小説|『棄てて拾って』⑦

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《目次》

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ずっと不思議に思ってたんだ。
ここは何処なのか、オマエは誰なのか。度々僕の頭に流れてくる生前の僕の記憶は何なのか。
「おや、気づいていたんだネ。」
気づいたのは、ついさっきだよ。ケンちゃんを此処に直接招き入れたのは、やり過ぎだったね。
お陰で、僕がずっと生前の思い出を追体験させられていることに気づけた。
そして、現状の異常性にもな。
「異常?キミはそもそも、死後の世界のことを何一つとして知らないだろう?そんなキミがその判断をできる道理はないんだヨ。」
いいや違うね。
ケンちゃんは実際に此処にやって来たんだ。つまりは、彼はあの世の記憶を持っていることになる。
そんな人間はこの世にいない。
こんなに簡単に連れて来たんだ、今までもやってないはずがない。
「記憶はちゃんと消してるに決まってるじゃないか。そんなことも思いつかないのかヨ。」
死後の世界が、現実にそこまで干渉できるとは思えない。こんなことが容易に可能ならば、現実でももっと不可解な物事が発生していてもおかしくない。
そもそもオマエは何だ?神様とでも言うつもりか?
「現実への干渉は、制限されているんだヨ。アレは特例だネ。」
じゃあ、どうして僕なんかの為にそこまでするんだ?
「こっちにも、こっちの事情があるんだヨ。」
誤魔化したな。
「ハァ……。そんな薄い根拠じゃあ、キミの言う異常は証明出来ないネ。キミはただ、逃げたいだけだロ?」
なに………?
「ケンちゃんに会って、その悲痛な思いを目の当たりにした。思ったはずだヨ。もしかしたら、キミが感じた"失望"も勝手な被害妄想だったんじゃないか、とネ。」
違う。
「自分で勝手に被害者面して、一方的に遠ざけて、その事実を覆い隠そうとした………。」
違う。
「ラクなんだもんネ。相手からではなく、自分から遠ざけてしまえば、キミはこれ以上傷つかなくて済む。」
違う!
僕はそんな矮小な意地のために、死んだワケじゃない!
僕の記憶を覗き見たんだろ。でなけりゃ、僕の記憶を再現することなんてできるはずがない。
「言い方に悪意を感じるネ。」
そりゃあ憤慨もするさ。勝手に頭の中漁られたんだ。
オマエが僕の記憶を見たと言うのならば、僕が死ぬまでに至った経緯も全て把握しているべきだろう。
僕が死んだのは、苦痛でしかない無意味な日々の繰り返しに、今まで耐えてきたものが積み重なって、失望したからだ。
「あれ。キミは、自分では人に死の理由を聞かれる度にその意味を問うていたじゃないか。自分でハッキリ明言しちゃうんだネ。」
オマエの所為だ。追憶が、僕にそれを思い出させた。
「ハァ……。ボクの所為だネ。キミを不用意に挑発した所為で、キミが早々に考えることを諦めてしまった。いやホント、情けなくなってくるヨ……。」
なんだと。
僕の答えが不服だって言うのか。自殺した張本人は、この僕なんだぞ!僕以外に、それを僕よりも解るヤツが居てたまるか!
「いや、いないだろうネ。」
ほらな。オマエは何も言えない。
この不毛な会話も、もうお終いだ。
「いいや、まだ終わらないヨ。初めに言っただロ?キミは、もっと自分のした行為の重さを知った方がいい、と。」
僕が後悔するまで終わらせないってか。さながら僕は罪人だな。だとすると、キミは刑罰の執行人か。
「いやいや、いつボクがキミを後悔させようなんて言ったんだヨ?そんなつもりは毛頭ないってば。」
じゃあなんだよ。オマエは一体僕に何をさせたいんだ?
「だーかーらー。自分のした行為の重さを知り、受け止めて欲しいんだって。その為の追憶や現世の光景だったのに。」
ふーん。さして面白くない答えが返ってきたな。
あんな自作自演の光景で僕のお涙頂戴をもらえるとは、とんだ浅はかな考えだったな。それに何より、僕は既に結果を受け入れてる。
とんだ無駄手間なおせっかいだったよ。
「そんなに無駄だったかな。それに、キミが僕が見せた光景を偽物だと言うけれど、そんな証拠がどこにあるんだい?」
それを言ったら、あれが本物である証拠もないだろ。僕は、僕が確信を持って信じられる本物しか受け入れない。
「いやいや………ってキミの言葉を否定するのは、これで何度目だろうネ……。まあ、いいや。」
そんなくだらないことを言うために口を開いたのか?
「違うって。キミが本当に受け入れられないのは、自分の勝手な妄想で自分を追い詰めていたことだヨ。さっきは話を逸らしていたけど、そこのところどうなのさ。」
どうなのさって……。
そもそも前提が間違ってる。確かにみんなからの失望もトリガーの一つだったことは認めるよ。けれど、それすら僕の妄想だってところが違う。
あの時僕は確かに感じたんだ。
「それって、あくまでキミの主観に基づく判断だよネ?キミが言っていたことは、ある意味真実だったんだ。人の心は不確かで曖昧なんだヨ。それを推し計り、ある一つの側面だけを言語化して盲信することは、ナンセンスなんだヨ。」
自死の理由を曖昧にしたままだった方が良かったって?
「だってキミは、その時考えていただロ?自分はどうして自殺にまで至ってしまったのかを。一つの要因に決めつけずに、考え続けていたじゃないか。」
それが大事だと?
「その通りだヨ。それを放棄することは、キミがした行為への冒涜なのさ。まあそれは、人の心に限った話ではないけれど。」
…………。
「全ての事柄は複雑な要因が絡み合ってできている。キミの言う『積み重ね』ってヤツに近いんじゃないのかな。でも、それを考え続ける作業は果てしない。ある程度で妥協が必要な事柄もある。けれど、ボク達は出来る限り考え続けなければならない。ただラクな道に逃げるだけではダメなんだヨ。」
僕が逃げてるって?
………僕が臆病者だと。向き合う覚悟のない軟弱者だと言いたいのか!
「そうだヨ、逃げてる。認めたくない心の声からも。信じたくない現実からも。キミは結局_________」

