プロヴィデンスマギア5A
新たな街へ。
プロヴィデンス祭が表向きには無事終わり、リプティに直接お礼を言われるイルマ達《ミネルヴァズオウル》。《名を秘された神教団》の有力な戦闘員を捕らえたと言う事で、プロヴィデンス教団としては彼らの意識が戻り次第、事情聴取──と言う名の尋問を行うと言う。
何か分かれば、自分たちにも知らせて欲しいと言い、彼らの武器に使用されていた魔石とミスリル素材、そして礼金を含んだ依頼達成金を受け取る。
そのままキオティアに帰るのも損だと言うことで、王都の魔道具屋などを巡り、これからの冒険に役に立ちそうなものを探すも、ルコに教えてもらった魔法と、そう変わらないものしか売っていない。あと高い。魔法って、魔導書って高いんだなと、ぺしょぺしょになるイルマ。
何より、それほど強いもの、役に立ちそうなものが無いの言うのが厳しい。これ以上のものとなると、魔法研究をしている者に直接逢って交渉するしか無いと聞く。
コネはあるので、冒険者ギルドに仲介して貰い、王宮学者のメイに手紙を書く。
『知り合いに、面白かったり変な魔法の研究をしている者が居れば、紹介して欲しい。連絡はキオティアの冒険者ギルドまで』
そんな手紙を出し、次の日にはキオティアに帰ることにしたのだが、帰り道は冒険者ギルドに借りた馬と馬車で帰ることになる。そろそろ、せめて御者を除いた8人ほど乗せられる馬車が欲しいと思いつつ。
キオティアに帰り、しばらくは近隣の依頼を手分けして受けて時を過ごす。
イルマがトンネルを開通させてから1ヶ月ほど後。イルマが王都から帰って20日ほど経った頃、冒険者ギルドでイルマにエイビスへのトンネルが開通したと連絡があった。
しいては、開通式をやるので参加して欲しいと言う連絡が王宮からあったと言う。
なら、その時に一緒にエイビスへ行ってしまうか。と言う話になり、王都から帰る時に考えていた大型馬車の話をアンリエッタに相談する。
そんな馬車を持っている冒険者、居ないと言われるが、8人乗りの馬車となると、馬は二頭立てになるだろうと言われる。
しかし、二頭立てとなると運用コストが倍増以上するだろうと言われ、イルマならばテイマーを仲間に引き入れて魔物を調教して馬車を引かせた方が良いのではないかと勧められる。
イルマは、なら。と、冒険者ギルドのクランメンバー募集で、テイマーを募って欲しいと言う。条件は、魔力ランクB以上、性格不問、面談あり。と言った感じで募集をかける事にした。
魔力ランクにこだわる理由はあるんですか? と聞かれれば、性格云々より先に、自身である程度の魔力ランクの魔物を調教できている者でないと、いきなり魔力が上がった時に対応出来んだろうと伝える。
それを聞いて、アンリエッタは納得し、『……クランリーダーが、特殊な……魔力を上昇させるような能力を持っていることは伝えてよろしいのですか?』と聞いてきた。
イルマは、あれ。アンリエッタに自分がプロヴィデンスであることは伝えていたよな……? と、思い出そうとするも、『……いや、面談した時に、俺から伝えるよ。変に広まっても、だし』と言えば、アンリエッタは分かりましたと頷いた。
『……そういえばイルマさん、開通式のすぐ後にエイビスに行くのなら、冒険者では一番乗り出来ますよね? なら、頼まれて欲しい依頼があるんです』と、アンリエッタはエイビスの冒険者ギルドに手紙を渡して欲しいのだと言ってくる。エイビスとの交流が無くなってしまった事から、彼の街にこちらの近況を知らせ、王都側とのトンネルが開通した事を伝え、そしてあちらとの情報を交換したい、らしい。
イルマは、向こうでも冒険者ギルドには寄るだろうし、手紙くらい良いよ。と伝え、ギルドからの依頼でエイビスに行くのなら、また馬を二頭貸して欲しいとお願いした。
『今回は留守番は無いんですか? 誰か残ってくれても、こちらとしては有能な冒険者が残るので嬉しいんですが』
と、言ってきた。イルマは、初めての街なので、一度目は一緒に行きたいんだと拝んだ。アンリエッタは、分かりました。それなら、用意しておきますよ。と請け負ったのだった。
次の日。
予定通り、冒険者ギルドで手紙と、溜まっていた手紙と、『これは?』雰囲気の違う手紙……と言うより封書だ。冒険者ギルドの蜜蝋で封がされており、他の“手紙”とは雰囲気が違うものだった。
アンリエッタは、イルマについての紹介状です。と答えた。なるほど、他の冒険者ギルドで活動するのに便宜を払ってもらえるようにして貰えた訳か。
イルマは、特に深くは考えず、礼を言って受け取った。
それが、イルマのこれまでの業績を書き連ねた、職務経歴書のようなものであった事には気付かずに。
それと、馬だ。幾許かのレンタル料はかかるが、マトモに街の厩舎に借りる事を考えればかなり格安だ。
それに、あちらでどんな事があるか分からないのでイルマの魔力結界……ファミリアのものと共有する事が出来る事も考えると、連れていくファミリア──仲間は多い方が良い。
──早く大型馬車が欲しい。帰ってくる頃には進展しているだろうか。
流石に昨日今日でクランメンバー募集の返事は無いようだ。そもそもテイマー募集と言うのが変わっている募集なのだ。そりゃそうだな、とイルマは納得せざるを得ない。
アンリエッタは、王都の冒険者ギルドにも連絡して掲示してもらうことは出来ると言っているので、頼むことにしてイルマ達《ミネルヴァズオウル》は開通式に出席する為に、王都を経由してエイビスへのトンネルへと向かうことにした。
