【未見の人向け】ミュージカル『ゴヤーGOYAー』プレゼン
突然だが、「耳の聞こえない芸術家」と言ったらあなたは誰を思い浮かべるだろう。あるいは、「スペインを代表する画家」と言ったら。
自分の場合、「耳の聞こえない」と言ったらまず思い浮かぶのはベートーヴェンだ。次にゴッホ…いや、あれは耳を切り落としただけで聞こえないわけじゃないか。そして「スペインを代表する」と言えばピカソ。というか、それしか浮かばなかった。
が。
2021年4月8日、日比谷・日生劇場で華々しく(?)幕を開けたミュージカル『ゴヤ―GOYA―』の主役は当然、ベートーヴェンでもゴッホでもピカソでもない。
フランシスコ・デ・ゴヤ、『裸のマハ』『我が子を食らうサトゥルヌス』などを描いたスペインの画家。タイトルだけ並べてもピンと来なくても、見たら絶対わかる有名な絵の数々を生み出した人。タイトル通り、彼の半生を描いたミュージカル。
大劇場で上演されるグランドミュージカルと呼ばれる大作のほとんどが各国からの輸入もの(しかも大半は再演)である昨今、こちらは純国産でなおかつ初演。2020年2月下旬から続くコロナ禍の中で演劇界は冬の時代と言われているけれど、『ゴヤ』は上記の条件に加えて制作会社は宣伝がうまくな…もとい、とても控えめでいらっしゃる松竹さん。推しが出ていれば絶対見に行く系キャストファン以外には厳しすぎ。
自分の周囲、あるいはSNSでの検索の結果も、聞こえてくるのは「ポスター見てもあらすじ読んでもどんな作品なのかさっぱり伝わらない」という声。…うん、あのポスターわかりにくいよね…現代アレンジかと思うよね…。
(追記で訂正。宣伝が控えめというより、スロースターターでいらっしゃるのかも。東京後半~GW中のツイッターでの舞台画像投稿頻度を見るに)
これじゃもったいなさすぎる。あの意欲作、好みは割れるかもしれないけれど、そもそも見てない段階では好きも嫌いもわからないわけで。ほんのちょこっとの初日映像と作曲担当のピアニスト清塚さんの演奏動画、これが判断材料というのも少々寂しい。
(追記。なんて言ってたら公式様からダイジェスト映像が。色々すみません…)
【初日動画】
(アイデアニュースチャンネル 1幕のみ)
https://www.youtube.com/watch?v=HooyFp98f_U
(Astage 2幕多め)
https://www.youtube.com/watch?v=vcw1zLOIeNA
発信力などまったくないし、なんなら文章力も皆無だけれど。「ミュージカル『ゴヤ』に興味を持ってくれる人が1人でも増えたらいいな」という気持ちを込めて、「ゴヤとゴーギャンを混ざって覚えていたオタクによる“ミュージカル『ゴヤ』プレゼン”」を書いてみる。…うん、最初にタイトル聞いた時「…ゴヤって南国の女の人の絵描いてた人だっけ…?」と思ったのは内緒。
~あらすじ~
ざっくり言えば「画家ゴヤの半生を描いたミュージカル」。だけどこのゴヤさん、生きた時代が面白い。18世紀半ばに生まれた彼の祖国はスペイン、その隣国であり政治的影響が強いフランスはブルボン朝後期~帝政期。つまり日比谷界隈に通う皆さんが大好きなフランス革命からナポレオン時代にちょうどかかっている。なので物語の中にもそれらが描かれる。
「あっ、これ『1789』で見た!」「この事件は確か…」と“これ進○ゼミで見た!”的感激があること請け合い(←似てるって意味ではない、念のため)。
スペインの地方都市サラゴサ育ちのゴヤ(あだ名・パコ)は、野心だけはあるが実績がないかけ出しの画家。口うるさい義兄の宮廷画家バイユーをなんとか見返してやりたいが、出世の登竜門である王立美術アカデミーの試験も立て続けに不合格。バイユーに紹介された仕事のため、妻ホセーファ(あだ名・ぺパ)を伴い王宮があるマドリードに行くことに。ゴヤの少年時代からの親友サパテール(呼び名・マルティン)は彼の門出を祝いつつ、寂しさを胸にしまう。
上昇志向の強いゴヤはバイユーと同じ宮廷画家を目指すが、その宮廷は王太子カルロス4世の妃マリア・ルイサが牛耳っていた。マリアの愛人ゴドイ・実力者の貴族テバ伯爵・マリアのライバルのアルバ公爵夫人など、王宮内は強烈なキャラクターばかり。虚栄と嫉妬、愛憎と陰謀が渦巻く世界でのし上がろうとするゴヤをホセーファとサパテールはひどく案じ時に忠告するが、彼は聞く耳を持たない。やがてゴヤはある陰謀に巻き込まれ、その中で聴力をなくす。
日々ぼんやりと過ごすゴヤ、その手に再び筆を握らせるきっかけを作ったのは意外な人物だった。挫折がきっかけでそれまでになかった視点を得たゴヤは新たな作風を生み出す。しかしフランスで起きた革命は徐々に隣国スペインにも影響を与え、そしてコルシカ生まれのあの男がやってくる。対ナポレオン独立戦争と呼ばれる苛烈な戦いの中、ゴヤ・サパテール・ホセーファの運命は、そしてゴヤが見たものは…?
