小説|『棄てて拾って』③
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「…っ……。信じねーからな、っこんな、こと。オ、オレはぜってぇ、信じねぇから……。ああっぁぁっぁ!!」
誰かの泣く声が聞こえた。とても聞き慣れた、どこか安心する声。
そうだ、この声は、
「たっくん、だろ?」
また聞き慣れた声がした。
段々思い出してきたぞ。確か僕は、死んであの世に行ったんだ。そこで正体不明クッキー人形に出会って、そいつと話してて…?
「そうそう、大体合ってる。正体不明クッキー人形ってところを除いてな。」
うわぁ!?出たなてめー。
これはお前の仕業だな。僕に何をした。ここは一体どこなんだ。
「予想はついてるデショ。ゲ・ン・セ、だヨ⭐︎。」
そうか、死ぬ。
「わー無理だって。キミはもう死んでるんだから、今死のうとしてもあの世へは戻れないヨぉ〜」
全く、なんてことしてくれなさっちゃってんのまじで。
「それは日本語かい?残念ながら、ボクは生粋の日本人でね。日本語しか分からないんだあー嘆かわしい。そんなことより、キミにはもっと見るべきモノがあるじゃないか。」
いやだッ僕は見ないぞ。
見ないって言ったら見ないんだ。
「最後だったのに……本当に最後だったのに!こんな、こんな………!オレが、オレがもっと……何とかしてやれなかったのかよぉ………!」
目を閉じても、
「オレがもっと、お前のこと考えてれば、もっと……!くそっなんでできてねーんだよぉ…今更後悔してもおっせぇンだよぉ……!!」
耳を塞いでも、
「オレが、一番分かってたはずなのに。こんなんでよく親友名乗れたな……オレ。なんで急にいなくなっちまうんだ。なんで、オレになんにも言わないで、置き去りにするんだよ。なんで……!こんな、別れ方……。なんで…………!!」
聞こえてしまう。響いてしまう。あぁそうか、今理解した。僕はもう死んだんだ。耳だの目だのあるわけないんだ。
そうか。だからか。こんなにも心に響いてくるのは。こんなにも心が苦しいのは、だからなんだよな……!?
「……………………」
____たっくん。彼の本名は拓海と言ったが、僕は出会った時に直感で閃いたこのニックネームをずっと使っている。我ながら天才的なセンスだ。
小中高と同じ学校で、腐れ縁ってやつ?ずっと一緒で、一番の親友だった。
たっくんはノリのいいやつで、明るくてみんなの中心だった。そんなたっくんと僕が共有していたモノ、それがエロへの飽くなき探究心であったのは、間違い無いだろう。まさしく彼は、エロガキだった。
そんな一面がありつつも、確かに僕らは親友だったし、お互いを思い、信頼し合っていた。……そう思っていたのは、僕だけだった。いや、僕が悪いんだ。僕の至らなさが、彼を失望させてしまっていたのだ。
そのことを決定的に知ってしまった。
だから僕は______
そいつは、元々クラスで目立っていたわけじゃなかった。どこにでもいるような“良い奴”だった。だから今まで関わってこなかったし、これからもあまり関わることはないんだろうなって思ってた。
……あの時までは。
当時小学五年生だったオレは、性の喜びを若干十一歳にして知ってしまった。いや、違うんだ。アレはたまたまお風呂場で___ってそうじゃない!
早くも境地に達し悟りを開いたオレ。しかし、周りの奴らは反転術式のやり方さえ知らなかった。
この気持ちを誰かと共有したい。そんなオレの前に現れたのが、“あいつ”だった。
解ってしまった。
教室で唯一面構えが、纏っているモノが違った。あのスンと澄ました顔、醒めた目で女子を追う姿、まさしくアレは………!!
賢者だった。
確信した。やつは同類だ。術式順転と反転を交互に繰り返し、虚式を生み出す。やつにはこれができるッ。
話しかけた。そして、オレは間違いに気づいた。
やつには、領域展開ができた。
オレはやつを師と崇め、弟子入りした。ちなみに、領域展開が如何なるものかは割愛する。
ともあれ、毎日どちらかの家に入り浸り、ppppppppを観たり、pppppppについてディスカッションしたりする日々が小学校卒業するくらいまで続いた。
腐れ縁は、こんな感じで始まった。
あいつとの思い出はうんざりする程あったが、エロ本事件は中でも強烈だった。
その日、オレとあいつは、あいつの家で道に落ちてたエロ本を拾ってきて舐めるように観ていた。
「えー!やばいって!これ以上ナニを見せるってゆーんだよォ!!」
「落ち着けってたっくん。袋とじのページ。これを開ける時の快感がタマランぜ……!」
今思うと、なんてアホっぽい会話なんだ。
「用意はいいか?いくぞ……?」
あいつがハサミの刃先をページに近づけていって……!?
「ま、まずい!母さんだ!」
ダンダンダン。突如階段を登る音が響いてきた。
ニ階にあるこの部屋に来ようとしているのは明白だった。オレ達は素早く切り替えてブツをベットの掛け布団の下に隠し、懐からゲーム機を取り出した。この間三秒。
そして、どちらかがこう叫ぶのだ。
「あー、負けた!!くっそー悔しいぜ!!たっくんモリカーうまいなぁ!」
「へへっ。これで十連勝!!」
ホントは一戦もしてないし、何ならオレよりあいつの方がモリカーはうまい。
「(オイ、十連勝は言い過ぎだろ)」
「(まあ、過小評価か)」
「(ちっげーよ!こんのヤロ…!)」
オレに掴みかかってくるあいつをいつもの如く迎撃。
いつもの光景。それゆえの慣れ。油断と言ってもいいだろう。あの時、オレ達はすっかり油断していたんだ。
足音がニ階に到達した。後数秒でガチャリとこの部屋のドアが開く。そして、あいつのお母さんがこう言うんだ。「たっくん、いつもありがとね________(ガチャリ)
「ニ人ともー!モリカーやるなら、誘ってくれればいいのにー」
瞬間、思考が停止した。あいつのお母さんとは違うがしかし、これもまた聞き慣れた声。だかしかし、だがしかし______
この展開はまずい。
頭の中ではわかっていても、体の反応が遅れる。その遅れが、致命的なミスに繋がってしまった。
あいつに目線で訴える。が、目が合わない。あいつの瞳は諦念を浮かべ、虚空を見つめていた。
「半周くらい、ハンデあげよっか?」
「……」
「あれっ?何コレ。なになに、ジャンピ?漫画読んでたの?」
(あっ)
と思った時には遅かった。
あいつのお母さんは、いつも扉の辺りから様子を見るだけだったから、軽く布団に突っ込むだけで事足りた。しかし、新たにやってきた人物____ひーちゃん____は、ぐいぐいこっちにやってきたので、ボロが出た。布団からはみ出るエロ本に気づいてしまったのだ!
