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〈VRChat〉バトルディスク ルーキー杯でガンターになった
・章前
バトルディスクを知っているか? それはVRChatに存在するワールドで、そこではディスクを投げてバトルすることができる。ディスクを投げて…………バトル…………? 狂ったTSUTAYA店員か? あなたはそう思った。しかしそうではない。これは現代社会の喧騒に飲まれ病理に狂乱し、売り物のCDを投げまくるしかなくなったアルバイト店員の話ではなく、プレイヤー自身のその腕でディスクを投げて相手を打ち負かす対戦ゲームだ。
(狂い店員ではない)
そう、対戦ゲームだ。ゲームを紹介するときは、どんな文字を綴るよりビジュアルで説明する方が早い。なのでGIF画像で説明しよう。
上記画像では一人用のトレーニングモードだが、私がディスクを壁に投げているのがわかるだろう。対戦モードでは、これをお互いの身体にぶつけあう。
(↑は第二回バトルディスクルーキー杯より)
直方体のリングの中で行われる1on1マッチだ。走り回り、狙い定めて相手にディスクを叩き込む。ディスクを手で持ち続ければガードすることができるので、相手の甘いシュートをガードで弾いてカウンターを決める……そういった狡猾な戦略も存在する。そして被弾したプレイヤーは「ミュウツーの逆襲」に出てくるポケモンみたいに謎ケースに閉じ込められて敗北の味を知る……そういうゲームだ。
察しのイイ奴はもうわかっていると思うが、今日はこのバトルディスクの話をする。それも、バトルディスクの大会に参加してきたという話だ。大会はこのバトルディスクのニュービーを集めて行われる「ルーキー杯」というもので、それは5月末に開催された。
私はこのゲームを街の噂で知った。5月上旬、いつものパブでハイボールを飲んでいると、口さがのないウォンの奴が「巷では死の円盤を投げ合うデスマッチが流行っているらしい……」などとぬかしたのだ。私はどうせ奴の妄言だろうと思っていたが、暇を持て余していたのと「円盤・決闘(バトル・ディスク)」という決断的なタイトルに血と硝煙の匂いを感じ、少し調べてみよう考えたのだった。
そうしてはるばるバトルディスクのワールドに来てみれば、そこで行われていたのが冒頭の競技だ。そしてどうやら近々ルーキーを集めた大会が行われるという話を耳にし、私はそれに参加を決めたのだった。私は大会というシステムが好きだ。それは真剣勝負ができる場だからだ。そこで優勝し、持ち帰ったトロフィーを眺めながら飲むウイスキーの味を想像して、私は練習を始めた。
・練習
実戦に勝る練習はないと考え、私はとにかくバトルディスクの対戦経験を積んだ。練習相手を探す必要はなかった。バトルディスクはVRChat上に存在するワールドなので、パブリックワールドに入れば知らない奴がそこで対戦していることが多い。私はそこにふらりと現れ相手の目を見て「てめえのディスク捌きを見せな」といえばそれでバトル成立だ。実際には外人が多いのでわけもわからず「バトル・ミー!」と叫ぶことが多い。
そこでの戦績はまあまあ良かったと言えるだろう。バトルディスクは5点先取……つまり相手の身体に5回ディスクをねじ込めば勝ちなのだが、ワールドにいる外人相手に私が敗北することはほとんどなかった。しっかりと相手の身体に狙いを定めてディスクを投げ、自分は相手のディスクを喰らわないようにサイドステップを踏む。その行動を繰り返し、私は勝ち星を積み上げていた。
しかし、問題がないわけではなかった。
・リアル フィジカル
バトルディスクを私はVR機器を用いて遊んでいるため、ディスクを投げるには実際に手を振る必要がある。これがどういうことかわかるか? ピコピコ・コントローラーでボタンをプッシュしたりマウスでカチカチすれば3点バーストのアサルトライフルが火を噴くゲームとは違うということだ。一度や二度のディスクシュートならよいが、このゲーム、長いときでは1分近くお互いが被弾しないこともある。それは1分近くディスクを投げ続けるということでもある。つまり、めちゃめちゃに疲労が溜まるのだ。
練習のためゲームを繰り返してからVRゴーグルをとると、汗で髪が額に張り付き、肩の筋肉は悲鳴をあげてタンパク質欠乏を訴える。私は普段全然運動をしないので、言ってしまえばフィジカルが貧弱だ。そんな虚弱ボディに筋肉痛が襲い掛かる。肩が痺れ、倦怠感と違和感が幾層にも折り重なって私の身体を蝕んだ。そして思った。「これは…………スポーツだ」
「スポーツ!? 楽しいゲームじゃなかったの? スポーツは嫌だ! スポーツだけは!」 スチューデント時代に受けた「体育・ハラスメント」で苦い思い出を作ってしまった奴はPTSDを発症したかもしれないが、焦ることはない。スポーツとゲームは矛盾しない身体能力の優劣で人格を判断されることだったり、すばやく動くことができるだけのモンキーが低品質な揶揄を向けてくるなどが私たちは嫌だっただけで、身体を動かすということ自体は嫌いではなかったはずだ。まあ、それすらも嫌いだという奴もいるかもしれないが、まだ人間は肉体という檻に支配されており、脳みそを水槽にプカプカ浮かべる時代は到達していないので、運動を毛嫌いするのはオススメしないとだけ言っておこう。
