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邪道作家第二巻 主人公をブチ殺せ!! (ハーフ版) 上
テーマ 非人間讃歌
ジャンル 近未来社会風刺ミステリ(心などという、鬱陶しい謎を解くという意味で)
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二巻 簡易あらすじ
今度の敵は「主人公」───
依頼に則り取材兼殺しという生き方の邪道作家が、資本主義の闇と正義を振りかざす勝つ側へと取材に挑む。
頼んでもいないのに争いに巻き込まれ、外部から見た主人公勢の、悪として排斥される側から見た物語の裏の世界。
無論、くたびれ儲けな訳だが••••••やれやれ。
まあ、正義の最後なんて、あんなものであるのは確かだろうさ──────
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邪道作家第二巻 主人公をブチ殺せ!!
1
殺して欲しい存在がいて、殺したい相手がいれば私の仕事は成立する。そう言う意味では科学が発達し、それに伴って出てきた、夢を見るアンドロイドなんて奇妙な連中は、私にとって上客となるようだった。
私はイタリアンレストラン(作っているアンドロイドが、イタリアを知っているのか疑問だ)にいた。そこで食事をしていたのは、私が優雅な一時を過ごしたかったからではなく、知り合いの女に呼び出されたからである。
名はフカユキ、PNシェリー・ホワイトアウトという、自称アンドロイド作家。
アンドロイド、人間にもっとも近いロボット、それも人権を獲得した奴らは、その有り余るスペックを執筆業なんてマイナーな業種にまで手を伸ばしてきたというのだから、困ったものだ。
私はどんどんアンドロイド相手の売り上げが伸び、生活も豊かになってきているので、正直複雑な気分だが、しかし、金を払って私の作品を読むのなら、それは読者だ。
つまり、商売相手だ。
なら、せいぜい利用させて貰うとしよう、などと、ひねくれて、悪ぶった言い方をしてみたモノの、未だにアンドロイド達がわたしの作品に熱中する理由が、よく分からないままだった。
教育衛生上よろしくない話が好きなのかも知れない。そんなことを目の前に座る「仕事」の依頼主相手に考えていた。私の言う「仕事」とは、執筆業ではなく、サムライとしての副業、邪魔者を始末する仕事だ。
もっとも、最近では取材の意味合いが大きくなっているのだが。
フカユキは解けない謎を考える名探偵のように少し考え込みながら、
「殺して欲しいアンドロイドがいるんだ」
と言った。
アンドロイドも同胞を消す罪悪感を消し去る味を覚えたのか、そういった依頼も増える一方だった。だから、殺しの依頼そのものは、別段珍しい話でもない。
問題は、
「ただのアンドロイドじゃないよ・・・・・・そのアンドロイドはね、幽霊なのだよ」
と、言われ、正直その女、シェリーホワイトアウト女史の、正気を疑った。白く美しい髪に、スタイルの良い身体。アンドロイド作家として名を馳せる、謎の女。
アンドロイド作家と歌っているのに、どう見ても見た目は人間にしか見えないし、事実彼女は人間だ。クローンニンジャを自分の細胞から培養し、その分身達を使っていたというのだから、ファンには見抜けるはずもなく、今も、アンドロイド人気作家として、死滅した分身達の分も媚びを売ってアイドル作家業を続けているらしいが。
まあ、本当にアンドロイドかどうかも、ファンからすればどうでもいいのかも知れない。聞こえの良い通り名が重要なのであって、実際はどうでもいいのだろう。恐らく、作品の内容さえ。
私の作品は相変わらず、人間に売れない。
本当に、いっそのことこの女のように、内容は何でもいいから売れそうな、売ることだけを考えた作品でも執筆してみようか? しかし、そんなことをするならそれこそ、株でも扱えばよい訳であって、作家なんてする必要はない。
作家とは何か。
そんなことを考えている途中に、
「聞いてるの?」
と、言われ、ハッとなった。
「聞いている」
男がこう言うときは、大体聞いていない。
女の話は、過程を重んずる場合が多く、話したいから話す、とでもいうのか。結果や理屈を重んじる男にすれば、馬耳東風もいいところなのだ。 まあ、この場合、仕事そっちのけで考え事をして、私が話を聞いていなかっただけだが。つまり完全なる私の不注意だったので、取り繕っても仕方がないのだが、思索の邪魔をされたような気分になり、私は、
「くだらない与太話だ」
と言った。
女は女で話を否定されることを嫌がる生き物であり、「なら、証拠を見せるね」と、半ば躍起になって、シェリー、いやフカユキは、写真を一枚取り出し、机の上に置いた。
そこには、実に奇妙な「モノ」が写っていた。「なんだ、これは?」
まず、頭がない。四角いボディ、何かしらの寄せ集めのような、物理法則に従っているように見えないその身体部分に、二足の足が着いていて、しかもその足も別々のデザイン、旧式なのか新型なのか分からなかったが、バランス悪く、違う足がそれぞれついている。
そして、
「何だ、これは。まるで胴体部分のパーツが」
「人間の顔みたいに見える」
場を制されてしまったが、その通りだ。
まるで苦悶する人間の表情に見える。見方を変えれば、機械パーツの大きな頭部に、足が生えているようにも見えた。
不気味だ。
だが、同時に興味も沸いてきた。こんな奇妙な物体は見たことがないし、何かしら、新しい作品の参考になるかもしれない。
無論、依頼は依頼だ。金を頂くのは当然だが。「不気味でしょ、それ」
「ああ、何なんだこれは?」
「アームズテック社って、知ってる?」
「いや、TVを見ないので、知らないな」
呆れた風に、フカユキは「そうだったね」と一息ついてから、話し始めた。
「アームズテック社は、一言で言うと、「人間至上主義者の集まりだよ」
「人間至上主義、とは?」
なんだろう、ロクでもなさそうな主義であるのは、間違いなさそうだが。
おおよそ「差別」とか「権利」とかを掲げる連中とは馬が合わない。つまらない階級意識だの優越感のための差別よりは、私は実利を選ぶ。
優越感、などという不透明なモノのために、人間は戦争までしたことがあるのだから、つくづくどうしようもない生き物だ。まぁ、私はその人間の中でも、実利のためならアンドロイド相手でも商売をするし、宇宙人相手でも本を書くし、そもそもが相手を選べない商売である作家業なんてやっている人間は、すべからず破綻しているものだが。
つまりどうでもいいのだ。本が売れれば、だが、そういう意味ではアンドロイド達が多く買ってくれて、そのおかげで最近は生活も潤っているわけだから、私は人間以外、人間でないものの方が、話の馬は合うのかもしれなかった。
「つまり、ロボットの存在を認めていない、人間こそが唯一の生命体であり、アンドロイドは人権を剥奪して、労働力に戻すべきという考えだ」
本当のところは、安い労働力を取り戻したいだけなのでしょうけど、とフカユキは続け、
「つまり、安価な労働力であったロボット達の生産能力を取り戻したいという、利権の奪い合いで産まれた勢力みたいなもの。彼らにとってはアンドロイドみたいな人権と創造性を提供するロボットよりも、おとなしく人間に従うだけの従順な生産力の方が都合が良いって訳」
「なるほどな」
つまり、厄介事というわけか。
そんな団体が、個人が、依頼する内容がまともなわけがない。何しろ、アンドロイドの幽霊だ。「つまり、こういうことか? アンドロイドに、魂だとか、あの世だとかが、あるのかどうか知らないが、少なくとも、そんな亡霊に、買い取りたい土地か何かに住み着かれていては、困る、と」「少し、違うかな」
予想を外してしまったが、じゃあ、何だというのだろう? アンドロイドの幽霊なんて、放っておけば良さそうなものだが。
「買い取る予定なのは、星だよ」
「・・・・・・・・・・・・まさか、その惑星に山ほどいるアンドロイドの幽霊とやらを、一人残らず始末しろなどと、言うわけじゃないだろうな」
「いや、使う土地は限られているし、とりあえずは追い出せればそれでいいかな。サムライやニンジャの武器は幽霊みたいな、あの世の物質で出来ているって話もあるから、君の持っているらしい「武器の幽霊」かなにかで、殺せるのかどうか試して、可能であれば対処法を見つけて欲しい、といったところじゃないかな」
「塩でもまけ」
「そうもいかないよ。実際、幽霊なんて科学で解明できない存在は、同じ幽霊を扱うサムライかニンジャだけだ」
なら、ニンジャを雇えばいい、と言おうとしたのだが、
「ニンジャはどうも、人手不足でね。つい最近までそんなことは無かったけど、急に数が減っちゃったらしいからね」
にやにやとそんなことを言う。私のせいだとでも言いたいのだろうか? だとしても知ったこじゃないが。あまり軽く扱われても迷惑なので、とりあえずここは安く動く人間ではないことをアピールしておくことにした。
「依頼、というからには、それなりの報酬も必要だろう。落ちぶれた会社に大金が払えるのか?」「払えるらしいよ。とりあえず、200万ドルほどは、前金で」
私の心は躍った。結構チョロいと、自分でも思わなくはなかったが、しかし引き受けるかどうかは別の話だ。
「だとしても、仲介業者越しに受ける気には、ならないな」
「本人に会わないと駄目なの?」
不思議そうに言われたので、私の仕事に対するスタンスを、この際だ。話しておくことにした。「当然だろう。どんな依頼であれ、まずは本人と話さなければ、分からないこともある」
実際には見たり聞いたりすれば、作家の観察眼である程度の情報は分かってしまうのだが、重要なことは他にある。
「つまり、依頼人本人から思惑を聞きたい。信用等のは何よりも大切だ。信用できる依頼主かどうか、それを知らなければ金の不払いだって起こり得ることだしな」
「それなら心配ないと思うけど、まぁ、そだね」 言って、フカユキは名刺を取り出して、私に手渡した。そこには、居住惑星と、所属銀河連盟、そして住んでいるおおよその地域と、ビル名が書かれていた。
しかし、
「まだ受けるとは言ってないぞ」
「じゃあ、これ、前金を先に渡しておくよ」
金のクレジットチップを取り出して、私に渡した。残高を調べてみると、確かに200万ドル入っている。どうやら今回の依頼主は、金払いが良いことだけは確実のようだ。
「それだけ貰えれば、話くらいは気いてもよいと思うけど?」
などと言うフカユキ。
気安く受けてしまったが、おかげでとても奇っ怪な出来事に出くわし、それで作品の参考になるのだから、作家として引き受けるしかない。
とはいえ、邪魔者の始末がはたして、作家の仕事、取材の一環と言えるのか、私には分からなかったが。
「じゃ、これで用件は済んだから」
と言ってフカユキはそのまま店を出て行こうとしたので、「ちょっと待て」と、私は彼女を引き留めた。
「まさか、私に依頼内容を伝えるだけで、お前の仕事は終わりなのか?」
「そうだよ。何、私とデートでもしたい?」
「そんな楽な役回りが許せるか、貴様も来い」
「えー?」
私が現地へ赴き、苦労している間、この女が甘いものでも食べながらリラックスし、コメディチャンネルでも見ているのかと思うと、正直かなり腹が立った。
つまり八つ当たりだ。そもそもが、名刺だけでは、私はその依頼主に会えるかどうか、アポも無いのだから怪しいではないか。
フカユキは顎に手を当てて思考を巡らし、
「・・・・・・まぁ、いいか。丁度話したいことも、いくつかあったしね。あれ、そういえばあのAIはどこに行ったの?」
と言った。
まぁ、あの喧しい声が聞こえないのだから、当然と言えば当然の疑問だ。
「ジャックなら、電脳空間でバカンスを楽しんでいるだろうな」
「そうか、じゃ丁度いいや」
何が丁度良いのだろう? 物騒なことでなければよいのだが。私は支払いを済まして(奢ると言われたが、軽くあしらわれるのはカンに触り、支払うことにした。ちょうど臨時収入も出たしな)彼女と、フカユキと外へ出た。 クリスマス、と言う行事だろうか。
地球から何千光年も離れたこのはぐれ惑星でもそういった地球の名残は健在だった。ひとえに、アンドロイド達が躍起になって古い文化、風習を守ろうと尽力しているからだろう。
人間の若者は不思議なことに、伝統だの風習だのよりも、実利をとる。
それならわたしの作品を買ってくれても良さそうなものだが、どうだろう、物語というのは自分にないモノを求めるわけであって、だからこそ彼らは私の作品よりも、夢一杯の現実感のないファンタジーを好むのだ。
そこに自分を投影して、楽しむのだ。
物語というのは何かしら教訓を学んだり、先人の知恵や経験を伝えるものだと思っていたが、こういうのは古い考えなのかもしれない。しんしんと人工雪が降る中で、そんなことを考えていたところ、フカユキが人工雪にはしゃいで、くるりと回ったりしながら、「ねぇ見てこれ本物かなぁ」などと騒ぐので、思考を中断することにした。
本物な訳がないだろう、と言うのは簡単だったが、女は男のように事実を見るよりも夢を見ていた方が楽しめる生き物なので「そうだといいな」と、合わせることにした。
「地球にいたくせに、見たこと無かったのか?」「うーん、済んでいた地域ではね。それに、温暖化が進んでからは、あの星に四季は一度無くなって、それから再生して、今の自然豊かな地球があるわけだから、そうでなくても珍しいと思うな」 確かに。
人間が地球環境を滅茶苦茶にしてから数万年間の間、人類は地球に降り立っていない。サムライやニンジャ、現地に住み着いた人々も、本当に僅かだ。
散々蔑ろにしてきたものでも、無くなると欲しがって、だだをこねる。
人間の悪習ではあるが、そのために無いモノを作ろうとして科学を発展させるのだから、考えを改め環境保護に乗り出したりするのだから、人間は回り道することで、案外成長できるのかもしれない。
現に、地球を壊滅させたからこそ、ここまでテラフォーミング技術に躍起になって、こんな離れた惑星に人工雪を降らせることも出来るようになった訳だしな。
もっとも、あの地球の山に住んでいる女が聞けば、頭を抱えるかもしれないとは思うのだが、まぁ人間は、人間でなくとも、進んでみなければそれが正しい道なのか、そうでないのか分からないモノなのだろう。結果的には地球環境を滅茶苦茶にして追い出されたわけだから、科学の発展のために環境を害する考えは、間違っていたのだろうがな。
私はフカユキに「何か土産でも買うか」と持ちかけた。無駄使いが嫌いな私からすれば珍しい発言だった。とりあえず言えることは、自然環境には購買意欲を促進する働きがあるらしいと言うことだ。
「いいよ、何か見に行こう」
と即答されてしまったので、断るわけにも行かず、私は「等身大サンタクロース」なる全長2センチくらいの小さな人形を買い(サンタクロースとはこんなに小さい生物なのだろうか?)フカユキと共に航空管理局、宇宙船のあるターミナルへと向かった。
2
空港内部にはアンドロイド達が出店を出していたようで、金魚すくいなる不可解な遊びを高額ですることになった。
私は嫌だったのだが、仕方あるまい。これも取材だと思おう。こんなぼったくりみたいな商売のどのあたりを作品に活かせばいいのか、流石の私にも見当がつかないが、いい経験にはなった。
金魚すくい、と銘打ってあるのに、救えないように出来ているという点が、特に。
「下手だねぇ」
私から言わせれば、なぜこんなペラペラな薄い膜で魚を救うことが出来る技術があるのか、不思議でならなかった。
地球の文化とは想像以上に、我々の想像を超えた人間の技術によって支えられていたのかもしれない。そう思って作品のため、メモ帳にこっそり書き込みながら、取材の為、アンドロイド達が運営する店と、最新の科学テクノロジーが運営する店との違いを比較してみることにした。
まず、全自動でないのだ。
一から十まで機械が運営する店も珍しくないというのに、会計やら商品の手渡しやら、実に不合理で忙しそうなのに、楽しそうにやっていた。
最近の人間が機械に運営させる店では、笑顔など無く、のっぺりとした表情の人間が、機械に全てやらせ、自分はTVを見ているところが多い。 実に物珍しかった。
「いやぁ、色々買えたねぇ」
だからフカユキに少し、その違いについて聞いてみることにした。
「そりゃあ簡単だよ。彼ら人間は、「売ること」を商売の目的にしているから、利益が最重要と考えているからこそ合理化を進め、逆にアンドロイド達は非合理性、人間の持つ文化に目を向けた」「それと、どういう関係がある? 利益を求めるために合理化を求めることは、悪いのか?」
「いいや、そうじゃない。結局のところ、人間は目的に囚われているんだよ。だから心を通わせる接客よりも、機械を選んだのさ」
「なら、こういう、所謂非合理性は、手間がかかるし、何より対した売り上げも上がらないかもしれないぞ」
しかし、フカユキはふるふると首を振って、
「違うよ」
と答えた。
なにが違うのだろう?
