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コールド・スリープ(SFショートショート)
あらすじ
未来の日本。不治の病に犯されている主人公は、自分の病気を治せるようになるのが10年後と知り冷凍睡眠に入って10年後に目覚めるよう設定するが……。
私は不治の病に犯されていた。私は現在70歳だが、まだ生きたい。尊厳死を選ぶつもりはなかった。
70歳とはいえ、抗老化手術を受けているので鏡を見れば40歳ぐらいに見える。
この地球で最高の医師に聞いたところ、私を治す薬が開発されるのは、早くても10年後だと返事が来た。私は成功した製薬会社の会長で、巨万の富を築いている。
自社の研究員に私を治す薬の開発を命じたが、やはり早くても10年かかるとの返答だ。
色々考えたあげく、冷凍睡眠を選択すると決めた。覚醒はやはり10年後が良いだろう。
その時まだ薬ができていなかったら、またさらに10年コールド・スリープに入れば良い。
会社の社長で1人息子の成男(なるお)には10年以内に薬ができたら起こすよう命じた。
私の会社の系列企業でも冷凍睡眠を扱っている。私は自社製のコールド・カプセルに入り、人工冬眠についたのだ。
夢の世界で過ごした後、私は脳内に響くアラームで、眠りから起こされた。カプセル内の日付表示を見ると、まだ1年半しかたってない。
どうやら10年経つ前に、薬が開発されたようだ。私は自分でカプセル内のボタンを押す。
カプセルの透明な蓋が左右に分かれて開く。私は自分で体を起こす。外には1体のロボットが待ちうけていた。
このロボットも私の会社の系列企業で開発した製品だ。
大きさも形もドラム缶に似ており腕と脚が2本ずつ、ボディーの上に球体の頭部がついている。
頭部には横長の直方体のカメラアイがあり、その下に口がわりのスピーカーがついていた。
「治療法ができたのか」
私はロボットに聞いた。嬉しさのために、声がはずんでいるのがわかる。
「残念ながら、違います」
ロボットは、穏やかな声で否定した。
「だったら何で、起こしたんだ」
私はロボットに対して怒声をあげる。てっきり自分の病を治す薬ができたと信じたので、裏切られた思いであった。
「そもそも息子や、私の会社の重役陣は、何をしておる。何かあったらあったで、あいつらが迎えに来るのが筋だろうが」
私は、ロボットに八つ当たりをする。
「残念ですが、皆さますでに、お亡くなりになりました」
「なんだと。あれから1年半しか経っとらんだろう」
私は怒鳴った。
「ウィルス兵器がある国の研究所から流出したのです。1年で全人類に感染し、その1か月後全員が死んだのです。全人類に感染するまで症状が現れないので、誰も気づかなかったのです。ワクチンや特効薬を開発する暇はなかったんです」
にわかには信じられない話だ。私は病身を押して、カプセルの外に出る。
「現在の地球の状況です」
ロボットが室内の一角を指差すと、そこにホログラムが浮かんだ。最初に映しだされたのは東京である。
路上のあちこちに、人が倒れていた。一部の遺体はすでに腐敗が進行し、野良犬の餌になったりハエがたかったりしている。
「犬には感染しないのか?」
私は聞いた。
「しませんね。人間だけに感染するように開発された菌のようです」
ロボットが返答した。その後日本国内や海外の主要都市の映像にランダムに切り替わったが、どこも最初に観た時と同じ死屍累々が横たわる地獄のような光景が広がっている。
あまりの惨状に、私は言葉を失っていた。
「どうされますか。会長以外の人類は絶滅しましたが」
永遠にも思える時が過ぎ去り、私はようやく口を開く。
「残念だ。もはや、死を選ぶしかない。尊厳死させてくれ」
「わかりました。それでは、会社の施設で薬物注射をいたします」
私はカプセルを出て、会社の施設に向かって歩いた。
本来なら立会人が必要だが、他の人間が全員死んでしまったから仕方ない。
私はロボットに指定されたベッドに横たわる。そこへ医療ロボットが登場し、私の左腕に注射を打つ。
人生の最後が、これほど孤独なものになるとは予想外だった。
やがて睡魔が訪れる。いつしか私は両目から涙を流していた。
高江洲成男(たかえす なるお)は、会議室にいた。そこにはタカエス・カンパニーの重役陣が集まっている。
「残念だが、父が亡くなった」
成男は自分が沈痛な面持ちになっていると思われるように目を伏せて、声を落としながら発言した。
「でも会長は、コールド・スリープに入ったのでは? カプセルの中にいたら、亡くなるとは思えません」
重役の1人が割りきれない表情を浮かべて、成男に聞く。
「それが直前で突然怖くなったらしく、会社の施設とロボットを利用して、勝手に尊厳死を選んでしまったんだ」
成男は、答える。だが、それは嘘である。
実際は冷凍睡眠に入った父親をロボットに起こさせて、精巧なCGで作った人類滅亡の映像を見せ、父を尊厳死に追いこんだのだ。
成男にとって父は邪魔な存在だった。これ以上長生きしてほしくなかったのである。