イケナイ本だと知らずにソレを手に取るひーちゃん。もちろんオレ達はどうしたらいいか分からず、それを阻止できなかった。
頭が真っ白になりながらもオレは思った。
(あー、これ終わったな。)
「って、………………えっ?」
表紙を見て、感情が抜け落ちるひーちゃん。ひーちゃんは、ついにオレ達の秘密を知ってしまった。実際に秘部を諸々しているのだから、そういう意味でも秘密なワケだがそんなことはどうでもいいのだ。
因みにひーちゃん_____陽菜_____とは、オレ達の幼馴染でこの家の隣に住んでいる。よく三人で遊ぶことが多く、モリカーでフルボッコにされることもしばしば…。
中学に入った辺りから気づいていたが、ひーちゃんはあいつのことが好きだった。それにまつわる話もあるのだが、今はそんなこともどうでもいいのだ。
ほら見ろ。あの無表情のひーちゃんの顔を。オレ達をハエを見るような目をして見てやがる。
「………これは……どういうこと?」
「あっいや、………うぅん」
あいつが受け答えに困っている。
感情の無い瞳がこちらを向いた。
「……」
びくぅ、、、
俯くひーちゃん。
目を凝らすと、その肩がワナワナと震えているように見える。その表情は窺い知ることはできないが、心なしか耳が赤くなっているような……?
不安に駆られて下から表情を確認しようとした途端、
「は、ハレンチーーーー!!!」
きぃぃぃぃん。
ひーちゃんの甲高い叫び声が耳をつんざく。思わずオレ達は2人して耳を塞ぐが、心理的な衝撃波が放たれて後転を一回、二回、半回転で部屋の壁にダンッ!背中を打ってさらに悶え転がる。ダメージは甚大だ。
「はれんち……?」
転がりながらも、不思議と抜けてるところがあるあいつは破廉恥という言葉を知らなかったらしい、疑問の声を溢す。
あんま余計なこと言わないで欲しい。
ひーちゃんは、バッと真っ赤な顔を上げると、
「ふああぁぁぁああ!!!!」
エロ本を放り投げてドタドタドタ!!と階段を降りていってしまった。
宙に舞うエロ本。
ひーちゃんを追いかけようと立ち上がるあいつ。エロ本をキャッチするべく前へダイビングするオレ。二者二様の動きをするオレ達。
まてよ。この時のオレマジで何してんだ……。
まあ、結果をかいつまんで言うと、ひーちゃんはショックのあまりあいつのお母さんにチクることも忘れて帰り、一番まずい事態は免れた。オレはエロ本を無事キャッチし、万事一件落着。
……なんてことは勿論なく、そこからひーちゃんには学校で避けられるようになり、時間と共になあなあになるまでに、数週間を要した。
その間、ひーちゃんへの弁解の為にあの手この手で策を凝らしたオレ達の仲が、更に深まったことは言うまでもなく、この事件でオレ達の飽なき探究心が消失するなんてこともなかったのは、もっと言うまでも無いだろう。
中学に入ってからずっとクラスは別だったが、僕とたっくんは同じサッカー部だった為いつも一緒にいた。他に友達がいなかったワケではない、特に仲が良かっただけだ。死んだ身ではあるが僕の名誉のために言っておくからな。
実のところ、僕の人生の絶頂期は中学時代で、サッカーは中学から始めたものの(自分で言うのもナンだが)弛まぬ努力で技術でカバー出来ない分を走りでカバーし、部活のレベルが低いのもあってスタメンだったし、リレ選だったし、運動会はわーきゃー言われてたし……。
勉強もよくわからんが覚醒して、一年の後半辺りから大した努力なしに男子学年一位を取り続けていたり、だからこそ己の怠惰を放置してしまったのだが。確か受験期にはたっくんに負けていたしな。
閑話休題。
たっくんとはずっと一緒で色々と経験したものの、やはり一番大きいのは失恋事件だ。
どっちの失恋かって?うーん、なんとも言い難い。
あれは中学二年生の冬。前述の通り人生絶頂期で盛りに盛り、アレもコレも盛ってそろそろ彼女欲しいなぁと思い始めていた。というのも、好きな子と席が隣になったのだ。大チャンスの到来。
ただ、恋愛経験皆無の身なので、たっくんに相談をば、と……したのだが、
「でさー、手ぇ繋いだら、すんげーちっちゃいんだよ。マジでそれが可愛くて。さらに恥ずかしそうに上目遣いで見上げてくんだよ!やべーって。守りたいこの笑顔、みたいな!?」
「お、おう……」
おかしいな。さっきからたっくんの彼女自慢しか聞いてない。
どうやら恋愛関連のワードは、いつの間にかたっくんには禁句になっていたらしい。恐らくだいたい三ヶ月くらい前から。
そう、僕がわざわざ恥を忍んでたっくんに相談したのには、仲がいいからという以外に明確な根拠がある。
というのも、約三ヶ月前、つまり八月の夏休みの頃にたっくんには彼女ができた。近くの神社の夏祭りに誘って告ったらしい。そこからは、ずぅぅっと彼女にデレデレで、一緒に学校から帰る時もひたすら惚気話をしてくるからして、幸せいっぱいなんだろな爆発すればいいのに。
「でさでさ、恋人繋ぎした時_________」
「______指と指のお互いの間にどれだけ指を絡ませるかに迷ってたら、向こうから深く絡ませてきて、ドキッとしたんだろ。」
「ええっ!?こわお前。なんで知ってんだよ!?」
たっくんは、本気で驚き目を丸めて僕のことを見ている。
そんなアホになったたっくんに思わずため息を溢す僕。
「この話何回目だと思ってんだよ……。酔っ払いオヤジか。」
「あれ、そうだっけ?ごめんごめん。」
「ホントだよ。で、本題だけど、」
「え、じゃあ、腕組んだ時の話は?」
コイツ、何の為に僕が話を持ちかけたのか完全に忘れてやがるな……。
くそぅ、相談乗ってくれるなら奢るからと某ファストフード店に来て、このままずっと自慢話で終わらしてたまるか。
ポテトLサイズの分は相談乗ってもらうぞ……!
