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邪道作家三巻 聖者の愛を売り捌け 分割版その5
新規用一巻横書き記事
縦書きファイル(グーグルプレイブックス対応・栞機能付き)全巻及びまとめ記事
8
公共物が二回、刃物が八回。
車が三台、飛行船が一台。
人間が三回、アンドロイドが八回。
全て、私を襲ったものだ。
「何者」だこの女・・・・・・私の生活を阻害する存在はことごとく「始末」してきたが、正体が分からなければ斬りようがない。
初めから存在しない、AIとかなら納得だが、生憎AIではあの青年のストーカーは無理だろう。そもそも会えない。
あるいは、電脳世界で人工知能をたぶらかしたりしたのだろうか?
何にせよ、移動し続ける必要があった。常に攻撃される以上、当然の対策だ。私は市街地へと移動し、人通りの少ない、隠れる場所の限定される地点へ誘導することにした。
「参ったぞ・・・・・・これまでどこにいるか分からない奴から、権力を欲しいままにした奴まで、邪魔者は散々「始末」してきたが・・・・・・こんな幽霊みたいな相手は初めてだ」
田舎なので見渡しの良い場所は幾つもあったのだが、近くにいる気配がまるでない。本当に幽霊ではないだろうか。
だとしたら斬りたいところだが、この女、携帯端末を捨てたのに、私の「頭の中」から声を響かせて話しかけてくるのだ。幻聴かと思ったが、こう何回も幻聴のために殺されることもあるまい。 何かトリックがあるはずだ。
見破らなければ、破滅する。
「あなたが悪いのですよ、私の愛しの君とああも親しそうにするのだから」
「おかしなことを言う。愛する相手が誰かと話すことすら、許容できないのか?」
会話で平和的に解決すれば一番だが、女の思考回路は一筋縄では行かなかった。
まぁ女とはそういうものだ。
男が単純すぎるだけかもしれないが。
「ええ、私の愛は、相手を独占するものですからね。私以外を見て欲しくない。私だけを必要として、私のためだけに生きて欲しい」
愛される側とは、成る程、窮屈なものだ。
少なくとも一方的な愛は、形によっては回りくどく、面倒なのかもしれない・・・・・・私はこういう女は結構好みだが、別に私は愛されてなく、愛情の邪魔者として始末されかけていることを考えると、愛情は当人同士が幸せであって、周りは色々と面倒が多いのかもしれない。
「なら、直接会って、愛し合えばいい」
「いやですわ、女は奥手なものです」
そこまで大胆にはなれません、とこれだけの行動力を見せつけておいて、言うのだった。
新しいタイプの敵だ。
参考にしよう。
もっとも、女は悪役には向いていない・・・・・・悪人ぶるのは得意でも、悪には成りきれないからだろう。女の強さは情だとするならば、情は悪意を鈍らせる。
男は非常で、論理を重んずる。
女は寛容で、感情を重んずる。
昔から言われていることらしいが、こんな時でも納得せざるを得ない内容だ。
私はバイオチップで「一人会話」のように見える人間達を払いながら、通行路を走った・・・・・・・・・・・・いや、そうか、失念していた。
私はつけていないからな。だが、後からナノサイズのチップを、私の脳内に付着させることは、科学の恩恵があれば可能だろう。あとは使いのアンドロイドでも使って、行動させればいい。
分かったところで、対策が一つしかないが。 失敗すれば、任意のモノを斬れるから本当にないとは思うが、スライスされたメロンみたいになってしまうだろう。
私は深呼吸して、自分の脳を斬った。
想像通り会話は途絶え、私の脳は正常に戻ったが・・・・・・二度とやりたくない。
とんでもない強敵だった。
と断言するのは早いだろう。破壊したのはチップであって、女の執念は破壊不可能だ。神々の逸話ですらそうなのだから、作家の私に出来るわけがあるまい。
だから、会話のテーブルを用意せざるを得なかった。何日か同じカフェテリアでずっと、執筆ついでに待ったのだ。向こうから接触する機械を増やすために。
執筆は順調に進んだが、まだ完結してはいない・・・・・・進んだところで売れなければ意味はない。 だが、愛と恋を取り入れれば売れる。
