あなたの隣の魔女の話
「アメリカには100万人を超える魔女がいる」と聞いて、ああやっぱりね、と素直に受け入れられる方は少ないでしょう。かく言う私も、まず耳を疑った一人です。
魔女。大いにそそられる響きですが、それがどのような人たちを指しているのか。
まさかこのご時世に、黒ずくめの格好で森の奥地に住み、薬草と土くれとウサギを鍋に放り込んで秘薬を作り、300歳の黒猫をお供に空を飛ぶ、といったことはないでしょう。
実際のところ現代の魔女たちはサンフランシスコの小洒落たアパートに住み、ギャップのセーターを着て、豆腐とルッコラのサラダを作り、相棒のジャックラッセルテリアを連れて友人宅のパーティーに出かけます。
魔女の多くは他の人々の間や社会に自然に溶け込み、平凡かつ穏やかに暮らしているのです。
この人たちは〈ミレニアルウィッチ〉と呼ばれる新世代の魔女たちで、もちろん従来の呪術やまじない、占い、ハーブや生薬の調合といった"ウィッチクラフト"の使い手でもありながら、あやつるのが黒魔術でも白魔術でもなく"緑魔術"というのが新しいところです。
この現代魔女宗の格言には『何も害さない限り、あなたの望むことをなせ』という言葉が存在し、それぞれが自らの生き方を見つめ、他者を傷つけたり損なうことなく、真に自分らしい姿でいられることを至上の目的としています。
そのため魔女の儀式や道具を用いることはあっても、決して何らかの後ろ暗い謀りごとを企てているわけではありません。
魔女たちは現代社会や文明を否定せず、社会的にも上手にバランスを取り、自己の追求を続けているというわけです。
そんな魔女たちは"カヴン"と呼ばれる昔ながらの魔女コミュニティに属していたり、一人で活動していたり、そのあり方も様々です。彼女たちと最も多く出会える場所が、真夜中の森の中ではなく、インスタグラムなどSNSの中である、というのも面白いところです。
この魔女カルチャーは女神信仰や神秘主義、フェミニズム、エコロジー、SDGsなど多様な文化と密接しており、なぜ魔女であることを選ぶかは、人の数だけの理由があるようです。
中には遊び気分やファッションで魔女を名乗る人もいるそうですが、本人たちが充実感や生きる張り合いを覚えているなら、外野は口をつぐむのが良さそうです。魔女の戒律である『何も害さない限り…』を冒してもいないわけですし。
"自身の宗教をウィッカまたはペーガンと回答した人が100~150万人"という、ワシントンDCのシンクタンクによる調査は、もう10年も前のことです。
今ならその数は更に増えていそうですし、実はこのムーブメントは日本にも到達しています。名のあるニュースサイトで現代魔女の話題が取り上げられたり、ファッション誌で特集が組まれたり、魔女たちの交流イベントが行われたりと、魔女の文化は静かに広がりつつあるのです。
タロットカードやオラクルカードを身近に置き、ヨガや瞑想、様々なブリージングにもいそしむ私は、そんな魔女たちに親近感を感じます。
どんなカヴンにも属さず、一度もサバトに参加したことはなくても、気分としては、ゆるいソロ魔女の一員、といったところでしょうか。
きっとこんな言い様にも、魔女たちからお叱りは受けないはずです。なぜなら魔女はその人自身の感覚を最も大切にするため、他の誰に対しても、決めつけやを裁くことをしないからです。
魔女の門戸は来る者、去る者に広く開かれていて、それぞれが人生の中で付き合い方を決めれば良い、というスタンスです。
それは魔女の世界観に共感を抱く者であれば性別さえ問わないほどの自由さで、トランスジェンダーの方はもちろん、男性たちが魔女の世界に近づき、集まりに参加することも可能なほどです。
この柔軟性は、英国で〈黄金の夜明け団〉が秘密結社として唯一、女性をメンバーとして迎え入れ、結果として、現代タロットの決定版たるウェイト=スミス版タロットカードが誕生した史実を思わせます。
そのタロットは魔女の必須アイテムであり、そもそも黄金の夜明け団と現代魔女は系譜を辿るといずれもあのアレイスター・クロウリーへと結びつき……と私のオカルト好きが爆発して収拾がつかなくなるため、この話はやめにしておきましょう。
ともかく魔女という呼び名の持つ、時に邪悪で前時代的、剣呑なイメージが次第に覆され、自然との調和を大切にし、神性を尊び、自分にとっての生き甲斐を探る人たち、という実像が明らかになるのは喜ばしいことです。
もちろん、しょせんは馬鹿馬鹿しいお遊びである、邪教、スピリチュアルかぶれ、などの嘲笑もあるのでしょうが、個人の生き方や信条の自由として、そっとしておいて上げれば良いのでは、と思います。
魔女であることに喜びや救いを見出だした人たちが、幸福に生きられるようになるのは尊いことですから。
また、私はスピリチュアリティが欠けた人生は重大なものが欠落しており、つまらないものであるとも考えます。
そのため魔女たちの存在にも興味を抱き、自分もその世界をより深く覗いてみたいと思うのです。
間もなく訪れるハロウィンは元はケルト世界の暦日であり、一年の重要な区切りの日です。
この日を境に自然界の時計が動き、新たな年が始まるのです。
夏が終わり、冬が訪れる境のこの日、古代ケルトの人々は、燃え盛る炎を囲んで夜通し祝福と祈りを捧げました。
この〈ソーウィン〉を魔女たちも大いに祝い、現代でも、年間のサバトのうち最も盛り上がりを見せるそうです。
世界中の魔女たちに混じり、見習い魔女たる私も、ささやかなまじないの言葉など唱えて静かにお祝いしたいと思います。
Bliain nua faoi mhaise dhaoibh uilig!
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