ミスティー・ナイツ(第28話 ダーク・タイム)
残り7名の潜水艦乗りが衣舞姫と共に島に残る。
フォルモッサが再び襲われる可能性があるので、守りを固める必要もあるし、敵の攻撃で破壊されたあちらこちらを修復する作業も残っていた。
美山はジェットヘリで本州に戻る3名の労をねぎらい、当初の約束を上回る報酬を退職金として、振りこむのを約束した。
島にあった金は全部何者かに持ち逃げされたので、東京にいる経理担当のメンバーから報酬を振りこんでもらうようスマホで手配する。
ちなみに東京の経理担当の人物は、美山がミスティー・ナイツだとは知らない。自社の会長としか思ってないのだ。ある企業の会長というのが、美山の表の顔である。
実質的な経営は社長がやり、美山は株の配当金を受けとるだけだが。
彼は本州に戻る3名に、最後の勤務として、監禁していた明定を連れていくよう要請した。
途中で暴れると面倒なので、再び催眠スプレーを使って眠らせる。一方フォルモッサに残った7名の中には木戸脇もおり、現場の指揮は彼が執るよう指示を出す。
「美山さん、殺された仲間の仇を討ってください。信じてますんで」
出発間際、木戸脇が泣きはらした後の血走った目でミスティー・ナイツのリーダーを見る。
「もちろんだ」
美山はまっすぐ木戸脇を見る。その後美山達の乗ったジェットヘリは、太平洋に点在する無人島の1つに機首を向けていた。
操縦席にある地図の映されたディスプレイには発信機の位置を示す光点が、この島のある場所で止まったのである。地図には『粒島(つぶしま)』と名前が表示されていた。
「連中の秘密基地が、この島にあるってか」
眼前に迫りくる岩のようにちっぽけな島を見ながら、釘谷がつぶやいた。
「このままストレートにちかづいても、相手に発見される可能性がありますけど」
海夢が美山に顔を向けた。
「強襲という方法もあるが、ここは泥棒らしく、夜中にでも出直すか。奪われた物は奪い返す……。おれ達泥棒をなめんなよ」
美山は誰にともなく言葉を投げた。彼らの乗るジェットヘリは、一旦フォルモッサに帰還する。そして深夜に、今度はゴトランド級の潜水艦に乗りこんだ。
艦に乗ったのはフォルモッサに生きてとどまった木戸脇達4名の乗員と、美山、海夢、西園寺、雲村博士、釘谷、恋花、衣舞姫達、ミスティー・ナイツのフルメンバーである。
潜水艦乗りのうち3名がフォルモッサに残留した。衣舞姫はずっと艦内で、パソコンのモニターに釘づけである。その彼女が、口を開いた。
「今から行く島の情報がわかった」
「一体、どんな島なんだ」
美山が質問を投げかける。
「表向きは荒れはてた、なーんにもない無人島。でも裏サイトに集まってる情報だと、離着陸するジェットヘリを何度も目撃されてるね。これが画像」
解説しながらハッカーはコンピューターのディスプレイを美山に見せた。
「領土問題とは無関係の位置にあるちっぽけな無人島にも関わらず、このあたりは飛行禁止かつ漁業禁止海域になってんのよ。画像は間違って近くの海に入ってしまった漁船の乗員が撮影した奴」
確かにそこにはアメリカ製の軍用ジェットヘリが映っている。画像はその軍用ジェットヘリが、島から離陸したばかりのところだ。
「この映像のコクピット部分を拡大して、さらにノイズを綺麗にするとこうなんの」
衣舞姫がパソコンを操作するとコクピットの画像が拡大され、映像がクリアになった。そこにはカタギとは思えない、いかついルックスの男性が映っている。
「本来なら王冠と現金は美術館とカジノに戻さなければならないのに、警察が奪い返したって報道はないからな」
美山が画面を見つめながら、つぶやいた。
「表向きは取り返してない形にして、現金は自分達の資金源にするつもりじゃないか。腐敗した政治屋の考えそうなこった」
釘谷が脇から突っこんだ。
「でも、王冠はどうするんです。考古学的な価値以外はないでしょう」
くちばしをつっこんだのは恋花である。
「そうでもないだろ」
答えたのは、西園寺だ。
