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フィルモア通信 New York No26 メリル・ストリープ

 メリル・ストリープと女優たち。

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 パークアヴェニュー東60丁目に移転したヒューバーツレストランは建築家、アダム・タハニーのデザインでレンの希望もあって日本の桂離宮の意匠を取り入れたアメリカのインテリ日本趣味がうかがえる造りだった。全てに高額な内装材が使われ、椅子一脚に三千ドル以上かけこのリノベーション総額は数ミリオンダラーといわれ、レストランインベスターのヒューバーツに賭ける期待とプレッシャーは大変なものだった。

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 ある日ヒューバーツのダイニングルームで映画の撮影があり主演のメリル・ストリープがローザン・バーを相手にレストランのテーブルでやりとりをするシーンを撮ることになり、ぼくはレンからそのシーンに使う料理の皿を作るように言われた。ぼくはヒューバーツの前菜で一番特徴のあるひと皿、シュリンプアンドスマッシュドキューカンバーを拵え真ん中に
ニンジンで作った舞い立つ蝶のひとひらを飾り付けた。

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 その映画もハリウッド特有の何十人ものスタッフで何時間もかけて一シーンを撮るので、
ヒューバーツはその日臨時休業となった。
メリル・ストリープと悪女役で当時人気のあったローザン・バー主演のコメディでシーデヴィルというタイトルだった。

 そのシーンの撮影でメリルは食事中に相手と短い会話をする、ということだったがふたりの役者は実際にテーブルの上の料理を口に運ぶことはなくそれはたいていのアメリカ映画ではそうであって、食べ物を口に入れて話してはいけないというアメリカ人の通念の根太さ強さを思い起こさせた。

 
 その頃のヒューバーツにもサービスクルーやバーテンダーのなかにはショービジネスで成功を目指す若い俳優や才能ある脚本家や作曲家がいた。美男美女というような若い人たちがそろっていて、彼ら彼女たちはその有力なショービジネス関係者に自分を売り込む機会を見つけるためにレストランで働いている、といったような人たちだった。

 その日の撮影の模様をキッチンでぼくに話してくれるサービスパーソンのひとりもいつもよりなお念入りらしい濃いメークアップでまるでスクリーンのなかの主役のように魅力があった。彼女は撮影の模様をぼくらに刻々と伝えてくれていたがメリルが料理を食べてはいないと聞いて、ぼくはちょっとがっかりした。
 やがて撮影はおわり監督もそのクルーたちも、大変満足しているありがとう、とのことだった。

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 メリルはテーブルでの写真撮影や監督とのやりとりを終えると立ち上がり、テーブルを離れる時に自分の前の料理を見て皿の上に飾り付けた蝶のひとひらを手に取り、イッツベリーナイス、と言ってその蝶を元の皿に戻したと、うちの未来のスター女優はぼくに告げた。

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