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キメリアの独裁者(SFショートショート)

 あらすじ
 火星が未来の進んだテクノロジーによって地球と似たような環境になった時代のお話です。多くの地球人が移住し、そこにはいくつかの国ができました。
 そのうちの1つキメリア連邦のイワノフ大統領は、隣国への侵略を自国の軍隊に命じます。
 ロシアのウクライナ侵略に着想を得た、すぐ読み終わる掌編です。



 遥かな未来。テラフォーミングされた火星に地球から人類が移住していた。テラフォーミングとは、未来の進んだテクノロジーによって、別の惑星を地球に似た環境に改造する技術の事だ。
 これによって現在の火星では宇宙服のような物を着なくても、普通に火星で呼吸したり、生活するのが可能になった。
 テラフォーミングされる前ヘラス盆地と呼ばれていた場所は、今や塩分の含まれた水を満たしたヘラス海となっており、その東側のキメリア大陸にキメリア連邦、ヘラス海の北西にあるサバエラ大陸にサバエラ共和国がある。
 キメリア連邦の大統領イワノフはすでに地球時間で20年も権力の座にあった。ある日突然イワノフの命令で、キメリア軍がサバエラに侵略を開始する。
 軍事大国であるキメリア軍の前にサバエラはひとたまりもないと思えたが、サバエラ人達の奮戦で、持ちこたえたのだ。地球政府はイワノフを非難。サバエラに兵器や食糧や資金の援助を開始した。
 当初3日でサバエラの首都を占領しようとしていたイワノフの目論見は、見事に外れたのである。戦争は勝負がなかなかつかなかった。
 地球政府は軍を火星に送りたかったがそれを行うとキメリアが準光速ミサイルで地球に攻撃してくる可能性がありできなかったのだ。
 実際イワノフは、地球軍が参戦すればミサイルを地球に撃ち込むと恫喝していた。現代の科学力では準光速ミサイルの迎撃や防衛は不可能だ。撃たれたら、地球人は全滅してしまう。それだけの威力があった。
 イワノフは自分が仮に暗殺されても、その体内に埋め込まれた装置が彼の死亡を感知して自動的に準光速ミサイルが地球に向けて発射され、同時にサバエラに対しても核ミサイルが撃ちこまれると発表する。
 それが事実かどうか地球政府当局内でも判断がわかれたが、イワノフの話が本当と判明する事件が起きた。キメリアからシュミット博士が妻子と一緒に亡命したのだ。
 博士は天才科学者として太陽系中に知られ、キメリアに配備された準光速ミサイルの開発も、彼の手による物だった。が、独裁化するイワノフ体制に絶望し脱出を決意したのだ。
 イワノフ政権下で野党議員は強制収容所に連行され、ガス室で粛清された。平和的に行われた反政府デモに参加した人たちは、兵が発砲したレイガンで虐殺される。
 密告が奨励され、政府の悪口を言った者は刑務所に送られた。イワノフに批判的なメディアは強制的に営業を停止されたのだ。
 生き延びた一部のマスメディアは、政権のプロパガンダを流すだけの広報機関と成り果てた。
 地球から派遣され、イワノフの横暴を報道していたメディアの記者は警察に逮捕され、強制的に故郷へ送り返されたのだ。多くのキメリア人が圧制を嫌ってふるさとを離れ、サバエラや地球やスペース・コロニーに亡命した。


 シュミット博士の証言によれば、イワノフが死ぬと自動的にミサイルが発射されるシステムを開発したのは博士自身である。
 地球政府は特殊工作員を使ってイワノフの暗殺を考えていたが、この件が判明したため計画自体が頓挫したのだ。