人間とは、誰も彼も、私がそこに入れるのかはしらないが、とにかく、己の望み、己の欲望を目指して走っているという点に関して言えば、至極単純な生き物なのだ。
これは神でも変わらないだろう。
知性ある生命は皆そうだ。
だから、その女が姿を現したときは意外だったとしか言いようがない。幼く、しかし美しいその女は、幼い少女の姿をしていたのだから。
幕間
魂に決着をつけなければ
それが、人間の失敗作だとしても、構わないしどうでも良い話だ。
己の業に「勝利」を、そして「決着」と「納得」が必要になる。
偽物でも構いはしない。
真実などどうでも良い。
必要なのは、そう。
この私が、「幸福」を「得る」という結末、ただのそれだけだ。
9
この世で最強の力が「愛」だとすれば、それは同時に最も強い欲望である証明でもあるのだ。
愛は欲望から生じるものだ。
神を愛することで「自分も愛されたい」「救われたい」という願い、すなわち欲望こそが源泉であることは、隠しようのない事実だ。
恋はどうだろう。
究極的には「自分にとって都合の良い相手に、都合の良い行動を求める」というのが恋の原動力だ。自分にとって都合の悪い・・・・・・他の異性に対して行動するなど、そういうことがあれば、その行動した対象に憎悪したり、嫉妬したり、あるいは何で自分ではないのかと、問いつめて殺したりもするわけだ。
何も変わらない。
双方とも、人間の欲望だ。
私は大層な人間ではない。背中から翼が生えたりしなければ、聖剣を持って魔王を倒したりはしないし、主人公のように確固たる意志、使命感を持って生きているわけでもない。
私は主人公ではない。
だが、そんな語り手、作家である私の、目線からでも、分かることはあるということだ。
そして今、その目線は目の前に座る女に向いていた。
「じいぃぃーーーーー」
と、口に出してはいなかったが、そんな感じの品定めするかのような目で、私を見るのだった。 とはいえ、ここはカフェレストランだ。
執筆も上手く行き、腹も空いている。
だから遠慮なく民族料理を食べることにした。とは言っても、肉と野菜を乱暴に炒めたもので、果たしてこの料理に民族の歴史が入っているのかと、疑問に思うようなモノだった。
仕方がないので、私はカツサンドを一つ頼み、コーヒーを啜って待つことにした。
「もし」
呼びかけているのだろうか?
掠れるような、今にも消えそうな声だ。
「今、お時間よろしいですか?」
「駄目だと言ったらどうするつもりだ」
一応聞いてみた。
右を向けと言われれば左を向くのが、私の信条だ。上を見ろと言われれば下を向き、前を向けと言われれば目を閉じて、しゃべれと言われればしゃべらず、話すなと言われれば相手が嫌がるまで話し続けて苦しむ顔を鑑賞する。
それが私だ。
しかし、だ。
「宜しくなるまで、ずっとこうしています」
忍耐図良い女だ。この世の終わりまで本当に、ずっと待っていそうな良い笑顔だった。
こういう女は嫌いでないが、しかしそれも時と場合によるだろう。私は私個人の利益が何よりも大事だ。いくら良い女だろうが、邪魔をしたあげく殺されかけたとあっては、放置できまい。
さて、どうするか。
何度も言うが、私は別に、物語の主人公というわけではないのだ。解決する必要は特にない。つまり依頼、「遺体の破壊」と「少年少女の恋愛成就」というある意味同じ内容を、結末に持って行けばよいのだ。
二重依頼は受けていない。
どうせ元は、同じ女が指令を出している。
そもそもが、仲介人を通すことはあっても、全く別の人間、あの女以外の依頼主など、私には存在しないし必要ない。あの女の正体に興味はあまりないが、他に「寿命を延ばす」などという荒技を可能にする依頼主が、いるとも思わない。
作家としての私がすべきことは明白だ。
即ち、作者取材である。
「お前は、ええと」
そういえば、名前を聞いていない。
「アリスです。以後、よろしく」
以後なんてモノがあるのかはしらないが、とにかくそう名乗った。とはいえ、女は嘘をつく生き物だ。これが本名かどうかまでは、流石に分からなかったが。
「そうか、では、アリス」
「まぁ、呼び捨てだなんて、大胆な人」
「・・・・・・別に、「貴様」や「お前」でも構わないが?」
