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#下書き再生工場【お題】コートの下はパンイチ

こちらの企画に参加させていただきました。

久しぶりに楽しく書けましたが、
「全裸のおばさんが出てくるのはいやだ」
「そもそもコートの下はパンイチはありえない」
「オチが落ちてないやつはきらいだ」
と思われる方は、回れ右をしていただきたく、
よろしくお願いいたします。

「何でも許せるよ」とおっしゃる方、
最後まで読んでいただければ幸いです。

下書き再生工場の工場長は、本田すのうさん。
お題「コートの下はパンイチ」は猿荻レオンさん
楽しく書かせていただきました。ありがとうございました!



出張にパンツを忘れてくるなんて、修学旅行の小学生みたいな失敗をした。俺は、泊まっているホテル近くのドラッグストアで買った、2枚セットのトランクスの袋を開けた。今回の富山出張は二泊三日だから、この適当なパンツで十分だ。取引先に下着を披露する予定もないし、俺の仕事はそういうアレじゃない。
シャワーでスッキリした体に新しいパンツを装着して、ふと顔を上げた俺は、
「どぅおわあぁぁぁぁ!!!」
人生で出したことがないくらいの大声を上げて飛び上がり、思わず掴んだシャワーカーテンがビビビビビッと大きな悲鳴を上げて破れ、ついでにカーテンレールの金具も何個か雷みたいな音を立てて外れ、俺と一緒に狭いバスタブに突っ込んだ。

尻と背中を強打した俺の目の前に、全裸のオバサンが立っていた。

「う……ぉあ……ひぃ……」
怖い。そして誰だ。なぜ。いつから。どこから。怖い。
確認したいことはたくさんあるのに、顎は震え、歯はガチガチ音を立てるばかりだ。何より目のやり場に困る。敵をしっかり視認しないといけないと思うが、何しろ相手は全裸の女性である。見てはいけないのはもちろんだが、そうじゃなくて、見ていられない。かと言って顔も見られない。一瞬見てすぐに目をそらしたつもりだったが、まぶたの裏に焼きついてしまった。ストレートのおかっぱ頭は良しとして、その他の情報に、頼む誰かモザイクをかけてくれ! 客観的に見て引き締まった肉体ではないとだけ表現するが、それがリアルで怖い。いろんな意味で見てはいけないと思うが、その存在から目は離せない。何が目的でここにいるのかわからないが、今飛びかかってこられたら絶対に負ける。腰なら既に抜けているのだ。

「……そんなに怖がりますかね……」
傷ついた表情で苦笑いされるが、同情の余地は全くない。しかし、この若干の既視感はなんだ。……そうだ、映画『シャイニング』だ、あの、全裸のおばさんゾンビだ。でも今この情報何の役にも立たない!

「私、あのとき助けていただいた、チョウです」
オバサンが、学芸会みたいな調子で言った。
「ぅえ……チョ、チョウ……? ああああのとき、あのとき、って……?」
どの時だ。チョウさんなんて知らない、というかそもそもこのオバサンを知らない。
真剣に記憶をたどり始めて、俺は我に返った。

いや、まず通報! 不法侵入!

ハマってしまったバスタブは、シャンプーやボディーソープの泡を湯を流したばかりでつるつる滑る。恐怖で体中から変な汗が滝のように出るから余計に滑る。パンツ一枚でジタバタする様はまるでセミファイナルだと思うが、この際なりふりかまってはいられない。とにかくケータイ、いやフロントに電話!
「あなたはあのとき、車に閉じ込められていた私を助けてくださったのに……」
情けない俺の姿を見下ろしながらオバサンが呟いた。
「く、車? なんのはなし……あっ」
俺は動きを止めた。今朝の記憶が蘇ってきた。



今朝、出張のために社用車に乗った。
2キロぐらい運転した時点で、突然目の前に虫が飛んで出てきた。
驚き一瞬慌てたが、それは小さな蝶だった。
ダッシュボードとフロントガラスの間に隠れていたらしい。
そこから数キロ、蝶を乗せたまま、車は走り続けた。
運転席から窓を開けられないタイプの車だったので、停車できる場所を見つけるまで、窓も開けられなかったのだ。

さらに数キロ走ったところで、やっと赤信号で車を止めた。
小さな茶色い蝶は、助手席側の窓の縁に、黙ってとまっていた。
俺が助手席側の窓を開けると、すぐに飛んで出ていった。
ものわかりのいい蝶だったな……
そう思いながら窓を閉め、青信号で発進した。
すると目の前にさっきの蝶が飛んできた。
再び驚かされたが、外に出た蝶がどうやら車のボンネットにくっついていて、それが発進の風圧で吹き飛ばされたらしかった。
この車があったところとは違う、ここは富山だ。
どこからきてどこへいくのか。俺はそう思って、少し寂しくなった。



以上、今朝の記憶。

「チョ……チョウ……蝶?」
俺のつぶやきに、オバサンの顔がぱあっと明るくなる。存在感以上に芝居がデカい。
「……も、もしかして、今朝、社用車にいた、茶色いちょうちょ……?」
「ヤマトシジミです、そうです、ああ、わかってくださったんですね!」
「わかったわけでは……」
震える声ながら俺が主張すると、自称ヤマトシジミが明らかにしゅんとした。反射的に申し訳ない気持ちになり、俺は弁明した。
「だって、運転中に飛び回られたら、き、危険だろ」
「でも私は、生きている!」
芝居がかった上に大声まで出した自称ヤマトシジミに、俺はバスタブの中で震え上がった。
「もう、声、デカいよ! もう夜中だよ、怖いよぉ」
「ああ、すみません……」
そんなセリフ回しもいちいち劇的でウザい。怖いのにウザい。新しいが、趣味じゃない。そもそもあの蝶、小さくていじらしくて、助手席の窓辺につかまって俺が窓を開けるのをじっと待ってたのに、なんか思ってたんと違う。
「あんたほんとに、その、ナントカシジミなの」
「はい! ヤマトシジミです!」
「うるさいって! 響くんだよ! ここバスルームだし! そんでいちいち大げさな芝居やめて! あんた裸だよ?」
「すみません……」

