ミスティー・ナイツ(第33話 猿芝居)
「明定様が、今お見えになりました」
その声は、執事のものだ。彼は有能を絵に描いたような男で、鶴本のお気に入りだった。
まるで映画『日の名残り』でアンソニー・ホプキンスが演じたような風格のある執事である。
「よくもまあ、おめおめと姿を現しおって」
鶴本は、自分の口調の苛立ちに気づいた。おそらく顔は鬼面のように険しくなっているだろう。
「いかがいたしましょう? 明定様には、お帰りいただきますか?」
「別にいい。ここまで通せ」
鶴本は、よく研いだ槍のように尖った口調でそう命じた。
「かしこまりました」
足音が遠ざかってゆく。しばらくしてから、今度は2人分の足音が近づいてきた。一人は執事、もう一人は訪問者だ。
「入っていいぞ」
鶴本が声をかけると、障子が開いて、明定が現れた。彼は突然、畳に頭をこすりつけるようにしながら土下座をした。
「このたびは、まことに申し訳ございません。本来ならば、先生に合わせる顔なぞないのですが、恥をしのんでここまでやって参りました」
明定の言動は、いちいち芝居がかっていた。
先日学芸会に出た、鶴本の小学生の孫でも、もう少しマシな演技をしたものだが。
「カジノの金を奪われ、王冠も奪われ、大勢の部下が、ミスティー・ナイツによって殺されたそうだな。しかも貴様は人質として拉致されて、眠らされている間に体中を縛られて、新宿の公園に捨てられていたそうだが」
「ははあっ」
明定はまるで、水戸黄門を相手に土下座する悪代官のような反応をした。
「全く情けない限りで。しかし、ご安心ください。すでに配下の者がミスティー・ナイツを探しております。草の根分けても奴らを探しだし、王冠と現金も取り返し、盗人共を皆殺しにしてやります」
「確かこっちに寝返らせた者がいたな。その2人はどうしたのだ」
「2人のうち1人は仲間を殺そうとしたところ、逆に返り討ちにあってしまったようです。もう1人は失踪して、現在行方不明です。しかし、あいつらの仲間にも相当死傷者が出ています。全メンバーの解明と全滅も、それほど遠い先ではないかと」
「貴様にとって、今度が最後のチャンスになる」
鶴本は、明定の顔を見ずに話を始めた。
「これ以上のヘマは許さん。次は、ないと思え。それとお前達だけでは不安なので、他の連中にも声をかけた。殺しと探索のプロだ。おそらく私の期待通りの動きを見せてくれるだろう」
「これは、ありがたき幸せ。このご恩は一生忘れません」
感極まったような口調で明定がそうほざいた。
「これ以上失敗はいたしません」
明定は顔を上げぬまま、泣き声でそう言った。全身が小刻みに震えている。
(そろそろこの男とも縁を切る段階かもしれん。あまりにも大きなミスをしでかしたし、おれの築き上げた利権のネットワークの一部始終を知りすぎている)
強大な権力を持つ代議士は、明定の方を見もせずに、そんなふうに考えていた。
本土に戻った美山達は、雲村博士の研究所に向かった。
それは多摩地区にある3棟からなるビルで、中央のビルが8階、両脇が6階建てである。5階部分で、ビルとビルとをつないでいる空中通路が走っていた。
以前訪れた時は地中からせりあがってきた砲台の迎撃を受けたのだが、今回は恋花が無線で防御システムを止めたので、美山達は安全に研究所へ到着できたのだ。
潜水艦乗り達は、それぞれの家に帰したので、ここまでついてきたのは美山と恋花の他に、海夢、衣舞姫の4名である。
「おれは、鶴本に復讐戦を挑むつもりだ。みんなの考えを聞かしてもらいたい」
美山は、そこにいた全員に宣言した。
「おれは1人でも、奴を潰す。みんなに無理に加わってもらおうとは思わない」
「あたしも一緒に戦います」
恋花が釘谷に加勢した。
「博士があんなふうになったのも、悪い人達に洗脳されたからだと思うんです。だからあたし、雲村先生の敵討ちがしたいんです」
「そこはよく考えた方がいいと思うよ」
