真・邪道勇者 その3(分割版)
女は嘘をつく。当然だろう。
とはいえ、先ほどまで罵詈雑言の嵐だった小娘が、まるで貴族の令嬢のように丁寧な、というか猫を被って一人一人名前を覚えているのか挨拶をする姿は「異様」としか言いようのない光景だ。
東の国の中華人も、悪い気はしないのか鼻の下を伸ばしている。
犯罪者であれ、小娘の愛想に弱いのは同様らしい••••••その小娘が小銃とナイフを隠し持ち、挙句下の方を何度も切り落とすような輩とは思わないのだろうが、手法としては割とよくあるやり口とも言えた。
油断を誘い、背後から刺すのは常道だ。無論、ここの管理人であるチン氏は枯れ木のように折り曲がった肉体ではあるが、その眼光は鋭く60年を生きた老体だとは思えぬ程に禍々しい雰囲気を出していた。
まるで、折れ曲がった背の魔物のようだ。
向こうの装飾なのか金と赤の入り混じった派手な服装をしており、血が混じってもおかしくなさそうな上品な色で飾っている。だが派手なのに単純な作りで、どうも無駄な装飾は嫌いらしい。私の刀は東洋風に装飾して貰ったのだが、その辺の趣味は違った。
どうも、一族の誇りがあるようだ。私の刀は彼らの文化とは違うので、斬りやすさを重視した切り捨て御免の細くしなやかな人斬り包丁。当然毒も塗りたかったが、やはり大物を切り殺す快感が欲しいのだから毒を借りるのは主義に反する。
だが、彼の目線が冷たいのはそれが理由ではあるまい••••••どんな場所でも冒険者が「初めてのお使い」を受けるように、私も彼らの依頼を以前に受けた。内容はというと「隣町の領主を始末しろ」という、真っ当極まる簡単な依頼だったのだが、それを派手にやり過ぎたらしい。
何せ、衛兵含め五十七人も殺したからな。
結果、街の警備は強化され彼らの仕事はやり難くなったという訳だ。ミスターチンはともかく下っ端に対する愛想は犬千代がしてくれたが、完全に友好的にとは行かないだろう。
やれやれ、何が悪いというのか。ちゃんと領主は殺しただろうに••••••こんな迷路みたいな城にまでわざわざ出向いてやったのだ。それだけでも感謝してほしい。
「そこの」
と、チン氏は声を響かせた。以前ソプラノ歌手から強奪する依頼を受けたが、その声と比べてもチン氏は響く。何か仕掛けでもあるのか、聞けば聞くほど犯罪に対して罪悪感が消えると評判だ。
最も、私には最初から無かったが。
「小娘は大丈夫なのか」
と端的に彼は言った。今回の顔見せは初めてなのだ。私自身はともかくナイフ術を仕込んだ犬千代はだからこそ愛想をばら撒き「使えるかどうか」の面接と言える。
最も、経歴など詐称すれば良さそうなものだが••••••生憎と、表社会ならともかく裏社会においてそれは通用しない。徹底的に調べ上げるから、ではなくそんなことせずとも「気配」で大体分かってしまう。
殺し慣れた雰囲気、とでもいうべきか。
ちなみに、私は入るや否や「貴様は化け物だ。自覚はあるな?」と、割と失礼な事を言われた。面接とはいえ言って良い事と悪い事があると思わないか?
全く、誰が化け物か。その程度に思わないで頂きたい。余談だが私は邪道作家シリーズという書籍を執筆しており、むしろ文学情緒溢れる殺し屋と言えよう。
最も、作品の大半は「有害図書」として大陸中で指名手配になったが••••••連中の感性は古いらしい。
なので、私はこう言った、
「問題ない。そちらとは違って、寿命で死ぬ心配も無いしな」
失礼な、とかなんて恐ろしいことを、とか周囲の部下共が喚いたものの、別段我々は友達になりに来た訳ではないのだ。あくまで仕事であり、馴れ合いではない。
「そうか」
とだけチン氏は答える。相変わらず無駄のない御仁だ。
「であれば、問題ない。次の仕事を依頼したい」
「誰を殺すんだ?」
手っ取り早く、私は聞く。破壊・殺人・強盗・強奪・誘拐・窃盗・あるいは国家の転覆に加担とかであって、政治家を斬ることはあれど民衆の解放のためだとかで、我々が仕事をすることは恐らく無い。
多分、未来永劫無いだろう。
であれば、回りくどいやり口に意味はあるまい。さっさと本題に入るべきであってそれ以外は回り道だ。思うに、遠回りが近道だとかいう戯言をほざいてる暇があるならさっさと金を払って殺せばいい。
「いや、今回の依頼は殺人ではない。誘拐だ、ジャック」
「そりゃ、有難い」
誘拐依頼は相場が高い。具体的に言うと殺人は高くても二千万だが、誘拐なら八千は下らない。というのも、貴人の誘拐には政治まで絡む事が多くて、組織が大金を払わざるを得ないのだ。
なので、大歓迎と言えた。思うに、むやみやたらと人を殺すのは反対だ。殺しては身代金が取れないからな───何であれ、使える資源は使うべきだ。衛兵を何人も殺した私がいうことでは無いかもしれないが、しかし人間の命はそれなりに使い道がある資源であって、意義もなく使い捨てるのは資源の無駄だ。
であれば、活用して然るべきだろう。
「それで、誘拐する相手は誰だ?」
「人ではない、ジャック」
人ではない。猿か? いいや、猿を誘拐するのに彼が私を呼び出すとは思えない。というより、やかましい猿の回収に行くなら私よりむくつけき中華人共が棍棒での気絶に追い込み、その上で檻にぶち込むだろう。私ではない。
「面白いな、人でなけりゃなんなんだ、博士」
「神だ、ジャック。我々は神を誘拐しなければならない」
例の記事通り「悪運」だけは天下一だ!! サポートした分、非人間の強さが手に入ると思っておけ!! 差別も迫害も孤立も生死も、全て瑣末な「些事」と知れ!!!