「その話もした。お前の彼女関連の話はぜぇぇんぶ聞きました!そんなことより、今日は相談があってだな……。」
「じゃあじゃあ、ハグした時の話したっけ?」
……。
「……してない。」
「あーー疲れた!」
どすん。
帰宅した僕は、自分の部屋に直行し、荷物を投げ捨ててベットにダイブした。
寝転がると、途端に今日の疲れがどっと押し寄せてくるような感じがする。
「実際今日は特に疲れたわ……。あー無駄金はたいちった。」
結局あの場はたっくんの惚気話を聞いて終わってしまった。まあ、確かにハグの話はちょっと気になったけど!意外と肩の骨格を感じて、思っていた華奢さはそんなに感じなかったけれど、逆に抱き締め甲斐があるというか、らしい。
まじでこんなのばっか覚えてどうすんだ?
「僕のバカ。明日こそ、だ。」
ベットから起き上がり、決意を新たにさあ塾の宿題でもやろうかと思ったが、
「いややっぱ疲れたわ」
眠くなったので寝ることにした。
ま、仮眠仮眠……。
「……」
やってしまった。
ベットに寝転がりながら、ちらりと横目に時計の時刻を確認すると、どうやら今は午前四時らしい。脳が理解を拒んだ。
「……」
ふむ。
まあいつまでも逃げているわけにもいかないだろう。風呂入ってないし、晩御飯も食べなきゃ。あと、今日の分の塾の宿題もだ。
まだ寝ていたい気持ちを無理矢理捻じ伏せ、涙ながらにベットから出る。
ここで少し補足説明をば。
僕はこの時期、中学一年の秋頃からはるちゃん____例の如くニックネームで、本名は波瑠奈といった____にゾッコンだった。実は、一年の秋頃にも席が隣になっていた。元々可愛いなぁと気になっていた子だったので接近を試みたところ、内面もすんげー可愛い子で、優しいし僕の話にいつもころころ笑ってくれて、もうなんか大好きだった。
はるちゃんは、陸上部でしっかりしていて、普段はそれほど活発はキャラではないけれど、アニメが好きでその話になると急に饒舌になって楽しそうにする。そこがまた可愛いところなのだが。勉強ができるから、クラスからは尊敬されてた気がする。僕ほどではないけれど、クラスの中心人物って感じ。……はい、自惚れですね。
いつも陸上部のジャージを着ていることが多かったが、たまに着てくる私服も可愛いかったなぁ。あとは、ボブの髪型もキュンと来ていた記憶がある。というか、今でもボブ好きだった。はるちゃんの影響だったのか。
こんな感じで、とにかく可愛いはるちゃんに高鳴り溢れそうなこの気持ちを伝えたくて、この頃は色々と悩みウジウジしていたものだ。
「ご飯も硬いし、味噌汁も冷たい。」
ご飯は出来立てに食べるに限る。ホントこういう時思い知る。
「これ塾までにおわんなくね……?」
宿題は前日までにやっておくに限る。当日やるとこうなる。
うんうん唸りながら、のろのろとと宿題をやって、いつの間にか時間が過ぎ両親が起きてくる。朝ご飯を食べて、支度して、家をでる。
家を出ると偶然隣の家から出てきたひーちゃんと目が合った。こうなっては、男女2人で登校すると、周りからとやかく言われるからと無視できるほどの鋼の心を持っているわけではない僕には、「一緒に行こう」と誘う以外の選択肢はなかった。
「あ、おはよっ。いいよ、行こう?」
ニコリと微笑んでひーちゃんが隣にくる。お団子ヘアーの後ろでまとまった髪の先っちょ、ちょんと飛び出した髪が動きに伴ってはねる。
それにしても、最近よくひーちゃんと家の前で会うなぁ。
(まあ、そういう時もあるか)
別に深く考えるようなことでもない。それより僕にはもっと難解かつ優先度の高い熟考すべき事柄があるのだ。
「なんか、最近難しい顔してるよねー。なあに?悩み事?相談乗ってあげようか。」
確かにたっくんよりかは真面目に考えてくれそうだが、女の子にこの手の話をするのは心理的ハードルが高い。
「いや、別に大したことじゃないからいいよ。」
(それになんか、特にひーちゃんにはこの気持ちを打ち明けない方がいい気がする。)
直感的にそう思った。
「え〜なんか気になる。教えてよー。」
くいっと、僕の部活ジャージの袖を掴むひーちゃん。
昔から一緒だったこともあり、スキンシップが少し多い。年を経るにつれ、段々とこちらからのものは減っていったが、ひーちゃんからのはまだちょいちょいとある。特に2人で登校してる時とか、心臓に悪い。
べ、別に気持ちが揺らいでるワケじゃないからな!思春期の男の子というのは、女子からの何気ないスキンシップや解釈の仕方によっては好意を感じられる言葉に、ドキドキしてしまうものなのだ。
ホント、袖を少しだけ摘むみたいな可愛いスキンシップやめてほしい。そんなキラキラした目で僕を見ないで………!