合理性が悪でないなら、取り入れていくべきではないのか・
「そうじゃなくてさ、目的を取り違えているんだと思う。「売る」だけなら、商品は何でも良い。けれど、「伝える」為ならそれは意味のないことじゃないか」
「伝える? 何をだ」
顎に手を当てながら、フカユキは続けた。どうでも良いが、顎に手を当てながら考えるのが癖らしかった。
「例えば、この飴」
言って、どこからともなくリンゴの形をした飴を取り出した。飴はプラスチックの棒に刺さっていて、持ち歩きながら舐められるようになっていた。
「この飴の良さ、これは本来、昔の地球で売られていて、祭りの時なんかに昔の人たちは売っていたらしいんだけどさ、人と一緒に歩きながら、この飴を舐めて祭りを楽しんだそうだよ」
「それがなんだ」
「だからさ、そういった漠然とした良さ、雰囲気、人と人との繋がりみたいなモノは、合理性じゃあ伝えられないってことだよ」
人と人との繋がり。
私には分からない。
それはそれできっと素晴らしいことか何かなのだろうが、私には理解は出来ても、感じることが不可能だ。
「別に無くては生きていけないわけでもないだろう? そんなモノが無くても生きては行ける」
隣を歩くフカユキにそう言った。
負け惜しみではない。
私はそういう生き方をしてきた。
だから塵一つ分とて、後悔も、憧れもない。
それを察したのかは知らないが、少し立ち止まって、俯きながらフカユキは言った。
「確かに、生きては行けると思う。けれど、それは人間の在り方じゃないよ」
「結構だ。そんなもの、役に立たなければ必要ない。人間として貧しく生きるよりは、怪物として悠々自適の生活を送りたい」
「それは嘘でしょ」
振り向いて、フカユキは、
「君は、本当は愛されたかったんじゃないのかな?」
突きつけるように、そう、本当にナイフでも突きつけるかのような鋭さで、質問をぶつけた。
愛される。
愛されたい。
正直、私には「愛」というものさえも分からないのだ。ペンギンが空を飛べないように、自分たちが出来るからって、空を飛ぶ楽しさを押しつけられても困る話だ。
しかし、愛か・・・・・・愛されたところで、仮に、だが、愛されたところで、私は自分の都合のためにあっさり、仮に心の底から私が何かを愛することがあったとしても、必要とあれば利用しようとし、不必要ならば、捨てようとするだろう。
それを愛情とは言えまい。
仮にそのような関係が「愛」と呼べるなら、求めるほどのモノでもない。
だから、
「それは違う」
と断言した。
「私は、愛だの人間らしさだのが、手に入らないならそれはそれで構わない。ただ、無いならばそれに見合ったモノが欲しい。それだけだ」
「それは、愛されたいことと、どう違うのかな」 実に楽しそうに、そんなことを聞く。
変な女だ。
「違うな、極論、私は誰にも必要とされなくてもそれを良しと出来る。実利さえ伴えば、だが」
「それはただの妥協でしょう?」
「違うな、そんなもの、結局はその他大勢が素晴らしいと称えているだけであって、愛情だとかを必要とすることこそが幸せ、などというのは、ただの押しつけがましい善意だ」
少し、目を見開いて、試すようにフカユキは続けていった。
「けどさ、それって、人間が本質的に望むものだからこそ、皆が素晴らしいと思うんじゃない?」「だからこそ、押しつけがましい。人間が本来大切にするモノだからと言って、それを感じ取れない人間の存在を放棄している。くだらない。私には私の望む「幸福」私の望む「天国」を目指す権利があるはずだ」
人に合わせずとも。しかし、そもそもがそういった「幸福」を感じ取れないからこそこんなことを言っているわけであって、望むモノが存在しない以上、心無い以上、手にはいるはずのないモノと言えるのかもしれない。
「仮にそんなモノが見つからなかったからと言って、私には分からないだろう」
「分からないから、諦めるの?」
「いや、分からないだろうが、必要とあれば手に入れるさ。それこそ、金の力で買ってやろう」
「あはは、面白いね、君」
嬉しくもない。
私はコメディアンではないのだが。
笑いながらひーひーと腹を抱えて涙を流しながら爆笑されても、不愉快でこそ無いが、目障りではあった。
「あっははは、いや御免御免。でもさぁ、そんな考え方で君は満足なの?」
「満足だな」
本当はよく分からなかったが、こうやって意味もなく虚勢を張るのも男という生き物だ。逆に女という生き物はお節介で迷惑な生き物であり、頼んでもいないというのに、さらに質問責めにするのだった。
「本当にぃ? まぁ、いいや。じゃあ、君の言う「幸せ」って何なの?」
幸せ、幸福、天国。
ささやかなストレスすら許さない、平穏なる生活が目的ではあるが、それは目的や環境であって「幸せ」そのものではあるまい。
なら、何だろう? そもそも幸せを感じ取れないからこのような回りくどい生き方をしているのであって、そんなモノがあれば苦労はしない。
だから、
「金だ」
と答えた。
「お金はあくまでお金であって、幸せとは関係なさそうだけど?」
「そうでもない。望むモノを手に入れる、という点では、私からすればもっとも近い。幸せなんて状況次第で変わる。少なくとも私には、不変の幸せ、愛情だのと言ったモノは感じ取れない。ならば臨機応変にその場その場の幸せを買うことの出来る金は、幸福を作るための資材のようなものだろう」
「その場しのぎも良いところだと思うけど」
鼻で若干小馬鹿にしながら、何かカンに障ったのか、少し、苛立ったように言うフカユキ。
確かに、まぁそう言える。
その場しのぎ。
「それは、悪いことなのか? 私には精々そのくらいのモノを「幸せ」とする事しかできない。人間の言う「愛情の素晴らしさ」に耳を傾けたところで、幸せなのは相手だけだ。私は何も感じないだろう。良い悪いでは無く、最初からそうなのだから、自分の手に入る「幸せ」で妥協だろうが何だろうが、満足しようと言うのは当然だろう」
手に入らないモノを押しつけられたところで、あるいはそれが幸せだと言われたところで、納得行くはずもない。
自分達の常識を押しつけないで欲しいものだ。私はそれを幸せだとは、決して感じることが出来ないのだから、言ってしまえば存在しないも同義だしな。
「そんな生き方で満足なの?」
「選びようが無かった気もするが、ここは小綺麗な答えよりも真実を話そう。満足できるように変えるしかあるまい。生きるためにはまず、己を知らなければならない。私は破綻者であることを知り、それでも幸せになれるように四苦八苦しているだけだ」
「ふぅん・・・・・・」
満足したのかしていないのか、まぁそれこそ知ったことではなかったが、何時までもぶらぶらふらついているわけにも行かないので「そろそろ宇宙船が出発する時間だ、私は先に行く」と言って私は先に向かおうとしたのだが、
「いいよいいよ、一緒に行こう」
言って、腕を私の右腕に絡めてきた。
鬱陶しい。
「勝手にしろ」
私はそう言って、非常に歩きにくかったのでフカユキを引きはがして受付に向かい、宇宙船へと乗船するのであった。
3
私たちは向かい合ってシートに座っていた。私はホットコーヒーを、フカユキはバニラシェイクを頼み、私は機内食のイタリアンを食べ終わって珈琲を飲んでくつろいでいた。
いいものだ。
しかし、フカユキはあろう事かパスタを頼むだけ頼んで(そもそも、何故宇宙食でイタリアンなのだろう?)それらをほとんど残したため、はっきり言えば見苦しく、遠回しに言っても落ち着きがない奴だった。
ようやく食べ終わり、バニラシェイクをスプーンで摘みながら、
「いやあ凄いねぇ、宇宙って奴は」
などと、おのぼりさんのようなことを言うフカユキを見て、そういえばつい最近までこの女が、地球に住んでいたことを思い出した。
「地球からは、宇宙はどう見えるんだ?」
ただ間を持たせるためだけ、というかほとんど思いつきでそんなことを聞いてみた。なにか作品のネタになる可能性もあるしな。
「そりゃあもう、綺麗だよ。星が空一面に広がっていて、星の海を眺めている感覚だね」
星空を海に例えるというのは、何というか、それなら海を眺めればいいんじゃないのかと思ったが、しかし、まぁ女は感覚の生き物なのだから、私とは見えている世界も違うのだろう。
景色を、世界を共有する。
それは一つの幸せの形だろう。私には分からないが、追求することで何か分かることもあるかもしれない。そう思って、私はこれから向かう惑星について聞いてみることにした。
仕事の世界観を共有したところで、幸せになれるのかは分からないが。
「これから行く惑星には、海はあるのか?」
「無いよ」
との答えが返ってきたので、少し驚いたが、それは答えが早かったからではなく、「海の存在しない惑星」と言うモノが、全く想像つかなかったからだ。
「海が全くない惑星なんて、あまり聞かないな」「人工惑星だからね。ノーズトーって呼ばれている星で、名前の意味は「この世の外側」だって」「物騒な名前だな。なぜ、そんな惑星に、ロボットをこき使っている会社の会長がいるんだ?」
そんな辺境の惑星に住まずとも、自然豊かな火星や、バカンスや観光向けの惑星に別荘でも構えていそうなものだが。
「当然だよ。彼女、なのかは分からないけど、マフィアのボスが、そんな堂々としてられないし」「何だって?」
初耳だ。
今回の依頼主は、ずいぶん物騒な肩書きを持っているらしい。
「聞いていないぞ、そんな話」
何故、船が出航してから、いや、これはわざとなのだろう。
私が話から降りないように仕向けたのか?
「調べれば分かったと思うけど・・・・・・」
事前調査は主にAIのジャックが担当してくれていた分野だ。今回奴は同行していない。
とはいえ、それを踏まえても、やはりわざとのようだった。フカユキがどの程度演技力があるのか知らないが、こと、人を見抜く力は作家である以上、心を読める超能力者よりもある自信があるのだ。
その私から言わせれば、動揺して調べなかったことを意外そうに振る舞ってはいるモノの、その動揺は嘘だと分かる。
むしろ、計画通り進んでいるかのような・・・・・・気のせいだろうか?
「なら、説明して貰おうか。なぜそんな奴が」
ロボット産業を牛耳っていたのか、と私は詰問した。
気になる。
非常に気になる。
作品のネタにもなりそうだしな。
「元々、ロボット産業は戦争用ドローンからの派生系、というか、ドローン以上に効果的に殺戮できる兵器として、運用されていたの。それを独裁者、テロリズム、何でも良いけど要は「暴力でモノを言わせてきた人種」が横流しして、あるいはパーツを作ったり、新しく開発して優れた殺人兵器の数々を作り上げてきた」
「ロボットの産みの親は、戦争か」
笑えない話だ。
大昔から人間はそんな考えだったのか。
「そうだね。殺し合うことで進化してきた産業だから、当然非社会的な連中も介入するし、むしろ国家の中古品を、率先して売っていたらしいよ。彼らは薬、臓器、戦争代行と、金のためなら何でもやった。そしてそういったところに集まるアンダーマネー、フリーなキャッシュを手にすることで、国力を上げて行くのが、昔も今も変わらない国家政治のやり口だよ」
人間は大昔から成長しない。
そのくせ、科学力はどんどん発展していくのだから、手に負えない話だ。同じ人間である私が言っても、あまり説得力はなさそうだが。
何にせよ、その「国家」とやらのため、そんな実体のないあやふやな存在のために、人間は殺戮と薬と売春と植民地を正当化してきたようだ。昔の人類も今の人類も大してやってることは変わらない、しかし、問題は時代を積み重ねることでそういった外道な人種が力を付けすぎてきたと言うところだろうか。
私は悪人か善人かはどうでも良いのだが、そんなチンピラみたいなやり口でのし上がってきた人種が、素直に金を支払うのか?
「その、今回の依頼主の略歴は大体分かった。それで、経済成長を続けたそいつらは、戦争という仲介人を通して、企業運営をするようになったわけか」
「上手いこと言うね」
事実、その通りなのではないだろうか?