「____________死んでも、何も変わらなかったんだネ。」

なっ……………。
「どうしたんだい。図星で言葉が出ないのかな?」
…………く……るな。
「なんだって?」
僕の覚悟を侮辱するな!!!
僕は変わった!変われたんだ!!
これまでずっと前に進もうとしてきた!でもその度に、僕の覚悟が不足していた為に、僕はずっと前に進めなかった。
オマエには解らないだろう!?この辛さが、苦しさが。
もがき続け、もがけばもがく程苦しくなる。さながらゆっくりと溺れていっているようだった。
助けを求めようと声を出そうとしても、僕の棄てきれない見栄が沼の水のように絡まって僕の口を塞いでくる。
僕はずっと必死に喘いでいた。
此処から抜け出せない原因が明らかに僕にあったことが、僕をさらに苦しめた。
………そこから、やっと抜け出したんだ。前に進めたんだ!!
その覚悟と決意を侮辱させるのは、我慢ならない!
「でもまだ、キミはそのつまらない見栄や意地の為に、現実から目を背け続けているんだヨ。」
そんなことはない!
あんなのはオマエの創り出した幻想に過ぎないのは分かりきってるんだ!
「どうしてそんなに、否定したがるんだい?」
そんなの決まってるだろ!
だってあんな光景…………。

……………僕にとって、あまりにも都合が良過ぎるんだよ…………!