よくない。話題を変えよう。
「まじで大したことないんだって。それよりさあ、もうテスト一週間前だけど、勉強の方は大丈夫なんすか?」
「うっまだ課題手つけてない……。」
「また夜中に課題終わってないって電話かけてくんなよ?」
念を押すように言うと、ひーちゃんは目を逸らす。
「いや〜それはちょっと無理かなぁ……なんて。てか、私が徹夜してる時間に起きてるのが悪いんじゃないのかなー?」
「まあ、確かに前日徹夜は僕もやってるけど、終わってるからな?課題。」
「うぐぐぅ………。」
同じ前日徹夜勢ではあるものの、僕とひーちゃんには決定的な違いがあった。そう、課題を終わらせているか否かだ。
彼女はしっかりしていたはるちゃんとは違い、運動全振り(バスケ部)で勉強がからっきしだった。授業中の爆睡、課題を出さない、テストでの低い点数など、あまり素行が良いとは言えない一面も持つ。まあ、そんな側面は彼女の魅力の表層に過ぎず、根は真面目だし、部活に一生懸命に取り組む姿は尊敬できるし、いつも明るく朗らかな人柄はみんなから好かれている。そう考えると、勉強がポンコツなのも愛嬌と言えるものだろう。
「今回も頼りにしてるぜ⭐︎」
「頼りにされても困るんだけど……。」
そんなウインクして可愛こぶってもらっても、いい加減夜中にびーびー言いながら課題を進めるひーちゃんを見るのは飽き飽きなんだよなぁ。
そうなのだ。彼女は毎回テストの度、僕の母さんが夜は一階に自分のスマホを置いてニ階の部屋で寝ることを知っていて、前日深夜に一階で徹夜してる僕を狙い、母さんのスマホにLINE電話をかけてくるのだ。しかもビデオ通話。前提として、母さんのスマホのLINEにはひーちゃんが友達登録されていることがあるのだが、ここで幼馴染の立場が効いてくる。
また、あまり声を大にして言えないが、僕は母さんのスマホのパスワードを以前チラリと見ていて把握している。もちろん、それも彼女には知られている。
………………それらをなぜひーちゃんが知っているかって?下手人はたったくんだ。アイツまじ覚えてろよ……!
こうして見ると美少女なんだけど、そういったところも見てるから、恋愛感情が湧かないのかな。
なーんてことは、本人には言えない。
「何よその目は。」
「いや、何でも。」
すっと目を逸らす。
段々と校門が見えてきた。それに伴い、道行く同じ中学の生徒達も増えて、人目が気になり始めた。
知り合いがいないかと、目を泳がせる。特に、クラスの男子とはるちゃんはやばい。クラスの男子は後でからかってくるし、はるちゃんはヘンな誤解を招きかねないのと同時に、実はひーちゃんと大親友で、
「あー!はるちゃん!おはよー。」
とかなんとか、フラグを立ててしまったのが良くなかったのか。
「ひな!おはよー!」
はるちゃん出現。
あぁ、今日も可愛いなぁ。うれしいような嬉しくないような複雑な気持ち、いや嬉しいな心拍速過ぎて死にそう。
「今日も可愛いなぁ!このぉ!」
「やっ、ちょっ、ひなやめてよー。」
キャハハハ、ウフフ、尊い。世界はなんて美しいんだ。
この世界は誰にも邪魔できない。そうだ、賤しい身の僕はここで退散すべきなのだ。そそそと肩を縮めて一人でもう目の前の校門を通り過ぎようとする。
「ちょっとどこ行くの?待ってよ。」
見つかった。
「あ、おはよー。今日は部活の朝練ないんだね。」
「あ、え、」
やばい、テンパった。咄嗟に言葉が紡げない。まるで、喉の奥に何かがつっかえて詰まっているようだ。
とにかく挨拶だ。返さないと。
「お、おはよう……。」
やっとの思いで返した僕に、ひーちゃんが駆け寄ってきて僕の肩に手を置いて、
「こいつ、テスト一週間前で部活ないのに部活ジャージなんだよ。部活着だけで一年以上過ごしてきてるから、もうサイズ合う私服持ってないんだってさ!」
よ、余計なことを……!
そうそう、うちの中学は何十年か前に生徒会の人達が生徒をまとめ上げて、私服の学校になっているのだ。中々珍しい。因みに、制服はなくなったワケではなく、標準服として入学式等の日には着ることになっている。ほとんど使う機会のない服を買わせるのか、とウチの母が不満をこぼしていた記憶がある。
しかし、またしてもスキンシップだ。うーん、別に嫌なワケではないんだけど、はるちゃんに誠実でいたいのだ。いや、付き合ってないけど。
「あそっか、もう部活ないのか。私、部活着持ってきちゃったー。」
「あれ、はるちゃんも?うっかりさんだなー!」
こんな些細な”一緒”にさえ、心の奥底から湧き立つような喜びを感じる。
(あぁ、もうホントだめだ。)
自分が恋の坩堝に堕ちていくのが分かる。僕の心の何処かから囁きが聞こえるのだ。彼女を、彼女のその瞳を、心を、笑顔を僕だけのものにしたい。
それと同時に、そんな自分の征服欲に塗れた心の内を嫌悪する。
自己矛盾でどうにかなってしまいそうだ。
昏い胸の高鳴りを感じながら、僕は校門をくぐるのだった。
「はははははは!!ばっかだなーー!」
バンバンと、たっくんの手が机を何度も叩く。
「そ、そんなに笑うことないだろ!こっちは真剣に相談してるんだよぉ!」
「いやいや、だってそんなこと。お前、生真面目に考えすぎ!そんなの恋の一側面に過ぎないんだって。こんな昏い感情を持ってる僕が、はるちゃんと付き合って良いのかって、良いも悪いも誰も決めらんねーよって話だよ。強いて言うなら、はるちゃんじゃね。」
で、それを告白して確かめるんだろ?とたっくんは続ける。
「ぐぬぬ……。」
初めてこいつから正論ぽいこと聞いた気がする。ちょっと悔しい。
「まあ、そうはいっても他人から言われて簡単に割り切れるわけないよな。」
なんだこれ、人として負けてる?
