北欧 アビスコ国立公園 2012年6月
① アビスコ国立公園
スカンジナビア半島は古代から人類が住んでいた場所であり、
その大自然に接することは、古代人に近づく道のような気がしていた。
そして、その思いは通じた。
成田空港からストックホルムに着いた。
ストックホルムの市内観光を終えて、アビスコ国立公園に向け、旅は始まった。
ここは夏はトレッキング、冬はスキーとオーロラ観測で、人気のある場所だった。
アビスコには、ストックホルムから19時間かけて寝台列車で行った。
夕方、列車に乗り込んだ。
寝る前になり、ソファーからベッドに変えようとしたが、それができなかった。
今回の旅は、友人と3人の旅だった。
3人で試すがえす、チャレンジしたのだが、ベッドにはならなかった。
わたしたちは諦めて、隣の男性にお願いすると簡単にベッドになった。
必要なフックが、みつけられなかっただけだった。
翌朝の車窓には、悠然とした風景が広がっていた。
もう国立公園の中を走っていた。
雪をかぶった山々が延々と連なり、その前面には澄み切った湖が横たわっていた。
日本では逆さ富士が有名だが、ここではその数倍の迫力で、湖に山々が映りだされていた。
どこまでもそれが続いていた。
まるで絵葉書の中にいるような、映画の映像のなかにいるような感じだった。
ここには何一つ人工物はなく、うっとりと眺めているだけで、
自分が人間であることさえ忘れてしまうほどだった。
本日から宿泊するアビスコツーリストステーションは、
アビスコ国立公園の中にある唯一の宿泊所だった。
日本から予約をしていた。
ここにはホテルの他にユースホステルも付随しおり、そこに泊まった。
ホテルは本館で、ユースホステルは別棟だった。
寝る部屋は簡素な2段ベッドとソファーだが、台所には自炊器具が完備しており、
食堂やロビーも広く、ゆったりと使用できた。
初日の夕食は、ホテルのレストランで食事をした。
ワインで乾杯し、明日からのトレッキングを楽しみにしていた。
翌日も快晴で、雪を頂いた山々が目前に広がり、
湖の青さが、空の色と絶妙なコントラスを見せていた。
ここには、たくさんのトレッキングコースがあった。
3人の体力に合わせて、4~5時間のコースを歩くことにした。
コース入り口には、木製の門があり、日本の寺院の門と似ていた。
そこから多くのグループが、三々五々とスタートしていった。
だが30分も歩いていると、それぞれが好きなコースを歩くために、
そのコースはわたしたちだけになった。
湿原の木道に来た。
そこには黄・ピンク・白の草花が可憐に咲いていた。
その木道に立ち止まった。
そこは360度のパノラマが広がっていた。
360度の周りには山々が連なり、自分を中心にして、ヤナギ属の低木林が周りを囲んでいた。
まるでわたしが世界の中心にいるようだった。
穏やかな山々のエネルギーに囲まれ、樹木のぬくもりが全身に感じられて、
そこには、一人であっても一人ではない世界があった。
湿原を抜けても360度のパノラマは、景色を変えて続いていた。
そのときは、ツツジ科のわい性低木の海を歩いていた。
一面がその低木で埋まっていた。
さらに歩いていくと、少し小高いところがあったので、そこに登っていった。
3人で歩いていたが、その時はその辺をそれぞれに歩いていた。
何となく気になって場所があったので、そこに座り瞑想をした。
するとUFが天から降りてきた。
今まで見た事もないような、大きさだった。
見えている地平線の端から端まであるような、巨大さだった。
UFの出入口であろう扉が開き、階段が降ろされてきた。
わたしはその階段を登って行った。
中に入ると、
「どこへ行きたいか?」と聞かれたので、この土地の古代へ行きたいと言った。
すると、UFは飛び立った。
下をみると、今歩いてきた風景が下に見えていた。
全く同じではないが、現在地であることが周りの風景でわかった。
潅木の森ではなく、そのときは草原になっていた。
そこにマンモスの群れが疾走していた。
なんと原始時代に来たのだ。
大きな角が、上を向いていた。
強大な体を身軽に動かし、地響きを立てながら7,8頭が走っていた。
その光景は周りの風景に溶け込んでいた。
原始のエネルギーをそこに感じた。
生きるたくましさがあった。
友人に「UFが来たよ。」と話すと彼女は
「それは妄想じゃあないの?」と言った。
わたしは「見えない人には、妄想と思うでしょうね」と答えた。
まさに肉眼で見るのではなく、感じるものだ。
風を受けても、風は見えない。
でも、確かにそこに風は存在している。
わたしにとって、感じるもの・聞こえるものは肉眼で見えなくても、
《そこにある》現実と思っている。