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とあるカフェの古いピアノの物語。

長い長い時を経て
遠い異国の町からやってきました。

世界中で愛された
かの有名な音つむぎが
ベルベットのような音を
奏でていたころ、

生き生きとした老木のような
優しく頑固なおじいさんに
丁寧に丁寧に
私は組み上げられました。

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その頃の私は
若葉のように青々とした
少年のような音色。

当時の流れもあり、
現代よりも半音低く調律され

まるで、雨水が木々の葉を
コロコロと転がるように

それはそれは
楽しく華やかに

毎日のように奏でておりました。

ですが、
おじいさんとの生活とも
お別れの時が近づいておりました。

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それは、とても暖かく
居心地のいいまなざしを持つ
ある一家でした。

何度も会いに来てくれて
ある日、私を引き取る手はずが整ったのです。

お店に並んでおりました私は
優しく頑固なおじいさんの元を離れ、

その一家が住まう
立派なお屋敷へ。

ここから旅は始まりました。

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私は、
その一家の小さなお嬢さんが
素晴らしい女性に成長していく様を
喜びとともに見守り、

またある時代は、

小さなお部屋に住まう
音楽家を目指す
情熱にあふれる青年の
葛藤の日々。

またある時代は

毎晩、アコーディオンやバンジョーと共に
リズミカルに陽気な日々を過ごした
賑やかで楽しかった酒場。

長い長い間、
様々な人間達との時間を
奏でてまいりました。

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なかでも
いちばん長く共にした
穏やかで、愛にあふれる
ある一家との時間。

家族の笑い声と
食卓から漂う、
暖かくやさしい香り。

ただただ過ぎてゆく日々が
とても愛おしく、
私は愛にあふれた音を奏でておりました。

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人間の時間は
私が過ごす時間よりももっと
儚く、光のように過ぎてゆく。

どれだけ願っても、
その時はやってくるのです。

今の私がそうであるように
老という時間が・・・。

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思い出がしみ込んだそのお家で
最後まで一緒に
時を過ごしたお母さんが

気が付けば、
しわが増え
細くなったその指で

最後の最後まで
ずっと私と奏でてくれた

弱々しくもゆるぎない、
愛にあふれた音のつむぎは

部屋を染める夕日の
橙色と溶け合って
優しく暖かく
私の心に沁みわたるのでした。

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誰も住まなくなるお家から
私が旅立つことになったとき、

その一家と過ごした
大切な時間と思い出を音にして
大切に綴っていただいたつむぎの紙を
こっそりとしまい込み

私は一人、
遠い異国のこの土地へ
やってまいりました。

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もう何度、
季節の移ろいを感じたことでしょう。

年老いて、
上手に奏でることはできなくなった私は
そのつむぎの紙を、
誰に知らせるわけでもなく

ただただ、
大切に胸にしまっておりました。

そして、誰も
すこし音程のずれた私の
蓋を開ける者はいません。

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ですが、おじいさんが組み上げてくれた私は
愛でる家具として
そこにたたずむ役割でありました。

磨かれ
飾られ、
称えられても

私はそこにたたずむのです。

ずっと、
ただ黙ってずっと・・・・。

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今、私がいる場所は
とある小さな町にある
小さなカフェ。

ひょんなことから
小さなカフェの
変わり者夫婦が
私をどうしても引き取りたいと
家具屋さんに申し出ました。

そして、
その親切な家具屋さんや、
カフェを工事する大工さんたちが
私の転居に力を貸してくれました。

夫婦の友人たちが、
私の助けになればと、
いろいろ知恵をくれました。

変わり者の奥さんは
少し黄ばんだ私の鍵盤を
優しく押して

少しずれた、
老いた枯れ葉のような私の音を
なんとも嬉しそうに
たどたどしくも
キラキラとつむぐのでした。

そして、
奏でることをあきらめていた私に
当たり前のように
音を誘ってくる
トロールという名の
小さな生き物たち。

わたしの頭上に住う
トロールたち。

しわくちゃのもじゃもじゃの
しっぽの生えたその生き物たちは

私の
しわがれ、少しずれた声すらも
楽しみ、喜び、華を添えてくれる。

毎日のように
彼らと過ごす紺碧の夜の時間。

当時はなかった
初めての音のつむぎが
楽しく愉快で、心地よい。

あぁ、
こんな気持ちは何年ぶりだろうか・・・。

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私に彩をくれ
もう一度輝くことの楽しさを
思い出させてくれた小さな生き物たちに

今度は私が重ねてきた彩を、
私の大切な音が詰まった紙を、
暖かい時間を・・・

ここからまた
新しい時間をつむいで行くのです。

今日はどんな音で
うたおうかと

毎晩、
紺碧の美しい夜に
想うのです。


by ピアノ


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