プロヴィデンスマギア4B
王都にて1。
王都へと帰ってきた。
キオティアで、ネコとヘキサを待たせている手前、本当に寄るだけだ。
生鮮食品、野菜など旅で食べ尽くしたものの補充、商人ギルドの登録。これには、登録者の数だけ10Gの登録料が必要だった。そこに、例のトンネル事業の資金援助、それと装備の更新のアテ探しである。
が。王都でもオリハルコンを加工出来る鍛冶屋は居なかった。
ファンタジーならではのドワーフが出している鍛冶屋も覗いてみて、リアルのドワーフに盛り上がったものの、色良い返事は聞けずに盛り下がる事になった。
物知りルコえもんに助けを求めるも、オリハルコンを加工出来る者を探していたとは思っていなかったようで、その顔を曇らせた。
ルコは四次元ポケットから加工出来る者を出してくれる訳もなく、イルマが加工から鍛錬までするしか無いのでは。と言われてしまった。
馬鹿言っちゃいけない、自分には成長チートのある転生者では無いのである。
作れるのはオリハルコンの飴細工くらいなもので、それを武器に鍛錬するなんて夢のまた夢、異世界に来て鍛冶屋になる。神《プロヴィデンス》の力《マギア》を使って神鉄の鍛冶師になるなんて!?
と言う新しい話が始まってしまうじゃないか。しかも、武器が作れるまで何年かかるやら。
繰り返して言うが、自分に成長チートなんて無いのである。あるのは汲めど尽きせぬ魔力の泉だけで──と、自虐してみても、それすらもこの世界の住人には望んでも手に入らぬものなのだと言うことは自覚している。
しかし、オリハルコンを鍛錬出来る鍛冶師か。なんかこう、ズル出来んものかな。
システムの穴を突くような、デザイナーが考えてもいなかったような、ネットで試せば一発BANになるような裏技。
ひとまずイルマは、この問題を後回しにして、ミスリル装備の先の装備を考える。
しばらく考えて、ルコに相談する。ミスリル装備の先はあるのか、と。
難しい相談だ、と流石のルコえもん──もう良いか。流石のルコも、眉根を寄せて言った。
例えば鉱石で言えばダマスカス等の特殊な鉱石で無いと駄目らしい。特殊な魔力を帯びた金属、月の石、この世界の全ては魔力だ。魔力が篭っていないと、単なる硬い金属だと言う。
後は、魔力ランクが高い魔物の革、外殻等の素材だ。
イルマであれば手っ取り早いのがドラゴンの素材が良いだろうとの事だった。
『主様の冒険者ランクであれば、鉄で出来た装備でも上等なのですよ。冒険者と言えば、レザーアーマーでも普通です。もっとも──主様の冒険者ランクは詐欺のようなものですから、ミスリル装備の冒険者なんて高ランク帯のみです。ああ、でも──あの、名を秘された神とやらを崇める教団の装備。アレは異質ですね、魔力ランクに左右されない妙なものを感じますが……』
確かに、あの装備は何と言うか、科学的な何かを感じる。魔術的だが、どこか懐かしいような、言い知れぬ……そう、ルコの言う通り異質なのだ。
まるで、自分の存在のようだ。と、イルマは何処か虚しい笑みを浮かべた。
ルコが、イルマを心配そうな目で見てくる。
イルマは、それに気付いて、なんでも無いと手を振った。
つまり、今すぐにはどうしようも無いと言う事か。と、空を見上げる。
そこには天井の石壁しか無かったが、ルコの、『急ぎすぎですよ、主様』と。そんな声で、そうかな、そうかもしれない。と思えた。
少し、ゆっくりと。そう、この王都で行われる、先代プロヴィデンスの祭りとやらが行われる日に、また戻ってくるまで、ゆっくりとしようじゃないか。
ゆっくりと──と、そこで自分の所持金を思い出した。先程、必要最低限の資金を除いて、全てトンネル事業に出資してきたので、キオティアに戻って依頼の完遂をすれば、潤うのだが──大丈夫か? と言う思いがもたげてくる。
……だだだ大丈夫、きっと大丈夫だ。
いややっぱり大丈夫じゃない、と百面相をしているイルマを見て、ルコは溜息をつくのだった。
プロヴィデンス祭
それから1ヶ月ほど経っただろうか。結局イルマは、キオティアに戻って近場の依頼をやりながら過ごし、地道に──と言えども、冒険者ランクに見合わない仕事もこなしていった。結果、イルマ達の冒険者ランクは最低でもCへと上がっていた。と言っても、イルマのランクはエイビスの遺跡から帰ってきた途端にCとなっていた。