なので、私も前向きにこの問題に取り組もうと思った。その時点で大会までは約3週間、付け焼刃とはいえ何もしないよりはマシだろう。私は部屋の隅で埃をかぶっていた筋トレグッズを引っ張りだしてきて、アマゾンにアクセスしプロテインを注文した。
・下段攻撃に弱い
もうひとつの問題は、防御に関する問題だった。ディスクの弾速は目で見て追えないというほどではないので、防御行動、つまりガードが有効である。自分のディスクを手に持ってガードを固めることで、ある程度の攻撃は防ぐことができるのだ。
しかし、下段攻撃をガードするのが難しい。写真を見ればわかるだろうが、ガードするためのディスクが足元まではカバーできず、攻撃が被弾してしまうのだ。ディスクは手に装着する仕様なのでこれはいかんともしがたく、私の被弾はほとんどがこれだった。
・跳べ
さて、どうしたものか。私は頭を悩ませた。足元への攻撃はガード不能なのか? しかし、諦めようとしたそのとき、奇声をあげながら楽しそうに動き回る外人を見てそれを思い付いたのだった。
「跳べ(Jump now)」
そう、このゲームワールド、コントローラを操作することでジャンプすることができるのだ。ジャンプ高度はさほど高くないが、足元に飛んで来るディスクを一瞬躱すのには十分な高さだ。そして私の脳裏に今までの経験がフラッシュバックする。
波動拳、ソニックブーム、スタンエッジ、ソウルフィスト……私は格ゲーマーだ。あらゆる弾をジャンプしてきた。飛び越えてもジャンプ強キックをお見舞いすることはできないが、弾を跳んで躱すという点でバトルディスクも格ゲーも同じだ。私は今までのゲーム経験が自分の血肉になっているのを感じ、跳んだ。
まあ結果からいうと弾は全然飛び越えられなかったのだが、動きにアクセントをつけるという意味では良いだろうと思った。叫びながらジャンプしまくってる外人が楽しそうだったというのもある。
後から聞いたろこによると、ゲームのシステム的には跳んで躱すことはできるらしいので、つまり単純に私の反応速度がよくないのだろう。全然今までの経験値が生きてねえ。
・先人の知恵
練習として野良試合を繰り返していたある日のことだ。深夜だったのを覚えている。私がワールドに訪れると、その人物が居た。彼はものすごい速さで練習用モードのターゲットを破壊しており、一目見て「玄人」だということがわかった。腕を振るい、ディスクを射出し、ターゲットが破壊される。スムーズなその動きはまるでプログラムされた機械のようだった。
このバトルディスク、一人用トレーニングモードではターゲットを破壊するタイムアタックを行うことができるのだが、彼のタイムレコードは私のタイムの半分の更に半分、つまり私より4倍近いスピードでターゲットを撃ち抜いていたのだ。私は思わず声をかけた。
(まるでディスクを投げるために生まれたかのような動きだった)
彼(便宜的に彼とするが、もしかしたら彼女かもしれない。曖昧な状態だがバーチャルではよくあることだ)は水色の蛍光ケーブルのような繊維で身体が構成されたクールな外見(外見だけなら人間ではなさそうだが)で、しかも日本語を話した。
私は強さに貪欲でありたかったので、彼にお手合わせをお願いした。もちろん手も足も出ずすぐに負けてしまったのだが、彼は試合後、アドバイスを求めた私にこう言ったのだった。
「動きが読める。立体的に動け」
バトルディスクのワールドは直方体で、投げたディスクは壁に当たるとバウンドして反射する。ちょうどゲームセンターでやるエアーホッケーのようなものだ。そして私は相手から遠い方が被弾しないだろうと考え、後ろに下がって距離をとり、壁に背をつけて横移動だけで相手を躱そうとするスタイルだったのだが、それが間違いだった。
このゲームがエアーホッケーとは違う点はひとつ、狙うのはゴールではなく相手のボディということだ。つまり、相手の動きを読むことが重要になってくる。相手を直接狙うのではなく、相手がどこに動くか予想してディスクを投げる。それこそが肝心だと彼は言った。それはつまり、逆説的に「読まれない」動きをすべきということだ。そのために、横移動だけではなく前後にも動け……ということなのだった。
現代のゲームは情報戦だ。知識は力で、そのため実践よりも座学が重要だという考え方があるのも知っている。ソシャゲが出れば「最強リセマラランキング」と攻略Wikiが出現し、ゲームを紐解いていく。
しかし「バトルディスク 攻略」などと検索しても、なんか知らんがポケモンの攻略ページみたいなのが出てきて「すてみタックル」したり「かぜおこし」しろなどと言われるだけだ。まだ情報が体系的にまとまっていないゲーム…………つまり、未開の地を切り開いていくスピリッツがときに重要となる。