「呼び捨てで結構でしてよ」
「では、以後そのように」
やれやれ。
この場合、女が何を考えているのかというと、こうやって相手を翻弄し、困る姿を見て、楽しんでいるだけだ。本能的に、女は男を困らせて楽しむ生き物なのかもしれない。
学会で発表してやろうか。
「アリス、君は・・・・・・あの青年を愛しているのかな? 私には、そうは見えないが」
「何故ですか? 私、あのお方のことなら何でも知っています。スリーサイズ、身長、体重、年齢から生年月日、それに朝食の内容、好きなもの嫌いなもの、それにそれに」
話が終わらなさそうだったので、先に結論から言うことにした。
「それは恋だ、アリス」
「何故ですか?」
「相手を保有しようとするのが恋、相手を支えて良い方向に持って行こうとするのが、愛だ」
「まぁ、私、彼を愛しています」
こんな雑な説明では、いやもとより本人が「愛している自分」を信じ込んでいる以上、説明など無駄かもしれないな。
それならそれで、作品のネタにはなりそうではあるのだが。
「愛している・・・・・・だが、他の女と、あるいは私のような無関係な人間ですら、近づくことは許せない」
「それはそうです。だって、あの人は私の王子様ですから」
また、古い例えだ。
しかし恋する人間は世界を見ていない。都合が悪ければ見ないと言うのが恋の特徴だ。故に言葉がある程度通じなくても仕方あるまい。
それが恋と言うものだ。
「あなたは、私の邪魔をするつもりですか?」
ナイフを片手に握りながら、そんなことを言うのだった。微笑ましいことだ。私のような始末や家業からすれば、そういう人間のささやかな悪意には、むしろ好感が持てる。
「そんなつもりはない。ただ、依頼のこともあるからな。一応、あの二人をくっつけろと言われてはいるが、そちらの依頼は仲介人を通して行われたものだから、優先度は低い。遺体の破壊作業さえ済めば、この惑星に興味はない」
「でしたら、私を手伝って頂けませんか?」
手伝う。
それもストーカー女を。
それこそ物語の主人公であれば、王道の少年少女の恋愛、本来結ばれるべきあのふたりをおうえんするのだろうが、いい加減自分の気持ちに素直になれない人間を手伝うのも、興が冷めてきたところだ。
王道は、つまらない。
結末が決まっているからだ。そんなものは絵本作家にでも任せればよい話だ。無論、絵本作家にも悲劇を望む馬鹿者はいるが、極々一部の鬼才の話でしかない。
人間の意志の行く末がみたい。
狂っていれば、尚面白い。
だからこその物語だ。
しかしそこには大きな問題があった。
「恋は悲劇にしか終わらないぞ」
「まぁ、やってみなければ分かりませんわ」
根本の法則はいつも変わらないものだ。手伝う以上、その法則を克服しなければならないが、そも恋とは報われないものだ。
果たしてどうしたものか。
「よろしくお願いいたします」
頼りにします、とそんなことを笑顔で言うのだった。このアリスという少女は、案外純粋すぎるからこそ、凶器のような恋が可能なのかもしれないと感じた。
まぁ愛も恋も、向けられる側からすれば、不意打ちの銃弾みたいなもの、凶器そのものと言っても、過言ではないのかもしれないが。
10
「あそこだ」
我々は教会に来ていた。聖女を惨殺し、邪魔者を消すため、ではなく、あの女を殺しに来るであろう政府関係者に、話を付けるためである。
政府関係者に青年のことを伝え、彼らに仲を引き裂いてもらい、そして疲れ果て落ち込むあの男の心に付け込んで、アリスがモノにするという、かなり雑な計画だった。
と、そこで視界の隅に、実に奇妙なモノが写った。
腕だ。
それも生きてはいない・・・・・・ミイラ化した「人間の腕」だ。聖人の遺体って感じではないが、しかしあれは一体・・・・・・。
「動きましたわ、あそこ」
と、どうやら政府関係者の人間が教会に近づくのを、アリスが察知したようだった。
ふと見ると、腕は消えていた。幻覚だったのだろうか・・・・・・それにしてはやけにリアルな腕だった。
まぁ今は放っておこう。
「それで、どうするつもりだ」
「まずは様子を見ましょう」
思うのだが、因果応報と言うが、何かをしたところで、何かが返ってくるなんてことがあり得るのだろうか?