開通式
それから一週間ほど後。イルマ達は、出資した商人達に混じって開通式に出席した。
開通式と言っても現代のように偉いさんがずらーっと列席して長々とタメニナル話を言ってくれたり、最後にはテープカット、拍手。と言う事は無い。王の書記官とやらが、王から受け取った羊皮紙に書かれた、これまでの経緯、これからの展望を読み上げ、開通。あっさりしたものだった。
ざわめきの中、商人たちがそのまま列を成して馬車を通らせていく。イルマ達は一番後だ。おそらく出資額順か商人ランク順か。なにせイルマの商人ランクは、D。この中では間違いなく一番下だろう。商人ランクも最低はEなのだが、このトンネルに出資したら自動的に上がってしまった。まあ……冒険者ランクより商人ランクが上がった事に関しては抵抗感が無い。……借り物の力で成し遂げたものでは無いからだろうか。
イルマ達の順番が来る。
今回は、エイビス側に開通の連絡が行きようがない為か、向こう側から馬車はやって来ない。
トンネル内には馬車の車輪が転がる音と馬の蹄が鳴る音だけが響く。
不思議と、雑談は無い。しばらくすると、前方から歓声のようなざわめきが聞こえてくる。
なんだ? と思い、焦れったい気持ちが湧き、馬の脚を早めようと手綱を握り締めるが、前は詰まっている。
深呼吸し、順番通りにトンネルを出た。そこには、水平線が見えた。蒼空と海の青が混じっている。トンネルが山をくり抜くものだとするのなら、海抜よりは高い。つまり、海を見下ろすことになって、林を抜けて少し離れたところに街が、エイビスが見える。
良い景色だ。潮の香りがする。思わず、感嘆の息が漏れるほどだ。商人達は、これを見て歓声を上げていたのだろう。
その証拠に、御者席にいるイルマのところまで馬車内の女の娘達が近寄ってきては、それぞれ歓声を上げている。
最後尾特権で、しばらくイルマは景色を楽しんでからエイビスへの道を下ることにした。
交易都市エイビス
街に到着する。そこは悪徳領主によってサザンクロスと名前を変え、何故か作られている巨大建造物ピラミッドに奴隷と化した街の人間が一抱え以上する石を引きながら列を成して、モヒカンがヒャッハーと言いながらムチを振るう、時は正に世紀末──!
──なんて事はなく、交易都市エイビスは、人々がざわめき通常通りの営みを続けている。少なくとも、港町独特の喧騒に包まれ、表向きは何事もないように見える。
今は、所属不明の馬車達が急にやってきたので、なんだ? のばかりに歩みを止めて、こちらを見ている。
自分たちは商人じゃない。商人達がそれぞれの取引先に向かう中、イルマ達は冒険者ギルドへと向かう。
なんでも知っているルコに聞きながら、手綱を引き、上層が終わりかけたところにある冒険者ギルドへと馬車を停めた。
冒険者ギルドは、昼下がりと言う事もあるのか冒険者の姿は無かった。
受付にギルドマスターであるファーマと言う女性が居たので、クランメンバーで押しかけて、用事である手紙の山を預けた。
ファーマは、彼ら──イルマ達が王都から来た事に驚いていた。トンネルが開通したと聞いて二度びっくりしていた。
彼女が言うには、この街、エイビスは王都との交易を禁止してしまっているのだと言う。トンネル事業がストップしてから半年。これ幸いと、領主であるアルド・ステロンは王都との全てのやり取りを禁じてしまった。王都への山道を通ろうとする者は捕らえて罪を着せたり、山に棲む盗賊と結託して商人を襲わせたりしていると言う噂もあるらしい。
そして、それらを話終わると、キオティアの冒険者ギルドからの、あの紹介状を手に取った。
封を開けて中を確認する、ファーマ。静かになってしまったので、女の娘達に、暇であったら依頼ボードを確認してきて、どんな依頼が残っているか確認してきて欲しいと言うと、トリアとアンナが残った。
紹介状を読み終えたファーマは、少し考えてイルマに依頼があると言ってきた。
イルマは、手紙の返事を届けてくれるように言われるのだろうか。と考えるが、ファーマが言ってきたのは、アルド・ステロン──噂の悪徳領主の調査だった。
アルドには、黒い噂がある。いわゆるエイビス王都間の交流が絶たれる前から、山の盗賊とやり取りがあり、貿易利益の中抜き、王都からの税金支払いの誤魔化し、等など。
それが、トンネル事業がストップしたと聞いて、それが酷くなった。
が、それを調べるにはエイビスの人間だけでは厳しいのだという。
それに、この冒険者ギルドの閑散とした感じも影響を受けているのだそうだ。
エイビスは言ってみれば大陸の端。近隣のものだけでの依頼と言うのは少ないと言う。それよりは、王都近隣まで出ていって魔物を倒したり、商人の護衛をする事で生活を成り立たせているらしい。
が、今では船に乗り込んで漁や貿易の護衛や、それこそ漁師の真似事をする事で、運良く倒した海の魔物を持ち帰って解体をしてもらいに冒険者ギルドに来るくらい、なのだそうだ。
つまり、彼らが帰ってくる夕方頃までは大体暇だと言う。
イルマは、なるほど。それでこんな閑散と──と思い、冒険者ギルドを見回す。依頼ボードには依頼が貼られているが、ボードの前にいる女の娘達の様子を見ると、難度が高すぎたり低すぎたりするようなものばかりなのか、微妙な反応だ。
しかし、領主の調査と言っても何をすれば良いのか分からないので正直にそう言うと、宿はこちらの指定する宿に泊まって、後は領主の情報を集めてくれると良いとの事だった。