戦争、紛争、何でも良いが、暴力で安易に物事を集結させようとした先人達の「ツケ」を我々が払うことになっている気がしてならない。
迷惑な話だ。
「彼らは地下のコネクションをフル活用して、新しい惑星の採掘権利、見捨てられた惑星の植民地としての活用、銀河連邦の法を無視して外側で行動できる人脈、組織作りを可能にした」
「そこまで出来る組織が、幽霊に怯えるか?」
また何か利用されそうになっているのではないだろうな。
他人の都合で動かされるのは、こりごりだ。
フカユキは「そういうことじゃないよ」と首を振って、
「軍事利用できるかどうか、捕獲して試したいんだと思う。ほら、君の、というか所謂サムライやニンジャが、最高峰の戦力として数えられているのは「幽霊」なんて自分たちに解明できない道のテクノロジーを使っているからであって、逆に言えばそれらを解明さえすれば」
「サムライやニンジャの大量生産が可能になる」 先んじて私は言った。
クローンニンジャの実例を見たことはあるが、もし軍事への転用が可能だとすれば、相当な驚異になるだろう。実際、私のようなおよそ剣を握ったことさえない人間に、弾丸をはじく胴体視力やアンドロイド以上の身体能力を付与した未知のテクノロジーだ。
それを作り出し、量産することが出来れば、昔の映画みたいに銀河全体を支配する帝国、なんてモノを作ることが出来るかもしれない。
そのためにオカルトな、「アンドロイドの幽霊」などという眉唾な与太話に、大の大人達が踊らされているというのだから、いささか以上に滑稽ではあったが。
機内のサービスでアーモンドを一皿頼み、運ばれてきた皿から一粒摘んで食べた。
「美味しいの? それ」
「地球にはアーモンドは無いのか?」
「無いよ。せいぜいが野菜と、少しの肉と、後は現地調達の木の実かな」
「そんなのでよく生きていけるな、地球の人類はその環境に適応しているのか?」
だが、フカユキは悲しそうな顔で、
「そうじゃない。不必要なモノが増えすぎた。元々人間はそんなに多くのモノを必要としなくても生きては行ける。だのに、テクノロジーの利便性に目を眩まされて、大切なモノを見失った」
「大切なモノ、とは?」
いぶかしむ私をよそに、フカユキは遠い目で窓の外、銀河の海を眺めながら、続けた。
「人間は徐々にではあるけれど、心を失いつつある。この数千年でそれがさらに顕著になってきているんだ。考えてもごらんよ、テクノロジーに頼らない人間なんて、このご時世に居ないだろう? 逆に言えば、彼らはもうテクノロジーの恩恵なしでは、人と繋がることさえ出来やしない」
デジタル上で顔を合わせられる以上、直接あって話す必要はない。そう考える若者は多いらしく実際に会ってもいない人間に仕事を頼んだり、あるいは縁談を進めようとする奴もいる。意志を共有して物事に挑む必要性が廃れつつある以上、そこのは真実当人の意志は無く、あったとしても、薄っぺらな偽物だ。
デジタル社会の恩恵。
それは利便性であり、汎用性であり、物事を加速させる力だと、私は捉えている。そして重要なのが、物事を加速させるということは、歴史の歩みを加速させることが出来ると言うことだ。
加速させた結果、核弾頭を扱いきれずに殺戮は起こり、最近なら「振動核」、殺さない核弾頭、人工的でかつ、強力な振動波で、何も傷つけずに制圧できるという代物が出回っているが、結局は悪用され、扱いきれずにいる。
人間の精神の進化があるならば、それは遅く、そして精神が幼ければ幼いほど、強力なテクノロジーに心奪われ、扱いきれずに自滅する。
何度も人間はそれを繰り返してきた。
「だが、それによって得られた恩恵は大きいものじゃないのか?」
何か言われたらとりあえず反論を返す。これは私が作家として好奇心を満たすためにやっていることであって、別に意地が悪いわけではない。
「そうだね。けれど、そのために多くの植民地や貧困層を生み出して、それらを利用して平和な世の中を説きながら、「恩恵」とやらを受けるのは良いことなのかな?」
静かに、怒っているようだった。
何に対してかは知らないが、面白そうだ。作家として、ひいては個人的にも興味が沸いた。
「ほう、、何か、嫌なことでもあったのか?」
などと、気遣うフリをして人の生傷を抉るというのだから、我ながら性格は少しだけ、ほんの少しだけ悪いかもしれないと反省のようなことを思った。
まぁ、生傷を抉ることを、やめはしないが。
それが私だ。
「うん、まぁね」
といって言葉を濁したので、私は嫌がるだろうなぁと思いつつ、執拗に詮索を続けた。
勿論、遠回しにだ。
「地球に住む前は、どこに住んでいたんだ?」
「よく分かったね、私が地球生まれじゃないの」「しゃべり方になまりが無い。標準語、と言うと語弊があるが、どこか別の星で話し方を学んでいなければ、そうそう上手く話せないだろう」
この銀河にはあらゆる言語圏があるが、こうも流暢に私と同じ言語を話せるのはおかしい。銀河連邦の管理下で学んでいるはずだ。
そう思ったのだが、
「私はね、奴隷だったの」
と、思わぬ告白をされたので、とりあえず聞くことにした。
作品のネタになりそうだしな。
「奴隷、と言うと、敗戦国のどれかに住んでいたのか?」
あるいは、開拓前の惑星の先住民だったりしたのだろうか。そうは見えなかったが。
フカユキはううん、と首を振って、
「そうじゃない、技術提供国の一つだった。珍しい製鉄技術を持っていた私の国は、政治力のある銀河連邦に一方的な契約をさせられた。けれど、報酬は僅かで、それでいて労働は過酷だった・・・・・・毎日食べるモノは畑から盗んできた野菜とかで、盗みがばれた仲間は射殺された」
リァリティがあって良い話だ。
本来、人間はこういう話に同情して「かわいそうに」とか「辛かったね」とか言う生き物なのだろうが、まぁ、知らん。
作品の役に立てて良かったなと思うくらいだ。 だから、
「それで? どうなった?」
と、若干前のめりになる気持ちを抑えて、催促した。これも作品のために仕方が無くやっていることであって、私の人間性は関係ない。
「続きを話してくれ」
「・・・・・・私は、逃げた人間を爆撃する轟音を毎日聞きながら、必死に逃げたけど、そこで人売りの手に捕まった。けれど、買い取ったのは」
「あの「教授」か」
俗物に渡らなくて一安心したところに、人体実験の実験台という運命が待っていたわけだ。この女の経験を、なにか悲劇のヒロインモノに活かせないものか・・・・・・お涙ちょうだいモノならハッピーエンドでなければ人の目を引かないしな。
まぁ考えておこう。
「そ。そこでまぁ、前よりはマシな生活と、地球での居住権利を貰って、そこで生活していた訳」「成る程」
と、ここまで聞いて分かったことがある。
「だから、銀河連邦、というよりこの現代社会を憎んでいるわけか」
ぎょっとして、「やだなぁ」と、冗談めかしてフカユキは、
「そんなこと無いよ。ただ、もう少し、人間がわかりあえればなぁって思うだけだよ」
平静を一瞬で取り戻したが、しかし、その違和感を見逃すようなら、私は作家なんてやっていないだろう。
この女の中には激しい憎悪がある。
それを仮面を被って誤魔化してきた訳だ。
そんな女の依頼が、まともであるはずもない。もとよりまともな依頼なんて無かった気もするがしかし、だからってトラブルが好きなわけではないのだ。
平穏が良い。
それが一番だ。
とりあえずは目的地に着いてから考えるとしても、さてどうするか。
依頼の前金は貰ったわけだし、いっそのこと引き返すのもありかもしれない。そんな考えを巡らしていた私は、一つ重要なことを見逃していたのだろう。
災厄とは、前触れ無く振ってくるモノだ。
4
「まもなく着陸します」
そんなアナウンスが聞こえるほどに、我々二人の乗っている宇宙船は惑星へと接近していた。
にもかかわらず、私たちは二人とも、景色を眺めることすらできなかった。
「な・・・・・・なんだ、この「生物」?は」
突然の出来事だった。
大気圏を突破したあたりで宇宙船に生物らしき影が張り付き、蛇みたいに長いそのベロで、フカユキの腹を貫通させた。
タコのような吸盤のついた手。
蜘蛛の出来損ないのような顔と口。
腹には、人間の顔面らしきものが埋め込まれていて、うなり声を上げていた。
「BUUUUUUUSILYURURURU!」
うなり声と言うよりも、鳴き声か。
フカユキは何故自分が攻撃されたのか、それが疑問らしく、「なんで、なんで、私ちゃんとやったよ」と、うわごとの用につぶやいている。
どうでもいい。
この女初めからハメやがったとか、だから女は信用ならないとか、そういったことよりも、まずやるべきことがある。
「ど、どうやって殺せばいいのだ・・・・・・?」
先ほど、幽霊の日本刀で斬ってみようとしたが弾かれてしまった。生物ならば、いや非生物にだって「魂」はあるはずだ。
なのに斬れない。
「こ、こいつには魂が無いのか? いや、そもそもが、魂の存在しない化け物なんて、そんな奴が何故私を殺そうとしている?」
間違いないことは、私を殺すことを目的としていて、かつ殺す方法が分からないことだ。柔らかそうな顔面を叩き斬ろうとしたが、やはり堅くて弾かれてしまう。
「ぬおっ」
転がって後ろに下がった。そこで外を見ると、どうやらこの宇宙船は「蜘蛛の糸のようなもの」に絡め取られているらしく、墜落は時間の問題のようだ。
とはいえ、私は邪魔者を生かしておくつもりはさらさらない。
「何者か知らないが、邪道作家を舐めるなよ!」 斬れない、というなら斬る必要はあるまい。
私は化け物の周囲を機体ごと叩き斬って、思い切り蹴りを入れた。
「ギィイイイイイイイイイイ!」
物理の法則に従って、かどうかは知らないが、こんな高速の機体から放り出されて平気な奴は居まい。
「ふん、じゃあな。自己紹介する暇もなかったがとりあえず地面に熱烈なキスでもしてな」
雄叫びをあげながら墜ちていく化け物を見るの持つかの間、当然ながら恐ろしいまでの吸引力で空気が外に吸い出される。
「まずいぞ・・・・・・何とかしなければ」
このままではあの怪物と同じ末路をたどってしまう。まず間違いなく死ぬ。
「考えるのだ。「もし自分が主人公なら?」どうするのか。そこに正しい答えがあるはずだ」
ふと、フカユキの姿が目に入る。見捨ててしまおうかと思わなくもなかったが、ここは直感に従おう。少なくとも、ここで見捨ないのが主人公の思考のはずだ。
「な、なんで」
何でも何もほかならぬ私が生き残るために「必要そう」という、根も葉もない理由なのだが、それを話しても恩は売れそうにないので、「死に賭の女を見捨てるのも、寝覚めが悪いからな」と、心にもないことを言った。
しかし重い。
実際、身動きのとれない人間とは重く感じるものなのだ。選択を誤ったか?
「そこの、奥に」
小さな声で、右手で場所を示しながら」
「私が使うつもりだった、パラシュートが入っているから、それを」
成る程、そのパラシュートで自分は脱出、私はあの怪物の餌になる予定だったらしいが、それを言っても仕方がない。
とりあえずは、生き残ることが先決だ。
パラシュートを使い、私は外へ出た。
爆風を散らしながら墜ちていく宇宙船をよそにギリギリ、生き残ることができた。しばらくして地面に着地し、血塗れのフカユキを見て考える。
このまま見捨てても良いが、しかしそれでは状況がつかめない。何に襲われているのかもよく分からないままになってしまう。まぁ、始末するかどうかは、保留するしかないだろう。
やれやれ、参ったぞ。
何にせよ、この女を治療するなら現地の人間に聞くしかないだろう。私はあちこち走り回って、近くにあった大きな町の中、それも人目につきにくそうな通りで、医者は何処か訪ねた。
しかし、どうやらここにはそんなモノはいないらしく(なら、病気になったとき、どうしているのだろう)唯一可能性のありそうな、近くの廃病院へと向かうことにした
止血はすでに済ませておいたのですぐ死ぬ、と言うことはないだろうが、このままではこの女、フカユキが失血死してしまう。いろいろと探し回ったものの、献血用の血液など、そうそうあるものではない。
ベッドはあったので、そこにフカユキを寝そべらせた。腹からは少し、血が漏れている。
どうしたものか。
「誰だ、お前」
と、考えている最中、後ろから銃を向けられていることに気付いた。ゆっくり後ろを見ると、無精ひげを生やし、黒縁の眼鏡をかけた白衣の男が、こちらを見ながらなれない手つきで銃を向けている。
「見ての通り、急患だが」
「そりゃあ、見れば分かる。あんた、あのギャングどもと、何か関係があるのか?」
「ギャング?」
初耳だ。
いや、例の依頼主のことだろうか。
「そんな奴らと一緒にするな。それより、手が合いているなら、手伝ったらどうだ」
「そりゃあいい。お前さんにできることは、きっと俺の手伝いくらいだろうがな。消毒液がそこの奥の棚にある。持ってきてくれ」
「・・・・・・」
罠である可能性も十分あったので、警戒を怠らずに消毒液を取り出し、後ろから見ていることにした。
「見るな、気が散る」
「手術ミスがあっても迷惑だからな」
「言ってくれるぜ」
そんなヘマするかよ、といっててきぱきと作業に取りかかっていった。男は名をヘンリーと言って、どうやらここで闇医者をしているらしい。
なれた手つきだ。
人間を捌くことになれている。
「終わった、あとは、そうだな。お前さん、血液型は?」
私は血液型を伝えた。
「なら、たぶん大丈夫だろう」
「多分って、違ったら死ぬぞ、そいつ」
「このまま放っておいても死ぬさ。腕をだしな」 言われるがままに献血をし、そしてその血液を提供してから数時間後、どうやら落ち着いたらしく、フカユキはすやすやと眠っていた。
血液代は後で請求させて貰うとしよう。
「大した腕だな」
「うるせえ、何にせよ治って良かった」
「で、貴様は何者だ?」
いきなりそれかい、と肩をすくめて、
「おたくらのほうが、よほど得体が知れない。一体何やらかした?」
「奇妙な怪物に襲われてな」
「怪物、だって?」
心当たりがあるらしい。詳しく詳細を話して確認したが、間違いないらしい。
「なんだ、知っているのか」
腰を椅子の上におろして、ヘンリーは言った。「知ってるも何も、あれを作った一人だからな」「作った・・・・・・?」
あんな生物が作れるものなのか? それも、こんなくたびれた医者に。
人見た目によらないとは言うが・・・・・・。
「まぁ、厳密にはよくわからんモノの手術をしただけだがな。何でも、 人間に幽霊物質を埋め込むとか何とか、確か、魂の移植だのなんだのと、言っていた気がするな」
雑な記憶力だ、まぁ、現実はそんなものだろうとも、思えたが。RPGの村人じゃないのだからあまり多くを期待しても仕方がない。
だから知っていることを聞き出すことにした。
「魂の移植? それはタコとか、蜘蛛とかか」「何で知ってるんだ?」
私は事情を説明した。ヘンリーは考え込むようにして、「それは災難だったな」と、言って、
「サムライやニンジャが、幽霊、あの世の物質を使って戦うらしいって噂は知っているか?」
「ああ」
知っているも何も、持っている。
幽霊の日本刀、などという非科学的なモノを。「それを兵器化することに成功したらしいんだ。最も、ほかの生物の魂、なんてあるんだかも分からないモノを移植した結果、正気を失う奴も大勢いたらしいが」
成る程。
それがあの化け物のルーツというわけか。
「人間に蜘蛛やタコを移植して、何の意味が?」「たまたまさ。それは、移植が可能かどうかを実験するために、このあたりで数の多い生き物を使っただけだ。奴らのボスは霊媒師らしくてな。移植した後に降霊術を使って、まるで生き物みたいに動かすことができるんだとか」
眉唾だがな、とヘンリーは言った。
だから、死んでいるから私には斬れなかったのだろうか? 私の幽霊の日本刀は「魂」に「傷」を入れることができる代物だ。しかしすでに死んでいて、しかも魂が幾つも入っているのだとすれば、何でも斬れるはずのサムライの刀が弾かれるなんて現象にも、納得は行く。
だが疑問も残った。
そのボスとやらは、私の今回の依頼主は一体、何者だ? そしてなによりも、どうして私を攻撃したのだろうか。
「このあたりにサムライが入ったって情報を入手したんだが、何か知らないか」
ここは第三者の立ち位置を取って、関係ないフリをすることで、情報を集める。
と、思っていたのだが、
「いや、知らないな」
との答えが返ってきたので、空振り感に近いモノを覚えた。
だが、
「そういやぁ、その、未知のテクノロジーの元となるモノが欲しいとか何とか言っていた気がするが」
「元だって?」
「ああ、つまりどれだけ手を加えようが、結局のところはその未知のテクノロジーを扱う「サムライ」だとか、「ニンジャ」だとかの技術を流用しているだけだろう? だから、オリジナルのサムライだとかニンジャだとかを捕獲して研究するって話が持ち上がっているらしい」
成る程。
つまり今回の依頼は端っから私を捕獲して実験材料にするためだけに行われたわけだ。あの女、フカユキは私をハメて、恐らくはあの飛行機にくっついてきた化け物あたりに捕獲させて、自分だけは助かり、その上報酬も得るつもりだったのだろう。その結果、依頼主に始末されかけたというのだから、自業自得としか言いようがないが。
「あんたは、何故私たちを助けたんだ?」
話を聞く限り、そんな物騒な状況下で、余所者にはかかわり合いになりたくないはずだ。
「確かに、関わりたくはなかったさ」
「なら、どうして」
「俺は、医者として生きてきた。どんな状況だろうと変わらず続けてきた。例え胡散臭い余所者だろうが、見捨てることは俺自身の信念を裏切ることになっちまう。だから」
助けた、とそう言った。
このヘンリーという男は偏屈だが、キチッとした「芯のようなもの」が心にあるらしい。
そういう人間は好感が持てる。
扱いやすそうだしな。
しかし気になることもあった。私には信念に準ずる人間が、何故見返りだとか、自分にとって得になるものを放棄できるのか、全く理解できないからだ。
だから聞いてみることにした。
「なあ・・・・・・その、所謂「信念」ってモノが、私には理解できないんだが、信念のために貧乏になって、苦痛や痛み、嫌なものやことを良しとできるのか?」
純粋な疑問だった。
昔から私が考え続けている難題の一つでもあるのだが、しかし、信念とやらを持った人間ならば案外あっさり、答えられるかもしれないと感じたのだ。
しかし予想を裏切って、
「できないさ。それでも、まぁ結局は助けちまうわけだから、良しとしてるのかもしれないな」
とヘンリーは答えた。不思議だ、信念のために苦しむことを、良しとしているらしい。人間は自ら苦しみだとか痛みだとか、つまり「嫌なもの」を求めるようには出来ていないはずだと考えていて、だから信念と呼ばれるモノを持っている連中とて、例外ではないのではないかと考えていたのだが、どうやら当てが外れてしまった。
しかしそれなら疑問が残る。
だから聞いてみた。
「ならどうしてだ? どうして痛みや苦しみをあえて受け入れられるのか、疑問でならない。今回だって、私たちを見捨てれば早かったんじゃないのか? そうすれば、金は手に入り、厄介事には関わらずに済む」
「そうかもしれない。だが信念に準ずる以上、そこに後悔は残る。それは悪だ。紛れもない悪だ」「悪だったらいけないのか? 自分の損になることをして、それが善行だから受け入れて、痛がって苦しめとでも?」
「確かに、そうだ。だが信念とは損得じゃない。もしそうだったとしても、器用に生きられないから「信念」なんて大仰なモノをかがげて生きているんだろうな。まぁ、とどのつまり、賢い生き方が出来なかっただけだ」
私はそうはなりたくない。
小綺麗な理屈よりも、そんな善人ぶって誤魔化すことよりも、誤魔化さずに幸福を手に入れたいのだ。それは悪いとは思わないし、そのために私は金を求め、作品を書いてきた。
しかし、実際本物の幸福があったとしても、やはり私には実感として感じられないわけだから・・・・・・この男の言い分が正しいとするのならば、私も賢くは生きられていないのだろう。
私は作家だが、別に作家業は私が幸せや豊かさを手に入れるための手段に過ぎない。作家業に陶酔して、この男のように自分を犠牲にするつもりなど最初から無い。
私は私の幸福のために行動する。私の立場からすれば、ヘンリーの言葉は全く私の胸には刺さらなかった。当然だ。自信の生き方に陶酔して、ほかでもない己自信を犠牲にするなど馬鹿げていると、結論づけざるを得ないのだ。
しかし、人間の「意志」だとか「信念」に力が宿るのだとすれば、軽視も出来ない。本当にあるのだろうか・・・・・・信念に従えばこの医者のように目の前の不審人物を助け、そのために痛みを伴うことになったとしても、それを容認する。
私にはまだ解らなかった。
とはいえ、信念の在り方が「賢くないから」で片づけられても納得がいかない。ここはもう少し掘り下げて聞いてみた方がよいと思い、私は話の方向を変えてみた。
「そんな風に信念に従って生きるというのは、どうやって決めたんだ?」
「? どうやって、とは?」
聞き方が回りくどかったか。
「つまり、過去に、何かそう言う生き方を選ぶ原因のような、大きな出来事でもあったのか? という意味だ」
「過去か・・・・・・」
医療用簡易ベットですやすやと眠るフカユキを一瞥した後、椅子に深く座り直して「いいだろう、お嬢ちゃんも安静にしていれば問題なさそうだしな」と言って、改めて私と向かい合う形でお互いに椅子に座った。
「15年前のことだ。俺は軍にいた」
「軍人だったのか?」
「いや、軍医だった。雇われだったが、給料は良かった。そこで日がな一日死体なのかそうでないのか区別の付かない肉を扱っていた」
私は黙って、続きに聞き入った。
これは作品のネタになりそうだ。
不謹慎かもしれないが、作家というのは皆このようなものだ。
「ヘンリーってのは偽名でな。昔の戦友の名前なんだ。従軍後、二年くらいの付き合いがあって、テトリスでよく遊んでいた」
「テトリス?」
意味が分からない。
戦場でゲームなんかやっているのだろうか?
