『体育教師を志す若者たちへ』第2章 授業研究の面白さ~バスケットボール~
授業でも遊びでも、バスケットボールでロングシュートが決まると歓声があがりますね。ロングシュートは入る確率が低くて難しいからです。当たり前のことですが、近くから打った方が入りやすい。
中学1年生の授業では最初に「30秒シュート」というのをやります。ひとり1個のボールを持って30秒間に連続して何本入るか挑戦します。打って落ちてきたらすぐに拾ってまた打つ、その連続です。バスケット部員なら10本以上、打った数だけ100%近く入ります。3秒に1本入る確率です。一般の生徒には2本に1本入れば合格として、30秒で5本以上入れる目標を設定します。
ここで生徒たちに注目させるのは、打つ位置です。バスケット部の生徒の様子を観察させると、ゴール下の確実に入る位置から打っていることが分かります。ミドルやロングシュートでは10本以上入れるのは無理です。
バスケットボールの最初の学習。それは、シュートが確実に入るゴール下の位置から打つこと。そしてこれから学習していくのは、そのシュート位置へチームの協力でディフェンスを抜いてボールを運ぶこと。それをせずに遠くから打ってしまうというのは、チームプレーを諦めていることになります。
公式には3ポイントシュートというルールがありますが、どんなにチーム力を駆使してゴール下へボールを運んでも身長格差で打てないことがある。そうした試合を別の角度から楽しむために導入されたルールです。だからチーム力を結集して如何にしてゴール下へボールを運んでシュートに持ち込むかということを学習する授業では3ポイントシュートは不要です。
それでは『体育教師を志す若者たちへ』第2章 体育授業研究の面白さ、
今回はバスケットボールです。
第2章 授業研究の面白さ ~体育実技編~
4 バスケットボール
◇男女混合の授業、そして校内大会も
第1章で男女混合チームでのバスケットボールについて少し紹介したので、ここではどうすればそうした授業が可能なのかということを述べたい。私自身も学級単位・男女混合の体育授業を始めてから、バスケットボールだけはしばらくの間男女別チームで行っていた。今から20年以上前のことになる。それだけハードルは高かった。しかしその頃、しばらくして同僚の女性体育教師のクラスの生徒たちから、「バスケットボールも男女一緒のチームでやりたい」という声が出てきた。日々生徒の声を聞き、丁寧な学級経営をしていたその教師のクラスだったからこそ出てきた声だった。生徒たちの前向きな声を無視してはいけない。そこで「よし、やりましょう」ということになった。
授業のバスケットボール単元だけなら男女混合チームで進めることはすぐにでもできるのかもしれない。しかし、当時から学習のまとめとして1日かけてのバスケットボールクラスマッチが控えていた。勝ち負けにこだわるクラスマッチだけ男女別という訳にはいかなかった。他校の実践でよく聞くのが、通常のシュートでは1ゴール2点だか、女子が入れたら3点とか、バスケットボール部員は入れても1点というような特別ルールを設定するという話がある。しかし、男子より上手な女子はいるし、バスケットボール部員より上手な生徒もいる。こうした機械的な「配慮」は生徒たちの賛同を得られない。生徒たちの願いは様々な個性や能力をもった仲間たちと一緒にバスケットボールを楽しみ、競い合いたいということだろう。その願いにそった授業展開をしない限り目標は達成されない。
授業では仲間との関わりの中でみんなが上手くなってシュートが入り、その喜びをみんなで共有できるようにしたい。丁寧な教え合い、支え合いが日常の授業のなかで保証され、試合では練習の成果が発揮されてみんながシュートできるようになることが必要だ。そんな授業を進めるためには、まずはチームに1個のゴールが必要になる。チームに1個のゴールがあってこそ、チームのメンバーがゴール下で足を止め、動き方や場所の使い方を確認しあって自分たちのペースで学習を進めることができる。
◇バスケットゴールを作る
通常の学校の体育館にはバスケットゴールは多くても6個程度しかない。1チーム4~5人程度と考えれば1学級で6~8チームになるからゴールが不足する。そこで不足分のゴールは体育教師が作ることになる。リングのみを買う程度の予算はどの学校にもあるだろうが、ゴールを増設する費用は簡単には出ない。そこでリングだけ購入し、ボードはコンパネと角材を使って作ることになる。ボードへのペンキ塗りも必要だ。重くなるので落下の危険性についても考えなくてはならない。体育教師は大工仕事もする。よい授業を創っていくためには労を惜しまないことが大切だ。私はこれまで日曜大工でいくつものゴールを作って体育館のギャラリーや校庭に設置してきた(写真)。