アルドは、警戒心の強い男なので、冒険者ギルドが世話をしている外部の冒険者が、自分を探っていると知れば何かしらの動きを見せるだろう。そこに対処してくれれば隙が生じる、ひとまずはそれで充分なのだと。
うーん。と、考えているイルマの後ろから、アンナが口を開く。
何故イルマに頼むのか、と。これからエイビスには王都から冒険者がやって来る。それからでは駄目なのか、と。
そうすると、ファーマは頷いてこれからの未来予想図を話し始める。
これから、王都から商人や冒険者、旅人がやってくる。トンネルが開通したのなら、険しい山道を通らなくても済むので、その量は以前より多いものになるだろう。
すると、アルドのやっていた事を隠しきれなくなる。アルドは更なる嘘を重ねようとするかもしれない。
今度は、更に巧妙に、もしかすると強引に。そうすると、王都との関係性が悪くなり、最悪王都からエイビスを支配しようと兵を向けられるかもしれない。
そうなったら被害に遭うのは民であり、冒険者だ。戦争になれば、漁は止まり、何とかやっていけている結界柱の維持が出来なくなり、結界が消失するかもしれない。いや、戦争になれば、王都からの制裁があれば、遠からず訪れる未来だ。
だから、そうなる前に動き出しておきたい。イルマ達《ミネルヴァズオウル》の活躍は、キオティアのアンリエッタからの手紙で読んだ。
潜在魔力ランクSの冒険者が二人、他の全てのメンバーはA。それを纏める、魔力ランクBの、ミスリル装備に身を固めた謎の男。
キオティアに来てすぐ、満開樹を撃破し、バレートータス、ミスリルワイバーン、ゴーレム、更に最近ではオリハルコンゴーレムを倒したというでは無いか、と。
そんな冒険者ランクCは居ないでしょう、とファーマはイルマを見る。
全て仲間のおかげだ。それに、オリハルコンゴーレムは、半壊していて行動が制限されていた、と言うのだが、それでも。
それでも、貴方は王国最強の魔法剣士を倒したんでしょう。と、畳み掛けてきた。ファーマは、ちらりと依頼ボードの前で眉を寄せているマインを見る。
王国最強を倒したクラン、そして仲間に引き入れた《ミネルヴァズオウル》なら、もしアルドから妨害があっても跳ね除けるだろう、と。
お願い、エイビスの未来の為に協力してください。と、頭を下げられた。
理詰めの後に感情で来られて参ってしまったイルマは、溜息をついて、『分かったよ。けど、期待しないでくれよ』と、請け負う事にした。
ファーマは、安心したように、ようやく笑顔になって礼を言う。
なら、宿に案内するから、少し受付を代わってもらうと裏に引っ込んで言ってしまう。
イルマは、面倒なことになったなあと漏らすと、トリアは『大丈夫ですよ、イルマさんなら何とかなります!』と、根拠の無い太鼓判を押してくれ、アンナが『ご、ごめん』と謝って、イルマの袖を摘み、『フォローしたつもりが、まさか、あんなに返ってくるとは思わなくて』と、珍しくアンナが弱っている。イルマは、『想定外だったって事か』と聞く。『そう、そうね。想定外だった、かも』『……想定外になってるアンナが見れただけで満足感はあるな』などとやり取りして、アンナが『なんなの、それ』と、視線を逸らした頃、ファーマがギルド職員を連れて戻ってきた。
エイビスを歩く
ファーマの紹介で、なかなか上層の良い宿を紹介してもらい、荷物を置いたあと、夕刻のエイビスの街を歩きながら領主アルドの情報を調べることにする。
口にするのは簡単だが、ひとまずエイビスの地理を調べながら大通りを進む。
エイビスは、大まかに言えば、冒険者ギルド等のギルドが点在していたり旅人向けの店や宿がある上層、いわば行政区に当たる建物があったり、公園がある中層、港や酒場など歓楽街が集まっている下層と分かれている。もちろん、街の人が暮らす住宅に関しては、各層に点在している。ただ、金持ちは中層に住んでいる事が多いのは、家の大きさを見ればよく分かる。
下層まで来た時には、沿岸の漁から帰ってきたのか漁師達が作業しているのを眺めながら、これからどうするかねえと夕焼けに染まる海を見ながら黄昏れる。
ネコと一緒に水揚げされる魚を美味そうだなあと見つめる。
いいかな、と。アンナが軽く手を上げる。アンナ・クルニコワくん。と指名して発言を促してみるイルマ。
『なにそれ』と笑いながら、アンナは『情報収集するなら、チームを分けてみたらどうかな?』と提案してくれる。
確かに、イルマを含めて8人全員でゾロゾロと動くのは効率的じゃない。
『アンナ』『なに?』『それ採用。じゃあ、3・3・2で別れるのか?』『それだと多分、2の班が大変だと思う。4・4で別れるのが良いんじゃないかな?』
うーん、それもそうか。『……でも、マインはイルマの班で預かった方が良い、かな』『ふふ、分かっているじゃない。アンナ?』『嬉しそうな顔しないで、マイン。貴女を、問題児扱いしただけなのよ、私は』『そう? まあいいわ、結果が全てよ』
確かに。マインの班は苦労しそうだな、と苦笑しつつ。別班はルコか、アンナをリーダーとして考えた方が良さそうだなとイルマは考えた。
自分のところは、トリアとマイン、ネコあたりが良いかと思った。なんだかんだで、トリアとマインの相性は良いようだし、ネコとは一緒に魚を食べて感想を言い合いたい。