「おや?そこで意地は張らないんだネ。」
くそっ!!
なんなんだよ!結局みんなは僕のことを軽蔑していたワケじゃなくて、全部僕の勝手な思い込みで、意地張って自分で自分を追い込み続けて。それで最終的にはそのことから目を逸らしてみんなに責任を転嫁していた。
それじゃあ僕が、ただただ惨めなだけじゃないか…………………!!!
だから僕は、そんな事実は絶対に認めるワケにはいかないんだ。
「ふむ、なるほどネ。まあ確かに、あの光景は全部ボクが創り出した幻想に過ぎないのは、本当だヨ。」
………は?
急に何言ってんだよ。
それじゃあナニか?今までの言葉は全て嘘でしたってか。
………そんなこと、許されるワケねーだろ………!
「嘘……というと、ちょっと語弊があるかもネ。だってボクはキミだから。」
…………………は?
意味が………よく……。
「死後の世界なんて、ホントにあるのかはわからないけど、キミが言ったようにそうホイホイ現実に干渉できちゃったら困るもんネ。」
え、………?いや、ちょっとまてよ。
「それに、仮にそんなモノがあったとして、それがボクたちに想像可能なものなのかなぁとか思うんだヨ。」
いやいや。まじでさっきから何を言ってるのか分からないんだが。
「そもそも、キミ………いや、僕は死んでないしね。」
ええええ…………。
そんなこと、あっていいのかよ………!?
「此処は僕の脳内で、今まで僕が追体験してきた記憶や現世の様子も、僕の記憶を元に"こうなるだろう"と想像できるものを再現しただけ。」
もう何が何だか分からねーよ…………。
確かに、僕は僕視点の記憶しか持っていないはずなのに、どうしてたっくんやケンちゃん視点の記憶があるのかは疑問だったけど。
じゃあアレは全て僕がそうであって欲しいと願うカタチでしかないのか。
「んー……まあ、そうかもね。」
そんな………。
「でも、一つハッキリしてることがあるよ。」
なんだよ。僕が僕を過大評価している恥ずかしいヤツだったってことか?
「違う違う。」
「僕はずっと、僕の自殺で悲しむであろう、僕のことを大切に思ってくれている人たちから、わざと遠ざけることで目を背けてきた。」
「アイツらは僕に失望したんだ。僕に関心なんてないんだ。僕のことをいつまでもみくびっていたんだ。」
「だから、僕が死のうとアイツらはどうでもいいんだ。」
だったら、僕が死んでもアイツらはきっと悲しまない。気にも留めないだろう。
「そう言って、自殺を肯定する材料の一つにした。」
でも、それは違った。
「そう。」

「_______ほらネ。キミは、全部自分で分かっているじゃないか。」

僕が死んだら悲しむ人が沢山いる。
「僕は、人生は無意味だと見切りをつけてしまったけれど、それだけで一つの意味になるんじゃないかな。」
僕が居る。みんなの傍に居る。
僕が、この世に生きている。
「それだけで、たっくんの、ケンちゃんの、母さんの、みんなの『意味』になる。」
僕がみんなに『意味』を与えている。
「ほら、僕の人生は全然無意味なんかじゃないだろ?」
………そう、だな。



そう答えた瞬間、世界の崩壊が始まった。
「なんだ…………!?」
「目覚めの刻が迫ってるんだよ。」
そうか。僕は死んでいない。アイツが、『僕』が言っていた。
だとすると、一つ疑問が残る。
「僕はエタノールを飲んだはずだ。どうして死んでないんだ?」
「エタノールは致死量に達していなかったんだよ。そもそもコップ一杯ですら致死量に満たなかったのに、僕は途中で気絶しちゃったしね。」
「気絶……?」
どういうことだ?
怪訝な顔をする僕に、『僕』は少し言いづらそうにする。
「あーその、………ショックで。」
「ん?」
「エタノールを少し飲み込んだところで、勝手に致死量のエタノールを飲んでしまったと勘違いして、ショックで気絶しちゃったんだ………んだよね。」
すごく恥ずかしそうに。
きっと僕も同じ顔をしているのだろう。
「ま、まあそれで命が助かったんだから、安いもんだよね!」
「え、目が覚めたら僕どうしよう………。」
あれ、もう一度自殺ルートかな。
「は、早まるなぁ!大丈夫だ、恥ずかしいことなんて、此処で沢山言ってきたじゃないか。今更なんだから、一緒に頑張ろうぜっ!」
明るく笑いかけてくる『僕』を殴ってやりたい。
………そういえば、いつの間にか身体が戻ってきていた。僕が生きていることを自覚したからなのか。
世界は円状に縮んでいき、ついに僕と『僕』がギリギリ立っていられるくらいの広さにまでなった。
これもまたいつの間にか、人型クッキーから僕の姿になっていた『僕』が、段々と世界と共に溶け始める。
現実では何時間くらい経っていたのだろうか。体感では、もう何日もこの空間にいた気分だ。
決してそれ程長くはなかったけれど、此処でずっと一緒にいた『僕』が消えていくのに、微かな寂しさを覚える。
「心配しなくても、僕はずっとキミと一緒にいるよ。此処で過ごした時間が、一瞬だったと思える程、永い時を僕らは共に行く。一緒に乗り越えて行くんだ。」
そんな僕の心情を見透かしたように『僕』が語りかけてくる。
「やっぱり筒抜けか。なんだかズルいな。」
「まあそりゃあ、僕はキミだからね。」
ほとんど消えかかった『僕』が得意げに笑ってみせた。
それが少し悔しかったので、僕も『僕』の心を読んでみることにした。条件は同じなので、理論上はできるはずだ。ってか、理論てなんだ。こんなモノに理論もくそもないだろう。
とかなんとか、茶化した思考が巡るくらいは、余裕が出てきたみたいだ。
目を閉じて集中すると、声が聞こえてきた。
「やっぱり僕の思考を読んでくると思ったよ。そんな僕に最後のメッセージだよ。」
頭に『僕』のニヤケ顔が浮かんでくる。