「やってるさ、何せ娯楽が少ないからな。最前線での生き残りよりも、ゲームがうまい奴の方がもてはやされたくらいだ」
「奇妙な戦場もあったものだな」
「そうでもない。娯楽は少ないし、何時死ぬか解らない人間の集まりだ。楽しかったよ。当時はドローンの無い戦場もあったから、俺たちみたいな人間の兵隊、イレギュラーに対応できる兵士は貴重だったんだ」
最も、程なくして軍用アンドロイドが本格採用されて、お払い箱になったがねと、やや自嘲気味に呟いた。
戦場なんてほとんど機械がやっているものだと思っていたが、まさかそこに混じっている人間もいるとは。
「何故、人間なんか必要になったんだ? 高性能な機械どもに任せていれば」
良いんじゃないのか、と、そう思ったのだが、「そうでもない。現行のアンドロイドもそうだがロボットは優秀であるが故に、弱点もはっきりしているのさ。有能すぎるそのオツムを支えるのは最新テクノロジーの塊だ。レーダーにはどうしても反応してしまう」
「それは、人間も同じなんじゃないのか?」
「いや、全身を泥で塗りたくってサーモグラフィー(熱探知)を回避し、原始的なトラップや武器で挑んで、武装したアンドロイドを壊滅させる解放団体は多い」
「解放団体?」
初耳だ。
このご時世に何から何を解放するというのだろうか。
「機械の支配から解き放たれ、旧き良き時代を取り戻そうとする連中だ。最も、ほとんどは麻薬の売買ルートに使っている地元を荒らされたくないギャングまがいの連中だが」
戦争の相手は時代によって変わる。
しかし、まさか今の国家がそんな原始人みたいな奴らと、最新のテクノロジーで争って負けていたとは、何だか愉快な話だった。そして所謂自由とかそういった聞こえの良い正義を掲げる輩が、テロリズムにズブズブと沈んでいることに気付かないところも、昔の戦争と変わらない。
「だから、軍医なんて古くさいモノがいたのか」「そうさ。そして、そこで死ぬことも仕事だ。死んでしまえば、雇用にかかる経費も、払わなくて済むからな」
ジョークかと思ったが、そうでもないらしく、暗く、虚ろな目で彼は語り始めた。
戦場という地獄を。
「雇用には金がかかる。だから安上がりな俺たちですら、死地に追いやって敵と心中してくれればありがたいってのが上の考えだった。だから死んで死んで死んでいった。それこそ何の意味もなく経費節約のために死んだ」
まぁ、上は無駄な兵力を使わずに済んで喜んでいただろうがね、と皮肉混じりに彼は言う。
「兄貴肌のボブは、箸を使いたがっていた。日本が好きで、好物は寿司。よく笑う奴だった、一度女を取り合って馬鹿な決闘をしたこともある。音楽はシューベルトが好きで、意外に繊細な」
「死んだんだな」
話が長くなりそうだったので、私は先を促すことにした。くだらない後悔、罪悪感よりも、リァリティのある体験談が聞きたいのだ。
「・・・・・・そうだ」
若干不機嫌になりながらも、ヘンリーは続きを話し始めた。
「HENREYというのは、親しかった仲間たちのイニシャルから取って付けたものだ」
と、そこまで聞いたあたりで、私の興味は完全に削がれていた。
なんだ、ただの罪悪感からくるものだったのかと、落胆を表情に出したかもしれない。
しかし、
「と、まぁ色々あったが、後悔はしていない」
と言ったのだ。
しかし、なら何だというのだ。
助けられなかったから助けたいとか、仲間が耳元でささやく気がするとか、そういった後悔でなければ、この男の信念は、どこから来ている?
何のために助けているんだ?
「・・・・・・解らないな。それなら別に、無理に助ける必要なんて無いじゃないか」
「そうでもない。後悔しないために、戦う。これは医者でも何でも同じことだ。俺は後悔したくないんだ。後から「助けておけば良かった」って思ったところで、死んだ奴は生き返らないからな」「ふん。なら、後悔しないためというただそれだけの理由なのか」
「いいや、もう一つあるぜ」
なんだろう、金だろうか? しかし、この男は大金を要求する態度は今のところ見せていない。 くっくっと人が悪そうに笑い、
「腕がなまっちまうからさ」
医者は健康に悪そうなたばこを吹かしながら、そう言うのだった。
5
ギャングの圧政はろくでもないらしい。
フカユキが目覚めるまでの間、そんな話を延々とさせられた。まあ、国家というのは人民のためではなく官僚や富裕層のためにあるという事実はやはり、大昔から変わらないらしい。なんにせよフカユキが目覚めるまでの間、買い出しにでも出かけようと考えて私は外に出た。
しかしそれが災いしたと言うべきか・・・・・・外を歩いている最中に、チンピラらしき連中に絡まれてしまった。
その猫背のチンピラは粋がっているのか、
「おい兄ちゃん、ここには通行料がかかるんだぜぇーーー通行料がよぉ!」
と、ナイフをちらつかせながら頭の悪い台詞を私にぶつけるのだった。
どうしたものか・・・・・・「始末」するのは簡単だが、しかしそんな目立つする真似をするわけにも行かないので「そこの路地裏で話しませんか、他の人の迷惑になりますから」と、始末しやすいように誘導することにした。
路地裏なら派手にやっても問題ないと踏んだのか、若者は「いいぜ」と了承し、路地裏に入るチンピラに、続いて入ろうとしたその時だった。
「・・・・・・どこへ行った?」
先に路地裏へ向かったはずのチンピラの姿が、どこにもない。
いくら何でも急に、私を見逃すことを考えたにしたって、不自然すぎる。どういうことだ?
「おーい、いないのか? それならそれで」
帰らせて貰う、と言おうとしたその時だ。
何か、すする音が聞こえた。
それもスープを皿ごとの蒙として失敗したみたいな、下品な音だ。
「おい、一体どういう」
と、路地裏のさらに向こう側、飲食店の裏なのか、大きなゴミ捨て場のあるその場所で、
「食べられちゃってるよォォオオ、俺今日はタコパスタ食べたのに、その蜘蛛なのかタコなのかよく分からない化け物に食べられちまったんだよォオオオォオオオ!」
人間を補食する、先ほどの怪物の姿がそこにあった。蜘蛛のような顔面は容赦なく人間を食いちぎり、食べていた。気まぐれに血を吸っている。飲んでいるのだろうか? 人間の血を?
「まずいぞ・・・・・・」
まさかマッハで動く宇宙船からパラシュートなしで降下して、生きているとは・・・・・・いや、ヘンリーの話を聞く限りだと、生きてはいないのか。 始末できるだろうか?
幸い向こうはこちらに気付いていないらしく、人間をむさぼり食うことに夢中のようだ。あんな蜘蛛なのかタコなのかよく分からないちぐはぐな生き物が、人間を食べる姿は非常にシュールでしかなかったが。
「ぐるる」
と、鳴き声を出しながらこちらを見た。私は既に身を隠していたので、視認されているはずはないのだが・・・・・・しかし、あんな鼻が付いてるのかも解らない怪物相手に、油断は禁物だ。
どうしたものか・・・・・・日本刀の幽霊、サムライの持つ最強の武器は、こいつには通じない。この世のモノに対して無敵の力を持つわけであって、あんな怪物は想定していないのだ。
いや、まてよ。
そもそも、本当にあの生き物はあの世の物質のみで構成されているのか?
もしそうならこの世の留まれないはずだ・・・・・・つまり生身の、生きている部分がないとおかしいではないのか?
どういう原理かは知らないが、そのはずだ。
確か、そう、腹の部分に人間の顔みたいなモノが、埋め込まれていたような気がする。
見ると、やはり腹の部分に人間の顔みたいなモノがいくつか埋め込まれていた。不気味だ。しかしもし! その生身の部分がこの世に留まらせるのに必要なパーツならば、破壊することで消滅するかもしれない。
やるしか、ないか。
私は食うのに夢中になっている怪物の腹の下に滑り込み、幽霊の日本刀で思い切り叩き斬った。「GYLAAAAAAAA!」
悲鳴みたいなもの(鼓膜が破けるかと思った)をあげ、汚い汁をまき散らしながらも、私に迫ってきた。
「ぐ・・・・・・来るな」
壁に叩きつけられて身体が痺れた。
動けない。
幽霊の刀を振り回すが弾かれてしまい、蜘蛛のような顔面が私に迫る。
「UNGUAAAAAAAAA!」
「う、うおおおっ!」
食われる、と思ったが、どうやら力尽きたらしく、その場に倒れてしまった。
「驚かせやがって!」
私は戦闘が苦手なのだ。もう二度とこんな危険なことは、やりたくなかった。とりあえず思い切り怪物の死体を足蹴にし、ストレスを発散してから考える。
「まさかこんな奴がいるとは・・・・・・生物なのか? それとも人工的な怪物なのか? なんにせよ、くそ、あの女・・・・・・目が覚めたら聞きたいことが増えたな」
今更あの女を始末したところで、追撃は止まらないだろうしな。やはり、女の依頼は鬼門なのかもしれない。とりあえずはその場所を離れ、私は買い出しを済ませて廃病院へと戻ることにした。 階段を上り、部屋へと近づくと、声が聞こえてきた。
「大丈夫」
「計画通り」
断片的な話しか聞こえなかったが、どういう意味だろう?
まさかこいつら手を組んでいたのか?
「これで、あいつらも諦めるはずだ。俺たちにはもう、用はないはずだし・・・・・・」
「甘いわ。私を簡単に見捨てる連中よ。そんな約束、反故にするに決まってる」
「しかし、もう俺はさっきの男の居場所を、彼らに売ってしまったぞ」
ヘンリーはどうやら、私を先ほどの怪物に食わせるつもりだったらしいことと、二人が手を組み始めているらしい話が聞こえてきた。
裏切りは女の性と言うが、節操のない奴だ。
しかしどうしたものか、このまま話を聞いたところで、私が死んだ場合を想定して話が進むだけで、大した進展があるようには思えない。
そう思っていたのだが、
「私、彼を助けに行くわ」
と、フカユキは思いがけないことを言った。
今更遅いとも思ったが。
「ギャングか何か知らないけど、これ以上ビクビク暮らしてなんていられない! 私は戦う」
「よせ」
とヘンリーが押しとどめる。
「かなうわけ無いだろう。現実を見ろ」
「現実はあいつらに捨て駒にされただけよ」
ヒステリーな怒りで内に籠もられても困るので私は「コンコン」と開いているドアを叩いた。
「い、生きてた」
「人をハメておいて、随分な言いぐさだな」
「ごめんなさい・・・・・・ああするしかなかったの」 すまなさそうにすること。
どうやらそれは罪悪感を消してくれるらしく、私には彼ら彼女らが、実におぞましく見えた。
先ほどの怪物よりも、おぞましく。
極論、こう言った連中は殺人や保身を「しかたがないから」と言う理由で、あたかも良いことをやったかのように演出するのだ。
冗談じゃない。
こんなクズ共の為に利用されたのは腹が立ったが、まあ言っても仕方がない。
そもそも、依頼料金が前払いだったことから、この女はどこにでも逃げられた訳で、恐らくは人質でも取られているのだろう。
「人質でもいたか?」
ぎょっとして「どうして分かったの?」とフカユキは言った。
これでは利用されるわけだ。
「別に、ただのカンだ。なんにせよ、話して貰おうか? でなければ始末させて貰う」
「フカユキ、この男は」
「大丈夫」
茶番はいいから早くしろ、と言いたい気持ちをぐっとこらえて、私は椅子に座って、彼らの話を聞くことにした。
人間は所謂「道徳的」であることにこだわるもので、それはこういう彼らの人間らしい葛藤であったり、あるいは即物的なところでは寄付をすることなどがそうだと言える。
私はよく寄付をする。と、いっても当然善意からではない。自分の悪意を、欲望を肯定しているからだ。だから私は「強運」の為に、多額の寄付をしてきた、まぁゲン担ぎみたいなものだ。理由はどうであれ、私の金で命が助かったのなら、その命を最大限活用して私の役に立って欲しいものだ。銀河の裏側がどうなろうと知ったことか。
何故こんな話を始めたのかというと、それが
私にとっての「人生のテーマ」だからだ。
幽霊の日本刀なんてモノがある以上、人間が死んだ後には「あの世」だとかと言ったモノがあるかもしれない。しかし、そこには大きな疑問が残るのだ。
一体、どうやって「天国」だとか「地獄」だとかに人間を仕分けするのだろうか? もし、そこに何かしらの法則があるならば、遵守する事によって私のような人間も「天国」に行けるかもしれない。とはいえ、その「天国」なんてモノがあったところで私は何も感じないかもしれないし、地球の女、あの女と取り引きして、寿命を延ばして延命している以上、老衰によって私が死ぬことはないだろう。
願い下げな場所かもしれない。
しかし、だからといってわざわざ「地獄」(そんなモノがあるのか?)に墜ちるかもしれない行動をすると言うのも、理にかなっていない話だ。 人間は死んでしまえばすべてを失い、無となるというのが真実なら、金だとか愛だとか、名声だとか能力の高さだとかで、人間を比べて天国に行くか行かないかを決めているとは思えない。
思わない。
そんなわけがない。金はこの世を生きる上で必要だが、しかしそれだけだ。あの世には持っていけないし、何より裕福さと人間性には因果関係はないものだ。
だとしたらやはり「徳」だとか「善行」だとかで人間の価値が計られて(良い迷惑だが)いるのだとすれば、ある程度良い人間のように振る舞うことは、とても重要な行動となる。
しかし・・・・・・目の前に神妙そうに座る女が、はたして幸運を運んでくれるだろうか? それだけはないと思う。
だとすればこの女を助けることは所謂「善行のような道徳的に正しいこと」だとしても、正直言って私に何の得もない以上、関わりたくもない。「お願いします、助けてくれませんか?」
などと、開口一番フカユキは言った。
低姿勢で頼めばよいと言うものでもない。それで人間性を持ち出してモラルに乗っ取って受けろなどというのは、ただの脅迫だ。
この女は必死さ、とでも言えばいいのか。誠意らしさ、救われるべき人間であるかのような振る舞いに、力を注いでいるようだった。
下らない。
誰が人質に取られただの、私たちを虐げるギャングは紛れもない悪だの、自分たちの正当性をまくし立てて話し続けられた。正直、途中からあまり聞いてはいなかったが、しかし同じような内容だろう、聞く必要はない。
「それで」
私は結論を聞き出すことにした。
「どうして欲しいんだ」
「助けて貰えませんか?」
などと言う姿に、寒気を覚えた。
私にしては珍しい。
要はこの女、何の謝礼も出せないけど、自分たちを助けてはくれませんか? あなたを罠にハメて殺そうとしたことは謝ります、改心しました。 だから私たちのために死んでください。
あわよくばギャングを壊滅させてください。
倫理観に従えばやらなければなりません。
当然YESと言ってくれますよね?