すると、別班はヘキサ、ルコ、ノエル、アンナとなるか。……静か過ぎるか? いや、女の娘同士だと色々話し合ったりするところを見るから、大丈夫かと楽観的に構えようとイルマは、アンナに班分け案を言う。
『──と、言うワケで。アンナは、ヘキサ、ルコ、ノエルと一緒に情報収集してくれ。ルコは魔道具屋だったのなら商人ギルドには加入してるんだろう?』『ええ』『なら、商人ギルドにも様子を聞けそうなら聞いてくれ。あと、食事は出来れば下層の酒場で摂りつつ、領主の評判を調べてくれ。俺たちは、港を中心に領主の基本的な情報、愚痴などを調べる』『分かりました、主様』
『ヘキサ、領主に名を秘された神教団との繋がりが無いか知らないか?』『そうですね、私が知る限りでは無かったかと……』
そうか、と頷いて。なら、そちらのセンは探らなくて良さそうかと考え。
『イルマ。今から夜だと、ルコの伝手を当たるくらいしか出来ないと思う。それほど詰め込みは出来ないぞ?』
と、ヘキサに言われてしまったので、それもそうか。と思い直し、『よし、じゃあ晩御飯食べたら宿に集まって、作戦会議しよう。あと、そうだな』と、笑って、『晩御飯がどんなものを食べたか、美味しかったかも教えてよ』と言って、笑いあった後で解散となった。
さて、と。『とりあえずうろついて、美味そうな魚を買って帰るついでに、ここらでの領主の評判を聞いてみようか』『魚! 分かったにゃ』『お魚、イルマさんの気に入るものがあれば良いですね』『イルマ、魚好きなの?』と、何故か皆魚に食い付いてきたので、『俺の産まれた国の奴らは大体魚好きだと思うなあ。嫌いな人も居るけど、レアだと思う』などと雑談しながら、港を散策する事になった。
その日の夜、宿屋にて。
港町の新鮮な魚と肴に舌鼓を打って、軽く酒も飲んでご機嫌で帰ってきて、ルコ達と合流。
トリアのアイテムボックスに、買い付けた魚。アジやら鯛やら色々な魚があったので、けっこう散財してしまった。
なんだかんだで港町を楽しんでしまったので、ちゃんと情報収集もした。
港での領主への評判は、まあ悪く無いものだった。と言うか、悪いものも良いものもあった。
冒険者からの評判は悪く、漁師からの評判は普通、荷揚げ業者からの評判は良いものだった。
荷揚げ屋からすれば、仕事に困るものは無いので、どうでも良いと言ったところだったが。
まあ冒険者が完全に煽りを喰らっている状態だったので、自分たちが王都から来た事も伝えると、どうやって来たんだと聞かれたので、トンネルが繋がったんだよと、こっそり教えておいた。
夜に、彼らのパーティ等から噂は広がって行くだろうか。
ルコ達と、宿の食堂を使わせて貰い、集まって情報交換する。
商人ギルドでの領主の噂は、ファーマに聞いたものを補強するものだった。
むしろ、実害を受けているのは商人達なワケで、口さがない商人達からルコは割と愚痴られてしまったようだ。イルマは、そんな事になるとは。悪かった、ごめん。と手を合わせて謝った。
ルコは、よろしいですよ。有用な情報も手に入りましたし。
と笑った。ルコが言うには、領主の御用商人になれば、王都との交流が絶たれる前から盗賊に襲われる事は無かったそうで、それまた露骨だなあとイルマは苦笑してしまう。
料理はどうだったかと水を向ければ、口々に新鮮な魚と言うものは、あれほど美味いものだったのかと感想が聞けたが、どれも焼き魚や鍋の感想だったので、生は食べなかったのかと聞いたが、『あれを食べたのか?』と、引かれてしまった。
確かに、ネコにまで『生はやめとく方が良いにゃよ、ご主人』と止められてしまったのだが、『美味いのに』と、注文したものだった。結果的に、あまりに美味そうに食べるイルマに当てられて、マインが口にし、トリア、最後にネコが食べた。
そう。あったのだ、生魚が。醤油もあったので醤油で煮た魚もあったのは驚きだった。生魚はサラダのようなカルパッチョが主だったので、酢もあるのは分かっている。
米もあったので、イルマは涙が流れてしまったほどだ。これには皆、ぎょっとしていた。
以前、海鮮丼が食いたいと釣りをしたことはあったが、あれの結果は何か……違うものだった。米もあったが炊き方は微妙だったし、食べたのはタコだけだった。
だが、今回のこれは、何と言うか、本物だった。色々足りない所はあるのだが、本物を感じられた。だから涙が出たのだ。
それに、これらの組み合わせを変えれば、寿司も海鮮丼も出来る。
夢が広がる。
明日の夕食は、何なら自分が作っても良いくらいだ。と、そんな事を言うので、皆に驚かれてしまった。
『イルマ、料理が出来るのか?』と、ヘキサに言われてしまった。
『失敬な』
いやまあ確かに、キオティアではイルマが食事を作ることは無かった。
キオティアで作れる料理もあるのだが、イルマが知っている料理で作れるのはサンドイッチくらいで、他は素材が足りないものばかりなのだ。
香辛料が無いので、どうしても物足りないものばかりになってしまう。揚げ物を作ろうとしても、大量の油が必要になるので、二の足を踏むし、ソースの作り方が分からない。塩だけでは下味が物足りない。などなど、理由を挙げてはキリがない。
それなら、トリアやルコなど、最近ではノエルが知っている調理法で作った方が失敗がないのだ。
だが、交易都市のエイビスなら、必要なものは大体揃うだろう。
酢があるなら、もしかすれば味醂もあるかもしれない、米酒もだ。
料理のさしすせそで挙げられているものの、味噌以外が手に入る可能性がある。いや、味噌もあるのか……!?
