続・解放戦線
美しいとはなにか
モテそうとはなにか
かわいいとはないか
あれが無ければこれが無ければ
人から良く見えるのだろうか
そもそも、どう足掻こうとも自分は自分でしかない。
それには美しいもモテそうもかわいいもないはず。
ならば、
美しいと言っている貴方の「美しい」は
モテそうと言っている貴方の「モテそう」は
かわいいと言っている貴方の「かわいい」は
だれの価値観なのだろうか
貴方か、それとも、貴方という存在を介した大衆か。
他人を褒めるとき、その感情は果たして自分のものなのだろうか。
私たちはただ「私たち」であるだけなのに、
なぜ他人の美的基準の土俵に乗せられ、そして排除される必要があるのだろうか。
ならば解放されよう。
その基準から。
相手も自分も当て嵌めてしまう基準から。
心のままに世界を見て、
心のままに美しいと感じようはないか!
そもそも私たちの見て呉れに、美しいも醜いもないのだ。
そこに私たちが存在しているだけだ。
だから、自分の心が美しいと感じた時、それを受け止めればいい。
無理に自分の外側を愛する必要もない。
貴方はそこにいる。
それだけで十分だ。
通話中