放課後の誰もいない教室。少し偉そうに椅子にふんぞり返るたっくんが、どこか様になっている。
てか、そーゆー話を昨日聞きたかったんだけどなぁ。
「それで?いつ決行するんだよ。」
「テスト明け。陸上部とサッカー部のオフって同じ水曜日じゃん?放課後呼び出そうかなって。」
「あーなるほどね。お前スマホ持ってないもんなー。LINE使って呼び出して欲しいのか。」
「いや、そういうことではなくて……。」
まあ、LINEで呼び出してもらえるなら、心理的には楽なんだけどなぁ。いやなによりも、スマホを持っていないことがこんなに不便に感じるとは……!
誕生日の時、父さん説得してでも買ってもらうべきだったかな。
「呼び出しとか諸々は自分でやりたいから、たっくんには何て言って告ったらいいかとか、あとは僕の気持ちを聞いてくれる役やって欲しいんだけど。」
「ほーん、そこはプライドってやつかね。いいぜ。」
「よろしく。頼りにしてるぜ、彼女持ちっ!」
僕がサムズアップをすると、たっくんもそれに応じて親指を立ててから、悠々と僕に歩み寄ると肩に手を回してきた。
僕を見下ろす得意げな顔が鼻につくのだが。
「任せたまえよ。なんなら、今からリア充のなんたるかをノンフィクションでお届けしようかな?」
「いや、それは結構間に合ってます。」
ええ〜〜、と不満タラタラなたっくんの腕から急いで逃れる。
あ、危ない。危うく昨日の二の舞いになるところだった。
「で、話を戻すけど___________」
時間はあっという間に過ぎた。
いつものように前日の深夜にひーちゃんの課題の面倒を見て_____因みにひーちゃんの課題は終わらなかった_____、阿鼻叫喚の教室の中一人涼しい顔で木曜、金曜と続いたテストをこなし、テストが明けついでに週も開けた月曜日。またしても阿鼻叫喚に包まれる教室の中、高得点のテストをこれまた涼しい顔で受け取り、みんなからの称賛の声に気分が良くなったまま、はるちゃんを呼び出す約束を取り付けることに成功。
そして今日。運命の日。
今日の放課後は、僕の人生の大きな分岐点になるといっても過言ではない。
決戦場は学校の四階大会議室前。うちの中学の四階には、大会議室や被服室などの特別教室のみが存在し、普段から人通りが少ない。また、放課後は部活がオフの生徒_____つまり僕達だが_____以外は部活に精を出している頃。よって、滅多なことでは二人きりの空間を崩されることはないだろう。
という綿密な計算のもと、勝利の方程式を導き出すためにたっくん師匠のお力添えを乞うこと実に十数回。テスト期間だというのに、散々相談に乗ってくれたたっくんには感謝しかない。ちょいちょい入る彼女自慢が玉にキズかな。
六限の授業終了のチャイムが鳴る。
挨拶を済ませ、軽く荷物を整えた僕は足早に教室を出た。教室の扉をかける時チラリとはるちゃんの様子を伺うと、まだクラスの女子と談笑していた。教室を出るのにまだ数分はかかるだろうから、先に四階に着いて気持ちを落ち着かせておくとしよう。
廊下に出ると、ちょうど隣の教室から出たたっくんと目があった。僕達は自然と向き合い、無言ですれ違った。そうさ、僕達に言葉はもういらない。一蓮托生、一心同体、以心伝心、えとせとら、だ。
大会議室前に着く。
…………。
「あれ、やべーなんか帰りたくなってきた。僕なんで告ろうなんて思ったんだろ。」
じっとしていると、緊張がうなぎのぼりだ。
きっとほんの数分であっただろう時間が、永遠に感じられる。一秒が限りなく延長され、世界までもが僕を焦らして楽しんでいるようだ。
「え、てか成功する自信急になくなってきた。なんて言おうとしてるんだっけ。」
誰もいない空間。そこに僕の声がこだまする。
「やばい、これやばいよ。帰りてー………!」
必死に掻き消している。
でなければ、ますます意識してしまうから。この高鳴り続ける鼓動の存在を。静かな廊下に、ひたすらに僕の鼓動が鳴り響くようなこの感じ。
「はぁっ、はぁっ、」
呼吸が無意識に浅くなる。
ぎゅっと握りしめた手は、手汗まみれだ。
(きもちわるい。)
頭が心臓の音でうるさい。
視野が狭窄する。
意識が薄まる。
立っているのがつらくなる。
(あ、これまじでダメなやつだ。)
フラッ。
身体が倒れる。
眼前に床が迫る。
(こんな時に……!無念………!)
