国道
家より比較的近いところに国道がある。
国道の真ん中、白線が引かれているあたりにそれはいた。それは一人の男だった。男は腹から下の半身が引き裂かれており、臓物が所々はみ出ていた。
俺は痛々しそうな表情をすべきだったのだろうか。しかし男は特に苦痛の様子を見せるだけでもなく、ただそこにぼうっと寝転んでいたのだった。男は眠っているようで、その証拠に口が半開きで胸が呼吸のたびに上下している。引き裂かれたであろう半身は周りに見当たらなかった。きっと元からなかったのだろうと理解することにした。
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俺は国道向こうのスーパーで買い物を済ませて出てくると、男は間も変わらずそこにいた。
男はすっかり目が覚めたようで、鼻に小指を差し込んで中のものをほじくっているようだった。むき出しになった男の中身から血はいくらか漏れていたものの、量は思った以上になく、国道も男がいるところ以外はいたって綺麗そのものだった。
家に帰らなくちゃいけない時間までまだ余裕がある。俺はもう少し男を見ていることにした。
1分ほど経った時、西の方から霊柩車がやってきて男のすぐそばを通る。
とくに霊柩車の方は、男に何か遠慮するでもなく、気にかけるでもなくそのまま過ぎ去っていく。
次にタクシーが連続して3台やってきた。それぞれ別々のタウシー会社のようで、ボディの色もそれぞれ違った。3台とも、やはり男に気づかないふりをして、そのまま東へ走り去っていた。
男といえば、目脂をとっているようだった。
俺は飽きてきたので家に帰ることにした。誰かが国道の真ん中に飛び出して何か言っていたようだった。少し気になったものの、俺は振り返らずそのまま家路を歩いていく。
そういえばニラを買ってくるのを忘れたなと思った。途中の八百屋がまだやっていればいいのだが。きっとあそこの店主は気まぐれで有名だったはずなのでやっていないかもしれないと思い、結局、表通りに並行している一本奥の道へ入った。
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夕飯時に、俺が昼間に見た、例の上半身だけの男の話を彼女にした。
「まあよくあることでしょ。そういえばわたしが帰ってくるときに見た、国道の真ん中にあった血の跡ってそういうことだったのね。」
そういうこと、と俺は頷いて味噌汁を喉に流し込んだのだった。
俺がまだ休職していた頃の話だ。
後記:石垣りんのとある詩をモチーフにしたというか引用しました。残念なことに題名を忘れてしまったので、どなたか知っておりましたら教えてください。