業の秘剣 第十片 西の言葉
ああそうだ、あれは大仕事だった。
月消ゆる日、西の果ての帝国の「機の大都」から女王と王室の一行が来ていたんだ。
まさか、いくら大盗賊の俺様でも一行から盗みなんてできやしない。
この「太陽と砂の国」の中心である「太陽の都」の最も高く堅い城壁に囲まれた「泉の庭」にしか女王と王室の一行は来ないはずだからな。
しかし…大盗賊の勘の鋭さを馬鹿にしちゃいけない。
俺は予知していた。
何人かの連中はきっと下町である「泥庭」にも降りてくるってな。
だいたい偉いもんてのは下々の世界に興味がないもんだぜ。
でもな、下々にしか転がってない道楽ってのもあんのよ。
例えばこのヘナ酒さ!
おっといけねえ、いまは空っぽだな…
ヘナ酒ってのはいわゆる狂い酒よ。
ただの酒じゃねぇ、飲むとな、ただ酔っ払うだけじゃなく世界が歪んで踊って心地よい景色と音楽が頭の中を駆け巡るんだ。まさに夢を現にってやつさ。
もっとも俺はほとんど飲んだことないんだがね。
はは、あまり飲み過ぎると現が夢になっちまう。
夢と現の境目がなくなっちまうんだ。
恐ろしくて手を出しちゃいないね。
俺はただの酒で十分さ。
なんで、俺がヘナ酒を持ってるかって?
そこだよ!
ヘナ酒は飲まれちまったら駄目になるが、飲ませる分には使いようよ。
俺はヘナ酒が闇に振る舞われている、すぐにでも屋根から壊れそうな酒場を知っていてね。
俺の予想じゃ、あえてだろうねえ、最近やたらと変なパーティーみたいなもんを毎週のようにやってたんだ。
風の噂じゃあ、もうお国に目をつけられていてトンズラ前の荒稼ぎらしい。
だが俺はもう一曲あると踏んでいてね。
月の消ゆる夜、闇夜を泉の庭の灯火がかき消す中、ふらっとさも通り掛かったようにその酒場の中に入ってみた。
ただのボロ酒場で酒呑みが安酒を飲んでいるふうにしかみえなかったが、火のないところからは煙は出ないって言ったもんでね。
俺はこう初老の店主に注文したのよ。
「主人!今夜は月はねえが、機の大都から女王が来てるって?この太陽の国に月は二つもいらないってか?
何がめでたいかわからねぇが、俺は良い酒が飲みたい。
この酒場に来るのは初めてだから、一番高い酒をくれ。」
店主は心を見透かすような目でこっちを見ながらぼそぼそと、しかしはっきりと聞こえる声でこう言った。
「この店には安酒しか置いておいてませんよ。見りゃわかるでしょう。このボロボロな建物を見れば。」
一筋縄ではいかねえよな、と思ってたところなんだが、黒いローブで全身を顔まで覆った三人組が入ってきた。
明らかに怪しかったが、その特に怪しかったのは声さ。
三人は縦に並んでいたが、前の男が首を伸ばして…といっても首の形すら見えないが…後の男と何やら小声で話していた。
何やら異国の言葉のようだったね。
俺は耳が良いからわかった。
この言葉は西の言葉だ。
この時と場所で西の言葉を話すっていったらおそらく、王室のもんだろう。