急に何故こんなことを考えるのかというと、所謂その「聖人」って奴は、今回はただのアリスの恋敵でしかないが、本来は「死後、二度奇跡を起こす」という制約以前に、もっと大きな制約があるではないか。
聖人は、報われない。
彼らは死後、人々に崇められはするが、死んだ後に崇められて嬉しがる人間などいまい。彼ら聖人に信徒は救われるだろう。だが、彼ら聖人達は死んだ後すら報われない。
当人が納得しても、納得行くわけがない。
そんな、事後犠牲などと言う綺麗事のために、偉業を成した人間・・・・・・私の知るところならジャンヌダルクとか、イエスキリストだとか、しかし彼らは死んだ後すら救われないではないか。
報われなければ嘘だ。
そうじゃないのか?
愛があり、その結末を愛したとしても、理不尽には変わりない。何より、彼らを崇める人間はいるだろう。しかし
彼らを救おうとする人間も、
彼らを助ける人間も、
彼らを救う人間も、いない。
多くを救う彼らに「救い」を求めることはあっても、彼らを救おうとする人間は何人いる? それで「救い」を主に求めようなど、傲慢不遜にも程がある。
それでも聖人は信徒を救うだろう。
だが、私にはそれが許せない。
許せないから、こんな依頼を受けたのかもしれない・・・・・・・・・・・・見たこともない人間相手に、我ながら酔狂なものだ。勝手に同情されたところでそれこそ、彼らには何の救いにもなるまい。
私は気休めを与えるのも手にするのも、大嫌いな人間だからな。もし可能なら、救うことはできないかもしれないが、愚痴でも聞きながら一緒に何か、美味しいものでも摘みたいモノだ。
相手が女なら、聖人でも口説くかもしれないが・・・・・・それは男の本能だ。聖人だって否定する権利はあるまい。
と、そこで動きがあった。
アリスが指さす方向に、集団が見えたのだ。ほぼ間違いなく、聖人がらみの政府関係者だろう。 結局聖人だろうが何であろうが、人間の欲が絡めばこうなってしまうのだから、やるせない話ではあった。
と、その集団の一人が何かみつけたらしい・・・・・・声が聞こえた。
「なんだこりゃ?」
「おい、うろちょろするな」
どこの職場にも仕切りたがる奴はいるらしい。異性の良さそうなその男は、何かを見つけたらしい男に近づいた。
すると、
「ぴぎゃ」
と奇妙な声を上げて何かを見つけた男は倒れてしまうのだった。遠目だが、「それ」は異様な光景だった。
人間の顔に腕が貫通している。
なんと言えば良いのだろう、銃で頭を撃ち抜かれた人間が、人体を銃弾が貫通していることは理解できるのだが、それが腕となると不気味だ。
貫通、言うよりも、その「死体の腕」は見つけた男の顔と融合し、まるで併せて一つの生命であるかのように振る舞うのだった。しかも、顔に腕を貫通させて融合させたその男は、死んでない。
「な、なんだ、お前、それ。新しいギャグか?」「ぴぇええ」
「き、気持ち悪いぞっ! 寄るんじゃあない。おい、誰か、この化け物を撃ち殺せ」
そういって、かつて仲間だったらしい人間を躊躇無く、プラズマ銃(かなり古い。西部劇マニアだろうか)で撃ち殺すのだった。
