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京都府宇治市に行ってきた②

 平等院鳳凰堂に行く前に

 JR桃山駅から宇治駅へ10数分で着いた。第二の目的地は宇治平等院鳳凰堂だが、その前に昼食を済ませる。時間が押しているため事前の予定通り駅からすぐのところにある、伊藤久右衛門 JR宇治駅前店茶房へ。

 店に着くと、お土産コーナーがあり、その奥にある。タッチパネルで予約するとレシートとそこに予定待ち時間が書いてあった。これならずっと待ってなくても他のところを見ることができて効率が良い。ただ平等院鳳凰堂までの道の両脇に多くの店が軒を連ねているが、特に見たい店がなく、距離感もわからないため帰りに買う土産を決めて待つことにする。そしてようやくレシートの番号が表示され、入れることに。中に入ると窓には日本庭園があり、壁際には黒っぽい四角いタイルが敷き詰められており、全体的に落ち着いた雰囲気です。席につき説明を終え注文をします。注文はQRコードを読み取り4桁のパスワードを入れて注文します。パスワードを覚えるよう言われたけど使わなかったです。

宇治抹茶カレーうどん・かやくご飯・ミニパフェセット

 商品が到着。抹茶のカレーうどん。麺も抹茶。抹茶パフェ。飲み物も水ではなくほうじ茶。黄色い小鉢についているのもお茶の葉で、抹茶尽くし。

 平等院鳳凰堂までの道には多くの抹茶を使った食べ物が販売されていますが、デザート系のメニューに比べ、食事系は数が少ないです。その中で主食とデザートがついており抹茶を堪能できるという点でおすすめです。

 カレーうどんの具材はかまぼこと餅揚げ、麩、ネギです。餅は2つも入っていてボリュームがあるように思えますが、かまぼこと餅を持ち上げるとかなり薄く、見た目ほどの量ではないです。もちろんこの定食はカレーうどんにご飯にデザートとボリュームがあるのは確かですが。

 カレーうどんの味はレンゲでスープをすくって食べたのですが、抹茶をあまり感じなかったです。熱かったため味覚が鈍くなっていたたけかもしれませんが。

 かやくご飯は炊き込みご飯のことですね。特筆すべき点はないですが美味しくいただきました。
 パフェについて。ミニパフェという名前でしたが、思っていたより大きかったです。写真ではわかりづらいですがあんこが入っており抹茶との相性が良かったです。抹茶の煎餅?に生クリームとあんこを乗せて食べると美味しかったです。抹茶尽くしで大満足の食事でした。

 食べ終え、会計へ。レシートのバーコードをかざして、会計します。しかしなかなか反応せず、距離を変えながら何度もやりようやく反応しました。5分くらいやっていたように感じましたが、実際は2分くらいでしょうか。会計待ちの人がいなくて良かったですが、かなり焦りました。

 それにしても席の案内と注文品を運ぶのは従業員がやっていましたが、予約から注文、会計まで従業員が関与せず機械で行うのは驚きました。松◯では、商品を作る以外は全てセルフですが、チェーン店以外でもこのような波が来ていると実感します。

大吉山(仏徳山)へ

 食事が終わり、いざ平等院鳳凰堂へ、とその前に大吉山(仏徳山)に登り宇治の街並みを見たいと思います。
 一般的には大吉山(だいきちやま)と呼ばれますが、国土地理院の地形図では仏徳山(基本ぶっとくさんと読む)と表記されているようです。https://www.kyotocity.net/diary/2013/013101/

 小見出しで上記にように書いたのは、ほとんど全てのWebページでこのような表記で書かれており、また一般的に大吉山という名称では呼ばれることから仏徳山をカッコ書きしました。ただ頂上には仏徳山(大吉山)という表記でした。

仏徳山(大吉山) 標高131.5m

 名称について詳しく書いても面白くないので本題へ。
 伊藤久右衛門を出て突き当たりを左に曲がると、主に飲食店や土産物店が軒を連ねる通りになります。休日の1時近くで、結構人がいました。また宇治ということもあり、抹茶を使ったグルメが多くありました。抹茶たこ焼きや抹茶餃子という変わり種もありました。また地元の人も使うため、美容院や銀行、スーパーも道沿いにありました。
 いろいろ目移りしながら進むと、紫式部の像がありました。