ぽすっ。
そんな音と共に、床との距離が縮まらなくなったことに気づく。
(なんて可愛らしい擬音なんだ。)
そんな場違いな感想が出た。
そして薄れゆく意識の中、不意に美少女限定特殊能力"良い匂い"を鼻腔が捉え、僕の意識は急激に覚醒した。
「えと、大丈夫?」
「………。」
大丈夫じゃない。
なんと形容すれば良いのだろうか。どうやら僕は、好きな女の子に倒れそうになったところを助けてもらったらしい。その、抱き止めるというカタチで。
とにかく、幸せだ。間違いない。
夢のような時間をずっと堪能していたかったのだが、そうもいかないらしい。
気がつくと、身体が離れていた。
「あっ……。」
思わず、声が漏れてしまった。
互いの身体が触れ合っていた時間など、ほんの数秒だろう。先程彼女を待っていた時間に比べるまでもない。しかし僕は、その時以上の永遠とひどく矛盾する刹那を感じていた。
あまりの刹那さに、胸が張り裂けそうだ。
そんな思考が脳を支配し身体の方を放っておいた為、呆然としているような僕の姿にはるちゃんがますます心配そうな目を向けてくる。
「え、ほんとに大丈夫?保健室行く?」
保健室とかどうでも良いから、「もう一回お願いします!」。なんて、言えたらどんなに良かったことか。どうにかならないもんかな。
僕の頭の中はもうそれしか考えてなかった。
そして気づいた。
(ハグなんて、恋人同士だったらできるのになぁ。)
いやまてよ。
そもそも今日はるちゃんを呼び出したのはそのためじゃないか。なんだ、簡単なことだ。
この時の僕はなんていうか、突然のハプニングで思考が完全に麻痺していたのだ。半ば何も考えず、自然と言葉が溢れた。
「好きです。」
「「…………えっ?」」
二人して声が出た。
その声で僕はふと我に帰る。そして、瞬時に現状を把握して途端に赤面するのを感じた。先程までとは別次元の速さで心臓が唸り始める。
(えええ……。まじで僕何言ってんだ。)
こんなの、たっくんとずっと準備してきたものが何一つ生かされてない。ホントは天気の話から入って、段々と場を解していく予定だったのに。そんでもって、決めゼリフは「この燦々と降り注ぐ太陽の光より、キミは眩しいな。」だったのに!
まずい。たっくん師匠から伝授して頂いたイチコロ決めゼリフを発動出来なかった。コレでは告白失敗の恐れが出てきてしまう。
(失敗……する?)
あんなに準備してきたのに。たっくんもあんなに協力してくれたのに。
終わった。告白失敗だ。はるちゃんの長い沈黙が何よりも物語っている。
どうしよう。明日から僕は告白失敗したやつというレッテルを貼られるのだ。きっとクラスの誰もが僕を嘲った目で見るだろう。玉砕マン(笑)って言われていじめられるに違いない。
そうしたら、僕が中学に入ってから築き上げたものが全て崩れ去ってしまう。折角、ここまで頑張ってきたのに。
あーもう、なんで告白しようなんてイキったんだろう。こんなこと、するべきじゃなかった。僕には無理だったのだ。
ほら見ろ。はるちゃんが突然の告白に目を丸くして驚いている。そして僕は、その綺麗な瞳から目が離せない。
その瞳に映る僕の姿を捉えた瞬間、あまりに無様な貌に全身に悪寒が走った。
逃げたい。今すぐ。はるちゃんに背を向けて廊下を全力疾走して階段を飛び降りて、そのまま死ねたらなぁ。
震える。もちろん寒さのせいではない。
じりっ。
気がつくと、僕は右足を後ろに下げていた。
(あぁ、負けそうだ。)
流石にここで逃げたらまずいだろう。玉砕マンが玉砕逃走マンになってしまういやそういうことではなくて。
告白したからには、返事をちゃんと聞かなければ無責任というものだ。
…………だというのに。
心が屈したがっている。もういっそ全部無かったことにしてしまいたい気分だ。たっくんは、こんなモノを乗り越えているのか。
ずっとしまっていた、微かな劣等感。たっくんは昔からみんなの中心だった。昔の僕はというと、恥ずかしがり屋で教室の端、クラスのスポットライトの当たらない暗い場所にいた。それを変えたのは、たっくんの存在だ。たっくんに連れ出された僕は、クラスの眩い光に目をくらませ、その場所に相応しい『僕』であろうと必死にしがみついてきた。
小学校では委員会の委員長をやったし、中学校では学級委員をこれまでずっとやってきていた。それで変わったと思っていた。僕はもう、あの頃の僕じゃないと。信じてきたし、信じたかった。
けど、やっぱり違った。人の本質というのは、簡単には変わらないらしい。
メッキの黄金は、本物の黄金にはなれない。それは、こういう真に自分が試される時に分かるのだ。表面が傷つき剥がれ落ちても、錆びない。輝きを失わないのだ。対して僕はどうだ。もうすでに、錆びついた醜い凡庸な鉄が姿を見せている。
いつもこうだ。僕は大事な場面でいつも脆い。それを引っ張り上げるのはいつも僕じゃない。
だから、静寂を破ったのは僕じゃなかった。
「……そっか……そう、なんだよね。」
はるちゃんは両手で顔を覆い、消え入りそうな声がつぶやいた。どこか納得した様子のはるちゃんは、顔を覆っていた両手をどけて、決意の灯った瞳で僕を見つめた。
返事が、来る。
聞きたくないけれど、聞かないわけにはいかない。次に放たれるであろう「ごめんなさい。」を予期しながら、思わず目を瞑った。
「その……私も好き、です。」
甘美な稲妻が脳を駆け巡った。
恐る恐る目を開くと、決意の灯った瞳はそのままに、顔を真っ赤にしたはるちゃんが目の前にいた。
(え、)
てっきり拒絶が来ると思っていたものだから、まさかの答えに頭が真っ白になる。
「……ホントに?」
だからつい、訪ねてしまう。
だって両思いなんて、そんなの漫画や小説の中だけの話だと思っていたから。現実に起こり得るなんて、思えなかった。
すると、はるちゃんは少し怒ったように口を尖らせた。
「ほ、ほんとだよ。好きって伝えるの、めっちゃ緊張したんだからね!」
なんなら、今から君の好きなところを列挙していってあげようか、とどこか開き直った顔で腰に手を当て言ってくる。
「てことは、ホントに両思いって……こと……?」
「そう、だね……。」
(まじかーー。)
身体から力が抜ける。
壁に背を預けてズルズルとずり下がる。と、はるちゃんと大体同じくらいの目線の高さになった。
真正面からはるちゃんを見つめる。
沈黙を数秒。
気を持ち直した僕は、もう一度しっかりと立ち上がって言うべきことを言うことにした。
「えっと、その………、」
付き合って、下さい。ずっとウジウジして情けなかったが、この言葉だけはちゃんと言わなきゃと思った。
「_______はい。」
わあ、と、心から歓喜が湧き上がるのが分かる。気持ちがふわふわして、どこか現実感がない。
(夢じゃ、ないよな……?)
