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メルカリNFTの論争から考えるWeb3はRead, Write, Ownではなく、その続きがあるという話。所有の歴史から見えてくる次のフェーズ。
Web3において、今までできなかったことというのは「デジタル上にある何かを所有する」ということを表現できることです。逆に言うと基本的にできることはそれだけだとも言えます。あとは、そのデジタル上にある所有された何かを安全に取引できるためのプログラムを書けるようになっており、それによって、今までにないトラストレスな取引(第三者の仲介の必要のない取引)ができるようになったことです。
また、その所有について、読む・書く・所有するという形でWebが進化してきて、まさにWeb3は「読む・書く・所有する」の時代であると説明するケースも多いでしょう。Chris Dixonさんが書かれた「Read, Write, Own」はまさにそれを象徴する書籍でしょう。
Read Write Own シリコンバレートップクラスVCが語るインターネットの次の激戦区
しかし、世の中の進化は本当に読む・書く・所有するで完成するのでしょうか。今回は、中世の土地所有の歴史を振り返りながら、誰もが所有できるようになった未来において何が起こるのかを考えていきたいと思います。
土地所有権の変遷
中世の土地所有権の変遷は大まかに説明すると以下のような流れになります。
1.領主(貴族・王)による支配
中世初期(西暦500年頃~)では、土地の所有権は王や領主(貴族・教会)が持ち、農民はその土地を耕す立場でした。領主は農民に土地を貸し、収穫の一部を税や年貢として納めさせました(封建制度)。
2. 荘園制度の発展(中世中期)
領主が広大な土地を持ち、農民(農奴)がそこに住んで働く「荘園制度」が確立。農奴は土地を世襲的に耕せるが、自由に売買する権利はなく、領主に従属する存在でした。
3. 商業の発展と都市の台頭(12~15世紀)
十字軍や遠距離貿易の拡大により、貨幣経済が発達。商人や職人が増え、都市(自由都市)が誕生。都市の市民は荘園の支配から徐々に独立し、自由な経済活動が可能に。一部の農民も貨幣を使って土地を買うことができるようになり、土地の所有形態が多様化。
4. 封建制度の崩壊と土地の私有化(15~18世紀)
黒死病(ペスト)による人口減少で労働力が不足し、農奴の立場が強化。自由農民(ヨーマン)として土地を購入できる者が増える。一方で、イギリスでは囲い込み(エンクロージャー)が進み、大地主が土地を独占する動きも。しかし、ヨーロッパ全体では、貨幣経済の発展により土地売買が活発化し、庶民でも土地を所有できる機会が増加。
5. 近代の市民革命と所有権の確立(17~19世紀)
イギリスの名誉革命(1688年)やフランス革命(1789年)により、封建制度が崩壊。「自由・平等・所有権」が近代国家の基本理念となり、法的に個人が土地を所有する権利が確立。これにより、土地は貴族や王だけのものではなく、一般市民が合法的に所有できるようになった。
インターネットの歴史
このような変遷をたどった中世の土地所有に関する動きですが、これはまさにインターネットの歴史と重ねることもできるかもしれません。元々王侯貴族も元から土地を持っていたわけではありません。いち早く土地に注目し、そこに根城を築き、耕作を行った初期の人たちが既得権化したと言えます。
これは、インターネットで言えば、超初期の段階にインターネットのコアの部分を支えた企業群に当たるでしょう。これがまさにGAFAMに通じる部分でもあると思います。
彼らはユーザーのデータという資産を使って、広告を出したい企業から収益を稼ぐという方法によって大きな富を築きました。これはインターネット上のデータの所有権を主張する術がユーザーにはなかったからです。
しかし、ビットコインが発表され、イーサリアムが発表されたあたりから状況は変わってきました。インターネット上に資産と呼べるようなものを作ることに成功し、しかも、それを秘密鍵という自分しか持たない鍵によって管理できるという道筋を示したのです。
これは中世の歴史で言えば、貨幣経済が発展して、直接取引によって土地の売買が行われてきたタイミングに似ています。そして、今ヨーロッパで起こっているように、ユーザーのデータはユーザーの物であるという社会通念も芽生えつつあります。これがより大きくなっていくことによって、最終的には市民革命のような形でユーザーデータのコントロール権が私たちの手に入る流れになるのかもしれません。
その時に、このデータはあなたの物であるということを証明するためにもブロックチェーンが不可欠な技術であり、このブロックチェーンがパブリックなものとして存在していくことが、私たちのデータ主権を担保する大きな柱となっていくのです。
物語はそこで終わらない