こうしてチームにゴール1個があることでグループ学習を始めることができる。メンバーひとりひとりがゴールに対してどの位置から、どのようにディフェンスを抜いてシュートに持ち込むのか、その学習を進め、試合で検証していく。試合をしてみるとシュートをしていない人が必ず出てくる。その人がどうしたらシュートができるようになるか、そのパターンをチームで考え、練習し、再び試合をして検証していく。こうした学習が進んでいくと、ただ試合に勝った負けたではなく、みんながシュートするためにはどうしたらいいだろうかということを考えるようになっていく。そしてシュートチャンスが作れなかった人が得点するとみんなで喜びを分かち合うようになる。
そうした授業にしていくためには、ただ個々にドリブルやパスの練習、そしてシュート練習をしただけでは深まっていかない。どんな学習過程で、どんな練習をしていけばいいのだろうか。序章の「問題提起」で、学年が進むにつれて学習内容は難しくなっていっているのだろうかという話をした。そのことについても考えてみたい。
◇技の進化・発展
まずは2人のコンビネーションからシュートに持ち込む例。図中のⓐⓑⓒⓓⓔはオフェンスプレーヤー、▼はディフェンス、実線はプレーヤーの動き、点線はパス、~はドリブル、●はボール、1,2,3,4はプレーの順番を示している。
No,1 はメンバーの誰かがゴール下へ入りパスをもらってシュートする単純なカットインプレー。しかしこれではなかなかディフェンスを抜けない。そこでNo,5 のようにいったんボールを外に出してすぐにゴール下へ入り込むリターンパスプレーを考える。これらは2人のコンビネーションプレー。
No,11とNo,12 はリーダーの合図で3人が動くことでディフェンスを振り切り、シュートに持ち込むパターン。
個人プレーは自分で考えて自分で動けばいいから一番単純。そして2人、3人と連係プレーに関わる人数が増えてくると合図を出さなければならないのでだんだん難しくなってくる。ここには、No,1、 No,5、 No,11、 No,12を示したが、私が授業で使ってきたパターンはこのほかにスクリーンプレーなども含めて全部で17パターンほどあり、すべてこれまでの授業の中で生徒たちが考えて作ってきたパターンを私が整理したものだ。これを生徒たちに学習資料として提示してきた。
そしてひとつのパターンがうまくいかないとその修正パターンを生徒たちは考えていくようになる。例えばNo,5では、最初のⓒからⓑへのパスが通らないことが多い。そこでⓑはⓒのところへパスをもらいに行き、ⓒはボールを手渡ししたらすぐにゴール下へ走り、ⓑからのリターンパスを受けてシュートする。これは「手渡しリターンパス」としてチームの新たなパターンに加えらた。こうして修正パターンは進化し、増えていく。
「学年が進むにつれて学習内容が難しくなる」について、2人のコンビネーションプレーよりも3人の方が難しくなるが、その先4人、5人へと連携を増やすことは、中学生の授業レベルではなかなかできることではない。せいぜい3人までで、5人のうちの残りの2人はその時に臨機応変に動いて3人のプレーが止められたときの次の動きとして備えているようにする。
そしてそれ以降の学習の難しさは次のように発展する。これは中学3年生のレベルとして授業で行ってきたことだ。単元の中盤あたりまでで、チームに前述のようなパターンが3つくらいできるようにしておく。それぞれのパターンに名前や番号をつけておき、試合ではリーダーが状況を見てパターンを選択し、合図を出して使っていく。これらは遅攻(セットオフェンス)のパターンになるが、速攻もある。
◇「再現記録」の積み重ねで「知恵比べ」へ
班ノートには、今日の練習パターン(作戦)を書く欄と、練習したパターンが試合で出せた時にその様子を再現して書く「今日の再現記録」という欄を作っておく。試合の後の反省会では練習したパターンが試合の中で出せたかを確認し、その様子を記録する。
下図の左に示した再現記録では、「翔」がボールを持っていたが、周りがディフェンスに付かれて最初のパスが出せなかった。その時右にいた「健」が走り寄り、「翔」から手渡しのパスを受け取って左サイドへドリブルした。ディフェンスは「健」のドリブルに目を奪われる。そのすきに「翔」がゴール下へ走り込み、「健」からパスを受け取ってシュートした。あいにくシュートは入らなかったが、練習したパターンが有効に使えたので記録している。