「この先どんなに辛く苦しいことがあっても、命を投げ出すことだけはしないで。」

「ありきたりだろう?でも、これが僕が一番伝えたいことだよ。」
最後まで、『僕』の掌の上だったってことか。
悔しいはずなのに、自然と口角が上がってしまうのはなぜだろう。
なぜか感慨深いモノを抱きながら、僕が目を開けると____________



「………。」
そこには、もうあの世界はなかった。
仰向けでベッドに寝かされているらしい。見覚えのない天井が、僕をまず出迎えた。
首だけ動かして左を見ると、窓があった。映るは寝静まった夜の街並み。ぼやけた視界に、夜を飾る街灯や信号の灯りが儚げに差し込む。
今は何時頃なんだろうか。体内時計は狂ってしまって、判断材料には心許ない。
右を見ると、ベッドの脇の棚の上にお見舞い品らしい品々が山のように積まれていた。
起きあがろうとして、身体に上手く力が入らないことに気づいた。寝ていた期間にも拠るが、長く寝ていたなら、そんなこともあるだろう。
仕方がないので、首だけ動かして部屋の中を見回す。
向こうの壁に時計を見つけた。目を凝らしてその秒針が指している時刻を測ろうとするが、どうしてもぼやけてしまう。
視力は一以上を保っていたはずだが、どうしたのだろう。
特に眠くもなかったので、しばらく無言で天井を見続けて時間を潰した。
頬が太陽に照らされて、空が暁に染まり始める。たいぶ前に僕の心を焼いた朱は、今、僕を暗闇から連れ出した。
街が眠りから覚め、人の往来を窓から眺める。といっても、視界はぼやけたままだ。
そのうち、やって来たナースの人が僕が目を覚ましたことに気がつき、僕の周りは慌ただしくなった。
予想はしていたが、ここは病院だった。それもそこそこ大きいところだ。
やがて僕の主治医らしい人がやって来て、色々と検査をされた。
それが終わると、母さんと父さんが主治医と入れ替わるようにして部屋に入って来た。二人とも、泣いていた。
翌日には、たっくんやケンちゃんといった高校の友達が来た。やれこれがオレのお見舞い品だだの、やれ俺の推しのアイドルのサイン入りフォトをお見舞いに入れといただのと、会って早々元気なヤツらだったが、それぞれが泣きじゃくっていたことをそれぞれバラしあっていた。
翌日には、ひーちゃんとはるちゃんもやって来た。正直どちらとも気まずかったが、二人とも相当心配してくれていたらしい。特にひーちゃんは課題が終わらなかった時並に泣いて、僕のベッドをビショビショにしていた。
その翌日も、その翌日も。
毎日のようにお見舞いに誰かが来てくれて、僕はこんなにも多くの人に愛されているんだと実感した。そして、その人たちを僕の行為で心配させてしまったことも……。
『僕』が言っていたことが蘇る。
「僕が、この世に生きている。それだけで、みんなの『意味』になる。」
あるいは、僕が言ったんだっけか。まあ、どちらにしろ同じことだ。
僕がみんなに『意味』を与えている。それが、僕が今ハッキリと自覚できる人生の『意味』。
今はそれを噛み締めて、生きていこう。
そう、思えた。

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