陰口は良くない
これは僕が中学生だった頃の話だ。
僕の育った家庭は女性の割合が多く、女性陣が誰かしらの陰口を言って盛り上がっていることがよくあった。
そんなある日父が
「お前たち、陰口は良くないよ」
と、すごく真っ当なことを言った。
僕の父は、コンプライアンスの概念の欠片もない、モラハラセクハラ何でもあり親父なので、父が珍しく真っ当なことを言っていることに驚きを隠せなかった。
続けて父はこう言う、
「陰口は良くない、悪口が言いたいんだったら本人に直接言ってやらないと失礼だ」
僕は飲んでいた水を吐き出してしまった。比喩とかではなく、本当に吐き出してしまった。
普段僕は家族同士の口論に対して、我関せず、といった態度を取っており、興味も持っていなかったが、これに関してはさすがに
「絶対にそうじゃない」
と反射的に言ってしまった。
悪口を本人に言うなんてかわいそうだ、そんな奴がいたら絶対に干されるに決まってる。
父の理屈は、悪いところを本人に言って改善させてあげたほうがいい、ということらしい。
僕は返事をするのがめんどくさかったので、それ以上踏み込まなかったが、寝る前に1人で考えてみることにした。まずは辞書を引いてみた。
陰口 : 当人のいない所で言う悪口、かげごと。
悪口 : 他人のことを悪く言うこと、貶すこと。
概ね思っていた通りだったので、何の意味もなかった。
次に、自分が一番陰口を言いたい奴のことを考えてみた。同じ野球部の同級生で、フリーバッティングのピッチャーが変化球を投げてきた、という理由で部室にあるバットを一本ずつグラウンドに投げ捨て、奇声をあげて帰っていく「あいつ」を思い浮かべた。
そして、言いたい陰口を考える。
「精神年齢が低すぎる」「どうやって育ったらそうなるんだ」「学校にイノシシが出たって通報されてもおかしくない」などなど、とても本人に言えそうもないものばかりが集まった。
最後に、これを本人に言った後のことを想像してみる。
皆が思い浮かべる「あいつ」がどのような姿をしているかは分からないが、短気で暴力的なやつだということは伝わっているだろう。
先ほどの陰口を本人に伝えた僕は、脳内シュミレーションの中で撲殺されていた。
僕が出した結論はこうだ。
陰口は良くない、でも悪口を本人に直接言うのはもっと良くない
至極当たり前のことではあるが、立ち止まって考えたことによって結論が出せたので、父には感謝したい。