 一方キメリア連邦の首都の大統領官邸にいるイワノフは苛立っていた。キメリア陸軍のワン将軍は3日でサバエラの首都を陥落させると豪語したのだ。
 が、3日どころか地球時間で1年、火星時間に換算して半年経過しても決着がつかず、むしろキメリア軍はサバエラ軍に追い返されようとしている。
 サバエラ共和国のジョンソン大統領が逃亡せずに首都に残り兵達を鼓舞したのも計算違いであった。
 地球やスペース・コロニーのメディアは『勇敢な指導者』『救国の英雄』と、ジョンソンをもてはやしていたのである。
(コメディアンあがりのくせに)
 イワノフは、苦々しく感じていた。
 元々ジョンソンはお笑いタレントで、20世紀に活躍したチャールズ・チャップリンのように権力を風刺する映画やドラマに出演したりコントで政界を風刺する芸能人だったのだ。
「イワノフ大統領閣下」
 いつのまにか首相のマンダルが、近づいてきた。
「なんだ? サバエラ軍の反撃を鎮圧できる妙案でも思いついたか?」
 イワノフは、マンダル首相に問いかける。自分でも、声が苛立つのがわかる。マンダルは自分の上着のポケットに手を入れた。次の瞬間首相の手には拳銃が握られており、その筒先は大統領に向けられる。
「おいおい俺を殺すつもりか」
 イワノフは笑って話した。
「貴様を総理大臣にまで出世させたのは、この俺だろう。そんな恩人に銃口を突きつけるのか」
「もうあんたには、こりごりだ」
 怒りのために、マンダルの声は震えている。
「多くのキメリア連邦の将来ある若者達が、戦場で命を落としている。これ以上侵略を続けさせるわけにはいかない」
「一体何をほざいてる。貴様も今回の戦には賛成したはずだ」
 大統領は、怒鳴り返した。
「3日で首都を攻め落とせるというワン将軍の言葉を信じた私が馬鹿だった。あんたは大統領に当選した最初の頃はよくやっていたが、長年政権の座にいるうちに変わってしまった。そんなあんたに追従してきた私も愚か者だ」
「さっさと銃をおろせよ。俺と貴様の仲だからな。今回の件は許してやる」
 イワノフは、首相をなだめた。
「そんな嘘を、私が信じると思うか。これまでもあんたに耳の痛い忠告をしてきた多くの側近が銃殺されたりガス室に送りこまれた」
「なら撃ってみろ。俺が命を閉じた途端キメリアに配備された準光速ミサイルが地球に向かって飛び立つのは知ってるだろう。同時に核ミサイルが、サバエラにも襲いかかる。地球は報復として、月面に配備した準光速ミサイルを発射するだろう。それはこの国に降り注ぎ、キメリア人も全滅する。放射能の影響は火星全土に及ぶだろう。火星人も地球人も消滅するのだ」
「残念ながら、こいつはショックガンでね。あんたは死なず、昏睡状態になるだけだ」
 イワノフはデスクの下にある緊急ボタンを指で押した。
「残念だったな。すでにそれは壊してある。親衛隊は飛んでこないよ」
 マンダルは、笑顔で引き金を引いた。次の瞬間電流が大統領に襲いかかる。激しい衝撃が彼を揺さぶり、意識が遠のいてゆくのを感じた。

 どのぐらいの時間が経過しただろう。イワノフは、気を失っていた自分の意識が覚醒するのを認識していた。
 ようやく目の焦点が合う。眼前に、信じられない人物がいた。サバエラ共和国のジョンソン大統領だ。
「ようやく目が覚めたな」
 ジョンソンは、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「貴様にとっては残念だが、戦争は終わったよ。マンダル総理がキメリア連邦を代表して、降伏したのだ。意識を失っているうちに、貴様の身柄はキメリア軍の兵士が運び、わが軍の兵士に渡された。そして今は、サバエラの首都にいるってわけさ」
 イワノフは、はらわたが煮えくり返りそうな怒りを感じた。マンダルのせいで、せっかくの侵攻計画が頓挫したのだ。あと一息でサバエラ征服が成功するはずだったのに。
「だが、貴様にとっても残念な結果になったな」
 イワノフは悪罵を浴びせる。
「知らんだろうが、俺は病気で余命いくばくもない身でね。俺が死ねば自動的に核ミサイルがサバエラを、準光速ミサイルが地球を襲う。このシステムは亡命したシュミットにも解除できないようになっている」
「それはもちろん知ってるさ」
 ジョンソンは、なぜか余裕の構えである。
「イワノフ貴様、今自分がどうなってるかわからんだろう。ここに鏡があるから見せてやる」
 芸人あがりの大統領は、部屋の隅にあった姿見を運んできた。そこに映ったおのれ自身を見たイワノフは、恐怖のあまり悲鳴をあげた。鏡の中には、本来映るはずのイワノフの顔はない。
 代わりにそこには透明な液体を満たした縦、横、高さが各50センチぐらいの四角い箱があり、人間の脳と眼球が浮かんでいた。脳と眼球は神経や血管の代わりをつとめるらしいコードで接続されている。
 箱の前部の外側の下の方には口の代わりにスピーカーが設置され、箱の両側の外には耳の代わりにマイクが取りつけられていた。スピーカーとマイクもやはりコードで脳とつながっている。
「自殺されたり病死されても困るのでな。こういう形を取らせてもらった。地球政府の発案だ」
「人権侵害だ」
 怒髪天を衝く勢いで、イワノフが怒鳴った。
「お前に人権を語る資格があるのか」
 ジョンソンが怒鳴り返した。つばが飛び、イワノフの眼前の透明なケースに付着する。
「現在貴様が死んでも、ミサイルが発射しない方法がないか研究中だ」
 しばらくたって、ようやく落ち着いたジョンソンが口を開いた。
「俺個人は、別に方法が見つからんでもいいんじゃないかと考えてる。それまで貴様がその箱の中で、永遠に生き続ければいいだけの話だからな」

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