【あの日のスパカセ少年が人生をしくじった理由】
まぁ見てください、このカッコいいゲーム機の本体を。
どうですか?
ヤツの名前は【スーパーカセットビジョン】
マニアックなゲーム機ですが実はあの【ファミコン】のライバル機でした。
登場も1984年7月と、その後伝説となる絶対王者ファミコンより後だしジャンケンばりに【後攻め】でした。つまりファミコンよりちょい後に出たんです。
当時私は【自分の意志で】(ここポイント)このスーパーカセットビジョンを親に買ってもらいました。
その日から少年の地獄は始まります。
他の友達はみんなファミコン。
実際、性能差は歴然。
ユーザー数も歴然。
クラスの話題も歴然。
負け組も歴然。
自分の選択が負け組だったのに愕然。
実際、前述の通りスーパーカセットビジョンは後だしだから、せめて性能ぐらいはファミコンよりよくて当たり前なはずなのに、
大人と子供ぐらい差がありました。
そう、地獄の日々でした。
当時あるあるネタとして、
①親が間違えてスパカセを買ってきた
②ばあちゃんが間違えてスパカセを買ってきた
ありましたな(笑)ワタシの周りにも僅かだがいました。悲劇です。
1984年特有の大事故だったと思う。
誰もが得をしない、お金をドブに捨てたという悲劇。
確かに同じ定価が14800円だった事も関係あるかも。
が、この悲劇はあくまで【事故】です。その少年に罪はない。
でも私はちがう。
【自らの意志でスパカセにした】のだから。
私は見た目重視、外見至上主義(笑)だったので、
このカッコいい本体にデパート7Fで心を撃ち抜かれたんです。
(なんてカッコいいんだ!みんなが持ってるファミコンよりあきらかにカッコいい!)
(しかも、後から出したんだから性能もいいハズ!)
(なんかスーパーって書いてるし!)
(よく分からないけど、RGBて凄そう!128スプライト?も凄そう!)
外見だけで判断、一目惚れ、それに理由を後から付け足してゆくこのフロチャート。
いかに危険かはこの後のファミコン帝国の圧勝、伝説の幕開けで知ってると思います。
少年の地獄はここからが本番でした。
つづく!