撃たれた男の顔は、もはや人間の顔をしていない・・・・・・口の部分に腕の手のひらでない方がくっついているから。アリ食いみたいな形の口になっていた。
あんな不気味な姿になれば、かつての同僚でも撃ち殺して仕方がなさそうだ。
脳天を撃ち抜かれたその男は、撃ち抜かれた部分から歯を生やし(モノを食べる為の奴だ)そして同僚を躊躇無く食い殺すのだった。
我々はそれを見て、唖然としていた。
「おい、アリス。あれは」
「知りませんわ・・・・・・なんですかあれは?」
知るわけがない。いや、まて、直感ではあるが・・・・・・嫌な予感がする。もし、あれの正体がそういうたぐいのモノであれば・・・・・・・・・・・・私はともかく、いや、下手をすると私もアリスの巻き添えに「掃除」されかねない。
「おい、逃げるぞ」
このままアリスを捨てていけば、私は助かるかもしれないと言うのに(正体が私の予想通りならば、だが)私は手を引いて逃げるのだった。
まぁ、体つきといい性格といい、中々好みで美味しそうなのだから、仕方あるまい。危機であれば本能が刺激されると言うが、しかし何もこんな時に刺激しなくても良さそうなものではあるが。 とにかくだ。
「ちょっ、え? どういうことですか?」
「説明している暇はなさそうだな。見ろ、お前を追って来ている」
ずる、ずる、と、実にゆっくりと、そして例の集団を丸ごと「食い尽くした」のか、腕一本に足が二本、目玉が三つという奇妙な形をしているそれは、アリスのいる方へじりじりと、実に不気味な速度で迫るのだった。
気持ち悪い。いや、造形はある意味芸術的だ・・・・・・しかし、意志の介在しない生物? とは不気味なものだ。
「走るぞ」
言って、逃避行モノのように手と手を取り合って逃げるのだった。とはいえ、私は逃避行モノの主人公達のように脆弱ではないし、あまり容赦のない方だ。
なので、
「これでも「食らって」いろ」
直ぐ近くにあったドラム缶(古代の芸術品だが、田舎ではこうして普通に使われている)を蹴り倒して、幽霊の日本刀を使っての斬撃で、火打ち石の要領で火をつけた。
燃え上がると言うよりも殆ど爆発だったので、我々は吹っ飛ばされたが、近くにあった軽トラ(ここに住んでいた奴は骨董品マニアか?)にのってエンジンをかけた。
かからない。
ええい! 普段かかるくせに何でこういう非常事態に限って直ぐかからないのだ。あれか? 非常時に足を引っ張る呪いでもかかっているのか?「退いてください」
言って、アリスは助手席から身を乗り出し、エンジンをかけるのだった。私の感想としては、身近で見ると、本当にけしからん体をしていた。
こんな女の誘いを蹴るとは、あの青年はそっち方面なのか? まぁいい。見る目がなく、勇気もなく、へたれた男はいるものだ。
そういう奴に限って、やけに女を侍らせていたりするが・・・・・・何か法則でもあるのか?
音楽を流しながら運転しつつ、そしてそんなことを考えていた。我ながら器用だ。しかし作家とは基本、思考が器用でないとやってられない。
運転中、彼女は聞いてくるのだった。
ちなみに、流されている音楽は「ヴィーナス」だ。こんな時に何故、こんな陽気な曲、しかも妙に色っぽい曲が流れるのだろう?