そう言うのだ。
人間の欲望というのは「善意」と混ざることで恐ろしく醜悪なモノに変わるらしい。こんな下らない、大した付き合いもない人間を助けるために命を懸けてたまるか。
私は作家だ。
戦うものでもなければ、救うものでもない。
そういうのは主人公の役割であって、私がやることではないだろう。物語があるとすれば、私はせいぜい語り手だ。
もし、彼らのような輩を助けなければ「天国」に行けないと言うのならば、あまりたいしたところでもないのだろう。 無理につきあう必要もない。
「断る、話はそれだけか? では失礼する」
「ま、待ってください」
このとき、私は違和感を覚えていた。それを活かせなかったのだからあまり言っても仕方がないが、このとき私はこの二人があまりにも、なんと言えばよいのか、そう「型にはまりすぎた」被害者面だと感じたのだ。
用心するべきだったかもしれない。
だが私は彼らを振りきり、早足でその場を去った。そして前金は貰っていたので、そういえばアンドロイドの幽霊がどうの、という依頼を受けてはいたが、似たような怪物を殺したわけだし、依頼主も納得するだろう。
そう思って泣きじゃくるフカユキを捨て置き、私はターミナルへと向かった。
6
私は好みの宇宙船を選択し、そのままリラックスして、モニターを眺めながら空の旅を楽しむことにした。
「ン・・・・・・」
モニターの写りが悪い。
故障だろうか。
「お願いします、助けてください」
などと、哀願するフカユキの姿が写る以外は、フツーだった。しかし、何故今のタイミングでフカユキがモニターをハイジャックしてまで私にメッセージを残すのだろう?
もしかして、
「まさか人質か? 捕まった女を帰して欲しくばとか、そういう・・・・・・」
どうでもいいが。
私は彼女の知り合いですらないのだ。
「いいや、違うぜ」
と、突然口調を変えて・・・・・・あるいはそれは本来のしゃべり方だったのかもしれないが、彼女は言った。
「あれだけ演技してやったのに、鬼かこの野郎! 作戦が台無しになったじゃねーか! ボケ!」 口汚い女だ。
私が抱いていた違和感はこれだったのか。
「つまり、おまえが黒幕だったわけか」
「その通り」
その依頼主、とはフカユキのことで、つまりそのギャング集団をまとめる女のボスとは、この女のことらしかった。欲望丸出しな、よだれを垂らした肉食獣みたいなその顔つきからは、今までの悲劇の女らしい雰囲気は、微塵も感じられない。「俺はよォ〜お前を殺しちまって、サムライの持ってる「刀」みたいなモノを使って、お察しの通り軍隊を作ろうとしていたわけだ。けどサムライは腕が立つからサムライだろ? だから悲劇のヒロインぶって、うまいことガス室送りにでもしてやろうかと思ったのに・・・・・・テメー人間かぁ? フツー美少女がお願いしてやったら馬鹿みたいに言うこと聞くもんだろうが?」
「生憎、「美少女」は見あたらなかったからな」「・・・・・・・・・・・・」
挑発したモノの、返事はない。
こういう輩が一番厄介だ。この宇宙船にも爆弾くらいは積まれているかもしれない。必要なことはする人間というのはつまり、必要だと感じたらどんなえげつない方法でも実行するからだ。
ギャングなどと言うのは、力を持っているだけの悪ガキでしかない。
そういう類のクズは、実にやっかいだ。
「貧困街だ」
「何だと?」
「だからぁ〜スラム生まれだっつってんだよ、汚い親から生まれて汚い汁をすすって、汚い方法で生き残って、で、カス共を食い物にして俺は食いつないできたわけだ」
「それが何だ?」
そんなこと知ったことか。
同情でも期待しているのだろうか・・・・・・自分以外の人間の苦労など知ったことではないし、そもそもが仮にこの女が知り合いだったとしても、私に「憐憫」だとかの機能は付いていない。
この女はこれから大層な「お題目」をぺらぺら話すのだろうが、ギャングが考えるのは腰の振り方と、金の数え方と、綺麗な殺し方だけだ。
そんなモノに耳を貸していられない。
「俺が言いたいのは、テメーラ自分が思っているほど小綺麗だと思ってんのかってことさ。俺を買う人間は腐るほどいたぜ? 元々腐ってただけかもしれねぇが、政治家だの資産家だの、肩書きがご立派な人間ほど、赤ん坊みてぇにむしゃぶりつきやがる! 気色悪いったらねぇよ! なあ、前から聞いてみたかったんだが、あんたはこの廃棄ゴミより臭いこの世界をどう思う?」
へらへら笑いながら、フカユキはそんなことを言った。悲劇の女気取りの次は、悲劇アピールかと思うと、本当に面倒な奴だ。
だが、質問は興味深いモノだったので、答えてやることにした。
「だから?」
「だからって、お前、他でもない鬼畜ヤローの手メーなら質問の意味が分かるだろ?」
「知ったことではないな。お前の基準が人間の欲望なら、私の基準は金だ。ある程度自分が豊かであれば、ゴミが何人沸こうと知らん」
「ヒュー、かぁっくいい。なら、あんたは自分がまさか善良な人間だと思ってんのか?」
「それこそどうでも良い話だ。そんなモノはどうでも良い他人が決めることであって、知ったことではないな」
「なら、あんたは悪人かい?」
からかうようにそんなことを言う。
どうやらフカユキは、人間の汚さを見過ぎて壊れてしまった狂人の類らしかった。だからこんな風に、宇宙船を爆破もせずに、私の話に聞き入っているのだろう。同じ破綻者の臭いをかぎ取って、私から見た世界がどう写っているのか? それを知りたいからだろうが。
だが、世界なんて簡単なものだ。
世界は作家に読み解ける程度に出来ている。
「悪かどうかは当人の心が判断するものでしかない。世間的だとか、倫理観だとか、それは社会をスムーズに動かす為のモノであって、実際には善悪など当人の意思次第だ」
「へぇ」
どうやら興味は引けたらしく、私の乗っている宇宙船は爆発したりはしなかった。
「面白いなあんた」
にやにや気味の悪いガキだ。
無論、声には出さなかったが。
「肩書きのご立派な奴ほど、俺の経験じゃあ下半身しか動いていない、自己顕示欲の塊みたいなつまんねー人間ばっかなんだが」
当てはまるのかどうかはしらないが、どうでもいいが、何か思うところがあったらしい。
作家なんて肩書き、金が伴わなければ不名誉なだけだと思ったが。
「作家というのは、所謂「普通」って奴を毛嫌いした末になるものだ。ピエロではないから面白がられても不快だが、何にせよ用がないなら切らせて貰うぞ」
そう言って、回線を物理的に切断しようとしたのだが、「まてよ」とフカユキは言う。
「あんた、殺しの依頼を受けてるんだってな」
「それが何だ?」
「俺の依頼を受けないか?」
予想外の方向から矢がたった。てっきり爆弾の
準備を続けていると思ったので、脱出のことばかり考えていたのだが。
依頼。
確かに前金は良かったが、しかし、
「面倒だ、断る」
と言った。しかし、
「宇宙船を爆破してもいいんだぜ?」
と言われてしまえば、従うしかない。
そして私は人に従うのが嫌いだ。
「そんな目で見るなよ。俺が欲しいモノはシンプルに金だ。あんたが殺し、俺が金を払う」
「お前は本当にフカユキなのか?」
以前会った女はこんな奴だっただろうか。
見た目は同じだが、中身が違う。それは明白な事実だった。
「ああ、あれね。途中で入れ替わってたのさ。あの女、フカユキとか言う女と、そっくりそのまま飛行船に乗った辺りから入れ替わっただけだ。どうせ俺には名前なんてないし、それでいいよ」
つまり本物、というか以前私があった方のフカユキは、こちらのバックアップと手を組んで金でも貰っていたのだろうか。
「確か、「同一個体に対する環境適応実験」らしいぜ。要は同じ存在を違う環境下に置いた場合の反応、成長の差異、それを調べる為の実験だったらしい。作家先生の会ったフカユキは成功例、というかオリジナルなのかもな。俺も、自分が何人いるのか良く知らねぇ・・・・・・そもそも、それを立案した組織は潰れちまって、たまーにこうして他の自分と交流を深めるくらいさ」
今となってはただの双子、いや数の多い姉妹というわけか、どうでもいいがな。
私が携わった訳でもない実験の成果など、どうでもいい。しかし、同じ人間を複数作る、とは、随分と熱心な研究家がいたのだろうな。
人権の無い同一個体、社会への適応実験でこいつのように「あえて劣悪な」環境下に置くことで「人間の成長」を解明しようとするなどと、人のことを言えた人間ではないが、随分とまぁ分不相応な上、大それた実験を思いつく奴がいたものだ・・・・・・私も人の事は言えないが。
物語を書いて金を貰おうなど、どうかしていなければ、とても出来ないのだろうが。
「それで、私をオリジナルと組んで、何のメリットがある?」
「逆だよ、アンタはメリットがないと来ないだろうし、それに俺には戦力が必要だった。けれど面識のある個体はあいつだけだったから、仕方なく遠回りな方法でアンタが断れない状況を作り出して、俺に協力させ、腐った資本主義の犬共を殺す依頼を出すつもりだったのさ」
戦力、ね。私に依頼を通常ルートで行えば、確かに私はここまで来なかっただろう。
「回りくどい女だ」
「仕方ねぇだろ。本来ならアンタを利用して、邪魔な奴等を皆殺しにしなけりゃならなかったからな。まぁまるまる嘘ってわけでもないぜ。俺もあの女と同じ、アンドロイドと人間のハーフだよ。あの女の「予備ボディ」が俺なのさ。記憶も共有してるが、まぁそれだけの関係だ」
成る程、ネタが割れればつまらないオチだ。
使い古された設定だな、「影武者」というのは・・・・・・こんなひねりのないトリックに、騙された私も悪いのだろうが。
何かあれば暴力で脅し、それでいて自分たちを裏切るな、従順にいるのが賢いと、臆面もなく押し付けられるのが、ギャングだ。
自分達の生き方が「イケてる」とでも思っているのだろう・・・・・・そんなクズが金と権力を手にし続けてきたのが人間の歴史なのだから、全くこの世界の底も知れている。
「それでどうやってお前は儲けるんだ?」
金を払って終わりではないのか?