流石のイルマも、自分がやった事の重大さは分かっていたので、渋々受け入れる。そして、程なくしてトリアのランクもCとなっていた。
そんな事もありつつ、王都に戻ってきたイルマ達。
プロヴィデンス祭、その護衛の任務を受けてやってきたのだ。
期日と言うか、祭りの日は分かっていたので、馬車を使いつつ乗馬が出来るヘキサとマインは馬を借りて移動する。
せっかくの祭りなので全員で行こうとなったのである。
ほぼ1ヶ月ぶりに王都へと戻ってきたイルマ達は定宿として設定していた宿に馬車と馬を預け、そのまま神殿へと赴いた。
今回の依頼主である神殿に護衛として登録して当日のスケジュールを確認する為である。
神殿の受付で、護衛が必要な最高司祭の演説の時間を聞く。
護衛の冒険者や騎士達は、神殿前の円形演舞場の周りに配置。もちろん、イルマ達《ミネルヴァズオウル》の面々も、ここに配置される。
そして、最高司祭であるクリプトロの演説、大体1時間ほど……。
と、説明を受けているところで、件の最高司祭が奥から降りてくる。後ろに部下らしき人間を二人ほど連れてきている。
歳の頃は不明だが、若い。マインより少し歳上くらいだろうか。
金糸があしらわれた白い法衣を身にまとった、白と金の女と言った印象だ。
彼女は、こちらに気付くと微笑み、近付いてくる。
そして、手を組み頭を下げてから、こちらを──イルマを真っ直ぐに見てくる。
『プロヴィデンス教団、最高司祭。クリプトロ・カーと申します。今回護衛をしていただく冒険者の皆様でしょうか?』
と、尋ねてきた。
それにイルマは頷き、『クラン《ミネルヴァズオウル》のリーダー、イルマだ。まさか最高司祭様が直々に様子を見に来るなんてな』と、肩をすくめる。
受付の神官が、その対応に憮然として『最高司祭に失礼だ』と唸ったが、クリプトロは鷹揚に頷いた。
たまたま、通りかかったらイルマ達が見えたので、挨拶に来たのだという。
イルマは、そんなもんか。と思うのだが、彼女はそのまま《ミネルヴァズオウル》の面々を眺めるように視線を動かしていく。
そして、『噂には聞いていましたが、本当に王国最強の魔法騎士が一つのクランに入っていたのですね』と微笑んだ、ように見えた。が、少しの違和感を覚えた。その言葉に引っ掛かりを感じたと言っても良い。
だが、マインがイルマの腕を取り、挑発するように微笑んで、『ええ、そうよ』と、何か文句があるのかとばかりに言ったので、イルマは苦笑してマインの名を呼んで止めさせた。マインの腕はイルマの腕に絡んだままだが。
それを見て、クリプトロの笑みが深くなり、『それでは、イルマ様。また明日は……当日は、よろしくお願い致しますね』と言って、祈りを捧げてから部下を連れて去っていった。
一体なんだったのか……と思って、その後ろ姿を見ていると、アンナが少し視線を逸らしていた。あれがプロヴィデンス教団の最高位と言うプレッシャーに充てられているのだろうか。
それからは、ヤキモチを妬いたトリアが逆側の腕を取ってきたり、受付のお兄さんに、最高司祭様が良いと言っていても、人前では敬語を使ってくださいと注意を受けたりと、単に仕事の打ち合わせに来ただけがグダグダになってしまった。
『プロヴィデンス様は、約800年前に、この地へと降り立ち──』
プロヴィデンス祭、当日。イルマ達は、自分たちに割り当てられた場所に陣取り、警備をしながらクリプトロの演説──と言うか法話を聞いている。
プロヴィデンスの成り立ち、だ。
実は、こう言った話はイルマ自身、好きなのでクリプトロの心地良い声も合わさって、すっかり聞き入っていた。
それにしても、と。考える。
先代プロヴィデンスは、魔物と自然の脅威に苦しんでいた人間を救ったらしい。ちなみに、この人間と言うのは、エルフやドワーフ、亜人等の全ての人型の生き物を指すと言う。
プロヴィデンスを信仰する、あまねく民を救うと言うお題目があるので、そうなっているのか。それとも、実際にファミリアとして契約したのかは分からない。流石の長命種でも800年と言えば代替わりしていて御伽噺の一部となっているのだ。
救った、と言うのは数多くのファミリアを従え、潜在魔力が低い人間種に魔物を倒す魔力を与えたのだ。
そして彼は、この大陸の人間の支配領域を広げ、街に結界柱の原型を作り。そこに魔物から取れた魔石を焚べる事によって、人間種の安住の地を作り出した。