これも神の采配か?
だとすれば見事だとしか言いようがない。
生まれて初めて神を誉め称えたかもしれないが・・・・・・追われる身でなければ、もう少しこの状況を楽しめたかもしれないが。
「まぁ、いけない人。いやらしいですわ」
「・・・・・・・・・・・・」
「それで、「あれ」は何ですか?」
ザ・ロネッツに曲が変わり、ますます状況が良く分からなくなってきたが、しかし、いや、いっそのこと全部忘れて、この女とバカンスにでも行こうか・・・・・・いや、そうも行くまい。
質問に答えるとしよう。
「あれは、掃除屋だな」
「? 何を掃除するのですか? ここにはあまりゴミはありませんが・・・・・・」
病んでる女は天然の素質もあるのだろうか。
何にせよ、順序よく行こう。
そう思っていたのだが、そうも行かなくなった・・・・・・右を振り向いたところ、そこに、
「! 張り付いていますわ」
そう、あの「腕もどき」が、ガラスに張り付いてヒビを入れていたからだ。
「しつこいぞ! しつこい奴は信仰でも人間でも嫌われることを学習しろ!」
そういって、私は幽霊の日本刀で斬ろうとした・・・・・・いや、実際に斬った。
だが。
「こいつ、やはり「生命」が「無い」のか」
私の刀は「魂」に「傷」を入れることで殺害する道具だ。生命が無い・・・・・・最初から死んでいる存在を、殺すことなどできない。
直接殴れば何とかなりそうだが、正直、これに触れたくはない。なので刀の柄の部分でブン殴った。
「ええい、五月蠅い!」
リトル・ドリーム・・・・・・良い曲かもしれないがこの状況では耳障りこの上ない。私は刀を突き立てて音楽が流れないようにした。つまり怒りに任せて機械をブッ壊したのだ。悪いか?
悪くても知らないがな。
「まぁ、非道い。音楽が聴けませんわ」
「我慢しろ。ハミングでも歌え」
「はい」
まさかこの状況で本当に歌うとは思わなかったが、かなりいい声だった。思わず拍手しそうになったが、両手は運転中だと言うことを思い出して慌てて体勢を戻した。
「ふふ、上手いものでしょう?」
「ああ、確かにな」
女を守るなど、我ながらどうかしている。「この女を見捨てれば」あの腕は追っ手は来ない。
それは確かなことだ。
助けるべきを見捨ててでも作品のネタを探すのが私のポリシーだが・・・・・・まぁ臨機応変に行くとしよう。
あれはあれで、興味がある。
あんなものが・・・・・・聖人がいるからこそ、あんなモノがあるとすれば、私は信じていないし、いたところで役に立たないと断じてはいるが、「神のようなもの」に対する考察が、進むかもしれないのは事実だ。
「お前は不法侵入したことはあるか?」
「何ですか急に?」
無いだろうな。お嬢様って感じの、育ちの良さそうな女だ。あるわけがない。
「閉鎖された学校に勝手に入って、宿題の答えを盗み出そうとしたことがある。いや、そうではなかったかな・・・・・・とにかく、昔そうやって鍵を針金でこじ開けて、入ったことがあるんだ」
「それが、どうかしました?」
「そのときに教師に出くわしていたら、こんな気分なのかと思っただけだ。つまり融通の利かない相手ってことだ」
「あの「腕のようなモノ」がですか?」
「そうだ」
入ったのはこの女だけだ。私は複数なら責任を押しつけづらいだろうと、お節介にも話に割り込んだ善良なる生徒、と言ったところだろうか。
「とにかく、あれはシステムや機械と同じだ・・・・・・恐らく、条件を満たさなければ、永久に追ってくるぞ」
「そんな、その条件とは?」
「分かっていれば苦労しない」
「役に立ちませんね」
大きなお世話だ。
