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特別感のない素朴な料理

生前父は仕事の帰りに飲んで来ることが多くて、

ご飯は家で食べたい。と言っていた様で

うちは進んで外食に行く家族では無かった。

当時のよその家がどうだったのかは知らないけれど、

大人になってから会話の中で

私は母の作るごはんで育ってきたんだな。と気付く。

だからって訳ではないけれど私はあんまり

どこの何が美味しいとか、

流行りの料理とか、

家では出てこないような立派な食事を

あんまり知らないな〜って思う。


母が、外食したいとか

作りたくないとかそういうニュアンスのことを

言っていた記憶が無いから多分、

お父さんは飲んでくるから家で食べたいのよね。と、

そこに不服は無かったのか、

それが当然と思っていた人なのかもしれない。

(他には色々あったから、

愚痴も嫌味も泣く姿も見た様に思うけど)

そして料理が嫌いじゃないから

70歳を過ぎた今でも食欲旺盛で

体調的にも食事制限もないから

料理番組を見ては鉛筆で急いで分量をメモして、

冷蔵庫に貼り、ハマって何度も作る。

以前に私から聞いたレシピを

忘れちゃったんだけど

アレ作りたいから教えて!と電話してきて

要件が済んだら、わかった!と、

ガチャっと切る。そんなタイプの人。


良いものを食べる

おばあちゃん家がお茶屋さんだったから

そこで扱う海苔とお茶を、あとお米だけは

良いものを食していた。という記憶が強い。

時たま、

夕飯に煮込みうどんが出るのだけれど

私は当時から

鍋の中で膨らんだ

あのさつま揚げ入りのうどんが苦手で、

お腹を空かして部活から帰ってきて

その大きな鍋を見ると

ガックリと機嫌が悪くなったのを

鮮明に覚えている。

結婚してからその事を伝えると

給料前は

あれでかさ増ししていたのよね〜と笑っていた。


それとは逆にお財布が潤っていた時は

たまに近所のお肉屋さんの

いいハムを贅沢に買って、

沢山あるときくらい食べなさい〜って、

キッチンで紙に包まれた

大きなハムのスライスを箸で器用にクルっと丸めて

子どもの私たちの口に入れてくれた。

キッチンで立ちながら

「あーん」とするその時間が好きで、

今では食いしん坊の次男の口に

鍋の中のおかずを菜箸で摘んで食べさせる。

という様なことをしている自分に気付く。


「無いときは無いんだからある時ぐらい」

というのが口癖の母。

そして

他人から頂き物をした時は、

お返しにうちにあった例えば梨とかりんごとか

沢山あったフルーツの中から

大きくてキレイなものを入れてね。と、

お返しの紙袋にたっぷり詰めた記憶。

ケチくさい事が嫌いで、

どんぶり勘定的な男っぽい、

そして大型トラックの運転手になりたかった。と言うような人。

そんな人の元で育った。


特別感は無い、

普通の、そして九州育ちの母の作る甘口の料理が

私の原点。

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