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遊びの才能・2

前回、私が"遊びや楽しみとは"というテーマで思い当たった人は有名なクリエイターで、20代半ばの男性です。
文筆家で、イラストレーターで、造形作家で、デザイナーで、プロデューサーでと、様々な役割をこなしながら国内外を忙しく飛び回る、才能のかたまりのような人物です。

それでもご本人はとても謙虚で淡々とした人柄であり、他に幾人かの人を交えた場でお会いした際も、控え目で気取らない人という印象でした。


その人は海外のクライアントとの交渉も自分でこなす他、マネージャーもつけず膨大な仕事の全てを管理しているといい、そう聞けばクリエイティブな領域のみならず、およそできないことはないのでは、とも思うのですが、意外にも生活の上では"できないこと、苦手だらけ"だということでした。

英語は自分の仕事に必要な領域の単語と言い回しの他は全くわからず、絵は限られた題材が描けるだけ、難しい本は読めないし、文章を書くのは遅い、何より知らない場所や人が怖くて苦手だ、というのです。


外側のイメージとはかけ離れた実情はにわかには信じがたかったのですが、今日この場に来るのにも勇気を振り絞り、駅からの一本道さえ迷いそうで不安で仕方がなかった、と小声で告げられれば、とても冗談だとも思えません。

その人は自分の周囲の世界をずいぶんネガティブにとらえているようでしたが、そこにのまれてしまわないのは、苦手を無理に克服するより、逆手に取って楽しんでしまおう、という発想ゆえだと話します。


冒険もののゲームがこよなく好きなため、自分をゲームの登場人物に仕立て上げ、複雑怪奇な世界の中で、主人公が様々な困難をくぐり抜けつつ目的を成し遂げていく、というシナリオを常に空想しているそうなのです。

そうすると、苦手な人、場所、どんなシチュエーションも、"ダンジョン攻略"のようで楽しくなります。

いざ困難にぶつかったりトラブルが起きたところで、ゲームクリアのためと思えば割り切れますし、きついイベントならそれだけ得られる経験値やポイントが増えてラッキー、と前向きに考えられます。
本来なら逃げたくなるような相手でも、その人をゲームのキャラクターとして頭の中で脚色すれば、不思議と気負わずつき合えます。


まるでティム・バートン監督の『ビッグ・フィッシュ』を彷彿とさせるようなお話であり、あの映画の中でも、主人公の父親は巨人や魔女、恐ろしい森に夢の町など、現実世界を自分だけの物語に置き換えることで人生を生き切ります。

それはこのクリエイターの男性と同じく、特別な才能であり、優れた夢見の技術です。

人とは違う、一風変わった手段でもって人生に向き合い、不可能を可能にする。
そのやり方の斬新さと面白さには、強く感じ入るものがありました。

この人はその遊びに熟達するあまり、時おり実際の風景に、ゲームによくある選択コマンド、グラフィックの絵などが重なって見えることがあるとも語ってくれました。


これはかなり高度な遊び方で、私が犬とたわむれるような遊びと一緒にできるかはわかりませんが、それでも遊びに優劣はなく、楽しいか否かだけが全てだとも考えられます。

そうであるなら、遊びに理由や言い訳はいりませんし、遊び自体に目的や創造的な何かが無くても、全く構わないのではないでしょうか。

遊ぶこと自体が目的というだけで十分で、私はきっとイーロン・マスクも、何らかのアイデアを練るために子どもたちと共に過ごすのではなく、その時間が心底楽しいからこそそうするのだ、と信じています。

こういった答え方では、知人をますます嘆かせてしまうかもしれませんが。


遊ばないから悪い、損をしている、あるいは遊ぶ方が偉い、得だ、ということではなく、それは個人の特性や好みの問題で、ある種の人は大人でも遊ぶのが好きなのです。
それはよく言えば純粋さや童心、悪く言えば幼稚さや何らかの欠落なのかもしれません。

それでも、私は子犬とのかくれんぼやボール投げに熱中し、イーロン・マスクは子どもたちと幸せそうです。
そのうちに、遊びに関してもっと上手い説明が見つかることを願います。


さて、そろそろ子犬が焦れて、お気に入りの首長竜のぬいぐるみを私に押し付け、引っ張り合いっこに誘ってきました。
そのため、もうこのあたりで失礼しなければなりません。

かわりと言っては何ですが、遊びに関する、森茉莉の名文を置いておくことにいたします。
これを読めば、遊びで時間を消すのも捨てたものではない、と思われるかもしれません。


「ほんとうに楽しく遊ぶことが出来れば、立派な読書や勉強と同等な、堂々としたものなのであるが、ほんとうに遊ぶということは立派な仕事と同じ位むずかしいのだ。

遊ぶということには、立派な仕事をするのと同じな、或いはそれ以上かもしれない才能が要るからだ」






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