といっても。ここでお前のせいでこうなったと言うのは筋が通るまい。そもそも、それなら好奇心を抑えきれずに、勝手についてきた私が悪い。 やれやれ参った。
人生は本当に、小説よりも奇な事がある。
私は平穏な日々を送りたいだけなのだが。
「何か無いのか? 気づいたこととか」
「ええと」
言って、助手席で考え直すアリス。
そういえば、と彼女はふと言った。
「私の懐を見ていました。やだ、やらしい」
私は無視して催促した。
「何が入っている?」
「ええと、あの聖女への呪いの言葉が込められた便せんくらいですが」
あとは財布と携帯端末くらいです、と。
どうやって収納されているのか気にはなったがしかし、成る程。
そんなものが琴線に触れたのか。
神とは、もしかすると全能すぎて、細かいことには、気が向かないのかもしれないな。
「それを捨てろ! その便せんだ」
「え? え?」
「ええい、面倒な」
私は懐に手を突っ込み、ガサゴソと探すのだった。全く、こういうのはもう少し大人な女相手にしたいモノだが。
「ひやぁん、ちょっと、こんなところで」
などとバカなことを言う女を無視し、私は便せんを投げ捨てた。
遠目で見えたが。どうやら便せんを食い尽くして満足したらしく、その場で消滅するのだった。「何を、いえ、どうなったのですか?」
「見ての通りだ。目的を失って消滅した」
「はぁ、結局、あれは何だったのです?」
「聖人、に向けられる「悪意」の掃除屋だ。恐らく、聖人として完成しつつあるあの女に対して、加護のようなモノが働いているのだろう。そしてそれに向けられた悪意、を一つ残らず諸滅させるために発生した、現象のようなものだ」
「そのようなモノが何故、私の便せんを?」
「神の使いだったとして、細かい違いは分からないって事だろうさ。大きいか小さいかより、周囲の悪意を消滅させることそのものが、今回の奇跡みたいなものなのだろう」
「だからって、いえ、先ほどは失礼しました」
「悪かったな。だが、命がかかっているときに、手間取るのは勘弁してくれ。心臓に悪い」
「まぁ、女には一大事でしてよ」
責任、取ってくださいねと、冗談のように彼女は笑うのだった。
やれやれ、嬉しくもない。
私にはこういう、女と男の感情が、どう足掻いても感じることはないのだから、理解はできても何がよいのか感じることは、相変わらず出来ないままなのだ。
だから女の好意も、嬉しく思う、という行動が私には出来なかった。
私には、
それが出来ないのだ。
改めて自分の異常さを実感する。普通、物語とかなら喜んでしかるべきなのだろうが・・・・・・まぁ私からすれば、異常も正常も本人の中の世界にあるものだ。
だから、知ったことではない。
それが私にとっての正常だ。
私から言わせれば、「人間の意志」ほど、信用をおけないモノはない。美しいかもしれないが、それは金にならない。結果に結びつかなければ、何の意味もない只のゴミだ。
愛も恋も人間の意志だ。
つまり結果に結びつかない、薄っぺらいモノでしかない。結果、金、実利、そういうものから、一番この世で縁遠い。
豊かな人間が口に出来る絵空事、余裕があるからこそ吠えられる戯れ言以外に、どう受け止めろと言うのだろう。
まずは金を払え。
話はそれからだ。
何事につけそうだろう?
友情も恋愛も仕事も遊びも、実利あってこそ、それが成り立つモノばかりだ。それは金や満足感と言ったわかりやすい実感できるモノだ。
そういう意味では、私の求める「幸福」の定義も曖昧なものだ・・・・・・案外、この世のどこを探しても、そんなモノはないのだろうか?