その点、私は幸運といえた。偶然とはいえ先人の知恵を授かることができたのだった。私は彼に感謝し、立体的に動くことを意識してバトルディスクの研鑽を積んでいった……。
・大会本番
そしてルーキー杯の日がやってきた。総参加者数は30人を超えており、形式はシングルエリミネーションのトーナメント。まあ難しいことを抜きにいうと、5連勝すれば優勝ということだ。私は深呼吸し、優勝したときのインタビューにどう答えるかを考えていた。
(トーナメント表 私の初戦はグループAの第5試合だった)
1回戦の相手が現れる。猫耳をつけた、ピンクフレームの眼鏡が可愛らしいお嬢さんだ。まだバトルディスクを始めて日が浅く、試合前のインタビューでは「楽しんでいこうと思います!」なんてことを喋っていた。しかし私に手を抜く気は無い。こと勝負の場において、楽しさよりも勝利を優先すべき時がある。私はしっかり練習してきたし、その成果をただ見せるだけだ。私ははっきりいって強いし、バトルディスクを始めて1週間の初心者に負ける要素はない。対戦相手には悪いが、初戦で私に当たった不運を呪ってもらうしかないだろう。5本先取の試合で5-0なんて完全試合をしてしまっても恨むなよ……と考えつつ、私は試合開始のトリガーを起動した。
そして…………負けた。
2-5で負けた。普通に完敗だった。こてんぱんにされた。完膚なきまでに負けた。
対戦相手の彼女は「量産型のらきゃっと」と呼ばれる戦闘用アンドロイドの一族らしい。どうやら私は袋のネズミだったようだ。
・終わってみて
結局、大会を優勝したのは涼し気な服装の美少年だった。早々に負けた私は試合を観戦していたのだが、決勝戦などは手に汗握る白熱した戦いで、更にそこに実況の声がのってエンターテイメントとして非常に楽しめるものであった。
私はこのルーキー杯で結果を出すことはできなかったが、バトルディスクを通して様々な経験をすることができたのは間違いない。バーチャルの世界で、目標を決め、試行錯誤してもがく。それは映画「レディ・プレイヤー1」の中でイースターエッグを求めるハンター、ガンター(Egg Hunterの略)達がやっていたことと同一だ。私が求めたトロフィーは手に入らなかったが、ガンターになることはできた。それは、私にとって非常に楽しく、また有意義であった。
最後に、ルーキー杯を開催してくれた運営チームと、バトルディスクのゲームワールドを作成してくれた人物にお礼を言いたい。あなた達のおかげで楽しい時間を過ごすことができました。本当にありがとうございました。
と、ここまで書いて少し思った。普通、こういった謝辞というのは上記のようにちょろっと書かれて終わりだが、本当にそれでよいのだろうか? 例えばテニスの大会が開催されたとして、錦織圭選手がサービスエースを決めて盛り上がれば大会を運営している陣営にはスポンサーやら観客のチケット代などで収益が上がっているだろう。しかし、このルーキー杯は参加費無料の大会だ。私は別に無償で何かを運営することが偉いと考えているわけではないが、リスペクト……尊敬の念を送るには相応しい行動だと思った。私のリスペクトで腹は膨れないだろうが、邪魔でなければ受け取って欲しい。
また、ゲームワールドに関してもそうだ。このバトルディスクというゲームワールド、私はレビュワーじゃないので完成度がどうのこうのやら、クオリティが高いだの低いだのはわからないが、少なくとも私はこのゲームを楽しみ、筋トレし、声を荒げてエキサイトした。
大地に白線を引いてつくられる現実世界のテニスコートと違って、バーチャルのワールドは1から10まで作り手の、つまり人間が選択した末に成り立っている。私はプログラミングやUnityやBlenderや因数分解や相対性原理などは何もわからないが、製作者のあなたがバトルディスクを創り上げたという選択には100%の支持と畏敬の念を抱いている。もしあなたがパーシヴァルとなって世界を守るための戦いを始めるのなら、私は名もなきガンターの一人として駆けつけ戦いに参加することを約束しよう。
さらにどうやら、最近浜辺でバトルディスクを楽しめるワールドも誕生したらしい。HOTなビーチにクールなバーカウンターも併設されており、ゲームをつくるだけでなくロケーションをデザインするセンスもあるということが証明された形だ。私もアバターの水着を調達次第、訪れる予定だ。
それではそろそろ、この記事を終わりにする。私はルーキー杯を通してバトルディスクを楽しんだが、大会が終わってもバトルディスクをやめてしまったわけではない。誘われれば喜んでゲームに興じるだろう。あなたの放ったディスクが私の首を狙う…………その瞬間を楽しみにして、ここで筆をおくとしよう。
6000文字もの読了に感謝する。記事はここまでで終わりだが、「なかなか面白い。一杯奢ろう」という奴は下のボタンから記事を購入すると投げ銭をすることができる。すると、筆者が明日も生きていけるようになる。
終
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