夢は広がるばかりだ。
『明日は、市場を中心に情報収集してみよう。そうすれば買い物も出来るしな。料理をすると言っても、足りないものがあるかもしれないし』『ほ、本気なのだな……意外だ』『ヘキサが俺を、亭主関白野郎だと見ていたのはよく分かったよ』『カン、パク?』『あー。えー、公爵とかになるのかな……こちらでは。とにかく偉そうにふんぞり返って威張ってるって事だ』
摂政は居そうなのに、関白となると分からないのか。と、苦笑した。
『公爵様は、別にふんぞり返って威張っては居ないが……』
不敬だぞ。と、苦笑するヘキサに、そう言えば王都の貴族階級はどうなっているんだ、と聞いてみる。
王都の階級は、ヨーロッパ的なものであるようだった。男爵から始まり、公爵に終わる。その上は王のみだ。
『昔は、辺境伯と言う階級があったのだがな』『ロマンだね、辺境伯。今は無いのか』
そう聞くと、魔物達に領地が滅ぼされ、そのまま唯一の辺境伯ゼアテルス家は絶えてしまったのだと言う。
『ふうん、祇園精舎の鐘の声、盛者必衰の調べあり、か』『またよく分からん事を言うな、イルマは。それも、キミの国の言葉か』と笑われた。
そんなところだ。と笑って、『もう話しておく事は無いかな?』と皆に聞くと、特にないようだったので、その日は旅で疲れているのでそれぞれに宛てがわれた部屋に戻ることにした。
『そう言えば主様。今日の夜はどうしますか?』
と、ルコが聞いてきたので、皆の動きが止まった。『少し飲んじゃったからなあ。勃つか分からんよ?』『少しくらいなら大丈夫でしょう』『そう言うなら、ルコ、アンナ。おいで?』『分かりました。……アンナ』『お、お風呂入ってからね』『別に二人の匂いを堪能出来るから、そのままで良いぞ』『私が気にするの、もう、変態!』『なら皆で一緒に入るか、ははは』『にゃー』『宿泊客は私たちだけですし、宿の人に伝えておきましょう』『そうね、皆でアンナの準備を手伝ってあげましょう、ふふふ』『さんせーい』『マイン、変なことしないでよ……!? トリアまで……。イルマの悪い影響を受けすぎよ、貴女!』『にゃごにゃー』
夜は更けていく。
そして、朝になった!
宿で出た朝食を食べ、イルマ達は市場に赴き、また二班に分けた。今度は、イルマとマイン、ルコとアンナ。トリアとヘキサ、ネコとノエルに別れる事にして、イルマ達は調味料と食材を探し、トリア達は市場を巡りながら良さそうなものを見て、領主の評判と王都からトンネルを通ってやってきた事を広めて貰う。
イルマは、見つけた調味料を端から購入していく。酒も味醂も見つけた。
ただ、想定外だったのは、調味料は壺買いか樽買いだった事だ。
一升瓶なんてものは、無かった。当然である。
普通、こんなものは荷車で購入する店の仕入れか、住人が量り売りで入れ物を持ってくるかだったのだ。
トリアを呼び出すワケにもいかないので、宿まで戻って荷車を借りて運んだ。
しかも、荷車を戻してから手持ちで食材を買い付けようとしていたら、トリア達に出くわし、タイミングの悪さを呪った。『イルマさん、大変だったんですねー。私が居たら良かったですね』『うっ。いや、想像出来なかった俺が悪い』
仕方ないので、午後はトリア達も合流して買い物する事にして、先に昼食を食べに行く事にした。上層の宿がやっている食堂に入って、土地の名物を食べる。すると、貝の味噌汁があったので、味噌もある事を発見したので、店主に何処に売っているかも聞いたりした。
午後は、結局8人で動きながら、食材の買い付けと武器屋を眺め。良い時間になったので宿に戻って台所を貸してもらって食事を作る。
浅い木桶に大量に炊いた米を分けたものを敷き、ルコに涼風を吹かせて貰いながら酢を混ぜ込む。
『すごい臭いですね』『炊いた米に混ぜるとな。馴染むとマシになる』
醤油と生姜を使って、酒と味醂で味を整えて魚を炊く。
『いい匂いにゃ』『店で出すヤツには味醂と生姜が足りなかった』
魚の乾物と昆布で出汁を作る。これからの事も考えて大量に作ってトリアに小分けしてアイテムボックスに入れさせる。
『アイテムボックスの中で混ざらないでしょうか』『何と?』『えっちな道具とか、衣装とか、魔物の素材と』『それらが混じってないから大丈夫だろう』
貝の味噌汁も作る。だし汁で貝を炊いておく。そのまま味噌を溶く。
この世界では貴重な卵を出汁汁で伸ばし、塩と砂糖で味を整えて、焼きながらヘラで形を整える。
『美味しそうな匂いがしてきたけれど』『マイン、味見してみるか?』『……後の楽しみにしておくわ』
これだけでは足りないだろうから、根菜と肉で肉じゃがを作る。醤油と酒と味醂があるから作れるようになった。他、思いつく煮物を作ろうとしたが……また今度にしようと思った。もう十分だろう。
『よし、どんどんアイテムボックスに入れて行ってくれ。出来たてで提供出来る。順番考えないで良いのは楽だなあ』『見た事ない料理ばかりです』『俺の故郷の味だ。舌に合うかなあ』『匂いは凄く良いですよ!』
後は、トリアとルコとヘキサに手伝って貰って、捌いた魚を短冊切りにしていく。
卵を錦糸卵にしたり、紫蘇の葉も切ったりして、なるべく故郷の、日本の味を再現する。
『よし、こんなものか』『完成ですか?』『ああ。皿に盛り付けて食卓に運ぼう。醤油も忘れずにな』『この黒いのですか?』『これが大事なんだ。どれだけ探したことか』『そう言えば、オクトパシーを釣った後、料理した時にもそんな事言ってましたか?』『そうだっけ?』『ええ、ショウユがあればなあとか』『まあ、そうだな』
そう言われれば恥ずかしい。
あ、そういや、その時のタコ残ってたな、出してくれ。茹でて切ろう』『あ、はい』
そんなこんなで、料理が完成するのは、少し遅れた。
結局、海鮮丼に味噌汁、肉じゃがに魚の煮物、カルパッチョにだし巻き玉子と、なんともカオスな食卓になってしまった。
『美味しそう。本当にイルマ、貴方料理が出来たのね』『失敬な。調味料が揃えば出来るよ』『ごめんなさい、馬鹿にしたつもりは無いのよ』『にゃー。早く始めるにゃ』『イルマさん、行き渡りましたよ』『オーケーだ、ノエル。じゃあ始めよう』『いただきます』『プロヴィデンス様、今日もありがとうございます』『……プロヴィデンスは俺なんだがなあ』『はい、今日はイルマさんにも、ありがとうございます。ですね!』『むーん』
醤油差しから、直接海鮮丼にかけて食べる。美味い、文句があるなら山葵が無いことか。流石に山葵は探しきれなかったのだ。
流石に自分で作ったもので、昨日のように涙を流すことは無い。昨日は、いきなりイルマが泣き出して、あのマインさえも取り乱していたのだ。
皆の評判も良かった。中でもだし巻き玉子と肉じゃがが好評だった。
海鮮丼は、慣れると不思議と箸が進むとの事で、カルパッチョも同じような感想だ。
味噌汁は、少ししょっぱいそうだ。けれど、それだけじゃない安心する何かも感じるとの事。多分出汁のおかげだ。これも慣れれば、病みつきになるだろう。後で、トリア達にレシピを教えておこう。
そう思いながらイルマは、久しぶりの和食を異世界で堪能出来るようになったのだった。
激突、悪徳領主アルド・ステロン!