やわらかな口調で反論したのは海夢である。
「可愛い娘さんが、簡単に命を捨てるような行動に出ちゃいけない」
「さっすが、プレイボーイらしい台詞」
横から突っこんだのは、衣舞姫である。青白い不健康そうな顔に、冷笑を浮かべていた。
「急いで答えを出す必要はない」
美山が皆を見渡した。
「しばらくここでゆっくりしてから、結論を出してもらっても構わないんだ。抜けたい者は遠慮なく抜けてもらえばいい。取り分の分け前は全員に配ったしな」
「復讐するだけなの。鶴本から、さらにお金を強奪しないんだ」
質問したのは衣舞姫である。
「それは、いい提案だ。ただしそれをやったとしても、奴らはさらに怒り狂って、復讐戦をしかけてくるに違いない。どこかで鶴本の息の根を止めないと」
「息の根を止めるって、鶴本を殺す気かい」
「場合によっては。そこまでいかなくても、徹底的なダメージを与えたい」
「よほどの場合じゃない限り、殺しはしないのがあたし達のポリシーだったんじゃなかったっけ」
衣舞姫が問うた。
「確かにな。が、時と情勢による。下手したら、こっちが奴らに殺されかねないのが現状だ。おれはまだ死にたくない。少なくとも、やられた仲間の仇を取るまでは死ぬに死ねん。鶴本は政界の実力者で、強大な権力の持ち主だからな。政界ばかりか財界、官界、外国の要人にも大きな影響力を持っている。よほど覚悟を決めてないと、ハエみたいに叩きつぶされる」
誰も発言しない。美山は周囲を見渡した。めいめいが、沈思黙考しているのだ。
鶴本が持っている強大な権力に、一体どこまで立ち向かえるか、悩んでいるのかもしれない。
奴に抵抗するというのは、日本政府にケンカを売るようなものなのだ。
所詮はミジンコのようにちっぽけな自分らに、一体どこまで戦えるのか、正直美山も不安である。
今までは、どうにかこうにかやってきたが、今度も抵抗できるのか。何しろ相手は国家権力をバックにしてるのだ。
「鶴本の悪行をばらすってのは、どうかしら」
提案したのは衣舞姫である。
「警察に、あいつを捕まえさせるのよ」
「そいつは、無理だ」
否定したのは美山である。
「この国じゃあ、いや、世界中どこでもそうなんだろうけど、警察もマスコミも司法当局も全部グルだ。絶対に鶴本が逮捕されるはずはない。過去に一部のマスコミが、鶴本がらみの汚職を報道した時がある。捕まったのは下っ端のザコだけだ。とかげの尻尾切りって奴だ」
「全国警察の姫崎ならどう。それと、月刊カオスの編集長」
「なるほどね……この2人なら食いついてくれっかな」
「一応あたし、鶴本の闇の部分を調べてみるよ」
横から口をはさんだのは衣舞姫である。
「助かる。手持ちの武器は多けりゃそっちがいいからな」
「そんなにあせって結論を出さなくてもいいでしょう」
海夢が横から割りこんだ。「しばらくは、みんなここにいればいい」
「雲村博士は、敵と内通してたのよ。この場所も、すでに奴らは知ってたかもしれない」
衣舞姫が言った。
「コノびるニ、外部ノ人間ハ、今マデ来テナイ。雲村博士ハ鶴本ノ部下ト、外デ会ッテイタノダロウ。ろぼっと、嘘ツカナイ」
自信たっぷりにキャロッティが否定した。確かにロボットは、嘘をつかないかもしれない。
が、もしかしたら雲村は、嘘をつく能力をキャロッティに与えたかもしれない。
「仮にこの場所がばれてたにしても、ここは要塞みたいなもんだ。砲台もあるし、簡単には落ちんだろう」
美山は皆に説明した。それを言うならフォルモッサも『要塞みたいなもの』だったが、そこを指摘する者はいない。
内心不安に思っても、それをおくびにも出さないだけなのかもしれない。
その後研究所にあった雲村博士の遺品を整理したら、やはりというか、ホログラムを投影する機械が出てきて、案の定『ムー帝国の皇帝』を、それで投影できるようになっていた。
「今思えば、博士と西園寺の猿芝居だったんだな」
ため息と共に、美山は吐き出す。