憧れの人は、かまってちゃんで繊細でした。
背中の汗も、もはやもう乾いてしまった。
2時間は並んでる。脚ももう限界…
せめて屋内で並ばせてくださいよ。
グッズを買うだけなのにこんなに辛いなんて。
やっぱ送料ケチるんじゃなかったなぁ...
あっ、通知だ。
そうそう、さくらさんも今日来てるんだよな…
~~~
思春期真っ只中。
気づけばアイドルにハマっていた。
なんとなく始めたSNS。
最初は推しのあれこれを知るためだったんだけど…
この世には、色んな界隈があるみたいで…
○○:「え、かわいいっ...!うますぎるやろ…」
さくらさん。僕のお気に入りの絵師さん。
デフォルメしすぎず、本人に忠実。
もうね、
本当に好きなんだなってのが伝わってくるのよ...!
始めて見たとき、思わずリプを送っちゃって…
オタクの趣味垢ですよ?
無視して当然じゃないですか。
数分後我に返って、慌てて削除しようとしたら…
さくら:『とっても嬉しいです!これからも見ていてくださいね?』
もうね、神です。
さくらさんは神なんです。
言われなくても追いかけたのに、
本人直々に言われてしまったらもう…
勢いは止まらない。
通知が来たら反応、反応、即反応。
その甲斐あって、相互フォロー、
DMのやり取りまで。
僕は絵師でもなんでもないのに。
本当に優しいんです。
しかしさくらさん、自分の素性を一切明かさず…
さくら:『うーん、どうでしょうねっ♪』
何を聞いてもはぐらかされてしまうのである。
~~~
そんなさくらさんが
このグッズ会場に来てるようだが…
もちろん、一切会ってはくれない。
○○:『和ちゃんタオル持ってる人、片っ端から見てくんで..!』
さくら:『それでもわからないですよ〜。自分影薄いんで』
またまたー。そんなことないでしょうに…
ほぼ不可能だとわかっていながら、
この2時間ずぅーっと前の列を凝視していたのだ。
でも流石にもう諦めよっかな…
??:「ううっ…どうしよう」
なんだろう、後ろから声が…
振り返ったりはせず、耳をそばだててみる。
??:「ううっ…充電がない…これじゃあ帰りの電車も乗れないよぉ…」
それは割と大変では。
誰かと会話してる様子もなく、
おひとりさまのようだ。
まだ列も動かないし、このまま無視するのも…
知らない人だけど、知らないふりはしない。
1分ほど悩んだ後、意を決して振り返る。
○○:「あの...!」
??:「ひっ、きやあぁっ!」
驚いた拍子に、
その子はスマホを落としてしまった。
○○:「はっ、ごめんなさい…」
??:「い、いえ…」
黒髪ロング。すんごく小顔。
アイドルの一員と言われても
なんら不思議ではない。
○○:「僕が拾いますね」
こんな陰キャに話しかけられたら、
そら声も出ますよね…
割れたりしてませんよーに…
○○:「…あっ!」
誰もが目を引くだろう、可愛らしいロック画面。
○○:「この絵、さくらさんのだ...!」
列の前後で、すごい偶然…
??:「ふふっ。よく知ってますね」
○○:「すごい好きで...まさかさくらさんのファンに出会えるなんて…!」
??:「まぁ、ファンというか…
私が描いたんです、それ」
え?
…
えっ…??
そんなことある?
○○:「本当に?」
さくら:「はい。」
普通のファンのふりをするべきだったか。
舞い上がってしまった僕は、
○○:「あのぅ…僕、○○という者で...!」
言いたい欲には勝てなかった。
さくら:「えっ…○○さん…?」
○○:「はい。」
さくら:「あわわわゎ」
ひどく動揺し、尻もちをつくさくらさん。
さくら:「ちょっ、うそ…どうしよぉ」
そうですよね…
秘密主義なさくらさんにとって、
顔バレは一番避けたかっただろう。
○○:「大丈夫です。さくらさんに会ったことは誰にも言わないんで」
さくら:「でも恥ずかしいよおぉ…」
耳まで真っ赤っか。あたふたしてて可愛すぎる。
そう、かわいい…
○○:「さくらさんって、女性だったんですね」
ふと心の声が漏れる。
なんとなく男だと思ってました。
さくら:「ん...?」
ん…?
あれれ、おかしいな…
みるみる笑顔が消えてゆくぞ…?
あ、これって…
さくら:「さあ?どうでしょうねぇ…」
言っちゃダメなやつだった…?
