【ショートショート】『ノスキャン』
俺の名前は孤山太狼。
高校2年生だ。
自分で言うのもナンだが、俺は容姿端麗・頭脳明晰、クラスのヤツらからは尊敬の眼差しを向けられている存在だ。
昼休みの今だって席に座り、イヤホンをつけながら読書している俺を、皆遠巻きに眺めている。
教室の中心に有る俺の席の周り八席分は、いつも空いていることが多い。
俗に"俺フィールド"と呼ばれている。
「フッ……恥ずかしがり屋どもめ……」
まあ、未だに他の誰からもその名を聞かないのだが。
それどころか、コレがホントの村"八分"だとか言われている。
村八分は使い所が間違っているし、全然上手くないが、敢えて指摘しないでおこう。
「こ、孤山くん……」
珍しく、俺に話しかけて来るヤツがいた。
イヤホンを取り、声がした方に振り返る。
「ん?初音か。どうした」
声を掛けてきたのは、高峰初音。
同じクラスで、委員会も同じ保健委員会だ。
この高校は、全員必ず何かしらの委員会に入らなければならない。
どうしても、と教師に懇願されては、さすがの俺も断れまいよ。
「フッ……我ながら甘いな……」
「え、なに……」
「いや、こっちの話だ。続けてくれ」
初音が首を傾げている。
はぁ……。17年経っても、俺の思考領域に辿り着く者がいなくて困るぜ……。
「先週お願いした、保健委員のポスターの件なんだけど……」
しかし、この孤山太狼こそが至高の存在なワケで、そう簡単に俺に並ぶ者がいても大変か。
やれやれ、世界は俺に試練を与えたがるな……。
「絵を描いてきてくれるって言われてから、もう随分経ったから、もうできてる…よね……?」
だがこれも、選ばれた存在ゆえの性なのか……。
おや?
初音がじっと俺を見つめてきている。
さっきから何やらブツブツ言っていたようだが……?
ハッなるほど、そういうことか。
「フッ」
俺は初音に、流し目ヌメリイケメンスマイルをお見舞いしてやった。
途端、初音の瞳の光が消えた。
俺には解った。これは、堕ちた瞳だ。
今まで幾度もこの瞳を見てきた俺にとっては、見分けるなど造作もないこと。
初音は先程より何段か低い声で、
「………あ、そっか。そうだよね……」
何処か得心がいったように、向こうの女子集団へと去って行った。
どうやら、照れてしまったようだ。
女子集団からチラチラと、鋭く刺激的な視線を感じる。
「アイツ、今まであんま話したことないのに、急に名前呼びシテキタンダケド」
「うわー、まじありエナイよね!」
ふむ、名前呼びが効いたらしい。
これは告白も時間の問題だな……。
『1999年7月X日、今日の天気予報の時間です』
今日は休日。
店先に置いてあるテレビでは、天気予報が放送されている。
『今日は午後も日差しが強く、乾燥した一日となるでしょう』
「今日も太陽が、俺の白い肌に試練を与えようとしてくる……」
ここは、某都心部の商店街。
今日も今日とて、イヤホンをしながらブラブラと散歩をしている。
よく……高校に入学したばかりの頃は、ずっとイヤホンをして、何の曲聴いてるの?と聞かれたものだ。
しかし、イヤホンをしているからといって、その人が曲を聴いてるとは限らない。
それは、固定概念というもの。
俺は曲など聴いていない。ただ、イヤホンをノイズキャンセリングモードにして、外音を遮断しているだけだ。
何のためにって?
べ、別に、俺の周りで楽しそうにしているヤツらが羨ましくて意地になっているからとか、俺のことを厄介者扱いする声を聞きたくないからとかじゃないからなっ!
「特売ー!!特売だよーー!!」
右の店から、突然大きな声が聞こえてきた。
「?」
釣られて、目を向ける。
比較的大きな家電量販店。
店頭には、『特売!!ノイズスーパーキャンセリング搭載・新型イヤホン!』と大きく書かれた貼り紙が貼ってあった。
「ノイズスーパーキャンセリング……?」
普通、スーパーノイズキャンセリングじゃないのか?
とも思ったが、このイヤホンも使い古してきたし、そろそろ替え時かなと思っていたところだ。
ノイキャンには一家言ある俺への挑戦状だと受け取り、俺は店内に足を踏み入れた。
「毎度ありーー!!」
「フッ……つい買ってしまった……」
このノイズスーパーキャンセリング、通称ノスキャン搭載イヤホン。
中々のルックスで俺にアピールしてきやがった。
待ち切れなくなった俺は、近くの喫茶店に入り、(独りで喫茶店とか俺カッコ良すぎる)早速箱を開けて試してみることにした。
「さて……いざ開封の儀といこうじゃあないか」
まずは箱を愛でるように見回す。
製造会社は……マルス?
