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探偵は、死んではいけない(ミステリ小説第3話 夏屋敷の家政婦)

 乾との話は終わり、彼が出た後今度は長男の大輝が部屋に現れた。
「さっき美咲さんに聞いたけど、あんたこの屋敷にしばらく泊まるそうですね」
 大輝は目をつりあげ、喧嘩腰である。
「その通りです」
 義我は否定しなかった。
「美咲さんから、そう頼まれてます」
「あんたの実家、金持ちなんだろ? だったらなんでこんな仕事するんだよ?」
「僕は元々子供の頃は体が弱かったんです。病床でゲームをしたり、本や漫画ばかり読んでましたが、いつしか犯罪というものに興味を惹かれるようになりました」
「今度の件にはあんたが期待するような謎なんてないですよ」
「お父様が亡くなられた頃、あなたはどこにいましたか?」
 大輝の発言には答えず、代わりに輪人は質問した。
「秋屋敷の自分の部屋にずっといたよ。誰も証明してくれる人はいないけど。ヘッドホンして音楽聴いてたから、物音があったとしても気づかなかった」
「犯人は誰だと思います?」
「わからねーよ。俺達きょうだいも乾さんも親父とは険悪な雰囲気だったから、とてもじゃないけどうっかり近づけなかったよ」
「大輝さんから見て、亡くなられたお父様はどんな方でいらっしゃいましたか?」
「ま、典型的な昭和の頑固親父だね。めっちゃ厳しくてすぐ手が出るし、弟の悠太が学校に行かなくなるのも無理ねーよ。そうでなくても俺達きょうだい3人共親が有名人って事でいじめられてさ」
 大輝は顔をうつむけて、声を落とした。
「そう言えば、アリバイのある家政婦さんの件ですが」
「彼女がどうしたの?」
「アリバイを証明したのは通りをはさんで向かいにいる受験生だと聞きましたが、顔見知りなんですか?」
「一応ね。そいつ親父のファンだそうで、以前サインをもらいに来た事があるから」
 その後大輝は部屋を出て、代わりに次男の悠太が来た。腕組みをしながら、射るような目で睨む。
「俺は親父を殺してねえ」
 開口一番そう宣う。
「兄貴も妹もやってねえ」
「では、それ以外の誰かなら可能性がありますかね?」
「知らねーよ。親父が死んだ時間帯には秋屋敷の2階部屋で、ずっとゲームやってたから。ヘッドホンしてたしな」
「お兄さんもヘッドホンをしてたそうです。奇遇ですね」
「奇遇じゃねーよ。親父が音にはうるせーから。冬屋敷の親父の部屋自体も防音室になってたから、中で何が起きてたかはわからねえ」
 悠太と同じ秋屋敷の1階の自室で1人テレビを観ていた乾も、異常には気づかなかったと発言していた。
「犯人に心あたりは?」
「知らねーよ。俺達きょうだいも乾のオッサンも親父と仲は悪かったけど、逆に言えば、この4人が親父にうっかり近づくのは無理だろうよ」
「大変失礼な質問ですが、お父様が寄付をするのに反対したのは、ご自分の相続される遺産が少なくなるからですか?」
 輪人の質問に、悠太は嫌な顔をした。
「それもあるけど、寄付の件が美咲の入れ知恵だからよ。あんな女大嫌いだ。自分の実家も金持ちなのに『世の中には困っている人が大勢いるから助けるべきだ』とか言いやがって」



 悠太が部屋を去り、今度は花音が現れた。
「花音さんは、アイドル志望なんですってね」
「だから何? だからあたしがパパを殺したとでも言うわけ?」
 少女は、冷ややかな視線を浴びせる。
「確かにパパは、あたしがアイドルになるのに反対してた。芸能人なんて、なるもんじゃないって。でもパパだって芸能人みたいなもんじゃない。クイズ番組に出たり、CMに出たりして」
「最初から花音さんを犯罪者だと決めつけてるわけじゃないです。花音さんは誰が犯人だと思います?」
「わかんない。兄貴達も乾さんもパパとは不仲だったけど、殺すまでするとは思えないんだよね。乾さんはクビにされかかってたけど、別の仕事を探す選択もあったしね。パパが多額の寄付をしたら遺産の取り分は減るけど、あくまでちょっと減るだけで、全然残さないって話じゃないし」
 花音が部屋の外に出て、今度は家政婦が訪れた。美咲に渡された資料によれば、年齢は25歳。義我の2つ歳下だ。
 丸顔で眼鏡をかけており、化粧はしていない。黒い髪の毛はベリーショートにしていた。目に涙を浮かべている。
 巨勢詩織(こせ しおり)という名前だ。
「申し訳ありません。あたしまだ、旦那様が亡くなられた事に、心の整理がつかなくて」
 手に持っていた白いハンカチで、おのれの目からこぼれたものをぬぐいはじめる。
「無理もないです。僕がここに来たために思いださせる形になって申し訳ない」
「徳丸先生はあたしにとって全てでした。絶筆宣言をされた時にはとてもショックで。しかも最終作で人気シリーズの探偵役が死んじゃうと聞かされて」
「確かに僕も最後の本を読みましたが、残念なラストでした」
「義我さん、あなたも探偵さんでしょう? 絶対死なないでくださいね」
「話変わりますが、犯人は誰だと思います?」
「想像もつかないです」
「巨勢さん自身には、アリバイがありますよね」
「そうです。あたしは夏屋敷に部屋がありますけど、通りの向こうの北側の家に住んでる高校生が、たまたま見ていたそうなんです」
「見ていたという事は、あなたの部屋の北側の窓のカーテンを開けっぱなしだったんですか?」
「そうなりますね」
「外の人に見られるのが心配じゃなかったんですか?」
「普段はカーテン閉めておくんですけどね。ついうっかりしてました」
「よければ部屋を見せてください」
「いいですよ」
 2人は春屋敷を出て夏屋敷に向かう。夏屋敷の外壁には水着の男女や、スイカなどが描かれていた。
 やはりこちらの通路にも老若男女を模した実物大の人形があり、夏の装いに身を包んでいる。
「今考えたのですが、例えばこんな真似もできなくはないですね」
 輪人がそう言葉を放つ。
「あなたがアリバイを証明するため窓際に、この中の人形を1体置くとか。ここにはたくさんの人形があります。一時的に1体なくなっても、他の人は気づかないでしょう」
「そんな事しても、すぐ気づかれると思います。人形は動かないから、不自然でしょう」
 大声で詩織は笑う。

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