(SF小説)『女子会は、終わらない』第1話 ミュウ
あらすじ
変貌した未来の日本を描いたSFです。
めざめると、壁にかかった時計の針が10時をさしていた。
わたしはふかふかのベッドでしばらく、頭の中に埋めこんだナノメディアのアラームが鳴らない土曜の朝を楽しんだ。
やがてゆっくり起きあがってベッドに腰かける。頭の中のナノメディアから脳波を送ってホロテレビをつけた。
タカ派で有名な、ジャパン・エリアの尾辻(おつじ)議員のホログラムが寝室の一角に浮かぶ。ニュースの時間だ。
頑固そうに結ばれた口元。よく通る大声。攻撃的で、どなりちらすような口調。
尾辻さんの主張は聞かなくてもわかるほど浸透してる。
曰く『他の地域が再軍備する前に全廃した軍備を復活しろ』曰く『日本の伝統を守れ』曰く『日本人としての誇りを持て』いわく『日本人は世界で最も優秀な民族だ』。
他の民族を差別する表現を使うのもしょっちゅうだ。
尾辻のように他の民族を馬鹿にするのも、他の民族に馬鹿にされるのも、わたしは嫌だ。
日本は素晴らしいけど、他の地域だって魅力がある。他の民族を馬鹿にしたり、蔑まないとと日本に誇りを持てないなんておかしい。
でも、そんな考えに共鳴する人がそれなりにいて、その人達は尾辻議員が党首を務める再生党に投票していた。
ニュースで尾辻代議士が党首の再生党が次のジャパン・エリア選挙で躍進し、300議席のうち30議席は占めるだろうとの見通しを報道していた。
こんな党が勢いを増すなんて、世も末だ。ナショナリズムの激化が戦争の原因だったのに、その教訓を忘れたんだろうか。他の地域が再軍備するかもしれないから、その前に日本がそうすべしという主張は相当歪んでいる。でも海外でも似た主張をする人達がいるのも確かだ。
そんな思いをめぐらせていた時布団の中から、飼い猫のミュウが鳴き声をあげた。ミュウが布団から顔を出す。
ミュウは黒猫で性別はメス。目はグリーン。わたしは思わず彼女の毛なみに頬ずりをした。この愛らしいスイートハートは胃腸が人工臓器なので、食べた物や飲んだ物は百パーセント消化する。
本来排泄物として外に出る物は原子レベルまで分解されるので排泄はしない。それは富裕層の一部も生体改造で行っている。
そのうちわたしのような庶民も含めて、全ての人がそうなるかも。ミュウとしばらくじゃれあって、互いの愛を確かめあった後、わたしは窓を覆ったカーテンのそばまで歩いてそれを開け、晴れ渡った景色を見た。
青い空に白い雲。立ち並ぶ家。人類が一度は失いながら、何十年もかけて取り戻した光景だ。
スズメの鳴き声も聞こえてくる。戦争で絶滅したが、スペースコロニーで繁殖していたスズメの一部を地球に戻し、再繁殖させたのだ。
輝く太陽に照らされて、外には広い庭が見える。戦前なら、お金持ちしか買えなかった大きな敷地だ。
戦争で人類の9割以上が死んだので、生き残った人達は広い家と広い庭を所持できた。日本の家は北米なみに大きな家が増え、恐竜でも飼えそうな勢いだった。
実際一部のお金持ちは太古の琥珀に閉じこめられた、恐竜の血を吸った虫の体内から恐竜のDNAを再生し庭で飼っている。
大抵は草食恐竜だが、ティラノサウルスを飼って、飼い主が食い殺された例もある。大型恐竜をたくさん飼って、えさ代で金がかかりすぎて破産した富豪もいれば、恐竜が逃げだして、大騒ぎになった例もある。
大半の家は戦争が再び起きれば、空襲警報と連動して周囲からドームがせりあがり、核攻撃から家を守るようにできていた。
もっとも戦争で懲りた現在の人類は一発の核兵器も持ってないし、核どころか、通常兵器も所有してない。
今ある武器といえば、警官の持つショックガンぐらいだ。なので最近できた家には、防空ドームのない屋敷も多い。
また大地震の発生時には、どの家も揺れを感知してジェット噴射で屋敷ごと上昇し、状況が収まるまで空中に浮遊する事も可能だ。
うちの庭をぼんやりと眺めていると、花壇の隅の地面から、まるで異世界から登場した妖精のように、突如草の芽が現れる。
それはわたしが見つめている数分のうちにやばい速度で成長し、葉っぱをつけた茎となって、最後には青い花がほころんだ。
まるで録画した映像を早回しで見ているような感覚だ。みるみるうちに綿毛となり、無数の胞子が風に乗って飛びはじめる。
これはイソギソウである。この地球が核戦争で一旦滅び、不毛の荒野ばかりとなった時、大量に植えられた代物だ。
元々火星のテラフォーミング用に遺伝子操作で開発された。通常の植物より早いスピードで成長し、周囲に胞子を巻きちらして増えてゆく。
土壌に含まれた放射能を無毒化する性質もある。色鮮やかな青い花をつけるのは、核戦争で絶望に突きおとされた人類を励ますという意味もあった。
今ではどこの駅にもある、自殺防止用の青いライトと同じ効果を持つ。地球上の生態系が安定した今となっては、逆に周囲の自然環境に悪影響を与えるので、イソギソウだけを食べるよう遺伝子操作されたバッタやアオムシの卵を大量に散布して減らしたのだ。