そうしていると、プロヴィデンスの使徒達の中、人を統べるに相応しい者達が都を作り、街を作り、村を作った。
現在の王は、紛うことなき初代ファミリアの子孫であると言う。
魔力が高い者同士で子孫を作ると、魔力が高い子が出来るようになる。
そして世界に平穏を勝ち取った後、先代プロヴィデンスはそれを見届け、光の中へと消えていったのだと言う。
恐らく、元の世界へと還っていったのだろう。
その結末を聞いて、イルマは何故か腹が立った。結局、彼にとって、この世界は異世界のままだったのだ。
確かに先代プロヴィデンスは偉業を成し遂げた。自分では、そこまで出来る気はしない。
だが、彼にとって、彼を必要とし、愛してくれた者達は自分とは違う存在だったと言う事なのだろう。
それは、何故だか少し寂しい結末では無いか──。
イルマの、いつもと様子が違うものを感じて、プロヴィデンスの法話に、うっとりとしていたトリアが、『イルマさん?』と、彼の指先を摘むように優しく握る。
それに、イルマは、はっとしたようで、慌てて笑った。笑顔を作ったと言っても良い。
『いや、先代の結末がちょっとな、寂しかったから』と、言い訳がましく説明すると、『そうですか』と、トリアは言って、少し考えた後で、『イルマさんは──帰ってしまいますか?』と、聞いてきたので、それを否定しようと首を振ったのだが、そこで演舞台で何かが爆発した様な音が響き、観客の悲鳴が起こった。
何事だ、とイルマは少し高い位置にある演舞台を見上げるも、ここからでは土埃のようなものが上がっているものしか見えず、何が起こっているかが分からない。イルマは、仲間たちに『演舞台に上がるぞ!』と指示し、走り出したのだった。
名を秘された神教団の暗躍
イルマ達が演舞台に上がると、何者か達が、クリプトロを襲おうとしていた。
演舞台の石床が抉れており、凄まじい攻撃が行われたのが見て取れる。
粉塵が舞い上がる中、賊の姿を確認すると、何処かで見た格好をしている。
『名を秘された神教団か、いや、ん?』
武器、防具。明らかに、この世界の技術ではない科学的と言うか機械的な格好だ。
だが、こいつら──どこから湧いて出てきたのか。
魔力の波動を纏って牽制していたクリプトロも、イルマ達が来たのを見て、こちらにトントンと飛んで合流する。
『クリプト──リプティ、こいつら何処から来たんだ?』
と、呼びやすいように愛称をつけて呼ぶイルマ。
『リプティ──。はい、そうですね、彼らは屋根から飛んできたようですわ』
観客席を覆うように作られた屋根を指差すリプティは、突然呼ばれた愛称に少し驚いたように目を開くが、そう説明する。
屋根からって──けっこうな高さだぞ……と、視線を上げるイルマ。
祭りを妨害しに来たのか、と聞くも、リプティは分かりませんと首を振る。
ならば、あとは本人たちに聞くしかない。イルマは、リプティに逃げるように言って、ナヒ神教の信者に相対してセパレートソードを構える。
イルマは、ナヒ神教の信者を誰何する。すると、『私は歯車。我が神の為に、最高司祭を殺す!』と言ってきた。なんのこっちゃ分からなかったが、目的に関しては捨て置けない。とっとと無力化して、プロヴィデンス教団に尋問してもらおう。
ナヒ神教団とやらがどんな連中なのか、少しは分かるかもしれない。
歯車と言った男の装備は、他の二人とは違い、上等なものらしい。
以前のナヒ神教信者が持っていた、魔石で動くチェーンソウと違い、何かライフルのようなものを持っている。
イルマ達が構えると、歯車の男が魔力銃をパンパンと撃ってきたので、慌てて大剣で受ける。後衛の魔術師達にも、それなりのダメージが入るが、ファミリア達の魔力障壁は、イルマの魔力障壁と基本的には繋がっている。それは勿論、イルマの魔力障壁が全て削られると彼女たちも無防備になるのだが、この程度なら問題ない。そしてそのまま、チェーンソウ持ちの信者達がこちらに向かって来て、イルマを狙う。
が、それらをトリアとノエルが鉄拳とチェーンソウで防ぐ。
完全に先手を取られた形だが、イルマ達も負けていない。ネコとヘキサがチェーンソウ男達を追い払い、そのままルコとアンナの魔術が追い掛ける。そしてそれを盾にしてイルマとマインが突っ込んだ。魔術がチェーンソウ男達に突き刺さり、爆発と氷が吹き荒れる中、イルマの二つに分かれた剣の連撃と、マインの魂も刈り取るような薙ぎ払いで男達を吹っ飛ばす。
