ミドルタウンレポートでの疾風の上昇速度の制限値についての話

大戦が終わり少し経ったある日、一機の飛行機が銀翼をきらめかせ、ミドルタウンの空に飛び立った。
この飛行機は日本でテストされた機体と偶然にも全く同じ性能を持っているらしい。というのも先日ここで上昇力のテストをしたところ、日本側のデータと全く同じ結果になったからである。下の表がその結果である。

今日は6,000mで操縦性のテストである。パイロットはせっかちな性分なのかエンジンをミリタリー出力で試験が予定されている6,000mまで一気に駆け上がることにした。
通常、航空機が効率良く上昇するには機体固有の対気速度を保つのが理想である。しかしこの機体は交換部品が調達できない鹵獲機であり、エンジンに最も負荷を掛ける上昇に関しては制限が掛けられてあった。パイロットは飛行前に目を通したPilot's operating instructions(全文はこの記事に添付)を思い出す。

ミドルタウンレポートの133ページ目


3,000ft/min。この機体はミリタリー出力では高度20,000フィート(約6,000m)まで上昇速度は1分あたり3,000フィート以下をキープしなければならない。言い換えればこの数値までなら安全に上昇ができることが保証されている。
パイロットは昇降計の針がプラス3000 ft/minを指すように機首を上げた。
高度計の針が回りる。ブースト計の針が350mmHgになるよう、絶えずスロットルを調整しつつ高度を確認する。3,700m。過給機を2速へ切り替え、昇降計の針が3,000ft/minである事を確認すつつ、高度計の針が20,000フィートになるのを待つ。
もう少しだ。
パイロットがそう思った瞬間突如エンジンから異音が聞こえた。視界にはピタッと止まったプロペラが入る。
しまった!
シリンダーの温度系はエンジンがオーバーヒートしたことを告げていた。
パイロットはパラシュートを頼みに空中へ身を乗り出した。
こうして貴重な疾風の鹵獲機は永遠に失われたのであった・・・

・・・
突然ですが、ここで質問です。
このパイロットが犯したミスは何でしょうか。


答えはミドルタウンレポートに記載されたOperational limitを信じて3,000ft/minで上昇してしまった事です。
最初に出てきた上昇力の表を見てください。この機体は5,000m辺りでの上昇力は3,000ft/minを下回っています。この場合3,000ft/minの上昇を維持しようとすると速度はどんどん減少し、エンジンは冷却不足になります。パイロットはこの事に気づかずオーバーヒートさせてしまいました(もちろん実際はこんなに早くオーバーヒートしないと思いますが、エンジンの摩耗は早まるでしょう)。

この事故はどうすれば防げたのでしょうか。それはこの飛行機の上昇力に合わせて上昇率の上限を3,000ft/minから2,500ft/min程度に引き下げれば良かったのです。そうすれば上昇中のどの高度でもエンジンの冷却に必要な速度を維持できたはずです。
と言っても勿論上記のストーリーは作り話で実際はこのような事をする必要はありませんでした。
これは言い換えるとミドルタウンでテストされた疾風は6,000m以下の高度で上昇力が3,000ft/minを下回る事がなかったことを意味します。
ではこの上昇力はどのくらいの物なのでしょうか。上昇時間の記録がある日本側の機体で有名な最高速度624km/hの試作3号機では6,000mまでの上昇で上昇速度が最低になる箇所は2,094ft/min、最初に出てきた表(戦後中島飛行機が進駐軍に提出したものと思われる最高速度634km/hのデータ)では2,696ft/minとなっており、それらより大分高い値になっています。特に後者は重量は3,400kgと全備重量より数百kg軽い状態で測定されているため上昇するにはかなり有利な条件だったはずですが、それよりも1割以上高い値です。またミドルタウンでのテストではどの重量で測定したかは書かれていませんが、安全に機体を運用する目的で設定されたのであればこの数値は全備重量の状態で設定されたと考えるのが自然です。
以上のことからTAICが鹵獲した疾風はエンジン不調が出ずパフォーマンステストが出来なかったという説は間違いであるという事が分かりました。

では次にこの数値を推定値疑惑のあるTAIC manualの数値と比較するとどうなるでしょうか。

TAIC manualに記載された疾風の上昇性能

TAIC manualでは6,000m以下の高度で最も上昇力が低いところで3,150 ft/min前後(赤丸)であり、3,000ft/minで上昇するとぎりぎりオーバーヒートしないラインであることが分かります。これはつまり上昇率のOperational limitを決める際に使用した疾風はTAIC manualの上昇性能をコンスタントに発揮していたと考えるととても辻褄が合うのです。そしてこの事実はTAIC manualの数値が推定値ではなく実測値であること、そして鹵獲された疾風のエンジンは日本側で運用されていた時よりも出力が大幅に向上していた事を裏付けるものにもなっているのです。




いいなと思ったら応援しよう!