頬をつねる。痛い。
「ぷっ……何してんの。」
はるちゃんに笑われた。
「えだって、夢かなと思って。」
「そんなワケないでしょ。」
呆然としたまま立ち尽くす僕に、はるちゃんはそう言って笑いながら、急にぎゅっと抱きついてきた。
(え、え?)
テンパる僕にはるちゃんは、ほらね?と上目遣いで笑いかける。
「………うん。」
もうなんも言えねぇ。
こちらからもはるちゃんの背中に手を回す。
「っ……。」
自分から抱きついてきたクセに、途端に顔を赤くするはるちゃん。最高です。
余裕が出てきて、悪戯心が湧いた。
「顔、真っ赤だよ。」
それ、凄く可愛い、とは言わなかった。
はるちゃんは、僕の背中に回した手で軽く僕の背中をつねった。
「もう………ばか。」
なんだコレ。少女漫画か。僕は死ぬのか?
僕は悟った。僕の人生において、この時以上に幸せな瞬間は訪れないだろうと。そして、二人の幸せはずっとこの先も続くのだろうと。
「私たち、別れない?」
だが、そんなものは僕の青臭い理想にすぎなかった。
その日。運命の日、そのニ。
付き合い始めてから約三ヶ月が経過していた。いつものように放課後一緒に帰っていた時、「話がある。」と言われて別れ話を切り出された。
驚きはなかった。
なぜなら、理由がハッキリしていたからだ。お互い、奥手すぎた。恋人というのを意識しすぎて、寧ろ関係は友人の頃よりぎこちなくなってしまった。
だから、その話をされた時「あぁ、ついにきたか。」としか思わなかった。そのまま、凪いだ心のまま承諾し、僕達は別れた。
次の日の部活が、雨で中止になったことが幸いした。
翌日、木曜。
その日の学校は、いつもと景色が違った。教室の暖房の所為か、ずっと頭がぼぅとしていて、気がついたら六限のチャイムがなっていた。
ハッキリしない頭のまま、帰る支度を済まして隣の教室に向かう。隣の教室には、いつものように男女関係なく大勢に囲まれたたっくんがいた。いつもだったら大声で声を掛けるところだが、今日はそんな気分じゃなくてただその様子を眺めて待っていた。
そのうちたっくんが僕に気づいて、急いで帰る支度を済ましてやってくる。
「ごめんごめん。声掛けてくれればすぐ気づいたのに、どうしたんだ?」
「……いや、なんでもない。ちょっとぼぅっとしてただけだよ。」
そんな僕の様子を見て何かを察したのか、たっくんは僕の肩に手を回して、「今日どっかで何か食わね?オレが奢るからさ。」と誘ってきた。
「…………。じゃあ、(某ファストフード店)で。」
そしてやってきた某ファストフード店。
互いにビックなバーガーのセットを頼み、無言で咀嚼。バーガーとLサイズのポテトを食べ終わり、メロンソーダも飲み切ったところで、僕は口火を切った。
「フられた。」
「うんまあ、そんなこったろうと思ったよ。」
たっくんは穏やかな顔で苦笑いを浮かべた。
しかし、あの一瞬でそこまで察するとはやりおる。そんなに僕は情けない顔をしていただろうか。これは、クラスのみんなにもバレてるかなぁ。
「あーー、気持ちは……分かるよ。どんまい。」
「………。」
なにがどんまいだ。オマエに僕の気持ちが分かってたまるか。と、気持ちを込めて無言で睨め付けると、たっくんは言いづらそうにして、
「実はオレもフられた。」
なーんてことを_________!?
「………んん??」
「いやだから、オレもフられたんだって。」
ちょっとまて。話の展開についていけない。
「フられたって、誰に。」
「理沙子だよ。オレの彼女。もう"元"だけどな。」
なんだか、僕の予想の斜め上をいった回答が返ってきたんだが。
え、コレどうすれば良いの?
「もしかしてコレって、『僕の傷心を慰めよう』て会では………ない………?」
「おう。『オレ"達"の傷を舐め合おう』て会な?」
マズった。来る場所間違えたか。
……とかはどうでもよくて。疑問なのは、どうしてあんなにラブラブだったたっくん達が別れたのか、だ。
あんなに毎日自慢してきたのに、急に別れるとは考えずらい。
とかなんとか、それを尋ねたのが一番マズかった。
__________________。
ガリッ!