___
○○:「…」
さくら:「…」
○○:「あ、あの…」
さくら:「…」
○○:「さっきはすみません。デリカシーなくて」
さくら:「いえ。別に気にしてないんで」
先ほどのきゅるきゅるお目目はどこへやら。
彼女はスマホに目をやったまま、
無機質にそう答えた。
うーん、絶対怒ってるよなぁ…
暑いしお茶でもどうです?と誘ってみたものの…
全く話が続かない。
ってか、
さんざんDMで話しまくってるからなのか。
真新しい話題も何も浮かんでこない。
あまりにもさくらさんが可愛いからか、
さっきからみんながこっちを見てくる気がして。
うん、解散しよう。悲しいけれど。
もう一生、彼女と会うことはないんだろうなぁ…
やっぱネットの人と
気軽に会うべきじゃなかったのかな…
僕が自責の念に駆られていると。
さくら:「○○さん。」
○○:「はい…?」
さくら:「好きですか?私のこと」
○○:「…ふえっ?す、好きだなんて…」
さくら:「嫌いですか…?」
まっ、真面目なお顔のさくらさんも可愛い…
○○:「すすっ、好きです」
さくら:「ふふっ。良かったぁ」
絶対顔赤いよ自分…さくらさんを直視できない…
さくら:「今までも話してきましたけど」
○○:「ふ、はぁい…」
さくら:「私の絵をこんなに好きって言ってくれるの、○○さんしかいないから」
…あっ。絵の方、だったのか…
さくら:「これでも感謝してるんですよ…?とっても」
○○:「あっ。いやっ、そんなぁ…」
僕のニヤケが止まらないでいると、
○○:「えっ、ちょっ…」
どこか懐かしい香りとともに…
テーブル越しに、彼女は僕の手を掴む。
さくら:「ほんっとうに、ありがとうございます」
とびっきりの笑顔。
それはもう、天使が降りてきたかのようで…
僕はただ、見惚れることしかできなかった。
さくら:「だから、本当はもっと描き続けたいんだけど…」
○○:「…えっ」
さくら:「…引退、考えてて」
気持ちの沈み具合が、
この手を通じて伝わってくる。
さくら:「父がうるさいんです。こんなの役に立たないって」
○○:「…」
さくら:「私もわかってる。現実逃避したいときは、絵に没頭して」
○○:「…」
さくら:「あっちの世界は『逃げ』だって…」
そんなこと、言わないでよ…
さくら:「惨めですよね。向こうではかまってちゃんなのに」
僕はあなたの絵に…
さくら:「本当は暗くて、何の取り柄もなくて…」
○○:「…嫌。」
さくら:「…え?」
○○:「『逃げ』だなんて、言わないでください」
さくら:「…だって」
○○:「さくらさんがやめたら、僕が困ります」
さくら:「別に代わりなんか…」
○○:「僕はあなたの絵に、きゅっと心をつかまれて」
さくら:「…」
○○:「なんかこう…体の全部が熱くなったんです」
あぁ、何言ってるんだろう。
○○:「…うまく言葉にできないけど」
さくら:「…」
○○:「あなたが思ってる以上に」
自分の願望を、ただ一方的に…
○○:「みんなの力になってるんです」
さくら:「…」
○○:「…はっ。ごめんなさい、勝手なこと言って」
彼女の手から離れようとすると。
さくら:「待って」
○○:「…!?」
さくら:「私がやめたら…困るんですよね」
○○:「…はい」
さくら:「もっともっと、見ていたいんですよね」
○○:「…もちろん」
さくら:「なら、責任取ってください」
責任?
さくら:「うちの頑固な父を、説得してください」
え…?
さくら:「この界隈で頼れるの、○○さんしかいないから…」
知らぬ間に僕の真隣に…
柔らかな小さい手で、精一杯訴えてくる。
○○:「そう言われても…」
さくら:「やって…くれませんか…」
脳裏に響く、彼女のか細い声。
状況が整理できないが…
全然悪い気分じゃない。
否定的な自分を変えたいのだろうか。
彼女の表情も、先程までとはまるで違う。
自分にしかできないのなら…
○○:「さくらさんを守りたいから」
さくら:「…!」
○○:「もちろん、やるに決まってます」
さくら:「本当に…?」
○○:「うん。」
さくら:「う、ううっ…ありがとうございますぅ…」
○○:「…なっ」
僕の肩で、声を震わせ泣きじゃくる。
…ひとりで戦ってたんだな。
さくら:「…!」
僕は自然と、彼女の頭を優しく撫でる。
泣き止むまで、ずっと。
彼女のそばを離れたくなかった…
黄昏時。
風も明るさも、ずっとこんな夏がいい。
さくら:「本当にいいんですか…?」
○○:「いいもなにも…」
さっきのグッズ代で、
お金をほとんど使い果たしたらしく…
さくら:「あれぇ〜?おかしいなぁ」
さくら:「○○さーん。一生に一度のお願いですっ!」
"あっち"のさくらさんでねだられた。
一生に十度はされるだろうな…
…でも。
まだ関係を続けられるのが嬉しくて。
さくら:「やった〜!ありがとうございます♪」
どうしようもなく可愛いし。
○○:「ほら。開演まであと15分」
さくら:「○○さんがのんびりしてるから〜」
○○:「あなたが泣いてたからでしょ。」
さくら:「…もう知らないっ」
ほんと世話が焼けるんだから。
さくら:「なーんて。全力で楽しみますよ〜」
もう騙されない。
君の手口はわかってるから。
さくら:「ほらー。置いてっちゃうぞ〜」
○○:「年上をからかうのも…」
さくら:「え〜。そんなに変わんないじゃん」
あれ。
さっきまで、こんなに仲良かったっけ。
○○:「ちょっ、チケット…」
さくら:「競走しましょ。よーい…」
さくら:「どんっ」
これは、歳も故郷も違う二人が、
互いの運命を変えていくお話…
さくら:「○○さんって、腕組んでライブ観てそう」
○○:「…余計なお世話だよ」
終わり…?