探偵は、死んではいけない(ミステリ小説第2話 季節荘の4人の容疑者)
義我は美咲と一緒にマンションのエレベーターに乗り、地下に向かうボタンを押した。そこに駐車場がある。
駐車場には美咲が乗ってきた黒のベンツの姿が見えた。
義我は自分の車を駐車するスペースとは別に来客用の駐車場を借りており、そこにベンツは鎮座している。
美咲が運転席に乗り、義我は後部座席に座った。その時である。急に気分が悪くなった。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですが」
心配そうな表情で、美咲が聞いた。
「大丈夫です。しばらくすれば、よくなります。元々体が弱いもんで。長生きはできないかもしれません」
「まだ若いのに、そんな弱音を吐かないでください。あなたのような名探偵は、まだまだ長生きして、早死にしてはなりません。義我さんの著書も読みましたけど面白かったです。また書いてくださいね」
著書というのは義我が出した古今東西の犯罪者について書いた本の話だろう。おかげ様でそれなりに売れ、重版を重ねていた。
義我の兄が経営するグループ傘下の出版社から出た本だ。やがて気分が良くなったので、美咲に伝える。彼女は車を発進させる。
「亡くなられたご主人を発見した時、部屋は施錠されてなかったんですね?」
シートベルトを締めながら、犯罪研究家は尋ねる。
「その通りです。普段から施錠する習慣はなかったですから」
今日は月曜である。世田谷区内にある季節荘に着いた時には、午後の7時半になっていた。
「午後の8時に春屋敷の応接室に集まるよう4人の者には伝えています」
「アリバイがあったという家政婦さんもいらっしゃいますか? 念のため話をお聞きしたいんですが」
「大丈夫ですよ」
車は敷地の東にあるゲートから入った。美咲が平面駐車場にベンツを止めて、2人は降りる。
春屋敷は外壁に、舞い散る桜の花びらが描かれていた。建物は2階建てである。他の3つの館も全て2階建てだった。
敷地内の南にある夏屋敷の外壁には青い海と白い砂浜が、西にある秋屋敷には紅葉と、芋や栗などの秋の味覚が、北にある冬屋敷には降る雪と、雪だるまや白いかまくらが描写されている。
義我は美咲に連れられて、春屋敷の中に入った。通路は広く、途中途中に老若男女の姿をした等身大の人形が置いてある。
その顔も本物の人間のように作られていた。人形達は春の装いをしている。そこへ1人の50代ぐらいの男が現れた。
武骨な雰囲気の人物だが、愛想の良い笑顔を浮かべている。
「奥様、お帰りなさいませ。こちらの方が義我様でしょうか?」
「その通りよ。義我さん、こちらこの家に住み込みで働いてくださっている乾(いぬい)さん」
「はじめまして。義我先生。私はこちらのお屋敷で大工仕事やら庭木の手入れやら、雑用をさせてもらってる乾という者です。応接室で、お子さん方が、お待ちです」
どうやらこの人物がギャンブル依存症になり、亡くなった徳丸強から多額の借金をしている男だ。
美咲の話では強はすぐにでもクビにしたい意向だったが、よく働くので、美咲がそれを止めていたそうである。
言われた通り応接室に行くと、そこには3人の若者がいた。全員が入ってきた義我に、不信の目を向けている。
「その男が、あんたの言ってた探偵さんかよ」
ロン毛の若者が口を開いた。どうやら彼が長男らしい。事前に美咲に渡された資料には年齢が30歳となっている。
定職につかずブラブラしており、以前から亡くなった父親にその件で叱責を受けていたそうだ。
「大輝(たいき)さん、お客様に対して失礼でしょう」
美咲が、口を尖らせた。
「みなさんはじめまして。犯罪研究家の義我輪人と申します」
義我はペコリと頭を下げた。
「警察が散々捜査して犯人がわからないのに探偵に何がわかるんだよ」
大輝の言葉に、美咲が笑った。
「あなたそんなに警察が信用できるの? 冤罪事件とか迷宮入りなんて、しょっちゅうじゃない」
「確かにそれは、そうだけど……」
そう口をはさんだのは、まだ10代の若い娘だ。美咲に事前に渡された資料には15歳の高校1年生となっていた。
亡くなった徳丸強の長女である。目のパッチリとした愛らしい顔の少女だった。
アイドル志望だそうで、芸能界入りに反対する父と揉めていたそうだ。名前は徳丸花音(かのん)である。
もう1人はどうやら徳丸強の次男の悠太(ゆうた)だ。
資料によれば17歳の高校2年だが授業はサボりがちで不良仲間と付き合っており、その件で強から叱責され、やはり強とは険悪な関係だった。
「念のため調べるだけよ。あなた達だってお父様を殺した犯人を突き止めたいでしょう?」
3人共無言のままだ。
「という事でよろしければ、早速1人ずつ別室で質問させていただきます」
輪人はそうくちばしを入れる。
「みなさん大事な方を亡くされて、大変落ちこまれているでしょう。一刻も早く犯人を捕まえたいですよね?」
「無論、捕まえたいですよ」
使用人の乾がそう主張する。
「それ本当? 親父にクビになりかかってたアンタが1番怪しいんじゃないの?」
悠太が脇から突っ込んだ。
「そ、そんな事ないですよ」
乾は血相を変えて反論する。
「それでは最初に乾さんから面談しましょう」
義我は強引に2人の間に割り込んだ。美咲が彼と乾の2人を隣室に案内する。
「あんなふうに悠太お坊ちゃんに言われましたが、私はやっていませんよ」
2人きりになると、早速乾が切り出した。
「乾さんが犯人だと決めてかかってるわけではないのでご心配なく」
輪人は答える。
「逆に乾さんは、誰が犯人だと考えますか?」
「わかりません。確かに3人のお子さんは、多額の寄付を旦那様がする事に反対でした。またアリバイもありません。ですがさすがに自分の父親に手をかけるなんてないと思います。それに私も3人のお子様方も旦那様には嫌われており、簡単に近づける雰囲気ではなかったです」
「アリバイはあったそうですが美咲さんと家政婦さんについてはどう思います?」
「アリバイ抜きにしても考えられません。そもそも寄付は奥様の発案でしたし、奥様はご実家が裕福で、遺産が減ってもお金に困らないのです。家政婦は家政婦で、元々旦那様のファンで、旦那様に心酔してました。旦那様が寄付をしようがしまいが遺産がそもそも入らないので動機がありません。私が見たところ奥様も家政婦も旦那様との関係は良好で、殺す動機がありません」
あくまで第1印象だが、この男は犯人ではないという気がしていた。
乾がもし殺人者なら、他の誰かがホシであると印象づけると思うからだ。
「そもそも旦那様は、大変な人格者でした。ただそれゆえに、お子さん達には厳しく当たりすぎるようにも感じました」