「例えそれがいわくつきの盗品でも、大枚を払う好事家の金持ちがいるだろうしな。王冠を売って手に入れた金を、自分達の懐に入れようって寸法だろう。もしくはあるんだかないんだかわからねえが『ムー大陸の秘宝』のありかを探しだそうとしてるのかもな」
西園寺はそこまで話すと、歯を見せた。
「くだらねえ。幻の大陸なんざ嘘っぱちだろう」
釘谷が不機嫌そうに口を歪めた。普段から近代合理主義者の権化を自称している彼らしい発言だ。
「ムー大陸うんぬんは嘘っぱちかもしれねえが、何らかの古代文明と関わりのある秘宝のありかを探す道しるべにはなるかもしれん」
美山が独白するようにしゃべる。
「それから例の、沈没した大陸の皇帝を名乗る人物も気になるな」
「あれはホログラムか何かじゃないんでしょうか」
恋花が脇から突っこんだ。
「だとしたら、相当最新のテクノロジーを使ってるぜ。あそこまでの技術を使える人間てのは限られてる」
「可能性があるとしたら、どっかの組織だろう。鶴本がバックにいたら、金にあかせて何でもできるにちげえねえ。外国の諜報機関がからんでる可能性もある」
独自の予想を開陳したのは西園寺だ。
「だとしたら、何でこんなこけおどしみたいな手を使うのか合点がいかねえ。まさかおれが毎号『アトランティス』を買ってるのを奴ら知ってるんだろうかね」
『アトランティス』とは月刊誌で、古代文明とかオーパーツとか雪男とか雪女とかツチノコとかネッシーとかクッシーとか、出所の怪しいオカルト情報を取りあげた雑誌である。
「CIAみたいな諜報機関なら、その程度の趣味や嗜好を知ってても、おかしくねえだろ」
西園寺が答えた。
「なんたっておれ達は、ニューヨーク・タイムズやリベラシオンや人民日報やアル・ジャジーラにも『日本のアルセーヌ・ルパン』というふれこみで、取りあげられた時もあるしな」
「そんなオカルト趣味あったの。知らなかった」
衣舞姫が目を丸くした。彼女が知らないのも無理はない。普段そんな話はしないし。つきあいが長く、しょっちゅうメシを一緒に食ってる西園寺ぐらいしか知らんだろう。
「ギリシア神話に出てくるトロイや古代中国の殷王朝も、かつては伝説だと思われていた。ムーやアトランティスが実在したか、実在はしないまでも、核となる実話があってもおかしくねえだろ」
美山は衣舞姫に語りかけた。
「確かにそれは、一理ある」
釘谷が割りこんだ。
「中国のジャイアント・パンダも、昔はUМA扱いだったというし。そのうち雪男やツチノコやネッシーが発見されるのも、遠くはないかもしれねえな」
「雪女とか天狗とか一反木綿とかろくろっ首も、発見されるかもしれないですしね」
冗談まじりの口調で海夢がまぜっかえした。
「あたし以前から思うんですけど、宇宙人なら本当にいそうですよね」
恋花が途中で言葉をはさんだ。
「あれだけ夜空にたくさんの星があって、その回りにいっぱい惑星が回ってたら、地球みたいな知的生命体の住む天体がたくさんあってもおかしくないでしょ」
「そうかもな。しかし地球人てのは、はたして知的生命体と言えるのかね。むしろおれ自身も含めて、愚か者の集まりじゃないのかな」
美山が答えた。知的生命体というよりは、痴的生命体とでも呼んだ方がしっくりくるんじゃないのだろうかと彼は思う。
欲望のままに都市を造って拡大し、公害を起こし、戦争で殺し合い、環境破壊と美食の果てに、多くの動植物を絶滅させる……人間こそが悪魔であり、地球の生態系を破壊する厄介者だろう。
「おれ達がバカなのは、最初からわかってるって」
西園寺が、笑いまじりにつぶやいた。
「ちょっとやめて。あんた達と一緒にしないで」
衣舞姫が話に割って入った。
「少なくとも、あたしはバカじゃないからね」
そんな文字通りのバカ話をしている間に、潜水艦は目的の島……人呼んで『粒島』のそばへ接近した。
歯磨き粉みたいな名前である。すでに周囲は、大量の墨をぶちまけたような真っ黒な闇に包まれていた。
年間を通じて24時間無数の照明に彩られた都会では、決して見られぬ光景だ。それも当然の話である。泥棒らしく、あえてこんなダーク・タイムに到着したのだ。