紫式部像

 ご存知の通り、紫式部は源氏物語の作者です。写真右側に夢浮橋之古蹟(ゆめのうきはしのこせき)と書かれた石碑がありますが、この付近を歩くと度々、源氏物語宇治十帖(源氏物語は54帖(54巻と考えれば良い)から成り、そのうちの最後の45〜54まで10帖のことを言う)に関する石碑が登場します。

 今回の夢浮橋というのは最後の54帖にあたります。源氏物語は京都市が舞台となるものが多いですが、宇治十帖だけは宇治市が舞台となっています。
 源氏物語を読んだことがなく、話のあらすじも全くわかりませんが(光源氏が主人公ということくらい)来る前に少しでもいいから読んでおけば良かったと後悔しました。読んだら記事でも書こうと思います。

 一応源氏物語のWikipediaを載せておきます。https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E6%B0%8F%E7%89%A9%E8%AA%9E
 紫式部像の左側の階段を降りると宇治川を見渡せます。

宇治川と宇治橋

 時間があればここでのんびりするのもいいですね。
 宇治橋は646年に架けられたと伝えられています。もちろんそれから何度も架け替えられていますが、昔から重要な場所だったのでしょう。

宇治橋の説明

宇治橋からは宇治川と周囲を取り囲む山々が綺麗に見えました。

宇治川から南東側の景色。奥に見える橋は朝霧橋。

 ちなみに平等院鳳凰堂に行くには宇治川まで行かず、その前の信号を右に渡ります。実際橋まで行かず、右側(平等院方面)に行く人が多かったです。

 地図アプリに従っていき、住宅街に入り人が全くいなくなりましたが、とりあえず進みます。住宅地から木が多くなっていき大北山登山口に着きます。情報によるとここから展望台まで20分ほど歩きます。

山道によくある、くねった道を歩く。
大吉山(仏徳山)の登山道

 写真のような森がひたすら続き、おそらく20分くらいでついたと思いますが同じような景色が続くためもっと長く感じました。展望台に着いた時には体が結構汗ばんできました。その付近には椅子があり休憩している人もいました。

大吉山展望台からの眺め

 思ったよりも木々があったため眺めとしてはイマイチでした。ただどの写真にも言えますが、実際に見たほうがずっと迫力があります。宇治市の町のことをよく知らないので少し見てその場をさりましたが、写真下右側には先ほど通ってきた宇治橋と宇治川があります。またそのときには気づきませんでしたが、写真下左側に平等院鳳凰堂が見えます。

 近くにあった地図によるともう少し進めば大吉山(仏徳山)山頂に行けるそうなのでとりあえず進みます。途中階段を越えて進むと頂上に着きます。

頂上(標高131.5m)に到着。

展望台から5〜10分くらいで着きました。この先を進むこともできますが、時間が押しているためすぐに下山することに。やや急いで下って展望台から11分ほどで大吉山登山口の看板のところにつきました。
 宇治上神社、宇治神社までの石畳の道(さわらびの道)を歩いて上記2つの神社へ向かいます。

宇治上神社、宇治神社

 少し進むと与謝野晶子歌碑がありました。

与謝野晶子歌碑。裏側にも続き、源氏物語宇治十帖の十首が刻まれている。

 その時はなぜ与謝野晶子?と思い、刻まれていた字の意味もなんなのかわかりませんでした。
 橋姫、椎が本…というのは源氏物語宇治十帖の巻名であり、右から45、46…50帖と続きます。また裏側にもあり宇治十帖の10首が刻まれています。
与謝野晶子50周年(1942年5月29日没)と宇治市市制40周年(1951年3月1日発足)を記念して建てられたそうです。この歌碑がいつできたかわかりませんでしたが、おそらく1990年代前半でしょう。

 また、なぜ与謝野晶子の名前があるのでしょうか。与謝野晶子は、源氏物語の現代語訳や源氏物語を54首の歌(短歌)を詠んだ「源氏物語礼賛」を作りました。礼賛(素晴らしいと褒め称えること)という題から与謝野晶子が源氏物語(紫式部)をいかに尊崇していたかがわかります。
 この歌碑は源氏物語礼賛の宇治十帖に当たるもの(45から54帖)の歌をのせています。

http://www.e-kyoto.net/kyocourse/545

 そのすぐ横にはヒカルゲンジという椿の品種が植えられていました。

ヒカルゲンジ(椿の品種)

