【ショートショート】 業務戦隊ヤリタインジャー
私は業務戦隊ヤリタインジャーのレッドだ。
レッドといっても原色の赤ではない。ややエンジがかった色をしている。仕事とはいえ、こだわりを捨てるつもりはない。
そして、今日も「自由」を奪う悪を退治するため、カフェでお茶をしながら待機しているところだ。
そのとき、通信で連絡が入った。
「大変です!オフィス街に怪人ネバナラナイが現れて、人々を苦しめています」
「ラジャー!すぐに現場に向かう!」
そう言って私は、緊急を盾にコーヒー代を踏み倒して現場へと向かった。
現場のオフィスに到着した私は、その様子に愕然とした。
人々はみんな同じようにパソコンの前に座り、やらねばならない仕事に打ち込んでいる。
どのひとの目も死んだ魚のようになっているではないか!
「よく来たな、ヤリタインジャー!」
怪人ネバナラナイは大きなガマガエルのような出で立ちで、名前のとおり身体中がネバネバした粘液質で覆われている。
いったい、親はどういうつもりでこんな名前をつけたのだろうか?
「おのれぇ、怪人ネバナラナイ!どうしてこんなことをするんだ!」
「効率よく生産性を上げるために決まっているだろう」
怪人ネバナラナイは当然だといわんばかりだ。
「みんなの生産性を上げていったいどうするつもりだ!」
「競合他社を打ち負かして、市場を独占し、みんなの給料を上げてやるんだよ」
悪というものは、一見聞こえがしのいいフリをして近づいてくる。
しかし、こんな競争に勝ったとしても幸福は一瞬で消えていく。
「そんな不毛な戦いをして、みんなが本当に幸福になれるとでも思っているのか!」
「フン!コーヒー代も払えないような貧乏人に言われる覚えはない。資本主義経済では心を犠牲にしてでも金を稼ぐことが正義なんだよ」
「なんだとっ!!」
なぜ踏み倒したことを知っているんだ!?
「邪魔をするなら消えてもらうぞ。俺のネバナラナイ攻撃を受けてみろ!」
そう言って怪人ネバナラナイは呪文のようなものを唱え始めた。
すると、あたりの様子が一変し、私は大型書店の中に立っていた。
私は読書が好きだ。
大型書店をウロウロしながら、色々な本をめくったりして物色していると時間が経つのも忘れてしまう。ふと、平積みになっているとある本が気になった。手にとって目次を読んでいく。著者の経歴や帯の推薦人などを見ながら、なんとなく興味を覚えた。平積みで置かれているということは、それなりに話題になっているものなのだろう。
「これ、欲しいな」
そう思った瞬間に本屋の世界が消え、今度は職場に私は立っていた。
そして、同僚から「あなたにオススメ」と、一冊の本を手渡された。こちらも最近話題になっており、同僚が読んで私に読んでほしいと思ったものだ。
しかし、なんでだろう?こちらはなんとなく読む気がしない。
私のなかで「まだ買って読んでない本とかもあるしな」と読まない理由を探している。どちらも面白そうな本なのに、この違いはなんだ?
私は心が苦しくなり、その場にうずくまってしまった。
「ふははは、どうだ俺のネバナラナイ攻撃は!興味がある本でも「読まねばならない」と思うと面倒臭くなるだろう?」
「なんて恐ろしい攻撃だ。良かれと思う相手の気持ちはわかるのに、面倒臭いと思っている自分を責めてしまう・・・」
「人間とは愚かな生き物だな」
「それは違う!私がたまたま面倒臭がり屋なだけだ!」
きっと多くの人間は人から渡された本を有難く読んでいるだろう。そう信じたい。なぜなら、私もよくそうやって人に本を押し付けるから・・。
「まったくしぶといヤツめ!これでトドメを刺してやる!」
そう言って、また呪文を唱え始めた。
今度は職場で私は仕事をしているところだった。それも自分のやりたかった仕事が実現し、やる気に満ち溢れている。
「この仕事が楽しい。できれば一生この仕事に携わっていたいぐらいだ」
最初はそのように思っていたのだが、時間が経つにつれ、当初の熱量は減っていき、だんだんと業務も増えて煩雑になってきた。
先方にアポイントをとって打ち合わせしなくてはいけない。クライアントからはイレギュラーな要望が増える一方だ。同僚も部下も私と同じ熱量でプロジェクトに取り組んでいるように思えない。さらに時間がないのに、経理まで私が確認しなくてはいけないのか!
