朝散歩しろってことかな?
ふだんから2次元にそぎ落とされた情報や再現された音声になれすぎたせいか
脳内のフィルターを外して現実のものを立体的にみるとその情報量にくらくらする
人間の脳というか意識はそこまで立派なものではなく情報をそぎ落としたものでしか理解ができず物事を多角的に立体的、かつ濃淡といった立体を超えた情報を扱うことまではまだ開拓されてはいない
いかに印刷技術が発達してコピーが用意になったとはいえそれはあくまで情報をそぎ落とした劣化品でしかない
それが知覚できるかは別にして音楽がwaveに、そしてmp3にそぎ落とされる部分は確かに大きい
扱える情報には限りがあるのだから運用されやすいように加工されるのはしかたがない
しかたがないことだがたまには生の知覚で物事を見つめていかないと人が本来持ちうるセンサーの類はどんどん劣化していく
つかわないからね
なのでたまには自然の生音や日常のなんでもない風景というものをしっかり見つめなおす時間というものが現代においては重要な要素のひとつといえないだろうか