開花時期が1〜4月となっていますが、この時(2月上旬)はまだ咲いてませんでした。これが植えられているのは源氏物語ゆかりの地だからでしょう。
 しばらく進むと宇治上神社につきました。ちなみに人がほとんどいなかったのにこの辺りから人が多くなっていきます。

宇治上神社の石碑

 宇治上神社は日本最古の神社と言われています。創建年代については詳しくはわかりませんが、927年にできた「延喜式」に記述があり、また年輪年代測定で本殿は1060年ごろのものとされたため1000年くらいの歴史があるようです。

 明治時代以前は宇治神社と2社一体の神社で、両者を合わせ「宇治離宮明神」と呼ばれていました。

どちらも祭神は菟道稚郎子命(うじのわきいらつのみこと)であり(宇治上神社はこれに加え、父である応神天皇と異母兄である仁徳天皇がいる)、学業成就、受験試験合格の神様です。

 どちらもうさぎのおみくじやうさぎのお守りなど、兎関連のものが多くあります。特に卯年の今年(2023年)は注目の場所です。

うさぎの絵馬(宇治神社)

 ではなぜうさぎ関連のものが多いのでしょうか。宇治市は元々「菟道」という表記でした。これは宇治上神社、宇治神社両社の祭神である菟道稚郎子命が今の大阪から宇治に来る際、道に迷いました。そのとき一匹のウサギが何度も振り返りながら、稚郎子命を正しい道に導いた、という言い伝えから菟の道→菟道という地名になったそうです。またこの時のうさぎを「みかえり兎」と呼び、人生を正しい道へ導く神の使いとなりました。

 もちろん、宇治に来る際には菟道稚郎子命という名前ではなく、菟道という地名から付けられたと思います。
https://www.kyotoside.jp/entry/20210306
https://kyoto-hannarism.com/ujikamijinjya-ujijinjya/#toc5

 またユネスコの世界文化遺産でもあります(ただし宇治神社は世界遺産ではない)。この後訪れる平等鳳凰堂もそうですが、1994年に「古都京都の文化遺産」の構成遺産の一つとして登録されました。これは17箇所の寺社と城(二条城)から構成されています。

拝殿
本殿。拝殿の裏側にある。

 本殿を左に進むと道があり、摂末社(この場合宇治上神社とは別の小規模な神社のこと)である武本稲荷社や厳島社があります。

 お参りが終わり神社を抜け、歩くと宇治上神社の鳥居がありました。多くの人はこの鳥居から入って宇治上神社に参拝していました。

宇治上神社の鳥居

 この道を数分歩くと宇治神社に着きます。

宇治神社の鳥居。その先には本殿がある。
本殿前にもみかえり兎がいます。

 本殿の右横には社務室があります。そこで御朱印やみかえり兎のおみくじなどを購入できます。みかえり兎の御朱印やおみくじは写真で見ましたが可愛らしく、また今年は卯年なのでぜひ購入してみてください。

 また、神社内にはみかえり兎が隠れているので探すのも面白いと思います。

  うさぎにゆかりがあるということでホームページには、宇治神社の文字の横にいるウサギが動いています。http://uji-jinja.com/about/index.html

 参拝を終え、一の鳥居を抜けると、特徴的な朱色の欄干の橋(朝霧橋)があります。この後にもいくつかこの色の橋は出てきますが(朝霧橋でない)川の青、空の青、橋の朱色の組み合わせは映えますね。

朝霧橋から宇治川を臨む

 宇治川に挟まれたこのエリアを宇治公園と言うのですが、想像の数倍の広さがありました。写真ではやはり広さが伝わらないですね。

川沿いでのんびりしている人もおり、時間があればゆっくり時間をかけて景色を楽しみたかったです
(充電もこの時点で10%台になっていたので写真も少ないです)。

 川沿いを歩きながら、平等院鳳凰堂に向かいます。

 平等院鳳凰堂

 川沿いから中に入ると突然参道に入り、先ほどとは打って変わりまあまあの人ごみとなります。そして平等院の受付で大人600円を払うと中に入れます。また鳳凰堂内部を見るには別途300円払います。時間毎に定員も決まっているため、見たい場合は時間に余裕を持ち、待ち時間の過ごし方も考えた方がいいと思います。