このパターンはマンツーマンでディフェンスに付かれて最初のパスがなかなか出せない時に有効で、先にNo,5が使えなかったときの発展技として示した「手渡しリターンパス」をまた一層進化させた技ということになる。私は赤ペンで新しい有効なパターンができたことを讃え、生徒たちが作ってきたパターンの財産として登録しておくと伝えた。それがNo,9となり(図の右)、後輩たちの学習資料として活用されていく。 こうした学習によって、点が入れば良い、勝てば良いという価値観から、自分たちの練習したことが生かせたかどうかという価値観へと変わっていく。
そして3年生の最後の段階では、最終的学習課題として、試合相手のチームに対する「戦略 Strategy」を考えていく。授業の中で繰り返し試合をしていると相手チームの特徴がおよそ見えてくる。7分間の試合をするとしたら、その7分間をどのような流れで、速攻と遅攻をどう使い分け、遅攻の際にはチームの財産としてのどのパターンをどう使っていくか戦略を立てて試合を進めるのだ。
こうした授業を進めていたある年、バスケットボール部員だった3年生のある男子生徒は次のような感想を書いてきた。「体育のバスケットボールの方が部活より面白い。相手チームとの知恵比べのようなものだから」と。部活動では、「バスケットの基本は1対1だ」と指導されることがよくある。1対1で抜くことができなければ部活動の試合ではその先へ進めないからだろう。そのこともあってか、授業の中ではバスケット部員は最初はワンマンプレーに走りがちだ。特に1年生部員などはボールを持たせたら周りを見ずにドリブルで抜くことしか考えていない。前述の感想を書いてくれたバスケットボール部員の彼は体格や体力にあまり優れず、たぶん部活動の1対1ではなかなか勝てなくてレギュラーになれなかったのだろう。それに対して授業のバスケットは相手チームとの「知恵比べ」だから面白いのだという。男子も女子も、バスケットの得意な生徒も苦手な生徒もみんなで知恵を出し合って攻め方を考える。その試合は部活動のような殺伐とした試合ではなく、お互いが笑顔で和気藹々と技を出し合っている。「そう来たか」、「やられたよ」と相手チームに抜かれてもバスケットを楽しんでいる。
◇教師も生徒と一緒に考える
1時間の授業を振り返り、生徒たちはその反省と次の時間の練習計画(攻めのパターン)を班ノートに書いてくる。今日練習した攻めのパターンは試合で使えたのか、使えなかったとすればどうすればいいのか、それが班ノートに書かれている。教師の私は、授業で見た生徒たちの動きの様子、そして彼らの感想(彼らの頭の中の様子)を合わせて、次回へのアドバイスを班ノートに赤ペンで入れていく。詳しくは第5章の「授業作り」で述べるが、教師の赤ペンアドバイスを読んで生徒たちはまた頭を働かせて次の一手を考えていく。教師と生徒集団の相互作用で授業が進み、生徒たちは成長していく。赤ペンが無視されることもよくある。赤ペンのアドバイスを受けてうまくいくこともあるし、赤ペンのアドバイスをもっと発展させて教師を驚嘆させることもある。
毎日たくさんの班ノートを抱えて家に持ち帰り、夜遅くまでかかって赤ペンを入れる作業は大変な仕事だ。しかし明日の授業への見通しが持ててくるとそれが希望に変わり、わくわくしてくる。それが授業作りの醍醐味なのだ。
◇体力勝負にしないための特別ルール
こうした授業の流れに加え、彼らの願うバスケットの試合をしていくためには、合意を得ながら特別ルールも考えていく必要がある。そのひとつとして、「両手でボールを保持し、両足が床に着いている時はカットしない」という特別ルールを設定した。つまりカットはポールが空中にある時かドリブルしている時のみにする。そのことでボールを保持したときに安心して周りの様子を見ることができる(但し5秒ルールの制限はある)。
また、クラスマッチなどクラスの枠を越えた校内大会では、試合の勝敗は通常通りにチームの合計得点で決めていくが、1試合の中で何人が得点したかを「得点者数」としてチーム毎に集計していく。そして全試合が終わった後に、クラスの合計勝ち数とともに、クラスの得点者数の合計(のべ人数)も表彰の対象とする(チームプレー賞)。そのことによって試合に勝つとともにチーム全員がシュートしようという雰囲気が作られていく。
技能差が一層大きくなる中学3年生であっても、男女混合のバスケットボールはこうした細かな指導と配慮によって成立し、校内球技大会を笑顔溢れる大会にすることができる。それは簡単なことではないが、そこに体育教師の挑戦がある。
<資料> 校内バスケットボール大会の記録用紙(記入例)
得点者に〇をしていき、チームの勝敗と「得点者数」の両方を評価していく
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