「株価を操作するのさ。だから、ばれない殺しは利益が大きい。昔から人間はそんなもんさ」
単調で下らない。
だが、人の不幸で株を操作し、儲けるのは昔からよくあることで、珍しくもない。
「相手が信頼できるかにかかっているな・・・・・・そういえば、あの医者はどうした? あの男も仲間だったのか?」
「そうさ。悲劇のヒロインを演じてから、出番を用意してやってたんだがな。ま、部下の一人だ」 下らない茶番に付き合わされ続け、逆に始末されるところだったというわけか。
「俺が欲しいのは権力だ、人間の欲望すべてだ。だから金が稼げれば軍隊は諦めても良い」
「そこまで、私を雇用したがる理由は何だ?」
「ばれないからさ。サムライの殺しなら、どのサムライに誰が依頼したのかなんて、分かるわけねぇしな。それに、お抱えが一人いりゃあ、邪魔者を始末するのに、余計な金と人員と、手間暇かけずに済む・・・・・・サムライのやり口になれたあんたは分からないかもしれないが、人間一人消すのに恐ろしい時間がかかるもんだぜ。ばれないようにってなると、余計な」
「それならニンジャを雇えばいい」
暗殺は彼らの領分だ。
サムライは必要ない。
「抑止力として必要なのさ。サムライはこの銀河の海で、武力の象徴だからな。誰かがサムライを雇っても対抗できるし、良いカードだ」
・・・・・・まぁ、理屈は分かった。
金払いも良さそうでもある。
どうしたものか。
「何故、権力にこだわるんだ?」
人間が望むものと言うのは、当人の願いに近いところにある。だからそれを知れば見えないところが見えるかもしれない。
そう思った。
「何故も何もねぇだろ」
フカユキは、いやフカユキの予備だったか。まぁ面倒なのでそう呼ぶとして、女とは思えない獰猛そうな顔つきで、いっそ涎でも垂らしそうな顔をして言った。
「権力は正しさを押し通すことが出来る。所詮世の中なんぞ偉い人間が右か左か、ルールを決めて他は陵辱されようが殺されようが、「それが正しい」ってことになって、良いように搾取されるだけだ」
食う側に回りたいのさ、と。
肉食獣のように、フカユキはそう答えた。
何か嫌なことでもあったのだろうか・・・・・・まぁあったのだろう。陵辱され奪われ、良いように使われることにうんざりして、始めたのが奪うことを仕事にするギャングだというのだから、皮肉というか何というか。
「確かにそうだろうが・・・・・・お前の野心と私がどう行動するのかについては、いっさいの関係がないな」
とは言ったが、しかし作品のネタにはなりそうだし、受けるだけ受けてみることもありだろう。 無論、そういった態度は出さない。
出せば安く見られる。
「そうでもねぇさ。金なら弾むぜ」
会話していて余程、先ほどの「悲運の女」の演技から素の部分がぶり返したらしく、必要以上に偽悪的なしゃべり方だった。
正直興味が沸いてきた。というのも依頼に対してではなく、この女にだ。「悪」というのは強い個性であり、小説に限らずあらゆる娯楽文学、漫画にしてもそうだが、物語には魅力のある悪人が必要不可欠だからだ。
私自身が善人ってわけでもないので、悪人と悪人の対立を描く話が多く、主人公として起用するにも敵対者のモデルにするにも、悪人というのは興味深い存在だ。
そのためにも、私の立場をフカユキに教えておいてやるとしよう。
「はっきりさせておくが、そうだな。私は金と作品の執筆・・・・・・から得られる「人生の充実感」が得られれば、他はどうでも良い人間だ」
無論、言うまでもないことだが、金が伴ってこそだ。金がなければこんな面倒なことやっていられるわけがない。
「なら、丁度良いじゃねぇか。殺しの依頼相手は権力を笠に着た悪党だぜ」
「いいや、それでは一人悪人を取り逃がしているからな・・・・・・お前という悪を、私の作品に取り入れずに捨てるのは惜しい。だからこうしないか? 私とお前で戦って、負けた方がしたがう」
「は」
無論、そんなわけが無い。
この女はいずれ始末しなければ・・・・・・こういう「中途半端に力を持った」偽善者ぶったクズというのは、手に負えるものではないからだ。
それがギャングという生き物だ。
下らない誇りと建前の為に、いくらでも殺して悪びれないクズだ。私か? 私は建前など一々使ったりしない。建前がなければ正当化できず、素直に邪魔者は殺すと断言する。
彼女は鼻で笑い、「買ったら腰でも振って欲しいのかい?」と、若干下品なことを言った。ギャングなんて存在が下品なのだから、まぁ仕方ないだろうとは思ったが。
私は理不尽な暴力が嫌いだ。
暴力で物事を押し進めるこの女は、特に。
「私にも好みはあるのでな、遠慮する。私がお前に勝利したら、そうだな、作品のためにお前の生い立ちだのなんだのを、お前という悪を作り上げた原因を知るために、取材をさせて貰うとしようかな」
「俺が勝ったらお前はどうするつもりだ?」
「その依頼を受け、邪魔者を始末してやろう。なんなら雇用契約を継続的に結んでも良いぞ」
するとフカユキは画面の向こう側で俯いてぶるぶると震えていた。なんだ、今更腰が引けたのかと思ったら、突然大笑いをし始めた。
「あーはっはっはっは、いいぜ、受けてやる。ただし甘く見てると死ぬぜ、お前」
「だろうな」
いくら何でもギャングのボスを務めるほどなのだから、それ相応の戦闘能力はあってしかるべきだろう。私は戦闘が好きではないが、こうでもしなければ作品の参考にならないし、仕方ない。
「なら、今この瞬間からスタートだ。その宇宙船のパイロットは買収してある。こちらに帰らせるぜ」
「構わんよ」
などと言ったが、そうだったのかと感嘆しても締まらないので、ここは最初から分かっていたように振る舞うとしよう。
まさか宇宙船のパイロットを買収するとは。
案の定、突然Uターンをされたので、どのみちこの宇宙船ではこの惑星を抜けられなかったのだろう。私はターミナルに再び降り立った。
近くにある河原で決着をつけたいという連絡が入ったので(古風な女だ)私は注意を払いながら周囲を警戒しつつ、河原へと足を運んだ。
「待ってたぜ」
そこには野獣が立っていた。そう表現して良いくらいに荒々しく強い印象を強引に抱かせる、フカユキの姿があった。
どうやったのかは知らないが、髪は金色に変わっており、よく見ると拳も通常ではあり得ないほどに堅そうで、恐竜と退治しているような錯覚に陥った。今更だが、あのひ弱な被害者面は、演技だっただけでなく、科学の力で骨格を変え、渾身の変身をしたからこそ、私は騙されたようだ。
華奢なことには変わりないが、筋肉が女ではあり得ない程発達している。
フカユキは啖呵を切って、
「仁義を通して道理を引っ込める。それが俺の生き方だ・・・・・・さあ」
殺し合おうぜ、と。
いくら凄んだところで動機は金であり、こういう「建前みたいなもの」を振りかざす馬鹿にはロクなのがいない。自分達の生き方がクールでイケてると思いこんだ馬鹿は、大抵こういう下らないポリシーを持っているものだ。
そして彼女は、例えるならば同窓会で会った昔の友達が、勢いで二次会に誘うような気楽さで、私に刃を向けるのだった。
幕間
女の話をしよう。
貧困下で出来ることは、身体を売ることだけではないと、聖者ならば言うかもしれない。私からすれば知ったことではないのだが、噺を続けると・・・・・・要は「選ぶ自由のない人間」だったと言うだけの噺だ。
自我が芽生えた頃には、慰み者になっていたらしい。どうでもいいがな・・・・・・とにかく、女は運良く暴力を手に入れ(死に瀕していたニンジャから、力を奪ったらしい)復讐を誓った。
陳腐な考えだ。
面白味もない。
とにかく、この物語に主役がいるとすれば、それは復讐にふさわしい力を手に入れた女のことだろう。私は作品のネタを求めて、金と充実の為だけに動いている人間でしかない。
主人公。
私から言わせれば、「正しく見える」倫理観と「理不尽に打ち勝つ暴力」を兼ね備えただけの、チンピラでしかない。
はっきり言って不愉快だ。
この世が不条理なのは当たり前の事実だ・・・・・・・・・・・・だが、所謂「成功者」やさっきも言った「主人公」と言った人種は、さも自分達がそういう理不尽を打ち破るのが当然であり、何一つ悪びれず、私のような悪人を虐げる。
これが不愉快でなくて何なのか。
嫌悪感を抱かずには、いられない。
この物語は私という「生まれついての悪」が、主人公をどう手玉に取れるかが重要なファクターだ。戦えば勝てないが、そうさな、だからこそ主人公であるこの女には、自分で自分を裁いて貰うしかあるまい。
つまるところ。
私は最後まで傍観者なのだった。
7
悪人の願いなどと言うモノは詰まるところ、人並みになれなかった分の埋め合わせ、不遇の分人並み以上に「力」であったり「権力」に拘り、生まれながらの悪でない限り、私のような存在そのものが悪のような存在でない限りは、おおよそ、願いはしれているのだ。
だが、この女は本物のようだった。
私と同じ、破綻した人間だった。
まさか正面戦闘でサムライを殴り飛ばす奴が存在しうるとは・・・・・・私は地面に叩きつけられながらも体制を立て直し、幽霊の日本刀を構えた。
だが、私の幽霊のに本当を「見ながら」フカユキはこう言った。
「それが、サムライの武器か?」
幽体である以上、霊能力者でもない限り見えるはずはないのだ。つまり、嫌な予感が的中したということだ。
まぁ、この女をベースにクローンニンジャを量産しようとした奴がいたのだから、当然といえば当然だったが。
ここで断っておくが、私は戦うものではない。 作家は普通戦わない。
だから恐ろしく不安ではあった。始末にはなれているが、しかしこんなアクション映画の主人公みたいなポジションで戦うなど、私の役割ではないはずだ。
「ニンジャは幽霊の手裏剣か。つくづく手抜きな武器を渡されたものだ」
見えた。
彼女は手裏剣を指と指の間に挟んでいた。そしてそれは私の日本刀と同じ物質で出来ているらしかった。
今回の件から分かったことは、どんな時代であれ、馬鹿に過ぎた暴力を持たせると、大概ロクなことにならない、ということだ。
わかりやすく超能力じみた能力を持っただけで拳銃を持ったチンピラと、対して変わらない。
ギャングなんていつの時代もそんなものだ。
暴力に正当性を考える時点で、ロクな生き物ではない。
「ベアナックル代わりに使うとは。それは確か投げるものだろう?」
「この方が性に合ってるだけさ」
言って、プロボクサーが素人相手に本気を出すような大人げなさで、私を殴り、翻弄し、そして私は必死に幽霊の日本刀を盾にして、つまりは防戦一方で精一杯だった。
冗談じゃないぞ。
こんな強いニンジャがいたのか。
私はデスクワーク担当でありたいのだが。
「どうした? そんなに腰を抜かしたんなら、手を貸してやるぜ」
まるで物語の主人公のような、理不尽な強さだった。冗談じゃない、私は作家であって、格闘家ではないのだ。
つまり始末が得意なわけであって、正面戦闘、それもサムライの能力が通じない奴相手では、新任の教師が良く知らないクラスメイトたちの喧嘩を仲裁するくらい、手慣れていない。
まして主人公みたいな奴が相手では・・・・・・・・・・・・まずいぞ・・・・・・考えるのだ、主人公を倒す方法だって、考えようによってはあるはずだ。
人質作戦、は相手がいないし、このまま戦っても勝ち目はなさそうだ。なによりこの女が、本当に主人公みたいな人間なら、主人公みたいなキャラクター性を攻略できる方法でなければならないのだ。
そんな方法があるのか?
「お祈りは済んだか? なら・・・・・・ブチかまさせて貰うぜ!」
そんな主人公みたいな理不尽な言葉をはいて、フカユキはどんどんと迫ってくる。
だが問題ない。
主人公を殺害する方法は、たった今成功した。 フカユキは足から血を流し、
「ぐ、ぐあああああっ! な、何ィ?」
叫び方まで単調で、つまらない女だ。当然ながら彼女は、不可解そうに足元を見た。
足下。
主人公が敗北する理由があるとすれば、それは油断や覚悟の有無だろう。殴られて投げ出された際に、大きめの石を刀で切って尖らせ、延長線上にトラップとして設置した。
そしてそのわずかな隙があれば十分だ。
「勝った!」
そう叫びながら私は刀を振り下ろした。
しかし、
「いいや、そうでもないぜ」
あっさりガードされ、私は一生懸命勉強したのに報われない学生のように、殴られて後ろへと吹っ飛んだ。
何だ、何が起きた。
「お前の日本刀はどーだか知らんが、俺の手裏剣はどこからでも出せるのさ」
首の部分から、いや全身から手裏剣の刃の部分が、フカユキの身体の内から生えてきた。どうやら、武器としてではなく、鎧として活用する戦い方を採用しているらしかった。
「サムライもニンジャも、武器が幽体ってことはだ。同じ幽体なら防げるし、別に拳がある以上、飛び道具なんかに頼る必要はねぇよな」
そんなことをあっさりというフカユキ。
まずいぞ・・・・・・主人公というのはこれだから厄介なのだ。学習してどんどん強くなっていく以上、一旦引くという選択肢もとれない。
ここで倒さなければ。
こんなただのクズに殺されてたまるか・・・・・・「弱い人間を養護して権力と戦う俺」に酔っぱらっているだけのクズに、つまらない足止めをしているほど私は暇ではない。
なんにしろ、生き残らなければ。それでなければ、悪人の特性と、主人公の属性を持つこの希有な女に、取材が出来なくなる。
いや、まてよ。
先ほど、仁義を通して道理は引っ込めると言っていたが、どういう意味だろう?
考えろ。
つまりこの女はダークヒーローのような主人公性を持っていると仮定して、弱者のためにあくどいことでもするという、意思表示かもしれない。 なら、話は簡単だ。
弱者を守る主人公は、弱者に手出しはできないからな。
この女は、いやギャングというのはどうしようもないクズだが、しかしそういう輩に限って「誇りみたいなもの」を大切にする。
そこにつけ込ませて貰うとするか。
「始末を依頼したいと、そう言っていたな」
和睦、懐柔、なんでもいいが、依頼を受けた上で取材をするという方法ならば、受けるかもしれない。まぁ、できれば面倒なので引き受けたくないが、仕方あるまい。
こんなところで殺されても困る。
戦っても勝てないから説得するという現実的なアイデアで、乗り切るとしよう。
「ああ、そう言った」
「それは何故だ? それだけ腕が立つんなら、私の協力なんて、必要ないんじゃないのか?」
「そうでもない。強いってことはマークされるってことでもある。だから暗殺には向かないのさ」 暗殺に向かないニンジャか。
ますます私とは違い、主人公みたいな在り方をしている奴だ。
「受けるかどうかは分からないが、話を聞かせて貰えれば、そこから判断できるが」
とはいえ、恐れるには足りない。
戦わないと言う選択肢。
相手を懐柔するという選択肢が、私にはできるからな。
主人公ではない、私には。
主人公のように、あるいはダークヒーローぶったクズの、この女のように無謀な戦いをせずとも、私は大人の汚いやり方で勝利を得るほうが、性に合っている。
そういう意味では、先程はらしくなかった。
恥ずかしい。
熱血物の主人公でもあるまいに・・・・・・まぁ、結局金で解決できそうになったのだから、良しとしておこう。
実利が有ればそれでいい。
と、思ったのだが・・・・・・。
「ダメだ」
そんなことを言われた。
私がもし、あり得ない話だが「主人公」のようなものだったら・・・・・・・・・・・・バトル物でもハーレム物でも何でも良い、そういう「主人公」だったなら、きっと、「この女には何か事情があるんだ」と気遣いを見せたり、あるいはしつこく聞いてヒロインを怒らせたりするのだろう。
気分が高揚した。
まだ見ぬ謎を知って、作家としての本能がうずいたのかもしれない。・・・・・・まてまて、なんだそれは。
私が作品を書くのは金のためだ。
そのはずだ・・・・・・・・・・・・そのはずだ。しかし、その割には命の危機に瀕してすら、私が考えるのは多くの主人公達が目の前の泣きそうな人間を放っておけないだとかいう綺麗事、ではなかった。 自身の作品について。
考えていた。馬鹿馬鹿しい、私は金や安心のために書いているのに過ぎない。作家としての誇りだとか信念だとかはない、はずだ。
もし、あるのなら?
どうだろう。私にはこの女、この目の前で私を雇って誰かを殺そうとしているフカユキにすら、全く興味がもてない。
持つつもりもない。
強いとか、弱いとか、そんなのはどうでもいい話でしかない。
私はアクション映画のスターではないのだ。
金のために・・・・・・そのために仕方が無く、面白い作品を書き、書いて幸福になりたいだけだ。
そのはずだ。
だから、話したくないと言うならば是非もない話でしかない。良く知らない相手であろうが始末の依頼をこなすだけだ。
フカユキは黙り続ける私を見て、頭をポリポリとかきながら、
「わぁーったよ。教えてやる、ただし途中退場は認めないぜ?」
と言った。
内容を知れば、抜け出すことのできない標的ということか・・・・・・・・・・・・。
「いいだろう。作品のネタになりそうだしな」
案外、こんなふうに嫌だ嫌だと思いながらも、それをついつい考えてしまい、思考から外すことができず、結局そのために行動してしまうこと。 それがプロとしての条件だとしたら、不本意なことに、私は恐ろしいほどに作家としての素質・・・・・・いや、作家という「生き方」から、離れることができないようだった。
例え、そのために見ず知らずの独裁者の始末を依頼されたとしても。
8
因果な商売だ。
作家という物が「思い」だとか「信念」だとか「思想」だとか「人の意志」を描くことを生業としている以上、彼女の生い立ち話には興味がわいた。
沸いてしまったと言うべきか。
それを書いたところで誰も読まなければ、どんな生き方でも味わえない虚しさを味わうというのだから、普通に考えれば割に合わず、割にも合わないのにそんな生き方しか選べなかった。
いい機会だから記しておこう。
この世界が物語だとすれば、私は主人公ではないし、なる気もない。
あのフカユキとかいう女こそが、ダークヒーロー的な主人公なのだろう。詳しい事情は後ほど記述するが、成る程、やはり世のため人のため・・・・・・実にありきたりで期待はずれな、意外性のない理由から彼女は行動しているらしい。
主人公とは往々にしてそういうものだ。
今更説明するのも馬鹿馬鹿しいが、この物語は私が悪人を倒してめでたしめでたしと言った展開を目指しているわけではない。私はあくまでも語り手であり、作家として最高のネタを読者共に伝えるだけだ。
だから真実はこれを読む読者共が考えろ。
それは私の仕事ではない。
私は作家なのだから、綴る所までが私の領域だ・・・・・・物語から真実を汲み取るのは、読者の仕事でしかない。
だから考えろ、読者共。
私は経験したことをおもしろおかしく伝えるだけだ。そこから先は読者自身がやるしかない。
少なくともこれから語る暴力と理不尽の物語から、それに立ち向かう方法くらいはつかめるはずだ。そう思う。
「つまりだな」
フカユキという腐れ縁の女と、私は先程の河原から離れた場所にあるレストランの中で会話していた。
当然、殺伐とした話題だ。
時代が変わっても変わらない、権力者と富と、それに連なる奴隷の物語だった。
「俺たちは体の良い奴隷だったのさ」
「奴隷?」
見たところ、首輪はついていないようだが、どういう意味だろう?