それでも、時たま未だに残っているイソギソウがあり、今のような光景を見せてくれる。
ところで今夜は由美と梨奈とわたしの3人で女子会だ。昨日は朝から上司にガミガミ言われて落ち気味だったけど、みんなでトークれば嫌な思いは忘れられるに違いない……いや、そうあってほしい。
地球上の陸地や海の放射能除去はかなり進んだが、海水浴やサーフィン等、戦前の娯楽は消滅したのである。
今の世界は国家もない。日本もアメリカも中国も、今では世界同盟内の一地域である。18歳以上の人は誰でも、5年ごとの選挙で世界同盟の大統領を、脳内のナノメディアから投票できた。
今や人類は一つの民主政体に所属している。地球に住む2億人と、スペースコロニーや宇宙ステーション、月や火星等宇宙に住む人達1億人を入れた合計3億人の全人類で、一つの国家を作っていた。
21世紀末起こった戦争で激減した人口が、22世紀半ばになって、ようやくここまで回復したのだ。
部屋で映画を観終えた後わたしは肩をいからせながら家を出て、最寄の駅から電車に乗った。
わたしは電車に乗りこむと、空席に座った。戦前の都内の電車はいつも混雑していたそうだが、現在では、それほどでもない。
ホロテレビで戦前の画像を以前観たけど、恐ろしいほどの混雑ぶりで、よくあんな物に乗っていたもんだと思う。
母方のおばあちゃんの話では、あまりにひどい混雑だと、まっすぐ立ってるのさえ難しく、痴漢も多かったそうだ。そんな時代に生まれずよかったと思う。
そもそも今は、職種にもよるけど毎日オフィスに通う必要はない。自宅でのパソコンや3Dフォンでのやりとりで、仕事が終わる時も多い。
今宵は都内のイタリアレストラン『カッシーニ』で女子会がある。仲良しの3人で、食事するのだ。
最寄りの有楽町駅を降りて出口から地上に出ると、リキシャが見えた。他でもない、人力車の事である。
戦前にも観光用のリキシャはあったが戦争直後のエネルギー危機もあり、特に年配の人は近距離ならリキシャを使う人も多い。
これから行く店は駅から歩くには少し遠いけどタクシーを使うには近いので、リキシャを使う事にした。
「イタリアレストランの『カッシーニ』ってわかりますか」
わたしはリキシャを引く運転手に尋ねた。リキシャの引き手だけあって、レスラーみたいな体格だ。
「もちろんです。人気スポットですから」
リキシャの引き手は気持ちのいい笑みを浮かべた。
「じゃあ、そこまでお願い」
わたしはリキシャのドアを開けようとしたが、運転手が先に開けてくれたので、礼を述べて、籠に乗る。ドアを閉めるのも運転手がやってくれた。
「じゃあ行きますよ。出発進行」
引き手はちょっとおどけた口調で声をあげると、やがてリキシャを引っぱりはじめた。ゴムのついた車輪が、軽やかにアスファルトの道路を走った。しばらく進むと『カッシーニ』が見えてくる。
おばあちゃんの話では戦前もこの店はあり、結婚前は会社帰りによく行ったそうである。
外国から飛んできた核ミサイルが東京を一瞬にして焼け野原に変えてしまい、昔の『カッシーニ』も瞬時に蒸発した。
戦争が終わり新しく開発された装置が地球上の放射能をすっかり除去して、再び東京に都会が作られ『カッシーニ』も再建されたのだ。
店員達はたまたま戦争当時、南極へ旅行に行ってたので助かったのである。
母方のおじいちゃんとおばあちゃんもちょうどその時仕事の関係で宇宙ステーションに住んでいたので、核戦争で死なずに済んだ。
一方父方のおじいちゃんとおばあちゃんの方は、その頃スペースコロニーにいた。
宇宙で骨を埋めるつもりだったが、崩壊した故郷の日本を建てなおすため、地球に戻ってきたのである。
そして息子が生まれ、わたしのママと結婚したのだ。
歴史のサイトやホロテレビのドキュメント番組やおばあちゃん世代の昔話を総合すると、戦前は世界中で危険なナショナリズムが吹き荒れていた。
20世紀のイデオロギーによる東西対立の代わりに21世紀には国家間、民族間、宗教観の対立が深まった。
核を持たなかった国々が核を保有し、戦争の危険は日増しに強まったそうである。日本も核ミサイルを開発し、周辺諸国に照準を向けて配備された。
周辺各国が作ったミサイルの矛先も、日本に向けて配備される。国だけではない。どの政府にも属さないテロリストも小型の核兵器を持つようになった。
戦前にも過激派の使用した核兵器によるテロ事件が世界各地で起こっている。
20世紀の東西冷戦後、独裁国家が次々と倒れ民主国家が増えたけど、21世紀も半ばになると外国との戦争を煽る政治家が民主的な選挙で、どこの国でも次々当選するようになった。
平和を唱える人達は刑務所に入れられ、言論の自由を制限する改憲が、日本でも他国でも多くの国で行われたのだ。
反戦デモに軍が銃を撃ったり、戦争反対を唱える党が非合法化されたり、軍の横暴を批判する新聞社が焼きうちにあった。
そして多くの国で、少数民族への迫害が強まる。そんな状況が過熱し世界戦争が勃発した。
https://note.com/calm_cosmos667/n/nb91de2f9a4af