告知
次女の帰省が終わり、お盆を過ぎた頃、いよいよ病理検査結果とPET検査結果が同時に伝えられる日が来た。この頃の院長はかなりの腰痛と股関節痛があり、家の中でも痛そうに歩いていたわね。私マキが甘えに行ってもしゃがむのが辛いようで、いつもならかがんで頭と腰を撫ででくれるのだけど、この頃はこえをかけてくれるだけだったわ。痛みで杖を付いて外出するような状態だってので、副院長も医大病院に一緒に行って!検査結果の説明を聞きに行くことにしたみたい。
今思えばこの頃が院長腰と股関節の痛みは最高潮だったようだ。夜に寝ていると痛みが始まり1時間置きに起きるようなこともあった。横向きに寝てみたりうつ伏せになってみたりしたが、襲ってくる痛みは変わらない。イブプロフェンやロキソニンといった一般的な鎮痛剤では痛みは抑えられなかった。院長は前にも言ったように骨の腫瘍を強く疑っていたが副院長や娘さん達はただの関節炎では?という程度の捉え方のようだった。近くの整形外科病院にも行って股関節のレントゲンを撮ってもらったけど特に痛みの原因は分からず、「医大でPET検査してるならその結果を待つ方がいいよ、でも痛み強いようだから別のタイプの鎮痛剤出しとくね」と言うことだった。トラムセットという非麻薬系オピオイドを含んだ強い鎮痛剤だ。確かによく効いたようで、その夜は院長は朝まで眠れてようだった。
医大病院での検査結果告知の日、院長と副院長は二人で相変わらず長い待ち時間の口腔外科待合室にいた。2人の顔には不安が見られる。院長は座ってじっとしているよりたっている方が痛みが和らぐので椅子に腰掛けずにいる。その横でこれから伝えられる結果にに不安を抱えて座っている副院長という光景である。
順番を伝える掲示板に番号が表示された。まずは院長だけで入室。いつも丁寧で親切な先生の顔が穏やかでない顔をしている。やはり、いい結果ではないようだ。「たいへんです。思っていた状況ではなかったです。肝臓と背骨に腫瘍あります。腰の痛みはこの腰椎の腫瘍のせいでしょう。口や中の腫瘍病理検査は、腺癌でした。」院長は悪性腫瘍を予想していたのでそれぼと驚かなかった。ただ腺癌と聞いて下顎骨になんで腺癌?という疑問を感じたが。すぐに待合室の副院長を診察室に呼び入れた。副院長は口腔外科医の説明を聞いて、泣き出してしまった。院長はじっと座っているより腰が楽なように立っていて、泣いている副院長が患者さん用椅子に座っていた。座って泣いている副院長を立っている院長が肩に手をやり慰めている様子はどっちが癌を告知された患者か分からない光景であった。
さて、ややこしい話になった。口の中の腫れが癌の原発巣(1番初めに癌が出来た場所)で肝臓、腰椎が転移巣とすると、腺癌の転移ということになる。下顎骨にできる腺癌?骨に腺癌?唾液腺癌なのか?ということになる。
もし、肝臓が原発で他が転移だとしてら、肝臓癌の転移?でも肝細胞癌って腺癌ではないし?
いずれにせよ、複数箇所癌があるということはステージIV(いわゆる末期癌)と言う事になる。
つい二ヶ月前まで普通に元気に仕事に遊びに普段の生活をしていたのに、いきなり末期癌の告知。かなり驚きの結果としかいいようがない。小説的には青天の霹靂という表現になるのだろうか。
腺癌であることはわかったが、どこが原発なのか?癌の正体は?相手が分からないことには戦い方が分からない。
口腔外科医は、肝臓の癌が口腔内に転移したのを経験したことがないと言っていた。では、口腔内腫瘍が肝臓に転移したのか?
原発(原子力発電所=原発 と同じ表現だが、ここでは癌が初めにできた発生元という意味)探しのため、次の診察は前回上手く連携されていなかった消化器内科である。
医大病院から帰ってきた2人には、私マキに声をかける元気もない暗い雰囲気だった。
死を意識する癌を告知されるというのはこういうことなのだ。かなり辛いことなのだ。