中世から近代にかけて、土地の所有が誰でも出来るようになったとして、どうしてもその管理を確実に行うことは難しいという現実もありました。だからこそ、所有権を登記するための法整備や、税金を徴収することによって、活かされていない土地を持たせないような仕組みも整備されていくことになります。
さらに、こういった法律や税金を適切に管理する、またそもそも土地を適切に管理・運用するということを、所有者が直接やることは少なくなっていき、専門の管理事業者がその管理を代行する形も増えていきます。
つまり、所有できたからそこで終わりではないのです。
例えば暗号資産でも、凄腕のトレーダーでもない限り、適切に運用することは難しいですし、そもそも暗号資産を自己管理すること(鍵管理)も深い知識が必要な難しい作業です。これを全国民が等しくできるようになると考える方が不自然だと思います。
インターネットは、読む・書く・所有すると新しいことができるようになってきた。そして所有できるようになった後に必要なのはやはり、それを委託する(または委任する)という事象ではないでしょうか。
これは表向きのUXはWeb2と変わらないかもしれません。しかし、
・サービス側が所有し、ユーザーに使わせている
・ユーザーが所有し、サービス側に使うことを許諾している
この2つには大きなパラダイムシフトがあります。音楽で例えれば、今までレーベルや事務所が主導してアーティスト活動をしていたのが、アーティストが適切な役割のエージェントを雇用して活動する形にシフトしていくのと似ています。
メルカリNFTでの論争
メルカリのNFTが論争を呼んでいます。それは、メルカリユーザーはブロックチェーンやNFTを感じさせることなく、NFTを日本円(または各種ポイント)で購入することができ、しかもそのNFTはメルカリ側で一括管理されているという仕組みからです。
ブロックチェーンが成し得た「デジタルデータの自己所有」を無視して、結局今までのようなWeb2のサービスと同じことをしているのではないかというのが一方の意見、そして、ユーザーのリテラシーや、規模を考えればこのやり方でなければ買ってもらえないし、購入の道が広がることは良いことであるという意見。そして、今はまだ初期段階なので、これからWeb3らしいことができるように進化していくのではないかという意見に大別されるかと思います。
もし、データをメルカリが預かる形であったとして、今までのデジタルデータの取引と何が変化したのだろうかと考えると、少し方向性も見えてくるのではないでしょうか。それは先に述べたように「ユーザーが所有してサービスを使うことを許諾している」状態なのか「サービス側が所有してユーザーに使用させている」という状態なのかの違いです。
これはユーザーから見たUXはほとんど同じに見えます。しかし、決定的に仕組みが違うのです。メルカリはまさに、この「ユーザーが所有しているものをユーザーから許諾を得て管理している」という形をとることによって、メルカリユーザーを新しい「デジタル資産がある世界」へ誘おうとしているのではないでしょうか。
Read, Write, Own, Deligate
デジタル上で資産を持つことができる。これがWeb3が成し得た革命です。そしてそのデジタル上で資産を持つということは誰でも出来ることは間違いありません。しかし、それを適切に管理していこうと思うと、高度なスキルが必要だし、運用しようとすれば、これもまた高度な運用戦略が必要になります。
あなたがアパート経営を始めるとして、自身が用意した土地・建物があったとしても、それだけでは運用は出来ません。借り手を探す、契約する、常にメンテナンスするといった日々の運用が欠かせません。もちろん、それを自分でやることもできるけれど、誰かに任せることもできる。これは自然な流れの一つなのではないでしょうか。
ただ、任せる方法の進化はあるかもしれません。それはできるだけ任せる人のトラストに頼らない方法だったり、より分散的に行う方法だったりでリスクを減らす方向の進化です。
だからこそ、Ownが実現した今、私たちはその所有した資産をどのようにして最大限活用していくかに注目が集まっていくようになるはずです。
Read, Write, Ownには続きがあり、それがDeligateであり、委任はもちろん人もだが、AIがその受け手になる未来もあるでしょう。
そして、10年後の未来はデジタルデータの所有権は自身にあるということは常識となり、そしてそれを安全な委任先に委任していく未来になっていくのではないでしょうか。メルカリNFTの論争はこの始まりのきっかけなのかもしれません。
まとめ
Web3はまだ進化の途中ですし、今までのWeb1からWeb2への進化とは違い、そこに所有という概念が入ることから、別の形の進化を遂げていくのではないかと感じています。所有できなかったものが所有できるようになってその後どうなったかということについては過去の歴史も参考になるでしょうし、デジタル所有の在り方は今後ますます論争の種にもなっていくのかもしれません。
そんな話題も含め今週も様々なトピックを取り上げていますので、ぜひYoutubeも御覧ください。