「いい加減にしてくれ!」
気がつけば元のオフィスで大の字になってフテ腐れていた。
「どうだ、ヤリタインジャー!お前たちは仕事でやりたいことをやっても、結局はやるべきことに追われて楽しさなんて失っていく」
なんていう恐ろしい攻撃だ。
「俺が見せたものがまやかしなんかじゃない。お前たちの仕事を楽しむなんて考えこそがまやかしなんだよ」
やりたいことをやっているはずなのに、どうして面倒臭くなっていくのだろう・・・?
私はもうどうでもよくなり、「一人で旅行に行きたい」そんな気持ちで空を見上げた。
「しっかりして!レッド!」
現実逃避をしかけていた私を抱え込むようにして、遅れて現場に到着したイエローが叫んだ。
「あいつの言葉に騙されてはいけないわ。あなたはいつもやりたいことをやって自己実現してきたじゃない」
戦隊の中でもイエローはその気にさせてくれる頼もしい存在だ。こういう後押しをしてくれる人がいないと、一人ではやりたいことを続けるのは難しい。
「いくらやりたいからといっても、資金や家族のことも考えてもらわなきゃ困るけどな」
「ブ,ブルー!」
戦隊の中でもブルーはいつも現実的な事を言って、やる気を削いでくる。どちらかというと好きなタイプではない。
「夢見がちなボンクラどもがノコノコ現れやがって。3人まとめて始末してやる!」
そういって、怪人ネバナラナイの体がみるみる大きくなっていく。
「ふははは、どうだ!お前たちヤリタインジャーが増えれば、必然的にやらねばならないことも増えていくのだ!」
そして怪人ネバナラナイは呪文を唱えはじめた。
「掃除、メンテナンス、会議、上司との食事・・・etc」
「く、苦しい・・・。やらねばならないことだらけで気が変になりそうだ・・・」
ブルーが叫ぶ。
「さ、最後のetcは適当すぎよ・・・」
イエローが憤慨する。
「じゅ、呪文なら体を大きくする必要はないだろう・・・」
私がつっこむ。
このままではやられてしまう。こうなったら、アレしかない!
私たち3人は最後の力を振り絞って必殺技を繰り出すことにした。
そして、よろめきながら、3人で手をつなぎ叫ぶ!
「必殺!ルーティンワーク!!」
説明しよう。ルーティンワークとは面倒臭い仕事はやるかやらないかで迷っていないで、さっさとルーティンの中に入れてしまい、それを続けることでいつの間にか面倒臭いとかをあまり考えないようにする比較的ありがちな対処法なのだ。
「クソー!ヤラレター!」
怪人ネバナラナイはオフィスから消え、人々の目に活気が戻ってきた。
「手強い相手だったな」
ブルーが私の肩に手をおいて頷いている。
「でも、怪人ネバナラナイは死んでいない気がするわ」
イエローがその横から顔を出し、不安を口にした。
私もそう思う。仕事でやりたいことがあれば、いつもやらなくてはいけないことが付いて回る。そして、それは今回のようにルーティンワークで切り抜けられることばかりではない。
こうして私たち業務戦隊ヤリタインジャーは、これからもやりたいことを阻む障壁と戦う決意を新たにしたのだった。
頑張れヤリタインジャー!
負けるなヤリタインジャー!