NEW第3片 コーヒーを一杯飲めますか?
急いで荷物をまとめベースメントから去ったXは大きなスーツケースを2つ持って、近所のロンドンの街をふらついていた。
「コーヒーを一杯を飲めますか?」
この質問に店主は快く答えてくれた。
「どうぞ、寒いね、旅行かい?ミルクは入れる?」
Xは寒さに震えつつまごまごと答えた。
「しばらく近所に住んでたんですけどね…これからパリにでも行こうかと。ミルクは…ラテにできますか?」
店主は笑いながら言った。
「パリかぁ旅行には良いね、あいつらは英語を喋ろうとしないから俺が行ったときはちょっと一苦労だったけど…君くらい英語を話せたら…君はアジア人にみえるし、向こうも気を悪くしないよ、おっともしかして、君は英語だけじゃなくてフランス語も喋れるのかい?あっごめん、ラテはできないんだ、コーヒーにミルクは入れられるけどね。苦いのは苦手かい?ホットミルクもこの時期暖まるよ。」
Xは微笑む。こんなチャッティーな感じ、見ず知らずの人とでも気さくに会話を交わすロンドンの雰囲気が好きだった。日本だと大阪と東京に何年か住んでいたが、大阪に近い雰囲気だった。
値切り交渉や、値引きで負けるから如何ですかという商売っ気なやりとりもある一方、札束…といっても最近はもっぱらクレジットカードだが…現金を叩きつけるのが格好良いという文化もあった。一つの答えがあるとすれば、正解は一つではないということが答えだ。
「それなら…あっホットミルクをお願いできます?久しぶりに飲んでみたい。フランス語は…難しいですね… Non ç'est bon …」
店主も微笑んだ。
ホットミルクを飲みながら、Xはヨーロッパ事情に詳しい日本人友人Yに電話した。彼女とは東京とロンドンで何度か現地合流し、次はニューヨークかパリで会おうと話していた。家宅捜査にあった事、同居人が逮捕された事、心に悲壮を受けていたのでいつも相談に乗ってくれるYに話さざるを得なかった。
結果、様子を見るために安宿に何晩か泊まる事にした。
安宿のフロントではお決まりの質問をされた。こちらが英語を喋れないと思ったのか。
「アドレス!アドレス!プーケット?パタヤ?タイランド?ナショナリティ?タイ?タイ?」
と、やたらとタイを強調された。
よくある事でXはロンドンではタイ人に見えるらしい。
数晩の間宿をとり、一路パリへと向かう。