【ショートショート】 スパイ
先ほどから気になっている客がいる。
カウンターでコーヒーを淹れるわたしの斜め前に座っている男性だ。年齢は30代前半、身長は170cmくらい。髪は短めでTシャツのラフな服装をしている。片手に文庫本を持っているが、読んでいるようには見えない。
まちがいない。産業スパイだ。
きっとどこかでカフェをやっていて、うちの評判を聞きつけて調査にきたに違いない。
気づかれていないと思っているだろうが、こちらはお見通しだ。
よし、ここはひとつカマをかけてやろう。
「コーヒー、お好きなんですか?」
「え?ええ、まぁ・・」
動揺しているな。もう少し突っ込んだ質問で様子をさぐる。
「普段からコーヒーはよく飲みます?」
この質問で素直な同業者なら「じつは・・」ってなことになる。
「いや、普段はあまり飲まないです」
フン!しらじらしい奴だ。
さっきからチラチラとこちらの抽出する様子を伺っていることはわかっているんだぞ。
「家でコーヒーを淹れたりしないですか?」
「ええ。道具も持っていませんし」
そうか、どこまでもしらをきるつもりだな。素直に認めればいいものを。
「このお店はどなたかの紹介で知っていただいたのですか?」
「はい。友人がすごく美味しいって」
こちらをおだてて捜査の目を撹乱するつもりか。その手には乗らんぞ。
「ありがとうございます。そのご友人はよくうちにこられる方でしょうか?」
「どうでしょう?何度かきてはいるみたいですが・・・」
答えが曖昧になってきたな。ホシは正体がバレることを恐れている。
「お近くにお住まいですか?」
「自転車で10分くらいのところです」
ふふ、かかったな。この何気ない質問にも深い意味が込められている。だいたいカフェをしている人間は店の近くに住んでいる。つまり自転車で10分圏内にあるお店の店主である確率が高くなる。
いっぱいありすぎるけど・・。
「今日はお仕事お休みで?」
さあ、そろそろ白状したらどうだ。この質問なら「じつはわたしもカフェをやっていまして」と切り出しやすいだろう。
「まあ、フリーランスなんで、休みといえば休みです」
フリーランス?自営業といえばいいだろう。難しい横文字でごまかそうとしやがって。
こうなったら単刀直入に聞いて化けの皮を剥がしてやる。
「なんのお仕事をされているんです?」
さあ、もう逃げられんぞ!
「IT関係のシステムエンジニアです」
!?
ま、まだ白を切り続けるつもりなのか!
素直に白状すれば、アドバイスぐらいしてやるのにヨォ。
「IT関係のお仕事なら、家で仕事しているときにコーヒーを飲みそうなもんですけどねぇ?」
こうして、自意識過剰なコーヒー屋の無意味な尋問は続いていく。