聞いたことがない会社だな。まあいいか。
パカッ
「んぅ〜……この音がタマラン!」
イヤホン容器の開閉時の音……コレがクセになるのだ。
スマホのBluetoothから、イヤホンの名前を探す。
どうやら専用アプリを入れる必要があるみたいなので、箱のQRコードを読み取ってダウンロードしておく。
ピコン、とイヤホンがスマホに接続する音がして、液晶にモード選択の画面が出てくる。
「いよいよだな……」
この都心ならではの喧騒を、如何程までカットしてくれるのか。
ガヤガヤ
「装着」
………………………………………………………。
「……な……に……?」
驚いた。何も聞こえない。
こ、これなら、教室でいくらボッチでも寂しくなんて………いやいやいや、違った。
俺は独りで良いのではない。独りがいいのだ。
「い、良い買い物だったぜ……」
ブツに満足した俺は、とにかく家に帰ることにしたのだった。
その日から、俺の生活は一変した。
ノスキャンのお陰で、教室内の楽しそうな笑い声が届くことがなくなったのだ。
これで俺は、もうくだらん俗世に惑わされることはない。
これで俺は、もう正直になれない俺に悩むこともない。
授業中もイヤホンをしている俺を、初めは教師も注意したが、テストで満点を取り続けて見せて、黙らせてやった。
もう、このまま……ずっと……。
………そうして、どれだけの年月が経過しただろうか。
無音。
ひたすらに無音で、まるで世界は音無しのビデオテープを見ているようだった。
俺だけが、世界から孤立してしまったような。
それで少し、ホントに少しだけだが、寂しいと思ってしまった。
だから、ほんの一瞬だけのつもりでイヤホンを外してみることにした。
「……あれ……?」
気がつくと俺は教室に居た。
おかしい。記憶が曖昧だ。
ふと、目を上げる。
「なっ……!!」
ガタンッ!
驚いて椅子から転げ落ちた。
いつもの景色。いつもの教室。
だが、
「な、何なんだお前ら……!!」
周りには、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ、タコ。
人間サイズの赤いタコ達が、椅子に行儀良く座り授業を受けている。
急に騒ぎ出した俺に、前に座るタコが振り向いた。
「ナニッテ、ドウシタンダヨ?」
顔の半分近く裂けた口から、日本語が発せられる強烈な違和感。
「は……?……は……?」
状況が理解できずに、言葉が出てこない。
「テカ、オマエコソ、ナンダソノ、キモチワルイスガタハ?」
「え、」
「マルデ、ウワサニキク、チキュウジン、ミタイジャネーカ」
「地球人……?」
まて、コイツら地球人って言ったのか?
つまり、コイツらは……。
「お、お前らは一体……?」
タコは、8本ある足の一本で不思議そうに頭を掻いて、怪訝そうに答えた。
「ハァ?オレタチノ、センゾハ、カセイ、カラキタンダローガ」
カセイ……火星!!!
コイツら、火星人だって言うのか!
「う、嘘だ!!」
「ヨク、ワカラネーヤツ、ダゼ。サッキマデ、イッショニ、ジュギョウ、ウケテタローガ」
「あ……うっ……」
なんだコレ、記憶の濁流が。
頭の中が、気持ち悪い……。
「アレ?デモ、オマエ、ミタイナ、ヤツ、イタッケ?」
「アァ?ナニ、イッテンダ。サッキマデ、オレタチト、イッショニ、ジュギョウ、ウケテ……アレ?」
俺と前の席に座る自称火星人とのやり取りを皮切りに、そこら中でタコ達が騒ぎ出す。
そんな中、俺は震える声でどうにか言葉を絞り出した。
「………お前らは、本当に火星人なのか」
「アア。トハイッテモ、オレタチガ、ココニ、イジュウシテ、1999ネン、タッテルンダ。モハヤ、オレタチコソガ、チキュウジン、ジャネーカ」
溢れ出した記憶の奔流が、ヤツらの語ることは事実だと肯定してくる。
否定したいのに、どうしてもできない。
「なんで……なんで!!」
……俺が、逃げたからか!?
外界との繋がりを自ら断ち、現実逃避を続けたから。
だから……なのか……?
これは、俺への罰なのだろうか。
臆病な俺への、天罰なのか。
「お、おれは……!」
俺は……間違っていた……んだろうな。
自分のコトを棚に上げて逃げたって、何も変わらないのに。
俺は傷つくことを恐れ、目を逸らし続けた。
それがこの、俺独りが本当に孤立した世界を生み出してしまった。
ごめんなさい、神様。
俺が、間違ってました……。
後悔してます。
だからどうか、俺を……。
俺を、もう赦して……ください………。
項垂れる俺に、巨大なタコは足を一本伸ばして、肩の上に置いた。
「マッタク、ホントニ、ミニクイスガタ、ダナァ。ソンナ………」
「イカ、ミタイナ、カッコウ、シヤガッテヨォ」
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