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ありきたりの尊さ脆さ

あれ、なんだか蒸し暑いなと感じたのが午前4時半過ぎ。エアコンをつけたまま眠っていたはずなのに、作動音が聞こえません。

起き上がって周囲を見回してみると、そこはかとない違和感が。
台所へ行って冷蔵庫を開け、その原因がわかりました。

電気が止まっているのです。
ガス漏れセンサーも、Wi-Fiルーターも、ビデオデッキの時刻表示も、換気扇も。全てのライトが消え、家中が停電しているようでした。


それだけでなく、窓から外を眺めてみると、普通なら点いているはずの街灯や、近所のマンションの灯りも消えています。
停電はどうやら広範囲に及んでいるようですが、まずは自分の心配をしなければなりません。

幸いにも水とガスは通じていますし、携帯電話の電波も正常に届いています。
現状を確かめようと検索すると、今朝未明に市内全域で原因不明の停電が発生、現在調査中で、復旧予定は24時間後とのことでした。

台風の折など、これまでも停電の経験はありますが、これほどの大事に見舞われたのは久しぶりです。


さあ、困ったことになったと思いながらも、通電時の安全のため、一部屋を除きブレーカーを落としておきます。

冷蔵庫は開閉しなければ3時間は冷たさを保つそうですし、ここは家族への周知のためメモを付けておきます。

時間切れで冷凍食品が溶けだすことを考えると憂鬱ですが、すぐに食べられるものは食べてしまい、あとは急いで料理に使うなどするほかないでしょう。
震災の停電時には、どうせ駄目になるならと冷凍食品を持ち寄って、ご近所で即席パーティーをしたという話を聞いたことがありますが、それも楽しそうです。


もし本当に復旧まで24時間もかかるものならば、ご近所とも協力し合わなければなりませんし、三軒隣の朗らかなマダムはご高齢でお一人暮らしのため、後でお訪ねするのが良さそうです。
エレベーターも停まって外にも出られないため、何かお役に立てるかもしれませんし。


それにしても、この停電が夜間に起こったのでなくて幸いだったと思います。
今のところライトが必要なのは洗面所くらいのものですが、各部屋がくまなく暗闇に包まれる不便とストレスはいかばりかと感じられます。

それでも私は枕元に小さなライトを置いているから安心だと、何気なくスイッチを入れてみるも、まるで反応しません。事もあろうに電池切れです。
何というお約束な、ちょうど良い機会だから電池交換をとは思っても、このライトの電池がどんな種類かも不明です。


それなら蓋を開けて確かめようと試みるも、今度は蓋の開け方がわかりません。
長方形のシンプルなデザインで、どこにも突起やそれらしい開口部がないのです。

まるでお手上げ状態のまま、最後には硬貨をわずかな隙間に差し込んで、半ば力づくで蓋と本体を分離させました。

ところがこれで万事解決とはいかず、電池ケースの中は声を上げそうになる錆びっぷりで、謎の粉と緑青にまみれています。
もちろん電池交換どころの話ではなく、即座にごみ箱行きとなりました。


自分にはそれなりに備えがあるから大丈夫、そんなふうに思っていたのに、非常時に頼りにもならないものを持っていたのが、恥ずかしく悔やまれます。
他の緊急用備蓄品も同じような状態の可能性もあり、朝食の後にでも、さっそく見直しが必要でしょう。


もうひとつぞっとしたのが、水の備えの不足でした。

いま水道は当たり前に使えるものの、もし異常が
起これば終わりです。
非常時には水が必要になることはわかっているのに、どこかで正常性バイアスがかかっていたのか、手洗いの水も飲み水も、わずかしか用意がないのです。

いま後悔したところで始まらないため、これも事態が落ち着き次第、必ず実行すると誓うよりありません。


そうこうするうちに時刻は六時半を過ぎ、とうに日も昇っています。

私の住まいは10階の角部屋ですし、窓という窓、扉も全て開け放てばまだ風も入るのですが、とても涼しいとは言えません。
今日も猛暑日が予想され、このままでは厄介なことになりそうです。

子犬の様子を見ると冷却シートの上で落ち着いて過ごしていますが、それもじき役に立たなくなるでしょう。


事態の進捗状況を知ろうと何度アクセスしても、電気会社の発表は〈調査中〉のまま。
これはいよいよ長期戦を覚悟しなければ、近くのお店が駄目なら市外へ出て必要なものの調達を、などと家族で検討し始めた時、唐突に明かりが灯りました。

ブレーカーを戻しながら他の部屋も確認し、発生から4時間あまりで、停電は見事に解決したとわかりました。


スイッチひとつで電気がつき、スムーズに電化製品が動くのが、こんなに嬉しく感じられたのは初めてかもしれません。

同時に、つい最近も南海トラフ地震への注意が呼びかけられていたのに、何の備えも出来ていないことも痛感しました。

しかもその時は、間違いなくもっと悲劇的な事態が起こります。
電気のみならず水、ガス、電波と全てのライフラインの供給が絶たれ、復旧は今回より大幅に遅れるでしょう。

ぞっとする予測ではありますが、この危険性からは、この国に住まう限り逃れられません。
そのための予行演習をさせてもらったと思えば、ちょっとした不便もありがたく、身につまされる体験でした。


それから、私は電力会社に短いメッセージを送りました。
大まかな居住地と、電気が無事復旧したことを書き添えてのお礼です。

停電の原因は未だ不明ながら、懸命に対応し、作業に当たった人たちの尽力のおかげで、大難は逃れられました。
普段お叱りの声は届けられても、その反対の声はめったに聞くことがないというから、余計に感謝を伝えたいと思ったのです。
それがわずかでも、誰かのねぎらいになるかもしれません。


そして喉元すぎればにならないうちに、簡単な防災対策を始めねばと思います。
折りたたみ傘と同様、役に立たないのが一番だと願いつつ。



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