 ●名称について
 ・「平等院」というのは寺院全体のことを指す。
 ・「鳳凰堂」または「平等院鳳凰堂」というのは10円に描かれている建物のことを指す。   

 ・また「鳳凰堂」という名前は屋根に鳳凰がいるため、または建物全体が鳳凰が翼を広げているように見えるからとも言われている。

創建年 1052年
    1053年(鳳凰堂)
創建人 藤原頼通

●創建された背景
 平安時代後期になると末法思想の考え方が広まった。

仏教における一種の歴史観。釈迦の入滅後千年または千五百年、あるいは二千年後に仏法が衰え社会に混乱が起こると考えたもの

精選版 日本国語大辞典「末法思想」より

また釈迦入滅を紀元前949年とし、2000年後の1052年を末法元年とした。
 しかし平安末期になると人災や天災が相次ぎ、いつしか世の中が終わるという終末思想に変化した。この不安から逃れるため来世での極楽往生(極楽浄土に生まれ変わること)を願うようになる。

 そこで極楽浄土の教主である阿弥陀如来像を安置した鳳凰堂を建設した(平等院は創建社の父、道長の別荘「宇治殿」を寺院にしたものである)。

余談
 ・この末法思想から鎌倉新仏教と言われる浄土宗、浄土真宗、日蓮宗、臨済宗などが誕生した。
・頼道は1074年に平等院で亡くなった

平等院鳳凰堂

 基礎知識はこんなところにして、平等院鳳凰堂の写真です。阿字池の周りを人が囲んでいました。みんな平等院鳳凰堂を撮りたいのでしょう。ただ写真時間帯が悪く、写真を見ての通り逆光となってしまいました。綺麗に写真を撮るなら午前がおすすめです。

阿字池の周りを進み、「平等院ミュージアム鳳翔館」があります。館内では撮影禁止のため当然写真はありません。

 館内には国宝である梵鐘、一万円札にも描かれている鳳凰(南北の2体。一万円札には南像)、雲中供養菩薩像(52体のうち26体。後の26体は鳳凰堂内部にある)、十一面観音立像などの仏像など様々なものが展示してありました。

館内での鑑賞を終えるとお土産コーナーがあり、そこを過ぎると鳳凰堂の裏側を通って入り口まで戻ります。

平等院鳳凰堂(裏から)

 正面裏からの写真は天気がいいこともあり綺麗に撮れました。また当然、平等院は平等院鳳凰堂だけでありません。
・観音堂(重要文化財)
・浄土院(浄土宗の寺院)
・源頼政の墓(1180年5月26日に平家打倒の最中、平等院で辞世の句を残し自刃。最勝寺にある)
など様々な建物があります。

 土産を買い宇治駅に着いたのが16時頃。予定では貴船神社に行く予定でしたが、ここから2時間ほどかかり、開門時間が18時までだったため今回は断念。
ただその分時間が余ったので小学校の修学旅行以来の京都タワーに登りました。

京都タワーから。目の前に見えるのは東本願寺。


 2017年に京都タワーサンドという商業施設がオープンしており、京都タワーに行く通り道でしたが飲食店エリアは暗い空間が続き少し怖かったです。

京都駅から見た京都タワー

 京都駅でお土産を選んでいる間に暗くなっていました。

まとめ

 今回は無駄なことを情報を書きすぎて記事が長くなってしまいました。そこで②を観光という点からからまとめます。

・宇治駅前には宇治茶を使った食べ物が多くある。アイスやパフェといった定番のもの以外にも茶そばや抹茶カレー、抹茶たこ焼き、抹茶餃子など変わり種を提供している店もある。

・宇治市は源氏物語の宇治十帖の舞台であるため、宇治十帖に関する知識があるとより楽しめる。宇治駅周辺に関連する場所が多くある。

・大吉山展望台から宇治の景色が見える。 

・宇治上神社と宇治神社はうさぎに縁があり、卯年の今年は訪れるべきスポット。

・宇治上神社と平等院は世界遺産である(宇治神社は違う)

・平等院は極楽浄土の世界を表現した寺院である。

・鳳凰堂の写真は午前中がおすすめ(午後は逆光となる)。

・鳳凰堂内部を見るには時間毎に人数が決まっているため余裕を持って計画を立てる。

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