決まった、と思ったが、男達の着ている黒い服に装着している魔石が輝き、男達が起き上がってきた。
それを見て、マインが『あれで、魔石に込められた魔力は使い切ったわね』とイルマに知らせてくる。
イルマのプロヴィデンスマギア、リザレクション能力のようなものか、と聞くと、マインは何かを思い出したように笑い、『そんな上等なものじゃないわ』と言う。
どちらにしても、決まったと思ったら仕切り直しと言うのはストレスがかかる。イルマ自身、そのストレスがかかる奴そのものなのだが、歯車男の魔力銃が、ガチャガチャと変形して、ガトリング砲のような形になっていくのを見て、『ヤバイのが来る!』と、警戒を促した次の瞬間、ガラララララッと間断無き砲撃が飛んでくる。イルマ達はそれぞれ剣を盾にしたり、防御態勢を取る。イルマの魔力障壁が、ガリガリと削れていく。
そのまま、再びチェーンソウ男達が怯んだと見て踊りかかってくるが、前衛のイルマ達が壁となっていたので、後衛のルコ達は無事だった。
『アンナ、やるぞ!』『……っ、うん!』
このままナヒ神教団の信者たちに調子に乗らせては、今代のプロヴィデンスとしては業腹である。
イルマは、無事だったアンナにプロヴィデンスマギアをアクティベート。彼女のマギア、《シャットダウン》を使用し、敵にのみブリザードが吹き荒れるイメージを流し込み、チェーンソウ男達の魔力障壁を削りきるとともに、歯車男の魔力銃の魔力をカットして攻撃を一時的に封じる。
そのような隙があれば、どのような距離があれど彼女の距離である。
戸惑う歯車の視界に沈み込むような黒い影。『マリシャスコード──』マインの大鎌による逆袈裟の一撃が入り、そこに距離を詰め終わったイルマの二本の剣を束ねた大剣状にしたセパレートソードが袈裟斬りに入り、歯車が装備している防具の機能を超えて、相手の魔力障壁を全て削り取り、演舞台の石床に衝撃を逃がしきれずに滑り、そのまま倒れたまま歯車は起き上がってこなくなったのだった。
気絶したナヒ神教の信者は、プロヴィデンス教団の神官たちに引っ立てられて行った。
避難していった観客達だが、けっこうな数の人間がイルマ達とナヒ神教信者達との戦闘を見ていたらしい。
イルマ自身、割と必死であった為、衆人環視である事に関しては気になっていなかったのだが、戦闘が終わった後のざわめきが広がっていく様子に気付いた時には遅く、イルマ達に歓声が浴びせられるようになり、その中でナヒ神教の信者達は連れていかれたのだが……。
イルマは焦っていた。元より目立つのが嫌で、冒険者ランクと潜在魔力を偽装しながら生きていたのだ。
ノリが良いネコなんか、ガッツポーズをしたりして歓声に応えたりしている。が、まあ、基本的にイルマのパーティメンバーはイルマが目立ちたくない事を理解している女の娘ばかりなので、下を向いちゃったイルマを、何とも言えない表情で見ている者ばかりである。
するとざわめきが収まり、本殿側の階段からリプティが登ってきたのが見えた。そして彼女は、イルマ達に近付くと『ありがとうございました。おかげで助かりましたわ』と祈りのポーズを取り、後は任せておいてください。と言うので、イルマは礼を言って舞台を降りる事にした。
舞台の上にマインとアンナ、そしてリプティが残る。
アンナはリプティを何か責めるようか視線で見たあと、イルマを追うように舞台を降りていき。
マインは、笑みを見せたまま、ついとそっぽを向き、ゆっくりと階段を降りていく。
リプティは、憂いを帯びたような表情から一転、慈愛を込めた笑みを浮かべて観客石へと祈りを捧げる。
『勇敢なる冒険者達のおかげで敵対する神の信者を払い除ける事が出来ました──』
宿に戻ってきたイルマは、緊張が冷めやらず、うーんと唸って檻の中の動物のようにうろうろとしていた。
それを見かねたヘキサが、『刺激が強すぎたようだな。気分転換も含めて食事処を探して皆で歩かないか?』と提案してきた。
イルマは、このままじゃ確かに気分が落ち着かないのは実感していたので、『そうだな、そうするか』と言って皆で王都に繰り出すことにした。
食事をして、腹が膨れてくると良い気分転換になった。