…こう書くと真面目なミュージカルっぽいけど、いや真面目なミュージカルだけど、実際には笑いあり涙ありのジェットコースター。まさか日生劇場で【あれ】が回るとは思わなかった…(※詳しくは劇場で)。このご時世でなかったらヒューヒュー声が飛んでたかも、なシーンも。
ちなみに、いろんな意味で刺激的なシーンがちらほらあるので、入場NGな未就学児じゃなくてもお子さんを連れてくるのには向いてない、と思う。
プロジェクションマッピング…でいいのかな?映像をかなり多用する演目でもある。ゴヤの描いた絵を映像で見せてくれたり、世界情勢を映像でわかりやすく説明したり。…あ、「フランス革命はともかくスペインの歴史なんてよくわからない」と思うかもしれないけれど、ちゃんと説明してくれるのでそこまで構えなくても大丈夫。史実とは違う大胆なアレンジが入っているところも多々あり。
余談だけど、ポスターと違って(?)衣装はちゃんと当時の雰囲気。肖像画が残ってるキャラ達はその絵のまんまの衣装を着てるので、がっつりとした予習はいらないけれどちょこっと検索しておくと面白いかも。
ゴヤを語るうえで多分外せないと(勝手に)思っているのが『ゴヤの手紙』(岩波書店)という、主にゴヤが出した手紙をまとめた書簡集。その中の半数以上を占めるのがゴヤから親友サパテールにあてた手紙なのだけども。感想はただ一つ、「君達ほんとに仲いいな!!」
彼らがスペイン人=ラテン気質というのもあるだろうけど、「僕は1年のうちに君を思い出さない日は2日だってない」「君と一緒にいることが僕にはこの世で一番の幸福だと思う」等々、ラブレター…?と思ってしまう表現がいたるところにちりばめられている。ちなみにゴヤ→サパテールの手紙は100通以上残っているけど、サパテール→ゴヤの手紙は2通しか残っていない。遺産相続等で揉めまくったゴヤの遺族が金目の物ではないと判断して処分した、という説が濃厚らしいけども。
劇中でも表される2人の強い友情とゴヤの妻ホセーファの献身、そして時代の大きなうねりの中で変わっていくゴヤの絵。これらが物語の大きな柱となっていると自分は思っている。
(今の世界情勢になぞらえていらっしゃる方を多く見かけるけども。自分としては香港、あるいは天安門を思い出した。つまりは幾度となく繰り返されてきた事柄なのだろう)
~キャラクター~
(最初に断っておくけれど。自分は小学生時代にほんの少しJ事務所の方々を嗜んだ程度で、まったくもって詳しくない。リアル友人知人やSNS繋がりの方々に妙にV6さんのファンの方が多いので彼らだけは顔と名前が完全一致しているけれど、それ以外はうすぼんやりレベル。
なので主演の今井さんについては申し訳ないけれど、「タキツバってユニットのツバの方の人」「テレビでフラメンコやってるって見た気がする」くらいの予備知識のみ。あしからずご了承を)
今井さん演じるゴヤを一言でいうと「チャーミングな天才肌」。野心に満ち溢れ、子どものように我慢がきかない。あぶなっかしいトラブルメーカー気質だけど不思議と憎めない魅力がある。サパテールやホセーファが彼に惹かれ誠心誠意支えたくなるのもわかる気がする。
聴力を失ってからの絶望、新たな生、そして哀しみと孤独…1幕と2幕でまったく違う姿を見せるところがいい。1幕終盤のスーパーフラメンコタイムでは彼もかなり踊る。
天才画家を支える少年時代からの親友・サパテールは小西さん。産業や貿易で世界の壁をなくすことを夢見る、穏やかで理知的で爽やかな青年。
ゴヤがいるマドリードと彼がいるサラゴサは300km以上離れているので、実際に親友2人が一緒に過ごすシーンは少ないけれど。手紙を通じて笑ったり心配したり、いつもゴヤのそばにいる。仲良しだけど自分の意見はしっかり持っていて、時に対立することもあるけれど。誰よりもゴヤの理解者であろうとし、またゴヤの精神的支柱でもある人。時代の変化と共に彼の運命も大きく動いていく。
無邪気にサパテール大好きっぷりを表に出す既婚者ゴヤと違い、サパテールの方は複雑な感情を抱えている。それをどう解釈するかは見る側に委ねられている…と勝手に思っている。
(ちなみにサパテールはゴヤを「パコ」と呼び、ゴヤはサパテールを「マルティン」と呼ぶ。何の説明もなしに出てくるので要注意)
