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二千年の孤独

毎日、寒い日が続きます。
窓の外に雪までちらつき、思わず暖かい土地を夢見るようになるほどです。

ならばとおもむろにバッグを取り出し、飛行機の予約が出来れば素敵ですが、あいにくそうもいきません。

ではかわりにどこかへ、と考えていて思いついたのが植物園です。
あのガラス張りの温室はいわば小さな南国ですし、自宅から数百キロの距離を移動する必要もありません。


早速あれこれと調べ始め、ショートトリップの先に選んだのは、日本最大級の温室を持つ、大阪の〈咲くやこの花館〉でした。

広大な自然公園の一角を占めるその植物園には、熱帯から高山まで、多様な自然環境が再現されています。
足を踏み入れると周囲にはほどよい静寂が満ち、特に熱帯の部屋など、求めていたむっとするほどの暑気に包まれながら、自分がどこを探索しているものか見失いそうになるほどです。

園内ではおよそ5500種類もの植物が見られるそうで、おそらく普通なら一生出会うこともなかったはずの花や草木を前に、不思議な感慨が沸いてきます。


「ハエやゴキブリもいない部屋で生物多様性を語るなんて、ちゃんちゃらおかしい」
とは養老孟司先生のお言葉ですが、こうして実際に存在すら知らなかった植物と近づきになると、自分の生活の狭さ、世界の広さを実感します。
そして、私はやや特異であるのか、それを例えようもなく素晴らしいことだと思うのです。

まだ未知のものが自分の知り得る領域の外に豊かにあふれていること、意識せずとも精緻に張り巡らされた網の目の中で生きていること、それらと出会う機会がこの先どこかで訪れるかもしれないことが、強い歓びに感じられます。


それぞれに美しく印象的な植物のうち、その日、最もそんな歓びを教えてくれたのは〈サボテン・多肉植物室〉で出会った不思議な裸子植物でした。

その植物の名は『キソウテンガイ
学名はウェルウィッチアで、ナミビアナミブ砂漠に自生します。

乾燥昆布にも似た波打つ二枚の葉が地面の上を這うように伸び、とぐろを巻いた大蛇さながらの姿を見せていますが、本当に驚くべきはその姿態ではありません。

特徴を詳細に記したプレートの一文に、なんと、「二千年の寿命」と書かれているのです。


その生涯のはじまりは翼を持った小さな種子で、種子たちは風に乗って方々に飛んでいきます。

けれどどこか程良い場所に落ちたとしても、大抵はそのまま朽ち果てます。
運良く発芽に至るには、その年の雨が特別に多くなければならないからです。

では、ナミブ砂漠でそんな大雨の年がどれくらいあるかというと、半世紀に一度。
およそ五十年に一度だけ、大地は潤い、種子たちは発芽のチャンスを迎えます。

さらにそのうち、地下水のある場所に落ちたものだけが生き残ります。

そしてようやく根付いた株は、地中深くまで水を求めて根を伸ばしつつ、約八千万年前に誕生した世界最古の砂漠の片隅で、気の遠くなるような長い時間、静かに生命をつないでいくのです。


人の暮らしのはかない栄枯盛衰には無縁の場所に根を下ろす、巨大な千年杉に奈良県の山中で行き合ったことがありますが、周りを多くの同族に囲まれた巨木と違い、キソウテンガイは砂ばかりの土地で他に仲間もなく生きていきます。

陽に灼かれ、風に吹かれ、砂嵐を浴び、時に雨粒を受けながら、生涯で七十三万回もの朝焼けと夕暮れ、凍てつく夜を孤独に迎えるのです。
その間、周囲にわずかながら変化があったり、獣の息づかいや、人間の足音が近づくこともあるのでしょうか。

私がいま目にしているこの株もそうして生き抜いてきた祖先たちの系譜に連なる子孫であり、それを思うと畏敬の念に打たれ手を合わせたくもなってきます。


サン=テグジュペリの小説『星の王子さま』の中で、王子さまは飛行士に語ります。
砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからなんだ

この台詞自体が美しさを放っていますが、今の私はそこにもうひとつ、キソウテンガイの名を付け加えたくなります。

ただ暖かい空気を吸いたいという一念で訪れた植物園で、かくも稀少な植物との出会いを果たし、自分の中の、世界に対するある種の認識が組み変わった気分だからです。

孤独には"百年"や"二十億光年"のドラマティックなそれがあるそうですが、この二千年の孤独もまた、決して捨て置けない詩情を帯びています。


私が未だ訪れたことのない、そしておそらくは一生見ることが叶わないであろう遠い国の砂漠のどこかに、今日も二千年の生命をつなぐ植物が存在する。

それを知り、心の内にその像を描くだけで、この世界で生きることの切なさ、愛おしさが増すように思えてなりません。

人間ってたかだか百年くらいしか生きないからね、本当に赤ちゃんみたいだね、とキソウテンガイ大先輩には微笑わらわれてしまうかもしれませんが。



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