまさか、あんなことになるなんて。誰が想像できただろうか。
………いや、これも言い訳か。
オレは気づかなかった。それが事実。
しかし今でも疑問に思う。
本当に?
オレ達はずっと一緒にいたんだぞ。あんなに一緒にいて、気づかないなんてあるのか?
本当は向き合うことが面倒で、目を背けていただけなんじゃないのか?
いや、それはオレの罪の本質ではない。
オレが一番寄り添える立場だったはずだ。親友だったんだろ!
だから、気づかなければならなかった。
気づかないことがあるのか?じゃない。気づかないことが許されるのか?だ。
答えはノー。許されない。
それがオレの罪。
永遠に償えない、決して赦されない罪。
「お前どうせやんないじゃん。」
放課後の教室。
たっくんは黙々と化学のレポートを進めていて、僕はスマホをいじっていた。
先日第三回定期考査が終わり、いつものように低い点数をとった僕。ほろ苦い後悔を胸に、「今日帰ったらちゃんと勉強しよう。」と呟いた時だった。
放たれたその言葉は、僕の心をまるでドリルのように削っていった。
「っ………!」
途端、言葉に詰まった。
いつものやりとり。いつもなら、「やるって思い続けることが大事なんだよ。」と返すところで、頭が真っ白になった。
なぜかは分からない。毎日のように繰り返しているやりとりなはずなのに。
ドリルの先端は尖っていない。だから、僕の心を鋭く深くではなく、鈍く浅く削った。
ズキズキした痛みは感じなかった。代わりに、ヒリヒリと麻痺したような感覚がする。僕の中の確固たるモノが削られ、ひび割れていく。それが何であるかは、よくわからなかった。
揺らぐ。
僕の存在が。
揺らぐ。
取り繕っていた外面が。
そこから覗くのは、ある決定的な事実。
知覚する寸前、僕は無意識にそれを悟った。
だから、声を荒げて言った。
「________なんで。」
「?」
「なんでそんな、期待してないみたいなこと言うんだよ!!!」
瞬間、その時教室にいた全員がこちらを見た。その目がまるで僕の存在そのものを非難しているようで。
本当は気付いていた。
だけど、無意識に心の奥底に閉じ込めていた。
___________ソレは、失望だった。
高校に入ってからひたすらテストで低い点数をとり、課題を出さず過ごしてきた、その結果。最早誰もが僕に期待していない。たっくんでさえも。いや、それさえ……。
僕は自分の行動で段々とみんなからの信頼を失っていったのだ。
でも、それに気付いてしまえば。この教室に僕の居場所が無くなると思って、目を逸らし続けていた。
………それも、もう無理だったようだ。
ここに僕の居場所はない。僕はここにいるべきではない。そもそも、僕のいるべき場所ってどこだ?
たっくんの隣でないのならば、何処なのだろう。ずっと目指してきたもの。そこへの道をいつの間にか自分で途切れさせてしまっていたことに気づく。
不意に、今まで描いていた僕の理想像、未来が見えなくなった。
………世界が、暗転する。
「………帰る。」
とにかく此処にいたくなくて、手早く帰り支度を済ませて教室を出た。
「お、おい!どうしたんだよ!」
我に帰ったたっくんが大声で呼び止めるが、聞こえないふりをする。
こっちの気持ちも知らないで、無責任に「どうした。」なんて言ってくるアイツに苛立ちを覚えた。それが、僕のあまりに身勝手な想いなのも、解っていた。
教室の扉を閉める時、俯いていた顔を上げ一瞬中を覗き見る。
教室の中で僕を見ていたのは、もうたっくんだけだった。
「なんでそんな、期待してないみたいなこと言うんだよ!!!」
言われて、呆然とした。
初めてかもしれない。あいつの言っていることが、何一つ分からなかった。
なんでそんな、泣きそうな顔をしているのか。なんでそんな、怒っているのか。なんでそんな_____哀しい瞳でオレを見るのか。
「………帰る。」
何一つ解らないまま、あいつは帰る支度をして教室を出て行こうとした。
「お、おい!どうしたんだよ!」
とにかくそのワケが知りたくて、あいつを呼び止めようとした。
だがあいつは耳を貸さず、最後に教室内を一瞥すると足早に去っていった。
追い掛けるべきだったのだろう。結果論だが、オレがあの時追い掛けて引っ捕まえてでも事情を問いただせば、何か変わったかもしれない。
「なんなんだ、あいつ。」
オレは自分の意地に抗えなかった。急に怒鳴られて、ムカつかない奴なんていない。その矮小な意地がオレを邪魔した。
どかっと椅子に座り直す。
気を紛らわせようと化学のレポートを再開するが、全然集中できない。やり場のない気持ちにむしゃくしゃしていると、もう一人の親友が教室に入ってきた。
「あれ、たっくんだけか?」
「おうケンちゃん。オレだけで悪かったな。」
「わりぃわりぃ。あと、ケンちゃんって呼ぶのをいい加減ヤメロ。」
奴はケンちゃん。本名は健太。オレとあいつとよく三人でつるんでいる。
ケンちゃんは中々ぶっ飛んでるやつで、中学ではサッカー部、高校では初めは陸上部で途中から転部してマジック研究部と色々渡り歩いている。なにより、入学式の日に高校デビューと題してリーゼントで登校してきた時の衝撃よ。オレはこいつ以上の大物を見たことがない。
百八十センチを超える高身長とコワモテなところから、なにかと初対面では怖がられることが多いケンちゃんだが、実は二次元アイドル推しのドルオタという可愛い(?)一面も持つ。毎回思うが、このキャップ需要あるのか?