大体が、奴隷だのなんだの、やはりこの女は「自分達は不当に搾取されているから」とかそういう理由で暴力を正当化しているのだろう。そんなクズが泣き言を話し出したのだから、私としては笑いをこらえるほか、なかった。
「この惑星は俺の故郷なんだが、大した軍事力も持っていない自治国家みたいな物だったからな。外交・・・・・・と言えば聞こえはいいが、要は資源の切り売りをして銀河連邦に加えていただいた立場だった」
どれだけ科学が進もうが、国や人、それらの欲望の向かう方向は同じということらしい。
やれやれ。
政治というものは、なかなか進歩しない。
それでどれだけの民衆が飢えて死のうとも。
その政治の犠牲者達がギャングとなり、この惑星を治め始めたという話を聞いて、私はそう思わざるをえなかった。
私は作家なので、気にするつもりもないが。
とはいえ、面白い題材ではある。どんな悲惨な状況下での物語も、スクリーン越しであれば物語として笑いながら民衆は金を出してくれる。
感動とか。
教訓とか。
それらしいことを言って、感じて、実際には関係のないどこか遠くの世界の出来事だからこそ、言ってしまえば悲劇は金になるのだ。
悲劇。
現実にそれを味わうモノ達からすればたまったものではないだろうが、しかし現地の人々の叫びみたいな、あるいはその代表の声みたいなモノを演出し、「皆で世の中を変える意識を持とう」みたいな綺麗事を並べていたり、悲惨さらしきものを演出すれば、彼らは「こんな事が現実に起きているだなんて!」とか言って、ご立派な文明人ぶった彼ら彼女らは、本を買って読み、涙を流したりして、立派に人道的な善人であろうとする。
簡単に言えば平和な世界に住んでいる人間達からすれば、そういった悲劇を本で読み、そしてそれに同情して良い人ぶる行為は、社会的なスティタスなのだ。
善人であること。
彼らはそう思いこむことに余念がない。社会的であったり、あるいは人道的にそれらしく善人みたいな行為をしていれば自分たちは立派な人間であり、何に恥じることもなく、悪いのは自分たちのように振る舞えない世界だと思えるのだ。
楽そうで羨ましい。
何にせよ、悲劇は金になり、平和な世界の人間達の「道徳みたいなもの」を満たしてくれる。金になれば実際はどれだけ滑稽な自作自演であろうが、それが通用するのが資本主義社会と言うものだ。構わない。私は善人ぶるつもりもないし、そんな良くわからない境界線はどうでも良い。
金だ。
正しさも悪逆非道も、金がいる。
分かりやすい世の中になったものだ。
「故郷か、正直故郷のない私からすれば良くわからないが・・・・・・引っ越しては駄目なのか?」
「当たり前だろ、自分たちの生まれ育った土地を放っとける訳ねぇだろ」
「そうか」
全く分からなかったが、まぁ分かったフリをしておこう。
「それで、結局私に始末してほしい相手というのは誰なんだ? 話を聞く限り政治家か何かみたいだが・・・・・・」
「全然違う。人間じゃない」
どういうことだろう。
侵略してきたエイリアンと戦えと貝割れ無いだろうな・・・・・・相手が幽霊でも侵略者でも神でも悪魔でも殺せるが、しかしこれ以上やっかいそうな相手とは戦いたくない。
私は作家であって、何度も言うが戦闘など得意なだけであって、疲れるし、そういうのはバトル系の漫画に出てくる「俺がやってやるぜ!」とか無駄に暑苦しい女と友と皆のために戦う主人公に任せればいい話だ。
面倒なのでこれ以上、柄でもない戦闘行為はごめん被る。
誰か別の奴にやらせろ。
そう言いかけたが、しかし、彼女の口から出た言葉は拍子抜けというか、そんなことなら自分でやれと思わざるをえないチョロい仕事でしかなかった。
「この箱を叩き斬ってほしい」
言って、見せた写真に写っていたのは、箱だった。ただの箱ではない。どこかの惑星の要人らしき人物が、大切そうに保有している。
「振動核の発射スイッチが入っている」
振動核。
従来の爆弾とは違い、非殺傷能力を突き詰めた結果、人類が開発した「人道的戦略兵器」だ。
兵器に人道も何もって気もするが、死人がいっさい出ず簡単に敵国を制圧できることから、抑止力としても効果は高く、保存しても害悪がないので重宝されているらしい。
未来の抑止力。
そんなモノを斬ってどうするつもりだろう?
「サムライやニンジャの持つオカルトテクノロジーは、物質の魂を斬り、生物は腐り無機物は使用不可能になる。見た目はそのままで使えなくして行きたいんだ。詳しくは話せないが、外交を有利に運ぶための策略とでも考えておいてくれ」
成る程。
高い金払って拵えた人道的戦略兵器が、実は昨日から使えませんなんて事になったら、外交に関しても弱腰にならざるをえない。
そこから条約を結び直し、彼女の言う「故郷」を書類の上でも取り戻す腹なのだろう。
何にせよ、この箱のある惑星には興味があり、前々から取材にいこうかと検討していたところだったので、そのついでとしてはいいだろう。
「構わないが、予定にない惑星にいちいち向かわなければならないのだから、報酬は弾んで貰おうか」
口ではこう言うが。
当然と言えば当然だが。
「良いぜ」
と言って、彼女は封筒を取り出した。
「前金だ、受けとりな」
中には金のクレジットチップが何枚か入っており、適当なことを言っただけでここまで儲かるとは、流石に思いもしなかった。
何にせよ楽しみだ。
観光がてら、取材ついでに楽しめそうになってきた。
彼女は封筒を出すなり「じゃ、頼んだぜ」と言って、立ち去ってしまった。
だが去り際、
「もし失敗したら、改めて殺しに向かってやる」 と、恐ろしいことを言うのだった。
要は、先ほどの説明から簡単に推測すれば、だが・・・・・・「性能は同じ」だが「劣悪な環境で」育ったシェリーホワイトアウト、フカユキの姿だと言うことらしいが、環境が違えばここまでかわるものなのか。参考になる噺だ。
だが、私は語り手であって、戦っても死なない主人公ではない。
あんな疲れる体験は、一度味わえば十分だ。
こうして、依頼を受けて、つまりはアタッシュケースもどきを斬る為だけに、私は銀河の果てから果てへ、旅をするのだった。
まさか、宇宙船が墜落し、未開の地に降り立つとは思わずに・・・・・・などと、適当なことを言っていったん筆を置くとしよう。
9
ロック、バー、そしてハンバーガー。
それがその惑星の全てだった。
「うるさい場所ですね」
そう言ったのは地球在住の神だった。つまり私の寿命を延ばし、私に「幽霊の日本刀」を与えたサムライの総元締めだ。
いい加減呼びづらいので、何か名前を頂きたいところだ。
「なぁ、お前、名前とか無いのか?」
「どういうことでしょう?」
「無くても構わないが、呼びづらい。何か無いのか?」
「では、タマモとでもお呼びください」
「タマモ・・・・・・」
玉藻前が正体ではないかと睨んではいた。確か、大昔に退治されたとかいう女に化けた狐の名前だ。何でも良いが。
怪物であろうと 人間であろうと、そんなモノは肩書きが違うだけであり、少なくとも私にとって大切なのは、その肩書きが金になるかどうかだから、問題ない。
まぁただの偽名かもしれないが。
あの星には山のように神様が、あるいは怪物がいたという伝承があり、そんな大安売りされているモノの中の一つを使っているだけに過ぎない。 だから名前と正体とを結びつけるのは、いくら何でも早計だろう。
「そうか、ところで油揚げでも頼もうか?」
「いりません」
そんなものはこのバーに置いていないし、置いていたところで頼むつもりもなく、何が言いたいかといえば私はただ単に悪ふざけでからかっただけであって、それは相手が神でも怪物でも変わらないと言うことだ。
正体が何にしろ、女であることは確かなようだ・・・・・・自分という女を安く見られたとでも思ったのか、むすっとして口を利こうとしない。
「とりあえず、タマモとやら、聞きたいことがあるのだが」
「・・・・・・何ですか? 私は忙しいのですが」
掃き掃除しているだけだろうと言えば、恐らくさらに頑固になるであろう事は明白なので、控えることにした。
「そういうな、お前のような美人を連れ回せて光栄ではあるが、しかしこちらにも事情がある」
「断ってしまえばよいのでは? あなたは」
言って、こちらに向き直った。
「私の依頼を受ける代わりに不死・・・・・・ではありませんが、不老の効能を得ています。作品の執筆のネタになるからと、こんな危険を繰り返す必要はないのでは?」
もっともな質問だ。
しかし、そのもっともなことをできない生き物を世の中は「男」と定義している。
つまり落ち着きのない生き物である我々に、そんなことを諭すのは無意味を通り越して無知であるのだ。などと、それらしいことを言ったが、しかし要は「生き甲斐」や「やりがい」だとか、あるいはそういった充実感のために、ありもしないものを探しているだけかもしれない。
しかしそれを素直に言わないのもまた、男という生き物である。
「そんなことはないぞ、人生には充実感のある趣味が必要だ。そうでなくては面白くない」
「面白さのために、そんなモノのために命を張るのですか?」
「死にたくはないので、低いレートで張るがな。何にせよ、あれば面白い。そして、面白きことも無きこの世の中を面白くするためには、必要不可欠なものだ」
などと、大言を言うモノの、大して根拠のない話なので、実際どうかは個々人によるだろう。
私はそれで問題なさそうではあるが。
「男というのは馬鹿な生き物ですね」
反抗心と言うよりは、言われたら言い返すという実に子供っぽい理由で、私は、
「そうだな、女と同じくらいには」
と言った。
「・・・・・・どこが、でしょうか? 思い当たりませんね」
「そんな男に騙されたり惚れたりする。そして、情緒は豊かだが、理性よりも感情で判断する。鈍感であることが男の欠点ならば、冷徹に切り捨てられないのが女の欠点だ」
漫画のキャラが怒る際のマークが見えた気がした。気のせいではなさそうだ。
肩が震えている。
話に感動して、ではないだろう。
端から見たら喧嘩しているカップルか、別れ話の最中にしか見えないのではないだろうか・・・・・実に不本意だ。
そんなつもりはなかったのだが。・
「・・・・・・ほぅ」
そんな私の心境を知ってなのか(まさか心が読めたりするのだろうか? だとしたら手遅れ過ぎる気もするが)彼女、タマモは反撃開始だと言わんばかりに、言い放つのだった。
「聞きますが、「冷徹に切り捨てる」のではなくただ単にあなた達は「他の女に目移りしやすい」だけでしょう」
それはあるかもしれない。
私は女性と付き合ったことがないので、正直良くわからないが、しかしいくら何でも一人の女だけ見続けるというのは、どんな男でも不可能だろうとは思う。
性欲云々ではなく、疲れそうではある。
たまには離れて行動したいというのが、世の男の本音なのかもしれない。
男の本音というのは、科学技術が進歩しても、やはり変わらなさそうではあるしな。
「愛情と性欲は別だからじゃないのか?」
「そこです」と、タマモは計算の苦手な学生相手に計算ミスの起点となる計算式の間違いを正す女教師のように、鋭く指摘した。
「なぜ別々なのですか!」
何か嫌な思い出でもあったのだろうか? 何でも良いが、しかし私に問いただされても困るのだが・・・・・・。
しかし事実だと思う。
「愛情が増せば増すほど、性欲の対象ではなく愛情の対象になるからじゃないのか?」
「両立すればいいでしょう」
憤っているようだった。
一体何の参考にするつもりだろう。
この女の将来が不安だ。神に将来なんてモノがあるのかは、知らないが。
このバーも、人が少ないと言うほどではない。それなりに出入りする人間は多いようなので、騒がしい女の奇行は避けてほしいところだ。最も、この女は見てくれは良く、私服姿なのか、この惑星のファッションスタイルに合っている姿のようだったので、どのみち目は引いただろうが。
若干以上に扇状的なファッションだ。この女の趣味なのだろうか?
カウンター席に我々二人は座って談義していたのだが、痴話喧嘩と思われたらしく、バーテンダーからカクテルの差し入れが一つ、間にそっとグラスで進められたのを見て、大声で騒ぎすぎたとタマモは猛省しているようだった。
私は気にしなかったが。
気まずくなったのか、タマモは場所を移動し、店内にあるビリヤードを突き始めた。私もそれに習って台の前に立った。
「両立も何も、性欲の対象と言うことは愛情がないし、愛情の対象となれば性欲が無いというのは恐らく、両立できるモノではないだろう」
「甲斐性がないだけです」
手厳しいことを言われた。
甲斐性か、しかし、男ばかりが女を養うという風潮もそうだが、男女の関係性というのは、私には理解し難い部分がいくつかある。
ついでだ。作品のためにいくつか聞いてみよう・・・・・・人間の醜い部分を深く描写するためにも、良い機会だと言えた。
私はビリヤードをわざと失敗して、それから言った。
「なら、女の甲斐性とは何なのだ? 少なくとも人から聞く限りでは、家で家事もせずだらだらと寝こけていたり、あるいはしていたところで、そんなモノは男でも出きる奴は多いと思うが」
必要性が良くわからない。
家事もなにも、それだけならば定期的に人を雇うか自分でするか、少なくとも食事なら外食で済ませれば良さそうなものだ。
「何の役に立つのか、皆目見当もつかないが」
「ふん! 女は影ながら殿方を立て、支えるものです。昔の国家首領も同じ事を聞いたらしいですが、妻の支えがなければ大統領の素質があっても、ガソリンスタンドの店長で終わるものです」「具体的にどう立てるのだ?」
結果論だけ言われても納得行きようがない。
女が男を立てるというのは、成る程美しい話に聞こえるが、隣に立っているだけで結果後から言うだけでは、迷惑でしかないだろう。
「辛いときこそ支えるのが、妻の本分です。心を支え道を誤らぬよう誘導し、当人にも分からないようにうまい具合に誘導し、成功すれば立てて行き、常に共にある」
それが人を支えると言うことでしょう、と大きな胸を張って言うのだった。
しかし疑問も残る。
「辛いとき悲しいときに、自分で自分を支えられる人間には、何をするんだ?」
困ったような顔をして、彼女は、
「・・・・・・おいしい料理を作りもてなすとか」
「自分で料理が出きる場合は?」
自分で言うのもなんだが、大概は作れる。
科学の恩恵もあるが、女でなければ作れない料理というのも、いくら何でもないだろう。
なければ買えばいいしな。
「疲れた体を癒すとか」
「マッサージに行けばいい」
若干涙ぐみながら、彼女は、
「旦那様の味方をします。相手が誰であろうとも味方になり、後方から支える。これは妻でなくてはできないことです」
「味方が要らない場合はどうするのだ?」
と、私が言ったところで、若干素が出たのか、真顔になってタマモは言った。
「そんなことはありません」
と断言した。
断言できるモノなのだろうか?
味方がいなくても実利があれば、少なくとも私は生きて行けそうだが・・・・・・よくよく考えれば、そんな都合が良い味方など、居たこともない。
それでも金があればおいしいご飯は食べられるし、味方がいないことを孤独だの何だのと、嘆く奴もいるのかもしれないが、私からすれば煩わしいだけであって、結果が伴えばそれでいい。
世の中そういうものだ。
と、思ったのだが。
「味方がなくても生きていけるなど、ただの傲慢でしかありません」
「しかし、資本主義社会である以上、金があれば生活は出きるし、味方とは言えないが、文明の恩恵を得て力を借りることも可能だ。そもそも、人と人が手を取り合って、仲間だとか味方だとかそれらしい物を真実手にして生きてきた世界など、未だかつて聞いたこともないが」
それこそ小説の中の世界じゃないのか?