次の日は、少し遅めに行動を開始した。夜に、マインとトリアを相手して少し寝るのが遅くなってしまったのだ。
と言っても、種は撒いたので後は向こうの出方待ち。冒険者ギルドに行って、ファーマと打ち合わせをしたりして、周りに『あいつらと冒険者ギルドは繋がっている』と見せ掛けたりした。いや、見せ掛けるも何も、そのままその通り繋がっているのだが。
その日は、トリアとマイン、ヘキサと行動する。そろそろ領主側の動きがある頃かもしれないので、尾行だとか見張りを迅速に気付けるようにするチームだ。
トリアに関しては、まあ、昨日のこともあるので、念の為連れ歩いている。
ファーマは、イルマ達をギルドの個室──キオティアのギルド長室に似ているので、恐らくは彼女の私室なのだろう──に案内し、報告しあう。
ファーマの耳には、王都から来た冒険者が、トンネルを通ってやって来たと言う事と、王都へのトンネルに向かおうとした冒険者や商人を街の入口で止めていたりしていて、街の出入りの内、出の部分の締め付けが以前より強化されている噂と事実が入り交じった情報が流れてきており、また、その王都から来た冒険者が領主の事を調べ回っていると言う噂も冒険者の中で広まっているらしい。
そして、それらの人間が領主への不満を溜めているとの事だ。
その原因は? もちろんイルマ達だ。早いのなら今夜にでも仕掛けてくるだろう、と。昼間は流石に対面を気にして表通りでは仕掛けてこないのではないだろうか、と。希望的観測だが、相手の性格を鑑みた推測が立ったので、こちらはその通りに動くだけだ。
ファーマと別れた後は、暇になってしまった。
時間は昼下がりと言ったところか。
ここから、夜に襲撃。となれば、夕食を食べている暇は無いかもしれない。なら、今のうちに食事を終わらせておくべきか。
そう思って、イルマはルコ達と合流する為に商人ギルドへと向かった。
彼女たちには、再び商人ギルドへと赴いてもらい、冒険者と言う立場を利用して荷物の運搬を手伝えないかと交渉して貰うことにしたのだ。
もちろん、その依頼を受けられなくても良い。イルマ達が、街を王都側へ出る手伝いをすると言う匂いをさせるだけで良いのだ。
商人ギルドは、騒ぎになっていた。
王都への道は開いたと言うのに、街を出ることは叶わない。
むしろ出るというのなら、高額な金を出門金として取られると言う話になっているらしい。
そんな事をされれば利益は無い。だが、トンネルまで行ければ、王都の助力を借りられるかもしれない。
しかし、それまでの道にある林が問題だ。あの盗賊たちが待ち受けているかもしれない。なら、それを迂回すれば? 今度は冒険者達が海に行っているので街道を外れれば間引かれていない魔物に襲われるかもしれない。かもしれない、が重なり過ぎてリスクで動けず、と言う感じのようだ。
などなど。領主アルドへの不満が爆発しかかっているのだろう。いや、むしろ爆発しているのかもしれない。
そんなギルド受付の端っこにルコ達は居た。
ルコは、イルマに気付くと、経緯を説明してくれた。
商人ギルドに行き、荷運びをやろうかと持ちかけたのだが、今朝に御触れが出て、新たに出門税と言うものをかけるとお達しがあったそうで、そもそも王都側へ出ることが出来ないのだそうだ。
エイビスの門は、一番大きい東門の他には南北に小さめの門がある。
その全てに監視の兵が置かれていて、商人の出門に制限がかけられてしまったらしい。
勿論、抜け荷をやる手もあるのだろうが、街から抜けるのを誤魔化すのは難しいらしい。
そうしている内に商人のひとりが不満をぶち上げて、商人ギルドへの追求が始まり、領主への不満を言い合うだけの空間になってしまったそうだ。
ルコ達は、巻き込まれないように、しかし動向を探るために端っこで見ていたそうだ。
そこでイルマは、そろそろ領主が動くかもしれないので、夕食が取れないかもしれない。だから、遅めの昼食と行こうよと提案した。
商人ギルドは、ひとまずこのままだろうとルコ達も思ったのか、それを受け入れ、近くにある食堂で食事を摂る事にした。
時刻は夕暮れ、魔力光による街灯が輝く前。結界柱の輝きがオレンジ色の空に馴染み、ある意味一番街では暗い時間だ。誰そ彼れ刻とは異世界の、この街でも通用することばなのかもしれない。
尾けられている、と気付いたのはマインだった。
このまま宿に向かえば、宿の人間も巻き込む。イルマは、そう言って中層──領主の館まで引き付ける事にした。ここまで来たら隠す必要は無い。裏道を、尾行を撒かない程度に進み、領主の館、その裏門辺りで囲まれた。
5人。それぞれが武装している。
『領主の依頼か?』と聞くが、黙ったままだ。そのまま襲いかかってきたので、問答無用かと打ちかかってくる剣を弾く。視界の端で、マインが問答無用とばかりに大鎌で襲撃者の一人を切り払って追撃を加えて吹っ飛ばしていた。『殺すなよ、マイン!』そう叫びながら、イルマは氷結魔法を撃って自分が相手にしている者の腰から下を氷漬けにする。しかし眉根を寄せるマインを見て、もしかしたら殺っちゃったかもしれんね。と心の冷たい部分が感じる。
『背後関係を洗う! なるべく殺すな!』と、どちらが悪役なのか分からない言葉を言いながら、トリアの援護を行う。流石にただの村娘だったトリアに対人戦は厳しいだろうと思ったのだ。