ケンちゃんと呼んでいるのはオレ達二人だけで、本人はそれを若干嫌がっている。曰く、「可愛い感じがガキっぽい」だそう。だから、一種のネタだな。
「あいつなら、さっき丁度教室出てったところだぞ。まあ、ちょっと走れば追い付くんじゃねーか?」
「お、サンキュー。お前も一緒に帰ろうぜ。」
「いや、オレはレポートやんなきゃだから。」
それに今は、あいつに会いたくない。
それでも「ええー。帰ろーぜー。」と誘ってくるケンちゃんを「早くしないと追いつけなくなるぜ?」と急かし、誘いを断ることに成功する。
慌ただしく教室を去っていくケンちゃんを見送り、「ふぅ。」と一息つく。
「………。」
(あーーーだめだ。頭がもやもやしてなんもできねー。)
机に突っ伏し、スマホを取り出す。
(流石にあのままってのは、よくないよな……。)
LINEを開く。
少し考えてから、「ちゃんと勉強しろよ。」とメッセージを送った。
_______________そのメッセージに既読がつくことは、永遠になかった。
暗い部屋だった。
時刻は、午前0時を回ったくらいか。
部屋には勉強机とベット、人の身長程ある本棚に小学生の時優勝したサッカーの大会のトロフィー、全てが乱雑に散らかっていた。
勉強机の上の勉強道具は全て床に落ち、本棚からは本が大量に落ちて散乱し、トロフィーは床でポキリと折れていた。
そしてベットの上。
ぐしゃぐしゃになった掛け布団に頭を埋めて泣いているのは、ぐしゃぐしゃに顔を歪めたたっくんだった。
疼痛、とでも表現しようかこの痛みを。
死によって解放されたはずのこの心。後悔なんてないはずだ。なのに何処かが痛い。僕の心の何処かから、心の不調を訴えるこの痛みはなんなのだ。
「どうかな。だいぶ顔色が悪いヨ?」
顔?そんなものもうないのに、顔色なんてよく分かったもんだ。でももうやめた方がいい。キミは、人の顔色を伺う才能がないよ。
「どういうことだい?」
全く見当違いな意見だってことさ。
僕がこの光景を見せられて、後悔して泣き崩れるとでも思ったか。思惑が外れたな。僕の決意はそんなにヤワじゃない。
「ウーン……。じゃあ次行こうか。」
次?まだあるのか。
こんなこと無駄だってなんで気づかないんだ。これだから鈍感なヤツはホントムカつくな。
「ぷっ。それは、一体誰のことを言ってるのかな?」
………。
「都合が悪くなったらダンマリか。ホント、良い性格してるヨ。」
うるさいぞ。
さっきから妙にわかったようなことばかり言いやがって。そうやってずっと、周りの人のことを見下してきたんだろうな。
「滑稽だネ。まあいいさ。何を言われたって、ボクはキミを見捨てない。見捨てられないんだから。」
どういうことだよ。
______辺りがまた白い光に包まれる。
「………。」
おいっ!
_____________そして、そこには誰も居なくなった。
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