それと、民衆からすると、今年のプロヴィデンス祭はトラブルがあったが名も知らぬ冒険者たちのお陰で無事終わったとの論調が主で、あの冒険者たちは一体誰だったんだろうと言うものは少数派だったので、イルマの心配は杞憂だったと言うことが自覚できたのも彼の精神衛生上良かった。
普通の民達からすると、冒険者は生活インフラの一つである、結界柱を支える魔石を魔物から取ってきてくれる存在と言う事もあり、ある程度強いのは歓迎すべき事だったのだ。
酒に酔ってしまった事もあり、夜伽には誰も呼ばず、いつものようにトリアを抱き枕代わりにして寝ることになる。
トリアに、寝る前にしっかりトイレに行くんだぞと言い含めて、夜中にトイレ行きたかったら起こすんだぞと言って、トリアを『大丈夫ですよっ』と、少し怒らせる。
何が面白いのか、イルマは笑って、トリアの頭を撫で撫でして時を過ごしていると、やがて、うとうととしてくる。
『イルマさん。イルマさんの元いた場所って、どんなところだったんですか?』
と、トリアが聞いてくる。
イルマは、眠い頭で『ここよりも治安は良いところだったな。魔物は居ないが、人間しか居ない。基本的に平等ではあるが、平等であるのは表面的だ。差別は何処かにある……そういう意味では、プロヴィデンスを妄信的に信じられる、この世界は幸せなのかもしれない……』と、寝物語を言い聞かせるように呟く。
『プロヴィデンス様が居た世界も同じ場所なんですか?』
と、聞いてくるので、珍しいな。トリアがそんな事を聞いてくるなんて。と思いつつも、『800年前、と言うのが俺の世界に繋がってる話しなら、現代よりは生命が軽かった時代だなあ。中世、日本……俺の居た国なら、鎌倉……武士達が……この世界で言うなら戦士や騎士が世界を治めていて……文明がある国で言うなら、ヨーロッパ……って国があって……それが、モンゴルって国の……一人の英雄に従えられた、国の……やつに、どどー……って攻め込まれて滅びかけてたんだ……』
『イルマさん、そんな事知ってるんですか? 800年前の歴史ですよね?』
朧気な思考の中、好きだったからなあ、歴史……。と、考える。
ヨーロッパ、モンゴル。どちらにしても激動の時代だ。日本は安定を見せ始めた頃ではあるかもしれないが、鎌倉殿──源頼朝が突然死した頃だと大変だ。北条氏が権力を握っていき……と言う時代、くらいか。
プロヴィデンスが、イルマの世界から来たと仮定するのであれば、この世界が安定すれば帰りたいと思うのは分かる。分かるが……。
考えながら、うわ言のように喋ってしまっているのだが。
『イルマさんは、元の世界に帰りたいですか?』
帰りたいか、案外未練が無いのが不思議なくらいだが、家の事は、まあ両親と弟が居るから良いだろう。
それに、数年行方不明になった後で帰っても色々面倒くさいし。
帰りたいのは、どちらかと言うと欲の部分が強い。美味い食事、便利空間、漫画、ラノベ、アニメ、ゲーム……。
逆に言えば、それが満たされているなら未練は無い事になって……。
『帰らないよ、トリアを置いて……帰りたい、より、帰りたくない、っつーか……あ、寝る……限界かも』
意識が遠のく気配を感じて、そう言い残して、イルマは意識を手放した。すぐに寝息が聞こえてくる。
トリアは、イルマの服をぎゅーと掴んで、そのまま暖かいものに包まれたような気持ちのまま、眠りについた。
プロヴィデンス祭編終了。
【プロヴィデンス教会の行事警備】
冒険ランク:C
魔力ランク:B
依頼者:プロヴィデンス教会王都本部
報酬:80G ※教会から食事が提供されます。不要な場合は事前に申し出てください。
プロヴィデンス教会王都本部にて1年に1回行われる「還天の儀」が執り行われます。
名を秘された神の使徒の動きが活発化している情勢を鑑みて、今年は冒険者による警備を増強して執り行われることとなりました。
日の出から日没までの間、儀式が行われるプロヴィデンス教会王都本部周辺を警備してもらいます。
連携が重要になるので、クラン単位での受領を歓迎します。
ただし依頼の性質上、要件を満たさないクラン員が参加する場合は別途「低ランククラン員監督誓約書」の提出が必要になります。
王国魔法騎士やプロヴィデンス教会の神官戦士との合同警備となります。身なりや振る舞いには十分気を使ってください。