トリアの鉄拳に攻撃を受け止められた襲撃者に大剣を振り下ろしながら、そんな自分は何故こんなに戦えるのだろう。と思ったが、相手がこちらに明らかに敵対している悪人だからか。相手がザクなら人間じゃないんだとか、そんなヤツだろうか。
そんな時に裏門が開いて、中から見覚えの無い、ミスリル装備で武装した、恰幅の良い男が人を連れて姿を現した。
『やれ』と、粗野な男達に命じて、その男たちはイルマ達に襲いかかる。とにかく、イルマに考える隙間を与えてくれない。辛うじて、『お前がアルド・ステロンか』と言うと、意外にも答えは返ってきた。『単なる冒険者が、領主の私に逆らうとはな。リスパダールのヤツが、目をかけているのただろうが、ここまでだ』リスパダールって誰よ。いや、流石に冗談だ。ファーマの事だ。
しかし、これで襲ってきた連中の背後関係なんて探る必要はなくなった。なんせ、背後に居る張本人がノコノコと出てきてくれたのだ。
だが、ここまでなのはどちらかな。
イルマは、そう思って剣を構え直す。
アルドは、後方に下がり、手下を差し向けてくる。物量で押してこようと言うのだろうが、そこは《ミネルヴァズオウル》。一進一退にもならず、二進、三進と領主陣営を押し込んでいく。けっこう派手な音だとか叫び声とか魔術の光だとかが飛び交っていて、イルマとしては手下に剣撃を加えながら、警備の人間が来ないかと心配になるが、よくよく考えたら警備の大元は目の前のアルドの手下だ。つまり、アルドさえ無力化してしまえば大丈夫だろう。
だが、焦った領主アルドは、『馬鹿な、こうなっては……先生、先生!』と、本当に用心棒の先生を呼ぶ時は、そんなふうにして叫ぶんだなと場違いに感心してしまう声を上げた。
ここで、『どぉれ』と出てくれば完璧なのだが、館から出てきたのは無言で、それでも刀を腰に下げた男だった。
『私に出番が来るとは、よほど追い詰められているようだな、領主よ』と、どこにスタンバってたのか、あっという間にイルマ達と領主の間に滑り込んで来た。
そんな余裕の態度を崩さない用心棒の先生に、マインが音も無く近付き、大鎌を振るう。
重々しい音を立てながら、素早く抜き放たれた刀──イルマの目には、それは日本刀のように見える──で防ぐと、『これは確かに、手こずるのも分かるな』と、目を眇めて男は大鎌を弾く。
『どぉれ』あ、言った。と、イルマは思うが、その身体は動く。拳が輝き、マギアがアンナと繋がる。
《シャットダウン》を放ち、用心棒の動きを止め、用心棒の脇をすり抜けるように領主に斬りかかるイルマ。
援護の魔法が後方から飛んできて、館の裏門ごと領主を吹き飛ばした。『ぬわっ』と、驚く領主に、ヘキサ、ネコが踊りかかる。
用心棒には、ノエルとトリアが挟み込むように動きを阻害する。
そこに掬い上げるような動きで逆唐竹割りのようにマインの大鎌が命中する。『マリシャスコード……!』断末魔の悲鳴を上げた用心棒は、もんどり打って倒れ、進退窮まった領主は味方を盾にしながら館に逃げる。
そこに、逃がすかとばかりにイルマの氷結魔法が突き刺さり、バキャキャッと音を立て、アルドの魔力障壁を破壊する。
そこに、マインの追撃が──と言うところで、『ま、参った! 降参だ!』と、怯えきった顔の領主が叫んだ。大鎌が急制動を掛けたようにアルドの太い首にかかっていた。うーん、殺る気満々。イルマは苦笑して、マインをどうどうと窘める。
『……ふん』と、彼女も鎌を降ろした。領主は、ヒィィ…….と声を漏らした。
『さて、領主アルド・ステロン。お前の悪事、全て吐いてもらおうか』と、イルマが、近付いて見下ろした。先程大鎌がかかっていた部分が切れて血が流れている。臭い。血の臭いだろうか。
そこに、待ったをかける声が響く。いつの間にか夜の帳が降りていた街の光に照らされるように、最近見知った顔が映る。
ファーマだ。彼女は、自分の手勢を率いて、ここまで来たようだった。
そして、この惨状な呆れながらも驚いているようだった。
『イルマさん、ここから先は私に任せてください』と、彼女はイルマにそう言ってきた。イルマとしては、否は無い。
イルマは、分かった。と言って、後は彼女達に任せることにした。
アルドは彼女が連れてきた者に縛られ、何処かに連れていかれる。彼の手勢として襲いかかってきた身なりの悪い者たちもだ。
『それにしても、まさかここまでとは……』と、ファーマが呟いた。
『イルマさん、ひとまず今夜は宿に戻って、明日また事の顛末を知らせます。何があったかは、その時に聞かせてください』と、続けたので、分かったと頷き、イルマ達は宿に戻ることにしたのだった。
次の日。イルマと希望者はファーマの待つ冒険者ギルドまで出向いた。
ちなみに、イルマについてきたのは、トリアとマイン、アンナだった。
結局、ファーマが言うには、領主アルド・ステロンは小物であった。
アルドは、以前から交易で得た利益を、ほぼほぼ独占して関税を重くかけていたようだ。だから、港で情報収集した時に、外から来た商人に話を聞けば、それが分かったかもしれない。だが、不当な税や王都へ払う税の誤魔化しは重罪である。
発覚すれば打首は免れない。そのまはま獄門同好会入りを果たしてしまい、末代までの恥となってしまう。
だが、彼はそれを隠した。あらゆる手段を使って。盗賊も使い、王都からのトンネル事業の中止も利用した。
そして、今回の王都からの商人、そして冒険者が自分の身辺を探っている。それは、ファーマの想像通り、彼にとって危機に思ったのだろう。