だとすれば、
だとすれば、まぁ絶望はしない。落胆するだけだ。私の人生もさまよった長い長い時間も、それに付随する労苦も、痛みも、憎しみも、経験も、学習も、思いも、全て、ゴミだったということなのだろう。
亡霊のように私を動かし続けていた「動力源」は消滅するだろう・・・・・・それが何を意味するのかは分からないし、知ったところで無意味だ。
ただ、
もし仮に、そうならば、だが。
ああ、産まれることを間違えた・・・・・・なんて、適当に詩的な言葉で人生を締めくくるくらいしかやれることはなさそうだ。
金にならない生き方なら、金にならない人間として産まれたのならば、最初から、意味も価値もどこにも不在で、失敗作が動き続けたという事なのだろう。
動く側はたまったものではないし、冗談じゃないが、私は知っている。
例えそれが全能の神だとしても、理不尽を正す者はどこにもおらず、理不尽を嘆いたところで何一つ変わらない理不尽を、知っている。
私は悟った風に生きている連中とは違い、只単に誰にも届かない事を言うのは疲れるだけだ。嘆いたところで誰も助けはしない。
救われない者は絶対に救われない。
それは事実だ。
只の事実。
神は何一つとして救わないし、救われないと言う事実を、彼ら宗教家は見ないが・・・・・・信じる者は救われるとか言うが、そんな教えを言える内はそも満たされている証拠だろう。
満たされている人間の言葉ほど、余裕のある人間の言葉ほど、説得力のない言葉は、無いというのにな。
私は、いや、今は良そう。
まだ、運転中だからな。
「ねぇ」
「何だ?」
「どんな気持ちですか? 言ってはなんですが、あなたはこの争いで、何を得るわけでもないのでしょう?」
「そうでもないさ。作品のネタにはなる」
「けれど、あらゆる人間から軽蔑され、嫌悪されそして、迫害される。聖人に逆らうとはそういうことでしょう? 形はどうあれ、あなたは彼女が聖人になることを阻んでいる。それによって迫害されることに、何か感じたりはしませんの?」
「しませんな」
「それは何故?」
「第一に、迫害されることも暴言を吐かれることも、産まれたときからされている。目障り耳障りこの上ないが、不愉快にはなっても、それでお前達女のように、めそめそする事はあり得ない。大体がいつものことだ」
「本当かしら」
「お前は、目の前を蝿が飛ぶ度に、人生終わりみたいな顔をするのか?」
「あなたはどうするのです?」
「無論、不愉快至極だ。汚らしいし、目障りでストレスが貯まる。だが、蠅の羽音で世界は終わらないだろう。その他大勢の声を聞き、よく有名人が心を病んだりするらしいが、命よりも大切な金を失ったわけでもないのに、よくそんな暇なことで悩めるものだと感心する」
「ストレスにはなるのでしょう」
「成る程、確かにな。だが、私と違って金があるのならば、そんな、会ったことのない奴の意見なんて、金になるわけでもなし、気にする方がどうかしていると思うのだが」
「あなたは即物的すぎるだけです」
「女は感情的すぎるだけだ」
つまり行き過ぎは良くないと言うことだ。
「それで、どうします? これから」
「まずは、泊まれるところを私は探す。お前はどうするつもりだ?」
「まぁ、か弱い女を道ばたに放置するつもりですか?」
「・・・・・・別にそれでも構わないが」
「あら非道い」
と、私の言葉を受け流すのだった。
私は金を使うのは好きだが、人のために使うのは、心の底から大嫌いである。
つまり機嫌は悪かった。
「仕方ない、行くぞ」
そういってアクセルを踏んで、私は宿泊施設のありそうな地域へと、走らせた。
車を走らせて思うのは、人生も走る道も、行き着く先で笑って終われれば上等と言うことだ。夫も、人生も道路の先も、どこへ続いているのか分からないので、不安と恐怖と、そこにあってほしいと願う希望が渦巻いているのだが。
結末は分からない、それは物語も同じだ。
しかし、できれば走る先が、行き着く果てが、何かしら良いものであればと、祈らざるを得なかった。神を信じない私からすれば、それは新鮮な体験だったが。
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