とりあえず問題を一つずつ解決したいが、俺が助けたヤマトシジミを名乗る見ず知らずのオバサンが夜中にホテルの俺の部屋で全裸というのはなかなかの大問題だ。
まだ抜けたままの腰は後で考えるとして、俺は狭いバスルームの中を見回した。
「あの、あのさ、とりあえず俺のパジャマでも着て。そこにあるやつ」
「これですか」
ヤマトシジミは、トイレの蓋に置いていた着替え一式を取り上げた。
「そうそう。あの、男物で悪いんだけど、そのパンツ穿いていいから。新品だから」
我ながら底抜けに親切である。しかし、ヤマトシジミは毅然とした態度で俺の善意を一蹴した。
「いえ……私も女ですから、男物は、ちょっと」
全裸で不法侵入しといて何を言うか、と腹が立ったが、同時に自分がだいぶ調子を取り戻してきたのを感じた。ゆっくりだが、バスタブの縁につかまって、おそるおそる立ち上がる。膝は両方とも爆笑している。
「じゃ、じゃあもう、パンツはいいわ。パンツはいいから、とにかくそれ着てよ」
「おお、こんな私にお慈悲をお与えくださるとは」
「ドビーのマネとかいらんから! はよ着てくれ!」
ヤマトシジミはいそいそと俺のスウェット上下を着込んだ。パツパツになった。そうだろうと思ってはいた。さよなら俺のスウェット。未練はない。

俺はなんとかバスタブから出て、バスマットで足の裏を拭った。しっかりしなければ。とりあえずフロントだ。フロントに連絡して連れ出してもらおう。シャワーカーテンのことも謝らなくては。俺のせいじゃないけど。
「ちょっと、フロントに電話するから。動くなよ」
もし俺が電話してる間に逃げられたら、俺の正気を疑われてしまう。それだけは避けたい。だいたいこいつはどこからともなく現れた。どこへともなく逃げていきそうな気が、めちゃくちゃした。
ヤマトシジミが言った。
「フロントなら、私が行ってきます」
こいつ何言ってんだ???
いや、俺がお前を突き出すんだよ、と俺が言い終わらないうちに、ヤマトシジミが意外と素早い動きでバスルームから出てドアに向かう。
「おいおいおい待て待て待て!」
「いえ、大丈夫です。ここは私が」
「違う違う!」
まだ恐怖でもつれる足をなんとか動かして、俺もバスルームを出た。ヤマトシジミは既に体半分ドアから出ている。
「やめろ、待て、頼む!」
俺は必死でドアまでたどり着き、そこで自分がパンツしか身に着けてないことを思い出し、ドア横にかけてあった自分のコートを掴んで羽織り、ヤマトシジミを押し出して後は閉まるだけのドアに飛びついた。
「待て!」
手汗でベタベタのところをなんとかドアノブを握り締め、半開きだったドアを思い切り引き開け、俺も部屋の外に飛び出した。
次の瞬間、ガチャ、と背後でドアのロックがかかる音がした。
全身の血の気が引くのを感じながらドアを振り向くと、

「お兄さん、どうしたのかな?」

そこには警察官の制服を着たヤマトシジミが立っていた。


「……えっ? え、えっ、何? 何??」
さっき抜かした腰がまた抜けて、俺はその場にへたり込んだ。
ヤマトシジミが、慣れた様子で帽子のつばをくいっと上げながら言った。
「だいぶ酔っ払ったみたいねえ。どのくらい飲んだの」
非常にしょうがなさそうに言われ、俺は頭に血が上るのを感じた。ヤマトシジミをにらみ上げて、
「飲んだ? 誰が? 俺が?」
「そうよ。そんな格好で大きな声出して、みんなびっくりしてるよ」
「み、みんな?」
俺の視野が、ヤマトシジミから広がっていく。俺の目に、一定の距離を空けて俺を取り囲んでいる人々の困惑顔と、今日夕食をとった居酒屋の出入り口と、そして警官の服を着たヤマトシジミが仁王立ちで俺を見下ろしているのが映った。
見下ろされている自分を、俺は一応再確認する。そんな気はしてたけど、やっぱり、コートの下はパンイチという完璧なコーディネートだった。
「……はあああ?!」
「いやなことでもあったのかしら、お兄さん」
最近多いのよね、みたいな気休め的発言をこぼしやがるが、マジでどうでもよかった。
「おま、おまえ、誰のせいで俺がこんな……!」
「ハイハイ、続きは交番で聞きますからねー」
ヤマトシジミは、そこまで必要ないと思えるほどの怪力で俺の右手を掴み、容赦なく立ち上がらせた。抵抗する隙も与えられず、俺はヤマトシジミにがっちりと肩を抱かれて(掴まれて)連行されていく。
群衆がモーゼの十戒みたいに俺とヤマトシジミのために道を開ける。
情けないとか悔しいとか怖いとかより、とにかくわけがわからず、俺は逆に頭が冴えてきた。
「……あの感じで出てきたらさ、普通、助けてもらったお礼をしに出てくるもんじゃねーのかよ」
吐き捨てるようにヤマトシジミに言葉をぶつると、彼女は満面の笑みを俺に向けた。
「コートの下がパンイチって、いろいろ危ないわよ? 私が、保護してあげます」
「誰のせいだよ?!」

だいたい俺がパンイチの世界線ならお前はノーパンなんだからな!!!


おわり

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