なりふり構わない手段で商人を街から出ないようにし、臭いものに蓋をするようにイルマ達を襲った。
普通の冒険者なら、領主に睨まれた時点で相当動きにくくなるに違いない、彼はそう思った。それが間違いだった、と言う顛末だったと言う。
イルマも、ファーマの言葉を受けて、昨夜起きた事……尾行を受けた事が発覚したので、逆に領主の館まで襲撃を待ち、領主が直接出てきたので、それを倒したと。
ファーマは、頭を抱えて、ギルドまで来るか宿に逃げてくれても良かったんだと言ったが、ギルドに逃げれば奴らは襲ってこないかもしれない、宿に逃げれば宿の人間に迷惑がかかる。なら、返り討ちにしようと考えた事を話した。
ファーマは、『極端過ぎる……』と、机に沈んだ。それが日本人だからな、とイルマは他人事のように思った。
マインが、『それで、依頼はどうなの? 成功でしょ?』と笑った。
ファーマは、顔を上げて『結果的にはね』と言うが、『結果が全てよ』と、マインは嘯いた。
ファーマは、納得出来ない表情だったが、『確かに、イルマさん達のおかげで、早期解決しました。追加で報酬を上乗せします』と、盆に乗せられた、金貨が入れられている袋を二つ、机に載せた。
それをトリアが仕舞っていると、ファーマは、これから《ミネルヴァズオウル》はどうするのかと言ってきた。
イルマは、しばらくエイビスに留まって、依頼を受けようかと思っていることを伝えると、『それなんですが』とファーマは眉根を寄せた。
『しばらく、エイビスは領主の交代だとかで忙しくなると思います。しばらくは、周辺の魔物を間引くくらいしかやる事が無いですよ』と、ファーマは言う。
イルマは、ううん。と唸って、なら1ヶ月後くらいにまたエイビスに来るか。
と、答えを出した。
『その時は、街の恩人として歓待させていただきます』
と、ファーマは笑ったのだった。
帰ろう
御者はヘキサに任せて、イルマは幌の中で座りながら王都への道を進んでいた。
行って、帰って二週間。長旅だよなあ、とイルマはボヤく。
それが普通よ、とアンナは窘める。
ご主人は、せっかちにゃ。と、干し肉をオヤツに食べているネコが笑った。
けど、合計二週間。王都に泊まれば、その日はゆっくり出来るが、移動魔法……〇ーラ的なものがあったら街から街まで一瞬なんだがなあ。
馬車に揺られていれば、その間何も出来ないし、野営中は、まあ、うん。えっち出来るけど、流石に一人としか出来ないし、もにょもにょ。
と言う訳で、イルマはルコえもーんと泣きつく事にした。
ルコ、街から街へ一瞬で転移出来る魔法とか無いのかと聞いてみることにしたのである。
『ありますよ』『ルコならそう言ってくれると思った!』『シフトポータルと名付けた魔法ですね。色々制限はありますが、主様の願いは叶えられますよ』
やった、夢の〇ーラだ! 制限ってなんだろう、MP8かかるとかかな? と、わくわくするイルマだが、潜在魔力Sでしか扱えない魔法であると言うこと、プロヴィデンスの結界柱がある場所にしか移動出来ない事、その結界柱とリンクしなければならないので、その場に一度は必ず訪れていないといけない事、だとルコは言った。
つまり、魔力S問題なら、イルマだと使えるので問題無い。一度訪れた街でないといけないのは、〇ーラって、そんなものなので違和感も文句も無かった。
『これで旅が、エイビスにも王都にも楽に行けるし、拠点で留守番してる女の娘にすぐ逢える!』
『1000Gです』『え?』『1000Gいただきますわ?』『ぐっ』
イルマは、この展開久しぶりだなあと思いつつ、また『金が無い』と呟くのだった。
シフトポータル取得、保留!
エイビス動乱編終了。
流れ
①プロヴィデンス祭が終わって、様々な依頼を受けるイルマ。冒険者としての日常を送る。そろそろ御者を除いて8人が乗れる大型馬車が欲しいイルマ。そうすると、馬自体も大きい魔物をテイムしたものが必要になるか、二頭立ての馬車が必要。イルマは前者を選び、ギルドにテイマーの紹介を頼む。
②エイビスへのトンネルが開通した。通行料を取って、安全を売る。イルマ達は出資者として無料で通れる。
エイビスに行くのならと言う事で、冒険者ギルドからエイビスの様子を見てきてくれと言われる。
③エイビス到着。港町エイビスは、坂の多い街である。港へ向かって下り坂となっており、街の中腹に領主の館がある。そして、賑やかである。王都と繋がりを捨てたとは言え、他国との海路での交易は続けているので、街自体は平和に過ごせているのだろう。
エイビスの冒険者ギルドのギルマス、ファーマに出逢う。ファーマは、イルマ達が王都方面から来た事に驚く。
④王都と道が繋がったのなら、商人達が、冒険者たちがエイビスへとやってくる。その流出を領主は止めようとする。すると無理が生じる。それは止めなければ、最悪王都との戦になる。調査をするので、手伝って欲しいと言われる。
オリハルコンゴーレムを倒したクランなら、もしもの事があってもなんとかなるだろう。
⑤調査の手伝いと言っても、なあ。となるイルマ達。
⑥何故か領主の館前で領主+護衛と戦闘。なんでだっけ?
⑦割とボロボロになった領主の館前。夜。騒ぎを聞きつけたファーマ達が合流。打ち倒された領主と護衛を見て、そこまでする? となるが、チャンスと見て家宅捜索。不正の証拠が出るわ出るわで領主はお縄。恐らく王都に通報が入った。
⑧エンディング。イルマ達は、エイビスにしばらく滞在する事に。