サパテールがゴヤの精神的支柱なら、リアルでゴヤを支え続けたのが清水さん演じる妻ホセーファ。ゴヤにとっては空気のような存在…と言っても「いてもいなくても同じ」という意味ではなく、あまりにも近くにいることが普通でナチュラルに必要すぎて、かえって必要としていることに気がつかないといった相手。常にゴヤに寄り添う。あだ名は「ぺパ」、これも前情報なしにいきなり出てくる。
余談だけど。彼女のソロを聞くと、ぐるぐる~ぐるぐる~♪が頭を回り始める。
主役はゴヤだけど、全編を通した狂言回しはみんな大好き山路さん演じるテバ伯爵。これがまた芸達者で、歌って踊って大活躍。コミカルに笑わせてみせたかと思えば、次の瞬間にはすうっと冷めた目で周囲を見ている。そのさじ加減が素晴らしい。
初日会見でのご本人曰く「かわいくないマリーアントワネット」がまさにその通りの王妃・キムラさん、そして欲にまみれたフェルゼンこと宰相ゴドイ・塩田さん、お隣の劇場から「うちの(元)娘に何させてんですかあなた!」と怒鳴りこまれないか心配になるほど振り切れまくってるアルバ公爵夫人・仙名さん、一見嫌な奴っぽいけど言ってることは超まともだよね…なバイユー・天宮さん。全員キャラが濃い、めっちゃ濃い。
そして忘れてはいけないアンサンブルの皆さん方。本当に芸達者ぞろい。薄暗い中でうごめく薄気味悪い亡霊達が一瞬で陽気な市民になったり、めちゃくちゃ動き回り歌いまくる。民衆の群れのシーンの迫力がものすごい。多人数リフトのシーンも多いよ。
~その他~
作曲家の清塚さんがこのミュージカルのウリの一つでもあるせいか、1曲1曲が長めに感じる。いわゆるミュージカル作曲家ではないせいか初日見た時は「曲があまり頭に残らないかな…」と思ったけれど、まったくもってそんなことはなかった。頭の中で回り続け、うっかり口ずさんでしまうメロディが多い。普段はそう目立たないのに民衆が立ち上がる時にはすさまじい勢いで打ち鳴らされるドラムの音が印象的。
そしてフラメンコ。1幕終盤にスーパーフラメンコタイムがある。正直言うと「素晴らしいとは思うけど、なんでこんな唐突に、こんな尺取ってフラメンコ…」と思わなくもなかったけども、SNSで検索すると「フラメンコが短すぎる」「フラメンコが最高だった」というのを複数見かけたので、このあたりは人によって感覚が違うかも。
物販は安定の松竹モードでパンフレットのみ。でも真っ赤でとても立派だよ。
以上、ざっくりだけどミュージカル『ゴヤ―GOYA―』のプレゼン終わり。
チケットは東京の場合千秋楽以外は公式でまだ買えるし、日にちによってはイー○ラスやお○ぴ(※譲渡じゃないよ)でかなり割安なチケットが出ているので、「見て見ようかな…」と一瞬でも思ったならぜひぜひどうぞ。ただ、このご時世に東京での公演、難しい方も多いとは思うけれど。
※自治体からの要請で17日から1日2公演の日は開演時間が昼夜とも早まるのでお間違いなく。上演時間は3時間10分、場内を3ブロックに分けた規制退場あり。最小限の給水以外、場内での飲食不可。
それではここまでお付き合いくださいましてありがとうございました。よいご観劇を!
4月25日追記、を5月11日修正。緊急事態宣言発令に伴う休業要請により、残念ながら4月24日夜公演をもって6公演を残して東京公演は千秋楽を迎えることに。ただし、その後の愛知・御園座公演は3日間5公演を完走。東京の最終週は悔しい結果になったけれどおめでとうございました。
さらにWOWOWで放映決定。7月にオンデマンド配信、8月にテレビ放送だそう。まさに「一瞬を永遠に」、映像に残ることで劇場に来られなかった方もゴヤを見ることができるのは本当にありがたい。
WOWOWオンデマンド、スマホやPC、タブレットで見るのはちょっとしんどいなあ、画面小さいのつまんないなあ、と思われる方はAmazon fire TV stickを使うとご自宅のテレビで配信を見ることができるのでお勧め。YouTube等も楽に見られるし、スマホ内の動画・画像などをミラーリングでテレビ画面に映すこともできるので超便利。よかったらご検討を。
それでは、今後も楽しいゴヤライフを。お付き合いくださいましてありがとうございました。