ビューティフルなロック・キング
"『ルシール』"
"甲高い叫び声と哄笑"
"エキセントリックな外見"
"『刑事コロンボ』に本人役で出演"
"同性愛者でクリスチャン"
"ロックの始祖"
私がその人に持つイメージや知識といえばそんな程度だったのですが、次の休みにドキュメンタリー映画を観に行かないかと友人に誘われ、心が動きました。
自分では絶対に選ばない作品ですし、かえって世界が広がりそうな予感がします。
『リトル・リチャード アイ・アム・エヴリシング』
〈すべては彼から始まった〉という映画のコピー通り、この型破りなミュージシャンこそ、現代のポピュラーミュージックの偉大な立役者です。
リトル・リチャードがいなければ、エルヴィスも、ビートルズ、ストーンズ、ボブ・ディラン、クイーン、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、レディー・ガガ、ブルーノ・マーズもいないのですから。
私たちの知る音楽世界は、今とは全く別ものであったはずです。
あるひとつの文化は決してそれだけでは成立し得ず、他の文化とも絡み合って存在するため、音楽界のみならず、社会の出来事や歴史すら変化していた可能性も考えられます。
「その存在自体が革命という人がいる」
との言葉は、まさしくリトル・リチャードをあらわしていると感じたのですが、彼が多くの人に影響を与え、その人生を変えたことは確かです。
それでいて彼自身は見かけよりもはるかに脆い内面を持ち、苦悩し続けていたのは意外な真実でした。
何せ、比類なき才能を持ちながら、自らの音楽を度々捨て、信仰で人生や世界を変えようとしたのですから。
けれどそれも致し方のないことでもあるのは、彼が常にその功績を黙殺され、成し遂げた革命の結果だけを掠め取られてきたからです。
「ロックの帝王はあなただ」
エルヴィス・プレスリーは彼の楽屋を訪れて明言しましたが、世間はそれを知りません。
一般的にはキングはプレスリーであり、その後継者はビートルズやストーンズであり、リトル・リチャードのヒット曲は、白人ミュージシャンにカバーされては、その人たちに莫大な収益をもたらしました。
"元歌"を歌う彼は、家族を養うことさえ困難で、大粒の汗を流しつつ世間に自らの窮状を訴えていたにも関わらず。
彼がそれほどに軽んじられ、無視された原因は、専門家のインタビューにもあったように「その陽気さゆえ何一つ真面目に受け取られなかった」ことも一因だったのでしょう。
けれど、彼が自らを笑い"陽気"に振る舞う他なかったのは、常に社会の中で徹底的な弱者の立場に置かれていたせいです。
黒人で、貧民層出身で、身体障害者で、薬物中毒者で、同性愛者。
どれかひとつが当てはまるだけでも相当に生き辛い時代を背景に、彼がどれほど多くのものと戦わざるを得なかったかが、映画では克明に描かれます。
絶望と再生、栄光と墜落というループを繰り返しながら、この異端的な革命家がついに正当な評価を得たのは、1997年、彼が64歳になってからでした。
「ずいぶん遅かったな。ずっと待ってたんだぞ」
彼を表彰する場での感極まった涙の絶叫は、そこから時と場所を隔てた私たちの胸にも響き、スクリーンを見つめる観客たちが、揃ってため息をもらし涙を拭うのも印象的でした。
不世出のシンガーソングライターであり、自分にしか歌えない曲を歌い続け、戦い続けたリトル・リチャードの人生は、単純なサクセス・ストーリーに当てはめるにはあまりに苛烈で複雑です。
彼は引き裂かれたいくつもの内面を持ち、光が強ければ闇も深いという定説通り、その宇宙創造のごとき爆発力は、一方でブラックホール並みの途轍もない暗闇を生み出しました。
その人生を、彼が生きた時代ごと追っていたはずなのに、映画を観終わってなお追いつけない気持ちでいます。
流れる星を肉眼で見ることは叶えど手では触れられないのに似て、あまりに鮮烈な輝きを放ちながら、決して誰にも追いつけないほどの速度でもって、彼は今も世界を駆けているからなのかもしれません。
リトル・リチャードには有名な幾つかの口癖があり、笑えるもの、切実なもの、自信にあふれたものと色々ですが、私が好きなものは「ビューティフル」です。
「俺は昔からビューティフルだった」
「なんてビューティフルなんだ」
「ビューティフルだと思うだろう?」
唯美主義者の私は心から彼に賛同し、その歌や人生の全てが、輝かしいものであったという確信を深めます。
彼自身は混沌や綺麗事では済まない生活も送りましたが、それでもその生はまばゆく、訪れた時よりもより素晴らしいものとして、この世を去ったことは明らかです。
この世界は今日も、彼のおかげで、かつて誰も耳にしたことのなかった音楽で満ちています。
そんな人を讃えるのに、これ以上に素晴らしい言葉があるでしょうか。
You are so beautiful,LITTLE RICHARD.
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