現実には金で何とかなるのだから。
「生きるだけなら、それも可能でしょう。しかしそれでは寂しくありませんか?」
「いや、全然」
それこそ押しつけがましい善意という奴だ。
あった方が人間らしいことは確かだ。
しかし無くても生きていける人間もいる。
大勢が愛情だのなんだのを大切にするからと言って、大切にする気持ちそのものが無い人間を数えないのは迷惑でしかない。
あれば私も豊かもしれない。
しかし無くてもやはり、私は特に不満もなく、生きていける。
愛情だとか友情だとかは、私にとっては「あれば便利でさらに豊かになれる」ものでしかなく、必要不可欠ではない。
コーヒーに砂糖を入れるか入れないかみたいなものだ。あれば良いが、無くても楽しめる。
強がりとかそんなものでもなく、事実そうなのだから仕方あるまい。なんだ、ゲームとか漫画とか、娯楽を楽しむのも、人生の醍醐味であって、人生を楽しむ方法は愛や友情だけではないと言うことだ。
「愛情を重んじすぎているだけだ。重要かもしれないが、しかし、人生それだけでゃあるまい。愛がなければ非人間的であり、幸せではないなど、自分たちの常識を押しつけているだけに過ぎんと思うが」
「それでも、私は愛がある人生の方が、豊かだと思います。一人よりも、二人が良い」
経験からくる発言なのか、やけに思い詰めた表情でそんなことを言うのだった。
知らないが。
なので、事実だけ言った。
「かもしれない。しかし、無理に二人でなければならないわけでもない。人間は一人でも生きていけるようになった。まずはそれを認めろ。その上で望むならそれを手に入れればいい。愛情は尊いが、それが全てではないと言うことだ」
こんな風に偉そうなことを言うのは大嫌いなのだが(年寄りじみている)しかし、口が滑った。 今後は気をつけよう。
まだまだ私は若いしな。
説教されるのも嫌いなので、つまり、私の場合ただ我が儘なだけかもしれないが。
タマモは納得行ったわけではなさそうだが、
しかし控えたようだった。丁度良いタイミングだったので、私は話を切り出すことにした。
「勝負をしないか?」
「何のですか?」
「目の前にあるビリヤードだ」
先程の私の失敗を見ていたらしく、余裕を表情に出しながら「良いでしょう」と彼女は答えた。 騙されたな。
チョロい女だ。
まぁ、案外私の方が騙されていて、分かっていて話に乗ったのかもしれないと言う可能性もあるにはあるが。
つまり、勝負は私の圧勝だった。
10
不機嫌そうに肉をほおばっている女のBGMには、ロングトレイン ランニンドゥービーブラザーズが流れていた。
ホテルのレストランにしては、良い選曲だ。
ビュッフェも中々いける。
しかし彼女は、いや女という生き物にはオールディーズの良さが分からないらしく、食事を奢らされた不満に憤りながら、肉を荒々しく口の中に運ぶのだった。
「美味いか? それ」
「こういった場では」
そう言って、タマモは口を開き始めた。
食事中に喋るというのはマナーに反するが、バイキング形式のビュッフェなら別に構わないだろう。タマモは牛肉、ラム肉、豚肉と、がつがつと肉ばかり食べるのだった。大して私はパスタ大盛りとアボガドサラダ、コーンスープにコーヒーとアーモンドという、軽食で済ませていた。
「普通、女性を立てるものと聞きましたが」
「それは古い考えだな。男女平等とか言う胡散臭い平等意識が根付いて久しい。最も、私からすれば「平等」などと言う胡散臭い物より、目先の実利が大切だ。故に、敗北した貴様に奢らせることに何のためらいもない」
強いて言うなら負けた方が悪い。
そう付け加えたところ、焼き意志に水というかどうもさらに怒りを加速させたらしく、
「意識ではなく、品性の問題です」
と言うのだった。
「それは悪かったな。負け犬に飯を奢るのもたまには良いかもしれない。どうだ、私が奢るから遠慮なく負け犬らしく貪るように食べるか?」
嫌な音がした。
からかっておいてなんだが、しかし猛獣が肉を食いちぎるような音を聞いて、この辺にしておこうかと、今更ながら私はジョークを控えるのだった。まぁ、本当に今更だが。
「それで、何のようです?」
こちらからすれば聞くべき事は明白だが、しかし確かに彼女からすれば意味不明だろう。
あの女、私に幽霊の手裏剣などと言う便利なんだか良くわからない武器で私を圧倒したフカユキという女の、その武器の出所についてだ。
他にそんなふざけた武器を貸し出せる奴が居るとも思えない。
そう考えていたのだが・・・・・・。
「違います」
にべもなく言うのだった。
そんな馬鹿な。
この女はサムライの総元締めじゃないのか?
「じゃあ他に誰がそんなことをする?」
「さあ、私以外にも暇を持て余した人外の存在は大勢居ます。何せ、人類は地球を見捨て、科学の恩恵に頼りきりだというのですから、神々は暇を持て余して当然です」
まさかそんなことになっていたとは。
暇を持て余したからって、あんな便利な殺人道具を配り歩く必要もあるまいに。
まぁ、その「便利なオカルト殺人道具」を使って儲けたり寿命を延ばそうとしている私のような作家が言うと、なんだか説得力がないかもしれないが。
構わない。
私のような人間が言う綺麗事に説得力が宿るような事態になれば、それは世の中が末期の時か、あるいはその手前だろう。
つまり人類はいつだって、その手前なのだ。
こうなると仕方ない。この女から情報を聞き出して策を練ろうと思っていたのだが、こうなると聞けることだけ聞いておこう。それくらいしか現状、できることはない。
「他にも聞きたいことがあるのだが」
「また仕事の話ですか? うんざりです。聞きたくありません」
と言うのだった。
ともすると依頼の達成よりも、この女の機嫌を直すことの方が難しくなりそうだ。そもそも、私は「幽霊の日本刀」の力を借りて始末するだけであって、私個人は大して労力を消費しない。剣豪の記憶でも埋め込まれているのか、私のようなペン以外握ったことのない人間でも、あっさり目的を毎度、達成できるからだ。
まぁ構わない。
私は作家であって、始末屋ではない。そもそもが本分ではないのだから、むしろここは「女心」の研究と解析が出きれば、手裏剣女に襲われたことも忘れてやっても良いし、アタッシュケースの始末などと言うつまらない労働にも、やる気が出ると言うものだ。
作品のネタになれば。
どんな仕事であろうが、無論、金になることは必須ではあるが・・・・・・今回は前金を貰っている。 問題なかろう。
「そうだな、わかった」
そう言って、意識を切り替えた。
こういう状態の女は頑固である。だからこそ丁寧にほぐして行かねばあるまい。なんにせよ、しばらくつまらない依頼については忘れよう。
しかし何がいいだろう。
何を言えば気がほぐれるだろうか・・・・・・。
「ではこのあとケーキバイキングにでも行かないか? 私は甘いものが好きだからな」
男性に対して「好きではなさそうなので」と言う理由から言い出せない女性が多いらしいが、しかしそんな嗜好は人による。
私は好きなので問題ない。
女は甘い物が好きだ。感情で生きる彼女たちからすれば、そういった直接幸福を感じ取れる物は好みなのだろう。食べ物以外ではジェットコースターだとかだろう。勿論これにも個人差はあり、活動的な女はそう言う物が好みの傾向があるように思えた。
そして彼女が、タマモが神々のようなモノなのならばだが、嗜好品が嫌いな神などいまい。偽名かもしれない以上実は魔王だったと言われても仕方ないが、人外であることは間違いない。
案の定表情が崩れた。
大人ぶっている小娘だと踏んではいたが、やはり当たりだったようだ。まぁ、たいていの男女はそう言うものだが。
年を取ったところで、神も人間もそんな急に成長したりはできないものだ。
「甘いものですか、まぁ、いいでしょう」
との答えが出た。
私はさりげなくこの女の好みを観察してある程度当たりをつけた上で、バイキングの中から食べ物を献上することにした。
何がいいだろう。
タコ料理でも持って行ってからかってやりたいところではあるが、そう言うわけにも行くまい。 無難どころでも駄目だ。
悩んだ末、私はフランス料理らしい大仰な焼き魚を皿に載せ、その上でサラダで盛りつけをし、そして煎れたてのコーヒーをもう片方の手で掴んだ上で、テーブルに戻った。
「雰囲気的に似合うかと思ってな」
などと言うのだった。
そして、
「美しい女には見栄えの良い食事と、コーヒーか紅茶が似合うと思ってな。まぁ、大人の女性にはコーヒーが似合うし、目の保養になると思ったのだが」
実際には紅茶の種類が良くわからなかったからだがしかし、まぁ言うまい。
この方がそれらしいだろう。
女を相手にするのならば、まず口を動かさねばならない。男と違い、口上だけでも傷ついたり喜んだりして、またそのことを覚え続けていたりするモノらしいからな。
この辺りは単純に、男と女、比べれば別の生物と言って良いくらいの差がある故の、それ故の理解の及ばなさであったり、行き違いなどで別れたりくっついたりまた別れたりするらしい。
私は女性ではないので、知ったような口を利くのは危険だろう。何にせよ、私も女に詳しい訳ではなく、非人間故とでも言えばいいのか、皮肉なことに「人間らしさ」がまるでないからこそ、私は人間を深く追求した上で理解できる。
何とも皮肉な話だ。
作家向きではあるが。
「まぁ、いいでしょう」
経験から女は自己満足の善意が多い。善意の押しつけから始まり、無理矢理押しつけておいて「さぁ良い事をしてやったのだから借りを返せ」とほざくのだ。
この女がどうかはともかく、女にはその傾向が多い・・・・・・男はどうだろう?
悪意や害を及ぼしておいてそれらをあっさり忘れておいて勝手に水に流そうとする辺り、男も似たようなものだろう。
重要なのは男も女も、自己満足で済ませる気かそれとも、真に相手を思いやっているかどうかなのだと思う。
私のように即物的すぎるのもなんだが、現実的に役に立たなければ、男も女も自己満足の押しつけで終わり、ただ迷惑で害悪でしかない。
私はそう言った人種を毛嫌いしているので、そうはならないようにかなり気を使った。
「それは有り難い」
そういって次のプランを考える。
女の喜ぶ行動か。考えてみれば良い作品には良い女が不可欠だ。良い機会だし、考えてみよう。 プレゼント。これは簡単だ。売っているモノの中から選べばよい。無論、手作りに越したことはないが、しかしそんな時間的猶予はない。
記念日。残念だがこの女の名前は自称であり、詳しい経歴が分かればありそうなものだが、「実はあれは偽名で本当はただの人間でした」などと言われれば、適当に当たりをつけて記念日を祝うわけにも行かないだろう。
誠意。この言葉は嫌いだ。綺麗事で済ますのは誰かを騙すときやからかうときならばともかく、「誠意らしきモノ」でお茶を濁し、結果や事実を曖昧にするのは好みではない。
ならばどうするか。
雰囲気で私は攻めることにした。雰囲気と言えばこの女は百戦錬磨、男を手のひらで遊んできましたみたいなすました顔をしているが、しかしそういう女に限って内面は少女である。
つまりシンプルに行くのが得策だろう。
「口元が汚れているぞ」
そう言って私は彼女の口元をやや強引に拭くのだった。まぁ簡単に言えばスキンシップである。しかし子供扱いされたことが悔しかったのか、
「いりません」
と言ってハンケチを取られてしまった。中々高い一品だったのだが。
しかし、効果はあるようだ。
心なしか、気のせいかもしれないが、緊張がほぐれた顔をしている。
やったか?
「女性に対して強引すぎる男は嫌われますよ」
どうしろというのか。
放っておけばどんどん不機嫌になり、手を加えればそっぽを向きながらこんな事を言う。
まぁ、我が儘な自分に付き合わせて男を振り回すのが、好きなだけかもしれないが。もしそうだとすれば、とんだ悪女ぶったお子ちゃまだ。
面倒だが、まぁこれも作品のためだ。そう思っておこう。作品のためだと思えば、作家は大抵のことは我慢できる。
もっとも、金払いが悪ければ、私の場合あっさり書くのを止めてしまったりすることもあるので純粋に「作家としての矜持」みたいなモノに従って生きているわけでもないのだが。
作家としても邪道だからかもしれない。
作品は無論、世の中を斜に構えるだけでなく、人間の醜さ、裏切り、追いつめられた人間の本省などを書くのが大好物だ。勿論プロなので、書けと言われれば純愛だの何だのと言った「現実にそんな都合の良いことがあるわけ無いだろ」と思える作品も執筆可能だ。
と、言うよりも、ハッキリ言って単純な作家としての能力だけならば、私はずば抜けて優秀だ。 3時間で十ページは書ける。
ゆくゆくは2時間、1時間、30分と短縮できるだろう。早ければよいってモノでもないし、まぁ現状でも私がその気になれば3日徹夜で作品一冊を完成できるのだから、焦っても仕方ないが。 何にせよ、指が痛むし、そんな早く書いても私にはあまりメリットがない。強いて言えば、どれだけ手を抜いても2ヶ月に一冊は完成できるのだから、プライベートを充実させることは容易でしかなかった。
他の作家は頭を捻っているらしいが。
まぁ、知らん。
私の場合、考えながら書くので早い。しかも普通にタイピングするよりも早く、筆がノっていれば一秒5文字、2分で原稿用紙二枚は書ける。
事前にアイデアを固めたりはするのだが、しかしどうしても書いている内に関係ない方向へ話が進んだりして、しかもその方が良かったりするのだから、必要ない。
物語には流れがある。
案外物語とはそれ単体で生きているのかもしれない・・・・・・そうでもなければ何か電波を受信しているとかでなければ、自分で言うのもなんだがここまでの速度では執筆できないだろう。
累計でも長くて80時間で作品は完成する。
つまり二週間くらいコーヒーを飲んでチョコをかじりながら執筆していれば完成する。
そう言う意味では、早さだけでは意味がない。 重さが必要だ。
作品の、物語としての濃厚さ。
読者の魂に直接響く、何かだ。
その何かには間違いなく女心は含まれているだろう事は明白だ。人類の歴史の半分は女であり、半分は男である。
せいぜい勉強するとしよう。
そのために、「強引すぎる」と言われた私は、素直に謝ることにした。
この私が。
素直に謝る。
まぁ、言っても仕方あるまい。女に誠実さみたいなモノをストレートに言えばどうなるか? 知りたい気もするしな。
「すまなかった。一人の女性に対して、失礼ではだった」
彼女は目を見開いて目をそらし、「すみませんでした」と言った。
「少し、気が立っていたのかもしれません」
「何にだ?」
「ここの所、命を狙われる機会が」
私を一別して、
「多かったものですから」
と言った。
「おいおい、私はお前が」
「タマモです」
「タマモが」
細かい奴だとは言うまい。
女は皆こんなモノだ。
「狙われたとき、身を危険にさらしてでもその依頼を蹴ったはずだぞ」
などと、心にもないことを言った。
「どうせ、寿命が延ばせなくなるとかでしょう」 図星だった。
まあ仕方あるまい。
この女との付き合いは、仕事上のモノとは言え長いのである。見透かされても当然だろう。
構わないが。
「身の危険から救ったことがあるのは、事実だ」 と言ってやりたかったが、大人げない気もしたので控えることにした。代わりに、
「そうだな、だから私に恩や情を感じる必要は無いぞ。ただ必要だから助けただけだしな」
当然ながら皮肉というか、女は言葉の上でも甘い言葉をささやいてほしいものであり、ましてや形はどうあれ救われたら、どうしても恩や情を感じてしまう生き物なのだ。
私の思いこみの可能性もあるが、それならそれで構わない。
右を向けと言われれば左を向き、止めろと言われれば断行し、知られたくもない事だけは知っていて、相手が何であろうが見下して見る。
それが私だ。
多分な。
「・・・・・・・・・・・・そうですね。礼は言いません。あくまでも仕事上の付き合いですから」
そう言って拗ねるのだった。
目論見通りであり、楽しかったが、まぁそれはそれとして今度は逆、つまりこの女の機嫌を治してやるとしよう。
「つれないこと言うなよ。私は一心同体だと思っていたのだが・・・・・・どうやら私の片思いだったかな?」
顔面に羞恥と困惑が混ざっており、有り体に言えば楽しくて面白かった。
さて、どうするか。
どうせなら女心とやらをもっと学びたい。女の心情が無い物語は宇宙共通でつまらない。
男は女を知りたがり、女は男を知りたがる。
それが世の常と言うものだ。
「ところで、一つ提案があるのだが」
「何でしょうか?」
「一緒にデートに行かないか?」
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