「だっておかしいだろ!なんで急にフられるんだよ。ごめんだけ言われても、よくわかんねーよ!」
まるでヤケ酒だった。
今まで溜め込んでいたものを一気に解放したたっくんは、ドリンクの残った氷をガリガリと噛み砕きながら、身振り手振りで愚痴をぶち撒ける。
「お、おう……。」
あまりの熱量に僕は、引き気味に応えることしかできない。
新たな氷を調達しようとドリンクのコップを傾けるたっくんだが、もう中身が空だということに気づくと、突然ガタッと席を立った。
数秒の無言。
「………ドリンク買ってくる。」
どうやらまだ色々と溜まっているらしい。氷を調達するためだけにまたドリンクを買いに行くという奇怪な行動に出たたっくんは、「あいつマジわかんねーよ。」とぶつぶつ呟きながら、下の階へと降りていった。
話を整理すると、たっくんがフられたのは先週のこと。たっくんは、先週末に少し遠出のデートに彼女を誘っていて、誘った時は承諾されたのだそうだが、前日の深夜になっていきなりデートを断られ、ついでにフられたらしい。
その後は電話をかけても繋がらず、メッセージを送っても未読のままで、学校でも避けられると中々苦労しているのだとか。
話を聞いている限りだと、だいぶむごい仕打ちを受けたらしいが、実際のところはそこまで酷いことはされていないようなはない気がする。理沙子は小学校から一緒なので僕も少し知るところだ。あの人がそんな悪女みたいなことするはずがない……かなぁ?あれ、よく考えてみるとアイツ結構性格悪いところあったしありえるかも……。
なんて、思考の沼にハマっていると、ドリンクを買ってきたたっくんが戻ってきた。
てっきりSサイズを買うのかと思えば、Lサイズを、しかも二つ買ってきた。どんだけ語るつもりなんだ。てか、僕に奢る分もあるのにお財布の方は大丈夫なのだろうか。
「で、お前はどうなんだよ。」
「え?」
「言っただろ?これは『オレ達の傷を舐め合おう』て会だって。」
お前は何か言いたいことはないのかとたっくんが聞いてくる。
「いや、でもどっちかというと悪いのは僕だし。フられたからって、フった相手をひたすら悪く言うのは、負け犬の遠吠えというか、ダサいし。」
「うっ!」
やべ、たっくんがダメージ受けてる。
急に胸を押さえて苦しそうにするたっくん。傷心の彼にさらに言葉のナイフを放ってしまった。
僕は慌てて立ち上がり、弁明をしようとする。
「あーでも!別にたっくんがダサいって言ってるワケじゃなくて、なんていうか、その、たっくんの気持ちは分かるし____________、」
「げぷっ。」
………。
「オイ。」
「あースッキリした。炭酸飲みすぎたわ。」
はははははと無邪気に笑う彼に僕はもうなんて言えば良いのかわからなかった。
「別にダサくてもなんでも良いんだよ。負け犬は吠えるもんだ。ずっと溜め込んでても良いコトないぜ?」
ほらよ、とLサイズのドリンクを渡される。二つ買ってきたのは僕の分も含めていたらしい。
まあでも、たっくんの言う通りかもな。ずっと溜め込んでても気分が悪いだけだし、多少ダサくてもここにはたっくんしかいない。コイツの前でくらい、見栄を張らなくてもいいのかな。
僕はドリンクを受け取ると一気に飲み干し、ついでに氷を一粒口に入れた。
「そうだな。負け犬は吠えるもんだ。」
「おっいいね。そのイキだ。」
ガリッ!
______________________。
「しょうがないじゃん!お互い部活があるんだからさぁ!」
「そうだ!サッカー部は忙しいんだ!」
ガリッ!
「スマホだって、ないもんはないんだよ!そんなのを言いたいこと言い出せない口実にするな!」
「そのとーりだ!お前は何も間違ってない!」
ガリガリッ!
「委員会があるんだって、何度言ったら分かるんだ!放課後一緒に帰れないのをそんな愚痴んだよ!」
「ねちっこい女だなぁ!?」
ガリガリガリッ!!
「オマエ、僕のはるちゃんにケンカ売ってんのか!?」
「ばかっやめろぉ!!」
ガリガリガリガリッッ!!!
ボカスカドッコイ!!!!
そして十数分が経過する。
「「……………………………。」」
店の前で呆然と立ち尽くす僕達。互いに鬱憤を晴らすように暴れた僕達は、力尽きて店を出ていた。……のもあるが、疲れて我に帰った時に、自分たちの醜態にいたたまれなくなってそそくさ肩を縮めて逃げた、という方が適切かな……。
因みに二人してドリンクを頼みまくった結果金額はドリンクだけで千を超え、見事二人の財布をスッカラカンにした。
懐寒いし店員の視線冷たいし外は雨で凍えそうだし。燃え上がっていた僕達の炎は、完膚なきまでに鎮火された。頭が冷えてからは、自分たちのあまりに恥ずかしい失態に穴があったら入りたい気分だ。
たっくんと無言で目を合わせる。
「ぷっ」
「ははっ」
二人して軽く吹き出した。
確かに色々冬が猛威を奮ったが、その代わりに僕達の心は晴れやかだった。
「あーーすっきりした!」
「店出禁になったけどな!」
ちょっと前までどんより落ち込んでいたのがバカみたいだ。結局、もう切り替えるしかないのだ。
不意にたっくんがさしていた傘をたたんだ。
「男磨きだ!」
「男磨き?」
僕が聞き返すと、彼は雨に濡れるのを厭わず得意げに頷いた。
「あいつらに、オレ達をフったことを後悔させてやろうぜ!」
「おお!いいねそれ!」
同調しながら、僕は直ぐにでも前に進もうとするたっくんを眩しく感じた。
人の本質はそう簡単には変わらない。僕が見栄っ張りで劣等感の塊で捻くれているところは、簡単には変わりやしない。けれど、たっくんと一緒ならば。隣に並べるようにずっと努力し続ければ、取り繕った見栄も真実に変わるような予感がした。
「じゃあこれで、負け犬同盟結成だな。」
「負け犬ってゆーな!」
僕のささやかな抗議を、たっくんは軽く流して言ったのだ。
「つまり!オレ達はこれからも、一蓮托生、一心同体、以心伝心、えとせとら……。つまり……まあなんだ、その、」
どっかで聞いたことのあるセリフを、少し恥ずかしそうに。
「__________これからも、ずっとオレはお前の味方だぜ?」
「これからも、ずっとオレはお前の味方だぜ?」
思い返してみると、よくあんな恥ずかしいセリフを言えたもんだと、たっくんのキザっぽさには感心する。
確かにあのセリフは、もの凄く恥ずかしいしありきたりなモノではあった。だが、あのセリフを真正面から言われた時の衝撃は今も鮮明に覚えている。
別に感動したとかいうワケではない。安心感だ。ずっと外面を取り繕ってきた僕にとって、それがいつか剥がれてしまった時に周りから向けられるだろう視線が、たまらなく怖かった。
一番怖かったのは、たっくんだった。一番近くにいて、ずっと一緒にいた最高の親友。その彼が、僕に向けるかもしれない目を考えるだけで僕は、世界が暗転するようなイメージを覚える。
その不安が、あの日を境になくなった。たっくんは絶対僕を裏切らない。あのセリフを意識的に絶対視した上での全幅の信頼。
故に強固で、酷く脆い。
故に_________、
「お前、どうせやんないじゃん。」
些細な一言で、崩壊する。
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